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第二章 「ゴールデンクロス」
第7話 「世界の十字路」
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~憲章暦996年12月26日(闇の日)~
リアディスを一望できる丘の上で、俺は息を呑んだ。
「……すげぇな」
思わず漏れた声が、丘の草を揺らす風にかき消される。眼下に広がる巨大な都市は、まさに「世界の十字路」と呼ばれるにふさわしい姿を見せている。
リアディスは、2つの海に挟まれた地峡地帯に存在する。右手に見えるのは、アルカ大陸を南北に分断する巨大な内海――アルカ海だ。反対側には、大海であるファロン洋とつながるリアディス湾が見える。街の南北には、この2つの海を結ぶ2つの巨大運河が通り、街が大きな島のようだ。運河から枝分かれした水路は、幾重にも交差し、太陽の光を受けて煌めいている。
商人たちが富を求めて集い、魔法士が仕事を求め、旅人が終着と始まりを重ねる交差点、まさに世界を編む節点——それがこの街だ。
「……さて、運河を渡らないとな」
北からこの街に入るには、ゴンドラで巨大な北運河を渡らなければならない。運河の両岸を結ぶゴンドラは、リアディスの名物の一つだ。俺も、ゴンドラに乗るために丘を下る。
船着き場に繋がる通りは、運河に近づくにつれて人通りが多くなっていく。獣人族の商人が荷車を引いていたり、行商の女が果物を売っていたりと活気に満ちている。
やがて視界が開け、運河沿いの船着き場が見えてきた。周囲には数人の旅人が腰を下ろし、次の船を待っているようだ。俺もその一角に立って、額の汗をぬぐった。
「次のゴンドラはすぐに来るからね! チケットを持っていない人はここで買っておいてくれよ!」
「荷馬車は、あっちの大型船だ!」
「アルカセントラル行きは、さっき出たばっかりだよ!!」
乗り場の係員が声を張り上げている。
――その時だった。
「ねぇ、ちょっと。そこの君!」
振り返ると、青い髪の少女が駆け寄ってきた。かなり小柄で、年の頃は十代の終わりか、あるいはもう少し上か。
毛並みの整った耳と、動きに合わせて揺れるしっぽ――獣人の特徴だ。
「お願い! 僕、追われてるの! ちょっとでいいから、かくまって!」
……いや、知らんって。俺は関係ないし、なにより面倒はごめんだ。
「悪いな。他を当たってくれ」
俺がそっけなく答えると、少女は肩を落とした。
だが次の瞬間、彼女の耳がぴくりと動き、ぎょっとした顔になる。
「……来た!」
その声と同時に、背後から、黒ずくめの男たちが人混みをかき分けてやってきた。顔を隠すようなフード、腰には細身の剣。目だけがぎらぎらと光っている。
「しまっ……!」
俺は反射的に彼女の腕を引いてしまった。
「こっちだ!」
少女の身体は驚くほど軽く、引きずるようにして俺は船着き場の反対側、古びた倉庫の影へと身を潜めた。
「ふぅ……ありがとう、助かったよ」
少女は額の汗をぬぐいながら、笑った。
「君、親切なんだね」
「……そうでもない。条件反射で動いただけだ」
「でも、結果的には助けてくれた」
そう言って彼女は、ぽんと俺の肩を叩いた。
「君、名前は?」
「アルヴィオだ。お前は?」
「僕はイオナ。イオナ・セイランって言うんだ。一応、魔法植物学者としてはそこそこ名が通ってるつもりなんだけど、最近ちょっと面倒なことに巻き込まれてて怪しいやつらに追われているんだ」
軽い口調に反して、言っている内容はかなり物騒だった。
「まあ、細かいことは今言っても信じてもらえないと思う。けど、少なくとも君は――信用できそうだ」
「あんまり厄介事に関わるつもりはないぞ」
「うん、わかるよその気持ち。でも……ほんの少し、道連れにしてもらえたら助かる」
そう言って、イオナは笑った。いたずらを仕掛ける子どものような、それでいてどこか憂いを帯びた笑み。
正直、断ろうと思えば断れた。けれど、あのときの震える手と、目の奥に一瞬浮かんだ焦燥が、どうにも俺の中で引っかかっていた。
「まあ、いい。ここに長居するわけにもいかない。次の船に乗るぞ」
「君もリアディスに?」
「ああ、そっちが本来の目的だ」
「へえ偶然だね。じゃあ、一緒に行こうか。僕、君と一緒ならちょっと安心だし」
イオナはワザとらしくウインクして、俺の隣に並んだ。
◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆
ゴンドラが川を滑るように進んでいく。
運河の水面は太陽の光を受けてキラキラと輝き、その光景はどこか神秘的ですらあった。水面を通るさわやかな風で、気が付くとすっかり汗も引いていた。
