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第三章 「アセンディング・トライアングル」
第20話 「新たなる日」
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~憲章暦997年1月1日(土の日)~
新年の朝、常夏のリアディスには、いつも通りの厳しい日差しが降り注いでいた。
俺は、庭に出て日課のストレッチを行う。
「アルさん、おはようございます。明けましておめでとうございます」
背後からアイラの声が聞こえた。振り向くと、アイラは微笑みながら居間の方から顔を出していた。
「明けましておめでとう、アイラ。今年もよろしく頼むよ」
俺たちは軽く頭を下げ合い、新年の挨拶を交わした。今日は新年早々、取引の準備に取り掛かろうと言葉を切り出そうとしたその時だった。
「えっと、アルさん」
アイラが俺を遮るように声をかけてきた。
「新年ですし、まずはお祝いの料理を楽しみましょう。わたし、ちょっとしたものを作ってみたんです」
そう言って、アイラは居間の方へ手招きした。居間に入ると、テーブルの上には色とりどりの料理が並べられていた。輝くスープ、香ばしい香りが漂う焼き魚、そしてフルーツの盛り合わせ――どれも見事な出来栄えだった。
「これは…すごいな、アイラ。こんなにたくさん準備してくれたのか」
「はい、せっかくの新年ですから。アルさん、どうぞ召し上がってください」
アイラは少し照れくさそうに微笑んだ。その笑顔を見ると、俺も自然と気が緩む。取引も大事だが、まずはアイラの心遣いに応えたいと思った。
「じゃあ、いただこうかな」
俺たちはテーブルにつき、アイラの手料理を楽しんだ。温かいスープを口に運ぶと、体の中からじんわりと温まるような感覚が広がった。焼き魚の香ばしさは絶品で、フルーツの甘みが心地いい。
「アイラ、本当に料理が上手いな。料理人レベルじゃないか?」
「そ、そんなことないですよ。でも、ありがとうございます。喜んでいただけて良かったです」
俺はこの穏やかな光景をしっかりと胸に刻んだ。束の間の休息、そして美味しい料理――新年の朝は、何もかもが平和で心地がよかった。アイラのお陰で、根を詰め過ぎていたことに気が付いた俺は、一日休息をとることにした。
◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆
翌日、英気を養った俺たちは、さっそく取引に向けての準備を始めた。
アイラと共に取引所から提供された資料を広げ、リアナの講義を思い出しながら取引魔法士が行うべき手順や魔法の詳細を確認していく。
俺は資料に目を落としながら、アイラに確認する。
「取引で使う2つの魔法、リクエストリンクとオーダーフォームはどちらも魔力消費が少ないとされているが、実際に使ってみてどうだ?」
「そうですね…わたしの魔力量でも、なんとかなると思います」
アイラは少し不安げに言った。
「わかった、でも無理をする必要はない。きついときは遠慮なく言ってくれ」
「はい。アルさんは優しいですね」
その返事を聞きながら、ふと疑問が浮かんだ。
――ここまで魔力消費の小さい魔法であれば、なぜ今までアイラに取引魔法士の依頼がなかったのか。
だが、すぐに答えは見つかった。
――ルミナス。この家名は、アイラにとっての呪いだ。
名門ゆえに、関われば面倒になると敬遠された。魔力量とは関係ないところで、アイラの道は塞がれていたのだろう。だが、そのことを口に出すつもりはなかった。アイラの表情を見れば、今さら触れる必要などない。
「アルさん? それで……この次は、何をするつもりなんですか?」
不思議そうにこちらを覗き込むアイラに、俺は思考を切り替え、答える。
「そうだな…まずは自己分析をしようと思ってる」
「自己分析……ですか?」
「自分たちの強みと弱みを把握する。相場で勝つには、それが何より大事だ」
「強み……弱み……」
アイラは少し考え込むように呟いた。
「たとえば、アイラの魔法には強みがある」
「魔法の、強み…?」
アイラは首をかしげた。
「アイラの魔法の起動速度と、同時に複数の魔法陣を展開できる能力ことだ。それは、取引所で大きな武器になる」
「……えっ?」
驚いたように、金の瞳がこちらを見つめる。
―――アイラは、自分の速さが強みになることに、これまで気づいていなかったのかもしれない。
「取引所では、情報をすばやく取得し、即座に発注に移る必要がある。さらに複数の銘柄を一気に処理しなきゃいけない場面もある。そのとき、アイラの起動速度と多重展開の技術が活きるんだ」
