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第一章 「ヒンデンブルクオーメン」
第2話 「バブルの傷跡」
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村長の家の前。地面には馬車の車輪跡、乱れた足跡、そして引きずられた跡がくっきりと残っていた。その中には小さな足跡も混ざっている。
――リーリアだ。
「くそっ……!」
「アル兄、お願いだよ! 姉ちゃんを助けて!」
テオの訴えを聞きながら、地面を睨みつける。
馬車の車輪跡は、村の外れに向かって続いていた。だが、すでに馬車はかなりの距離を進んでしまっているようだ。
このままむやみに追いかけても追いつけない。確実にリーリア助けるには、行き先の情報と策が必要だ。
昨日の祭りの笑顔が脳裏に浮かぶ。無邪気に笑い、誇らしげに髪飾りを見せていたリーリア。そしてふと見せた、あの陰りある表情。
今思えば、あれはこの運命がわかっていたのかもしれない。
「テオ、大丈夫だ。俺は、絶対にリーリアを取り戻す」
その誓いは、自分自身への命令だった。拳を握り締め、奥歯を噛みしめる。
まずは、村長に会う。
借金の詳細、取引の相手、行き先の手がかり――すべてを洗い出さなければならない。村長がどんな決断をしたにせよ、リーリアを救うためにはその全てを知る必要がある。
俺は躊躇なく、村長の家の扉を叩いた。朝の静けさを破るその音に、ほどなくして応答がある。
開いた扉のから出てきた村長の顔は、ひと目で分かるほど疲弊していた。
深く沈んだ目の下には濃いクマが刻まれ、ひと晩中眠れなかったことを物語っていた。肌には張りがなく、ただでさえ小柄な体が、さらに縮こまって見えた。
「アルヴィオか……こんな朝早くに、どうしたんだ……」
村長は疲れた声でそう言ったが、俺の表情を見るなり次の言葉を飲み込んだ。
この訪問の意味を理解したのだろう。
「リーリアのことだ。テオから借金取りに連れて行かれたって聞いた」
村長の答えはない。ただ、その瞳には深い後悔と、どうしようもない無力感が浮かんでいるように見えた。
「その話が本当なら、俺はリーリアを取り戻しに行くつもりだ」
俺の言葉に村長は顔を歪め、視線を一瞬だけ逸らした。その視線の先には、家の奥にある椅子が見えた。村長は深いため息をつき、俺を家の中に招き入れた。
「……入ってくれ、アルヴィオ。座って話そう」
家の中に足を踏み入れると、そこには荒れ果てた空間が広がっていた。机の上には書類が山積みとなり、その隣には封も開けられていない手紙が無造作に積まれていた。
傍らには、空になった酒瓶が置かれていた。俺の隣に控えていたテオは、自分の部屋へと逃げるように入っていく。村長は重々しく椅子に腰掛け、俺もその向かいに座った。この村を率いてきた男の肩は、今や小さく、しぼんでいた。
「……アルヴィオ、本当に、すまない……」
村長は震える声で謝罪した。その表情は苦悶と後悔が入り混じったものだった。
俺は何も言わず、ただ村長の言葉を待った。
沈黙が重くのしかかる中、村長は何度か口を開こうとしたが、そのたびに言葉を飲み込み、視線をさまよわせた。
そして、絞るような声で語り始めた。
「わしは……わしは村をよりよくしたかったんだ。この村は、ただ生きていくには十分だが、みな貧しい。だから……フレイジア球根の力があれば村をより発展させることができる…そう、思ったんだ。思ってしまったんだ…」
村長の声は震えていた。
フレイジア球根――あのバブルがどれだけの人々を狂わせたか、俺はよく知っている。
急激な価格上昇に人々は夢を見て、その結果破滅への道を辿ることになった。
村長もその一人だったのだ。
「だが、その結果はご覧の通りだ……借金を抱えてしまい、その返済ができなくなった。そして……あいつらがリーリアを連れて行くと言ってきたんだ。私は何もできなかった…おかげで借金はなくなったがね…」
村長の声は、言葉の一つ一つが喉に引っかかるように詰まり震えていた。言葉にするたび、罪の重さがその背をさらに丸くさせていくようだった。
村長がどれだけ後悔しているかは見て取れたが、それでもリーリアが売られたという事実は消えない。
俺の中に再び怒りが湧き上がる。
村長は目を伏せ、肩は小刻みに震え、手は机の上で強く握りしめられていた。
俺はその姿を見つめながら、村長の後悔がどれほど深いものかを理解しつつも、許すことができなかった。
「……で、奴らはどこに向かったんだ?」
できる限り冷静な声で問いかけたつもりだったが、怒りは隠しきれていなかったはずだ。村長はしばし黙り込んだ後、目を伏せたまま答えた。
「リアディスだ……奴らはリーリアをリアディスに連れて行った。リアディスの奴隷オークションに出すと言っていた……」
奴隷オークション。
その言葉が脳を鈍器で殴られたように響く。
リーリアが、誰かの所有物に?
