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第二章 「ゴールデンクロス」
Intermission 2 「冒険者アイラ」
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半年前。
その日、アイラシア・ルミナスはリアディス郊外の古びた屋敷の庭に佇んでいた。
昼下がりの柔らかな陽光が、アイラシアのプラチナブロンズの髪に淡く反射し、金色の瞳に影を落としている。
――どうして、こんなにも静かなのだろう。
アイラシアが立つその場所は、かつてルミナス家の初代が建てたとされる屋敷のひとつ。
市街地の喧騒から離れた場所にひっそりと建っている。今はもう使用する者もおらず、アイラシアひとりの住処となっていた。
「卒業、おめでとう」
魔法学校の卒業式の夜、長姉エリーナにそう言われた。だが、その声音には祝福の温かさよりも、義務的な響きしか感じられなかった。
「これからは、リアディスの別邸で静かに過ごしなさい。余計なことはしないこと。それが家のためよ、アイラ」
実家に戻ることは、許されなかった。
エリーナは言葉にしなかったが、要するに「恥を晒すな」ということだったのだろう。
兄姉たちは、優秀な成績で、王国軍や魔法大学に進んでいる。その中で、卒業成績も振るわず、軍にも進めず、大学への進学が許されなかったアイラシアは、まさに「落ちこぼれ」だった。
だからこそ、せめて誰かの役に立ちたいと、アイラシアは魔法士ギルドの門を叩いた。
だが、現実は非情だった。ギルドはアイラシアの姓を見て、丁重に扱うふりをしてはいたが、その実、扱いは「腫れ物」だった。まともな依頼など一件も回ってこなかった。
どれだけ通っても、アイラシアに依頼が回ってくることはない。
周囲の魔法士たちはヒソヒソと囁き、アイラシアの存在を避けるように距離を取った。アイラシアが椅子に座るだけで、隣の席はすぐに空く。そんな日々が続いたある日、ようやく通知が届いた。
初めての仕事だった。
その依頼は、冒険者パーティー「宵の明星」への同行だ。
任務内容は、リアディス北部のダンジョンで魔獣討伐を行う冒険者パーティーに随行し、必要に応じて補助魔法を使うこと。普通の魔法士にとっては造作もない仕事だ。
「補助だけでいいからな。余計なことはするなよ」
パーティのリーダーは、開口一番にそう言った。その口調には明らかな不信と蔑視が滲んでいた。他のメンバーも同様だった。誰もアイラシアの名前を呼ばず、ただ「魔法士」とだけ呼んだ。
ダンジョン探索は、序盤こそ順調だった。第四層までは、出現する魔獣も小型のものが多く、「宵の明星」は連携を取りながら的確に進んでいった。
だが、第五層――その階層は、本来なら中級冒険者以上のパーティで挑むべき領域だった。
「どうする? 行ってみるか?」
リーダーの軽口に、前衛の戦士が鼻を鳴らした。
「ははっ、調子出てきたし、少しくらい稼がねぇとな」
誰一人として反対しなかった。ただ、アイラシアだけが、胸騒ぎを覚えていた。
そして、その予感は的中する。第五層に足を踏み入れた直後、それは現れた。
巨大な黒い魔獣。
攻撃も防御も一瞬で打ち砕かれ、戦士が一人、重傷を負った。
ポーションの回復も間に合わず、リーダーが叫ぶ。
「撤退だ! 全員、出口に戻れ!」
だが、その「全員」にはアイラシアは含まれていなかった。逃げようとしたアイラシアに、背中から声が飛ぶ。
「おい、囮になれ! 魔法士、お前が引きつけてろ!」
「えっ……!?」
「悪いな、安かったからなお前。こういう時のために連れてきたんだよ!」
振り返ると、すでに仲間たちは背を向けていた。
「……っ、待って……!」
その声に誰も応えない。
魔獣が放った咆哮が、ダンジョン第五層の空間を震わせた。重々しい蹄が床を叩くたび、地面が鳴る。岩壁が小さく揺れ、上部の欠片がパラパラと崩れ落ちる。
アイラの足がすくんだ。
――動かなきゃ!
頭ではそう分かっていても、体は硬直していた。
「ま、待って……!」
震える声は届かない。仲間たちの足音はさらに遠ざかる。その瞬間、魔獣が突進の姿勢を取った。前脚を低く構え、首を下げ、角をこちらに向ける。
――来る!