「……でも、そんなにわたし、特別なことできてるでしょうか……?」
「できてたよ。俺が保証する」
アイラは、小さく目を丸くして、それからほんの少しだけ照れたように頬を赤らめた。
「ただ、弱点もある。リクエストリンクの回数が増えると、魔力的にきつくなるってことだな」
「はい……。何十回も連続して使うと、魔力が持たないかもしれません」
「だから、使う回数を減らせばいい。一度で、もっと多くの情報を取ることができれば」
俺の中で、一つのアイデアが形になりかけていた。
「アイラ、一つ試してみたいことがある」
リクエストリンクは、通常なら銘柄ごとに一回ずつ魔法を発動してデータを取得する。けれど、その仕様に、誰も疑問を挟んでいなかった。
「術式を改良して、複数銘柄の情報を一度に取得できないか?」
「……まとめて、ですか?」
「そうだ。銘柄ごとに術式を起動するんじゃなくて、複数銘柄をまとめて術式に埋め込む。リクエストリンクの圧縮版だ」
「よし、アイラ。まずは試してみよう。試しに、圧縮された術式を書いてみてくれ。まずは、三銘柄。無理なら二つでもいい」
アイラの目が、ぱっと輝いた。
「やってみます!」
アイラは、集中した様子で魔法陣を書き始めた。指先から紡ぎ出される光は、細かく、精緻で、美しい。
集中した表情に、俺は思わず見入ってしまう。
アイラの手から紡ぎ出される魔法陣は、あっという間に青白く輝き始め、複雑な模様が浮かび上がった。
「起動します」
「結べ、リクエストリンク」
アイラの声と共に、魔法陣がさらに輝きを増し、瞬く間にトークンコアと接続された。アイラは術式を起動し、一気に情報を要求する。
「取得完了しました。これで合っていますか?」
アイラは軽やかに術式を解きながら、アルカナプレートから浮かんだ情報を俺に見せてくれた。そこには、3銘柄の気配と価格がしっかりと表示されていた。
「完璧だ。全部、正確なデータが出てる。魔力の消耗は?」
「いつもと、あまり変わりません」
「すごい……これができるなら、取引の効率が格段に上がる」
「少し改良すれば、もっと多くの銘柄を載せられると思います」
その言葉に、俺は確信を得た。
「アイラ、残り少ない取引日で、俺たちは資金を最大限に膨らませる必要がある。だから決めた。投資じゃない。投機で勝負する」
「投機…ですか?」
アイラは、不安そうな声で問い返してきた。
「投資は、時間をかけて価値が育つのを待つ手法だ。でも、今の俺たちには時間がない。投機はその逆で、短期的に値動きを見て利益を取る。リスクは高いけど、成功すれば資金を一気に増やせる可能性がある」
「でも、そんなリスクのあるやり方で、本当にうまくいくんでしょうか…」
アイラは視線を伏せ、手を胸元で握りしめる。
「アイラ、投機には投機の流儀ある」
俺は静かに、だがはっきりとそう言った。
「一番怖いのは、自分が何をしているのか理解せずにマーケットに手を出すことだ。でも、俺たちは違う。わかってやってる。リスクを承知で挑む。その上で、分析して、管理して、勝ちにいく。それが流儀だ」
少しの間を置いてから、言葉を続ける。
「必要なのは、速さと情報、そして判断。だからこそ、今の戦い方が必要なんだ。情報を一度に取って、一瞬で動く。アイラの速さがあってこそ成立するやり方だ」
俺の言葉に、アイラの目がわずかに見開かれた。そして、次第にゆっくりと、力強く頷いた。
「……わたしにしかできないことがあるのなら、やってみたいって、思えます」
魔法の速さと演算能力、そして知識と意志。この世界で勝つための俺たちのやり方が、ようやく形になろうとしていた。
新年の朝、常夏のリアディスには、いつも通りの厳しい日差しが降り注いでいた。
俺は、庭に出て日課のストレッチを行う。
「アルさん、おはようございます。明けましておめでとうございます」
背後からアイラの声が聞こえた。振り向くと、アイラは微笑みながら居間の方から顔を出していた。
「明けましておめでとう、アイラ。今年もよろしく頼むよ」
俺たちは軽く頭を下げ合い、新年の挨拶を交わした。今日は新年早々、取引の準備に取り掛かろうと言葉を切り出そうとしたその時だった。
「えっと、アルさん」
アイラが俺を遮るように声をかけてきた。
「新年ですし、まずはお祝いの料理を楽しみましょう。わたし、ちょっとしたものを作ってみたんです」
そう言って、アイラは居間の方へ手招きした。居間に入ると、テーブルの上には色とりどりの料理が並べられていた。輝くスープ、香ばしい香りが漂う焼き魚、そしてフルーツの盛り合わせ――どれも見事な出来栄えだった。
「これは…すごいな、アイラ。こんなにたくさん準備してくれたのか」
