蜜色キャンバス〜御曹司とオメガの禁断主従〜

霜月@如月さん改稿中&バース準備中

文字の大きさ
105 / 122

105話 『ゆらめく灯と、来年の約束』

しおりを挟む


 夜が更け、子供たちが静かに眠りについた。ベッドサイドで絵本を片付ける水都の背中を、ソファに腰掛けたまま見つめる。

 
「……ありがとう、水都。今日は、最高の一日だったよ」


 声をかけると、水都がくるりとこちらを振り向いた。君が浮かべる柔らかな笑みのその裏にある痛みも、不安も。君はきっと僕には言わない。でも、わかる。


 だから、頬にそっと手を添えた。


「来年も……こうして一緒に祝おうね?」


 願いというにはあまりに切実で、祈りというには静かすぎる言葉だった。


「……うん、祝うよ。俺、来年も綾明さんに、おめでとうって言うよ」


 水都の返事は、やさしいのに、少しだけ震えていた。そばに寄り抱きしめ、唇を重ねる。祝福の約束のはずなのに、瞳からは互いに涙が零れていて。


 胸の奥に、波紋のような痛みが広がった。


 寄り添ったまま、ソファへ向かい、一緒に腰を下ろす。テーブルの上で、キャンドルの火がゆらゆらと揺れていた。それをぼんやりと見つめながら、そっと尋ねる。


「疲れたでしょ? 今日は張り切ってたもんね」
「うん」


 水都が小さく笑って、僕の肩に頭を預けた。


「でも……楽しかった」


 その言葉を最後に、水都がふっと眉をひそめた。口元を押さえ、ゆっくり立ち上がると、足元がふらつくように一歩よろけた。


「水都!!」


 慌てて身を乗り出し、手を伸ばす。けれど水都は、僕を制するように手のひらを向け、苦しげに笑った。


「……平気。ほんとにちょっと、だけ」


 そのまま洗面所へと駆けていく水都を、僕はただ、見送ることしかできなかった。リビングに取り残され、胸の奥に不安がじわじわと広がっていく。


 数分後、水都は、何事もなかったような顔で戻ってきた。


 けれど僕には、すぐにわかった。頬がこけて見えること。口元の笑みがどこか引きつっていること。そしてなによりーー顔色が、ひどく悪い。


 そっと手を伸ばし、水都の手を包み込んだ。


「……水都。やっぱり具合が前より……」


 僕の声に、水都は目を伏せ、しばらく黙ってから、小さく息を吐いた。手を引いて、もう一度ソファに並んで座る。


 水都が、僕の肩にもたれかかった。


「……綾明さんと明織の誕生日、台無しにしたくなかったから」
「そんなこと……」
「笑っていたかった。綾明さんと、子どもたちと。今日は……そうしていたかった」


 その言葉が、痛いほど胸の奥に突き刺さった。笑顔で過ごしていた君の影に、僕はちゃんと気づいていた。 


 この数週間、水都が前より食が細くなっていたことも、少し疲れやすくなっていたことも、全部気づいていたはずなのにーー。


 何も言わず、水都を抱きしめた。腕の中の体は、想像していたよりもずっと軽くて、細くて、頼りなかった。


「今日の咳、さっきの吐き気。……僕、すごく嫌な感じがする。疲れのせいとか、風邪とか……そういうんじゃ、ない気がして……」


 声に出した瞬間、胸の中で確信が音を立てて降りてくる。水都が、静かに頷いた。


「明日、一緒に病院へ行こう。……セカンドオピニオンを受けよう」
「……うん。わかった」


 いつもなら「大げさだよ」と笑って済ませる水都が、今日は何も言わなかった。ただ、目の奥に静かな覚悟のようなものを浮かべていた。


 そんな水都が、僕の腕の中から顔を上げ、微笑んだ。


「……大丈夫。ちゃんと診てもらうよ」
「うん。……一緒に、行こう」


 その夜は、やさしくて、静かで。それでも胸の奥がひりひりと痛んだ。


 幸せの中に忍び込んだ、小さな影。それが何なのかは、まだわからない。でももう、見過ごしたくなかった。


「……水都、無理しないでね」
「……うん」
「僕は君のことが、一番大切だから……」


 水都の腕が、そっと僕の背中にまわる。夜の静けさに包まれて、ソファの上で僕たちの影が重なって揺れた。


 不安も、痛みも、寂しさも。


 言葉にしてしまえば、何かが崩れてしまいそうで。それでも、この腕だけは、離したくなかったーー。

 