対岸の市街地は、ゆっくりと解像度を上げていく。川沿いの石造りの建物、運河に浮かぶ小舟、屋台と市場。これが――リアディス。
「ねえ、アルヴィオ君」
イオナが隠れていたズタ袋から、顔を出す。
「お礼に、いいこと教えてあげる」
「……なんだ?」
「君、フレイジアの花って知ってるかい?」
――知ってる。知らないわけがない。
あの青い花の球根が、いかにして人々の心を狂わせたか。魔素を浄化し、魔力を生むというその性質が、どれだけの金と欲望を呼び寄せ、そして世界を泡に沈めた魔法植物。
リーリアが、あんな目に遭ったのも――あの花のせいだ。
「……ああ。知ってる。バブルを起こして、世界を引きずり回した花だ」
皮肉を込めた声が自分の喉から漏れた。だがイオナは、俺の反応に臆することなく、かすかに笑った。
「その通り。でも、それだけじゃないんだ」
「……どういう意味だ?」
「あの花には、まだ隠された可能性がある」
イオナは俺の顔をじっと見つめ、そっと顔を近づけた。次の瞬間、囁くように告げられたその言葉に――俺は、息を呑んだ。
「……っ!」
驚いて、イオナを見る。
「君、この意味がわかるのかい?なかなか賢いね~」
「このことは内緒だよ。僕の口から聞いたって、誰にも言わないでね?」
イオナは、人差し指を口元にあて、いたずらっぽい笑みを浮かべていた。
◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆
船着き場からリアディスに上陸すると、石畳の大通りが迎えてくれた。
「じゃ、僕はこっち。しばらく潜伏するから、またね。きっと、どこかで!」
イオナはそう言って、手をひらひらと振りながら雑踏の中に消えていった。
俺は立ち尽くしたまま、しばらくその背中を見送っていた。改めて、辺りを見渡す。
視界に入ってくる街は、まるで無限に広がっているかのような錯覚を覚えるほどだ。フレイジア不況の影響は、感じられない喧騒で、忙しく馬車が行き交い、年の瀬のかき入れ時に、大声を張り上げる商人たちの声が響いている。香辛料や市場で売られる果物、運河から漂ってくる水の匂いが混ざり合う特有の匂い漂ってくる。
リーリアを救うためには、ここで金を稼ぐ必要がある。奴隷オークションに参加するための資金を作らなければならない。ノーヴェ村を後にしてから、多くの魔獣を倒してきた。そのおかげである程度の種銭はできたが、それだけじゃ全然足りない。
「さて、行くか」
俺は深呼吸をしてから、そう呟いた。
リアディスを一望できる丘の上で、俺は息を呑んだ。
「……すげぇな」
思わず漏れた声が、丘の草を揺らす風にかき消される。眼下に広がる巨大な都市は、まさに「世界の十字路」と呼ばれるにふさわしい姿を見せている。
リアディスは、2つの海に挟まれた地峡地帯に存在する。右手に見えるのは、アルカ大陸を南北に分断する巨大な内海――アルカ海だ。反対側には、大海であるファロン洋とつながるリアディス湾が見える。街の南北には、この2つの海を結ぶ2つの巨大運河が通り、街が大きな島のようだ。運河から枝分かれした水路は、幾重にも交差し、太陽の光を受けて煌めいている。
商人たちが富を求めて集い、魔法士が仕事を求め、旅人が終着と始まりを重ねる交差点、まさに世界を編む節点——それがこの街だ。
「……さて、運河を渡らないとな」
北からこの街に入るには、ゴンドラで巨大な北運河を渡らなければならない。運河の両岸を結ぶゴンドラは、リアディスの名物の一つだ。俺も、ゴンドラに乗るために丘を下る。
船着き場に繋がる通りは、運河に近づくにつれて人通りが多くなっていく。獣人族の商人が荷車を引いていたり、行商の女が果物を売っていたりと活気に満ちている。
やがて視界が開け、運河沿いの船着き場が見えてきた。周囲には数人の旅人が腰を下ろし、次の船を待っているようだ。俺もその一角に立って、額の汗をぬぐった。
「次のゴンドラはすぐに来るからね! チケットを持っていない人はここで買っておいてくれよ!」
「荷馬車は、あっちの大型船だ!」
「アルカセントラル行きは、さっき出たばっかりだよ!!」
乗り場の係員が声を張り上げている。
――その時だった。
「ねぇ、ちょっと。そこの君!」
振り返ると、青い髪の少女が駆け寄ってきた。かなり小柄で、年の頃は十代の終わりか、あるいはもう少し上か。
毛並みの整った耳と、動きに合わせて揺れるしっぽ――獣人の特徴だ。
「お願い! 僕、追われてるの! ちょっとでいいから、かくまって!」
……いや、知らんって。俺は関係ないし、なにより面倒はごめんだ。
「悪いな。他を当たってくれ」
俺がそっけなく答えると、少女は肩を落とした。
だが次の瞬間、彼女の耳がぴくりと動き、ぎょっとした顔になる。