名も知らぬ他人に売られ、尊厳も奪われるだと?
その想像だけで、吐き気がした。
「リアディスは遠い…」
村長は、遠い目をしながらぽつりと呟く。
俺は、冷静に自分に言い聞かせる。
あくまで合法的にだ。
暴力は、何も生まない。体よくリーリアを助け出したとして、そのあとは2人してお尋ね者だ。テオや村のみんなにも迷惑が掛かる。
要するに
――金があればいいんだろう?
奴隷オークションでリーリアを買えるだけのディム。それがあれば、すべてを覆せる。
「ありがとう、村長。これで俺は動ける」
俺は立ち上がり、村長に向かって頭を下げた。村長は弱々しく頷き、何かを言いかけたが、その言葉は声にならなかった。その目には、後悔と同じくらい、俺に託す小さな希望が宿っていた。
俺は、そのまま村長の家を後にした。
外に出ると、空には薄い雲がかかり、村の朝はまだ静かだった。俺は深呼吸をして、胸の中に渦巻く怒りと決意を整理しようとした。
向かうべき場所は決まった。
投資家としての前世の記憶――リアディスなら活かせる場所がある。
何があろうともリーリアを救い出す金を、リアディス取引所で稼ぐ。
「待ってろよ、リーリア……必ず助けるからな」
俺は小さく呟き、歩き出した。
リアディスに向かうための旅の準備を手早く整える必要がある。
リーリアを連れて行った奴らが何者なのか、オークションがいつどこで行われるのか――確認するべきことは多い。
時間がないことは明らかだった。
――リーリアだ。
「くそっ……!」
「アル兄、お願いだよ! 姉ちゃんを助けて!」
テオの訴えを聞きながら、地面を睨みつける。
馬車の車輪跡は、村の外れに向かって続いていた。だが、すでに馬車はかなりの距離を進んでしまっているようだ。
このままむやみに追いかけても追いつけない。確実にリーリア助けるには、行き先の情報と策が必要だ。
昨日の祭りの笑顔が脳裏に浮かぶ。無邪気に笑い、誇らしげに髪飾りを見せていたリーリア。そしてふと見せた、あの陰りある表情。
今思えば、あれはこの運命がわかっていたのかもしれない。
「テオ、大丈夫だ。俺は、絶対にリーリアを取り戻す」
その誓いは、自分自身への命令だった。拳を握り締め、奥歯を噛みしめる。
まずは、村長に会う。
借金の詳細、取引の相手、行き先の手がかり――すべてを洗い出さなければならない。村長がどんな決断をしたにせよ、リーリアを救うためにはその全てを知る必要がある。
俺は躊躇なく、村長の家の扉を叩いた。朝の静けさを破るその音に、ほどなくして応答がある。
開いた扉のから出てきた村長の顔は、ひと目で分かるほど疲弊していた。
深く沈んだ目の下には濃いクマが刻まれ、ひと晩中眠れなかったことを物語っていた。肌には張りがなく、ただでさえ小柄な体が、さらに縮こまって見えた。
「アルヴィオか……こんな朝早くに、どうしたんだ……」
村長は疲れた声でそう言ったが、俺の表情を見るなり次の言葉を飲み込んだ。
この訪問の意味を理解したのだろう。
「リーリアのことだ。テオから借金取りに連れて行かれたって聞いた」
村長の答えはない。ただ、その瞳には深い後悔と、どうしようもない無力感が浮かんでいるように見えた。
「その話が本当なら、俺はリーリアを取り戻しに行くつもりだ」
俺の言葉に村長は顔を歪め、視線を一瞬だけ逸らした。その視線の先には、家の奥にある椅子が見えた。村長は深いため息をつき、俺を家の中に招き入れた。
「……入ってくれ、アルヴィオ。座って話そう」
家の中に足を踏み入れると、そこには荒れ果てた空間が広がっていた。机の上には書類が山積みとなり、その隣には封も開けられていない手紙が無造作に積まれていた。