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

36.8℃

月波結
BL
高校2年生、音寧は繊細なΩ。幼馴染の秀一郎は文武両道のα。 ふたりは「番候補」として婚約を控えながら、音寧のフェロモンの影響で距離を保たなければならない。 近づけば香りが溢れ、ふたりの感情が揺れる。音寧のフェロモンは、バニラビーンズの甘い香りに例えられ、『運命の番』と言われる秀一郎の身体はそれに強く反応してしまう。 制度、家族、将来——すべてがふたりを結びつけようとする一方で、薬で抑えた想いは、触れられない手の間をすり抜けていく。 転校生の肇くんとの友情、婚約者候補としての葛藤、そして「待ってる」の一言が、ふたりの未来を静かに照らす。 36.8℃の微熱が続く日々の中で、ふたりは“運命”を選び取ることができるのか。 香りと距離、運命、そして選択の物語。

春風の香

梅川 ノン
BL
 名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。  母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。  そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。  雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。  自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。  雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。  3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。  オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。    番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!

オメガの僕が、最後に恋をした騎士は冷酷すぎる

虹湖🌈
BL
死にたかった僕を、生かしたのは――あなたの声だった。 滅びかけた未来。 最後のオメガとして、僕=アキは研究施設に閉じ込められていた。 「資源」「道具」――そんな呼び方しかされず、生きる意味なんてないと思っていた。 けれど。 血にまみれたアルファ騎士・レオンが、僕の名前を呼んだ瞬間――世界が変わった。 冷酷すぎる彼に守られて、逃げて、傷ついて。 それでも、彼と一緒なら「生きたい」と思える。 終末世界で芽生える、究極のバディ愛×オメガバース。 命を懸けた恋が、絶望の世界に希望を灯す。

【完結】番になれなくても

加賀ユカリ
BL
アルファに溺愛されるベータの話。 新木貴斗と天橋和樹は中学時代からの友人である。高校生となりアルファである貴斗とベータである和樹は、それぞれ別のクラスになったが、交流は続いていた。 和樹はこれまで貴斗から何度も告白されてきたが、その度に「自分はふさわしくない」と断ってきた。それでも貴斗からのアプローチは止まらなかった。 和樹が自分の気持ちに向き合おうとした時、二人の前に貴斗の運命の番が現れた── 新木貴斗(あらき たかと):アルファ。高校2年 天橋和樹(あまはし かずき):ベータ。高校2年 ・オメガバースの独自設定があります ・ビッチング(ベータ→オメガ)はありません ・最終話まで執筆済みです(全12話) ・19時更新 ※なろう、カクヨムにも掲載しています。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【完結】end roll.〜あなたの最期に、俺はいましたか〜

みやの
BL
ーー……俺は、本能に殺されたかった。 自分で選び、番になった恋人を事故で亡くしたオメガ・要。 残されたのは、抜け殻みたいな体と、二度と戻らない日々への悔いだけだった。 この世界には、生涯に一度だけ「本当の番」がいる―― そう信じられていても、要はもう「運命」なんて言葉を信じることができない。 亡くした番の記憶と、本能が求める現在のあいだで引き裂かれながら、 それでも生きてしまうΩの物語。 痛くて、残酷なラブストーリー。

処理中です...