「……来た!」
その声と同時に、背後から、黒ずくめの男たちが人混みをかき分けてやってきた。顔を隠すようなフード、腰には細身の剣。目だけがぎらぎらと光っている。
「しまっ……!」
俺は反射的に彼女の腕を引いてしまった。
「こっちだ!」
少女の身体は驚くほど軽く、引きずるようにして俺は船着き場の反対側、古びた倉庫の影へと身を潜めた。
「ふぅ……ありがとう、助かったよ」
少女は額の汗をぬぐいながら、笑った。
「君、親切なんだね」
「……そうでもない。条件反射で動いただけだ」
「でも、結果的には助けてくれた」
そう言って彼女は、ぽんと俺の肩を叩いた。
「君、名前は?」
「アルヴィオだ。お前は?」
「僕はイオナ。イオナ・セイランって言うんだ。一応、魔法植物学者としてはそこそこ名が通ってるつもりなんだけど、最近ちょっと面倒なことに巻き込まれてて怪しいやつらに追われているんだ」
軽い口調に反して、言っている内容はかなり物騒だった。
「まあ、細かいことは今言っても信じてもらえないと思う。けど、少なくとも君は――信用できそうだ」
「あんまり厄介事に関わるつもりはないぞ」
「うん、わかるよその気持ち。でも……ほんの少し、道連れにしてもらえたら助かる」
そう言って、イオナは笑った。いたずらを仕掛ける子どものような、それでいてどこか憂いを帯びた笑み。
正直、断ろうと思えば断れた。けれど、あのときの震える手と、目の奥に一瞬浮かんだ焦燥が、どうにも俺の中で引っかかっていた。
「まあ、いい。ここに長居するわけにもいかない。次の船に乗るぞ」
「君もリアディスに?」
「ああ、そっちが本来の目的だ」
「へえ偶然だね。じゃあ、一緒に行こうか。僕、君と一緒ならちょっと安心だし」
イオナはワザとらしくウインクして、俺の隣に並んだ。
◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆
ゴンドラが川を滑るように進んでいく。
運河の水面は太陽の光を受けてキラキラと輝き、その光景はどこか神秘的ですらあった。水面を通るさわやかな風で、気が付くとすっかり汗も引いていた。
対岸の市街地は、ゆっくりと解像度を上げていく。川沿いの石造りの建物、運河に浮かぶ小舟、屋台と市場。これが――リアディス。
「ねえ、アルヴィオ君」
イオナが隠れていたズタ袋から、顔を出す。
「お礼に、いいこと教えてあげる」
「……なんだ?」
「君、フレイジアの花って知ってるかい?」
――知ってる。知らないわけがない。
あの青い花の球根が、いかにして人々の心を狂わせたか。魔素を浄化し、魔力を生むというその性質が、どれだけの金と欲望を呼び寄せ、そして世界を泡に沈めた魔法植物。
リーリアが、あんな目に遭ったのも――あの花のせいだ。
「……ああ。知ってる。バブルを起こして、世界を引きずり回した花だ」
皮肉を込めた声が自分の喉から漏れた。だがイオナは、俺の反応に臆することなく、かすかに笑った。
「その通り。でも、それだけじゃないんだ」
「……どういう意味だ?」
「あの花には、まだ隠された可能性がある」
イオナは俺の顔をじっと見つめ、そっと顔を近づけた。次の瞬間、囁くように告げられたその言葉に――俺は、息を呑んだ。
「……っ!」
驚いて、イオナを見る。
「君、この意味がわかるのかい?なかなか賢いね~」
「このことは内緒だよ。僕の口から聞いたって、誰にも言わないでね?」
イオナは、人差し指を口元にあて、いたずらっぽい笑みを浮かべていた。
◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆
船着き場からリアディスに上陸すると、石畳の大通りが迎えてくれた。
「じゃ、僕はこっち。しばらく潜伏するから、またね。きっと、どこかで!」
イオナはそう言って、手をひらひらと振りながら雑踏の中に消えていった。
俺は立ち尽くしたまま、しばらくその背中を見送っていた。改めて、辺りを見渡す。
視界に入ってくる街は、まるで無限に広がっているかのような錯覚を覚えるほどだ。フレイジア不況の影響は、感じられない喧騒で、忙しく馬車が行き交い、年の瀬のかき入れ時に、大声を張り上げる商人たちの声が響いている。香辛料や市場で売られる果物、運河から漂ってくる水の匂いが混ざり合う特有の匂い漂ってくる。
リーリアを救うためには、ここで金を稼ぐ必要がある。奴隷オークションに参加するための資金を作らなければならない。ノーヴェ村を後にしてから、多くの魔獣を倒してきた。そのおかげである程度の種銭はできたが、それだけじゃ全然足りない。
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