アイラは思わず飛び退き、転げながら岩の陰に身を滑り込ませた。肩に鈍い痛みが走ったが、構っている暇はない。
「……っ!」
展開した防御魔法がぎこちなく光るも、風圧と砕けた岩片が襲いかかる。後ろでドンと音が響き、岩壁が砕けた。もう時間はない。
アイラは震える手でポーチから魔力石を取り出す。屋敷の地下で見つけた、わずかに光る青い石。魔力の少ないアイラシアが、最後の手段として忍ばせていたものだ。
「お願い……っ!」
アイラシアは、魔力石を胸に抱きしめ、術式を展開する。小さく、しかし鮮やかな光が足元に広がり、空間がわずかに歪んだ。瞬間、風が巻き起こり、視界が白く染まった。
気がついたとき、アイラシアはダンジョンの入り口に倒れていた。
体中が痛んだ。手足は擦り傷だらけで、髪には血が滲んでいた。それでも、生きていた。
「……助かった……の、かな……」
呆然とつぶやき、空を見上げる。夕陽が山の向こうに沈みかけ、赤い光が頬を照らしていた。
逃げ出したのではない。生き延びたのだ。
その日、アイラシア・ルミナスはリアディス郊外の古びた屋敷の庭に佇んでいた。
昼下がりの柔らかな陽光が、アイラシアのプラチナブロンズの髪に淡く反射し、金色の瞳に影を落としている。
――どうして、こんなにも静かなのだろう。
アイラシアが立つその場所は、かつてルミナス家の初代が建てたとされる屋敷のひとつ。
市街地の喧騒から離れた場所にひっそりと建っている。今はもう使用する者もおらず、アイラシアひとりの住処となっていた。
「卒業、おめでとう」
魔法学校の卒業式の夜、長姉エリーナにそう言われた。だが、その声音には祝福の温かさよりも、義務的な響きしか感じられなかった。
「これからは、リアディスの別邸で静かに過ごしなさい。余計なことはしないこと。それが家のためよ、アイラ」
実家に戻ることは、許されなかった。
エリーナは言葉にしなかったが、要するに「恥を晒すな」ということだったのだろう。
兄姉たちは、優秀な成績で、王国軍や魔法大学に進んでいる。その中で、卒業成績も振るわず、軍にも進めず、大学への進学が許されなかったアイラシアは、まさに「落ちこぼれ」だった。
だからこそ、せめて誰かの役に立ちたいと、アイラシアは魔法士ギルドの門を叩いた。
だが、現実は非情だった。ギルドはアイラシアの姓を見て、丁重に扱うふりをしてはいたが、その実、扱いは「腫れ物」だった。まともな依頼など一件も回ってこなかった。
どれだけ通っても、アイラシアに依頼が回ってくることはない。
周囲の魔法士たちはヒソヒソと囁き、アイラシアの存在を避けるように距離を取った。アイラシアが椅子に座るだけで、隣の席はすぐに空く。そんな日々が続いたある日、ようやく通知が届いた。
初めての仕事だった。
その依頼は、冒険者パーティー「宵の明星」への同行だ。
任務内容は、リアディス北部のダンジョンで魔獣討伐を行う冒険者パーティーに随行し、必要に応じて補助魔法を使うこと。普通の魔法士にとっては造作もない仕事だ。
「補助だけでいいからな。余計なことはするなよ」
パーティのリーダーは、開口一番にそう言った。その口調には明らかな不信と蔑視が滲んでいた。他のメンバーも同様だった。誰もアイラシアの名前を呼ばず、ただ「魔法士」とだけ呼んだ。
ダンジョン探索は、序盤こそ順調だった。第四層までは、出現する魔獣も小型のものが多く、「宵の明星」は連携を取りながら的確に進んでいった。
だが、第五層――その階層は、本来なら中級冒険者以上のパーティで挑むべき領域だった。
「どうする? 行ってみるか?」
リーダーの軽口に、前衛の戦士が鼻を鳴らした。
「ははっ、調子出てきたし、少しくらい稼がねぇとな」
誰一人として反対しなかった。ただ、アイラシアだけが、胸騒ぎを覚えていた。
そして、その予感は的中する。第五層に足を踏み入れた直後、それは現れた。
巨大な黒い魔獣。
攻撃も防御も一瞬で打ち砕かれ、戦士が一人、重傷を負った。
ポーションの回復も間に合わず、リーダーが叫ぶ。
「撤退だ! 全員、出口に戻れ!」
だが、その「全員」にはアイラシアは含まれていなかった。逃げようとしたアイラシアに、背中から声が飛ぶ。
「おい、囮になれ! 魔法士、お前が引きつけてろ!」
「えっ……!?」
「悪いな、安かったからなお前。こういう時のために連れてきたんだよ!」
振り返ると、すでに仲間たちは背を向けていた。
「……っ、待って……!」
その声に誰も応えない。
魔獣が放った咆哮が、ダンジョン第五層の空間を震わせた。重々しい蹄が床を叩くたび、地面が鳴る。岩壁が小さく揺れ、上部の欠片がパラパラと崩れ落ちる。
アイラの足がすくんだ。
――動かなきゃ!
頭ではそう分かっていても、体は硬直していた。
「ま、待って……!」
震える声は届かない。仲間たちの足音はさらに遠ざかる。その瞬間、魔獣が突進の姿勢を取った。前脚を低く構え、首を下げ、角をこちらに向ける。
――来る!
アイラは思わず飛び退き、転げながら岩の陰に身を滑り込ませた。肩に鈍い痛みが走ったが、構っている暇はない。
「……っ!」
展開した防御魔法がぎこちなく光るも、風圧と砕けた岩片が襲いかかる。後ろでドンと音が響き、岩壁が砕けた。もう時間はない。
アイラは震える手でポーチから魔力石を取り出す。屋敷の地下で見つけた、わずかに光る青い石。魔力の少ないアイラシアが、最後の手段として忍ばせていたものだ。
「お願い……っ!」
アイラシアは、魔力石を胸に抱きしめ、術式を展開する。小さく、しかし鮮やかな光が足元に広がり、空間がわずかに歪んだ。瞬間、風が巻き起こり、視界が白く染まった。
気がついたとき、アイラシアはダンジョンの入り口に倒れていた。
体中が痛んだ。手足は擦り傷だらけで、髪には血が滲んでいた。それでも、生きていた。
「……助かった……の、かな……」
呆然とつぶやき、空を見上げる。夕陽が山の向こうに沈みかけ、赤い光が頬を照らしていた。
逃げ出したのではない。生き延びたのだ。
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