傍らには、空になった酒瓶が置かれていた。俺の隣に控えていたテオは、自分の部屋へと逃げるように入っていく。村長は重々しく椅子に腰掛け、俺もその向かいに座った。この村を率いてきた男の肩は、今や小さく、しぼんでいた。
「……アルヴィオ、本当に、すまない……」
村長は震える声で謝罪した。その表情は苦悶と後悔が入り混じったものだった。
俺は何も言わず、ただ村長の言葉を待った。
沈黙が重くのしかかる中、村長は何度か口を開こうとしたが、そのたびに言葉を飲み込み、視線をさまよわせた。
そして、絞るような声で語り始めた。
「わしは……わしは村をよりよくしたかったんだ。この村は、ただ生きていくには十分だが、みな貧しい。だから……フレイジア球根の力があれば村をより発展させることができる…そう、思ったんだ。思ってしまったんだ…」
村長の声は震えていた。
フレイジア球根――あのバブルがどれだけの人々を狂わせたか、俺はよく知っている。
急激な価格上昇に人々は夢を見て、その結果破滅への道を辿ることになった。
村長もその一人だったのだ。
「だが、その結果はご覧の通りだ……借金を抱えてしまい、その返済ができなくなった。そして……あいつらがリーリアを連れて行くと言ってきたんだ。私は何もできなかった…おかげで借金はなくなったがね…」
村長の声は、言葉の一つ一つが喉に引っかかるように詰まり震えていた。言葉にするたび、罪の重さがその背をさらに丸くさせていくようだった。
村長がどれだけ後悔しているかは見て取れたが、それでもリーリアが売られたという事実は消えない。
俺の中に再び怒りが湧き上がる。
村長は目を伏せ、肩は小刻みに震え、手は机の上で強く握りしめられていた。
俺はその姿を見つめながら、村長の後悔がどれほど深いものかを理解しつつも、許すことができなかった。
「……で、奴らはどこに向かったんだ?」
できる限り冷静な声で問いかけたつもりだったが、怒りは隠しきれていなかったはずだ。村長はしばし黙り込んだ後、目を伏せたまま答えた。
「リアディスだ……奴らはリーリアをリアディスに連れて行った。リアディスの奴隷オークションに出すと言っていた……」
奴隷オークション。
その言葉が脳を鈍器で殴られたように響く。
リーリアが、誰かの所有物に?
名も知らぬ他人に売られ、尊厳も奪われるだと?
その想像だけで、吐き気がした。
「リアディスは遠い…」
村長は、遠い目をしながらぽつりと呟く。
俺は、冷静に自分に言い聞かせる。
あくまで合法的にだ。
暴力は、何も生まない。体よくリーリアを助け出したとして、そのあとは2人してお尋ね者だ。テオや村のみんなにも迷惑が掛かる。
要するに
――金があればいいんだろう?
奴隷オークションでリーリアを買えるだけのディム。それがあれば、すべてを覆せる。
「ありがとう、村長。これで俺は動ける」
俺は立ち上がり、村長に向かって頭を下げた。村長は弱々しく頷き、何かを言いかけたが、その言葉は声にならなかった。その目には、後悔と同じくらい、俺に託す小さな希望が宿っていた。
俺は、そのまま村長の家を後にした。
外に出ると、空には薄い雲がかかり、村の朝はまだ静かだった。俺は深呼吸をして、胸の中に渦巻く怒りと決意を整理しようとした。
向かうべき場所は決まった。
投資家としての前世の記憶――リアディスなら活かせる場所がある。
何があろうともリーリアを救い出す金を、リアディス取引所で稼ぐ。
「待ってろよ、リーリア……必ず助けるからな」
俺は小さく呟き、歩き出した。
リアディスに向かうための旅の準備を手早く整える必要がある。
リーリアを連れて行った奴らが何者なのか、オークションがいつどこで行われるのか――確認するべきことは多い。
時間がないことは明らかだった。
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