「はい、せっかくの新年ですから。アルさん、どうぞ召し上がってください」
アイラは少し照れくさそうに微笑んだ。その笑顔を見ると、俺も自然と気が緩む。取引も大事だが、まずはアイラの心遣いに応えたいと思った。
「じゃあ、いただこうかな」
俺たちはテーブルにつき、アイラの手料理を楽しんだ。温かいスープを口に運ぶと、体の中からじんわりと温まるような感覚が広がった。焼き魚の香ばしさは絶品で、フルーツの甘みが心地いい。
「アイラ、本当に料理が上手いな。料理人レベルじゃないか?」
「そ、そんなことないですよ。でも、ありがとうございます。喜んでいただけて良かったです」
俺はこの穏やかな光景をしっかりと胸に刻んだ。束の間の休息、そして美味しい料理――新年の朝は、何もかもが平和で心地がよかった。アイラのお陰で、根を詰め過ぎていたことに気が付いた俺は、一日休息をとることにした。
◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆
翌日、英気を養った俺たちは、さっそく取引に向けての準備を始めた。
アイラと共に取引所から提供された資料を広げ、リアナの講義を思い出しながら取引魔法士が行うべき手順や魔法の詳細を確認していく。
俺は資料に目を落としながら、アイラに確認する。
「取引で使う2つの魔法、リクエストリンクとオーダーフォームはどちらも魔力消費が少ないとされているが、実際に使ってみてどうだ?」
「そうですね…わたしの魔力量でも、なんとかなると思います」
アイラは少し不安げに言った。
「わかった、でも無理をする必要はない。きついときは遠慮なく言ってくれ」
「はい。アルさんは優しいですね」
その返事を聞きながら、ふと疑問が浮かんだ。
――ここまで魔力消費の小さい魔法であれば、なぜ今までアイラに取引魔法士の依頼がなかったのか。
だが、すぐに答えは見つかった。
――ルミナス。この家名は、アイラにとっての呪いだ。
名門ゆえに、関われば面倒になると敬遠された。魔力量とは関係ないところで、アイラの道は塞がれていたのだろう。だが、そのことを口に出すつもりはなかった。アイラの表情を見れば、今さら触れる必要などない。
「アルさん? それで……この次は、何をするつもりなんですか?」
不思議そうにこちらを覗き込むアイラに、俺は思考を切り替え、答える。
「そうだな…まずは自己分析をしようと思ってる」
「自己分析……ですか?」
「自分たちの強みと弱みを把握する。相場で勝つには、それが何より大事だ」
「強み……弱み……」
アイラは少し考え込むように呟いた。
「たとえば、アイラの魔法には強みがある」
「魔法の、強み…?」
アイラは首をかしげた。
「アイラの魔法の起動速度と、同時に複数の魔法陣を展開できる能力ことだ。それは、取引所で大きな武器になる」
「……えっ?」
驚いたように、金の瞳がこちらを見つめる。
―――アイラは、自分の速さが強みになることに、これまで気づいていなかったのかもしれない。
「取引所では、情報をすばやく取得し、即座に発注に移る必要がある。さらに複数の銘柄を一気に処理しなきゃいけない場面もある。そのとき、アイラの起動速度と多重展開の技術が活きるんだ」
「……でも、そんなにわたし、特別なことできてるでしょうか……?」
「できてたよ。俺が保証する」
アイラは、小さく目を丸くして、それからほんの少しだけ照れたように頬を赤らめた。
「ただ、弱点もある。リクエストリンクの回数が増えると、魔力的にきつくなるってことだな」
「はい……。何十回も連続して使うと、魔力が持たないかもしれません」
「だから、使う回数を減らせばいい。一度で、もっと多くの情報を取ることができれば」
俺の中で、一つのアイデアが形になりかけていた。
「アイラ、一つ試してみたいことがある」
リクエストリンクは、通常なら銘柄ごとに一回ずつ魔法を発動してデータを取得する。けれど、その仕様に、誰も疑問を挟んでいなかった。
「術式を改良して、複数銘柄の情報を一度に取得できないか?」
「……まとめて、ですか?」
「そうだ。銘柄ごとに術式を起動するんじゃなくて、複数銘柄をまとめて術式に埋め込む。リクエストリンクの圧縮版だ」
「よし、アイラ。まずは試してみよう。試しに、圧縮された術式を書いてみてくれ。まずは、三銘柄。無理なら二つでもいい」
アイラの目が、ぱっと輝いた。
「やってみます!」
アイラは、集中した様子で魔法陣を書き始めた。指先から紡ぎ出される光は、細かく、精緻で、美しい。
集中した表情に、俺は思わず見入ってしまう。
アイラの手から紡ぎ出される魔法陣は、あっという間に青白く輝き始め、複雑な模様が浮かび上がった。
「起動します」
「結べ、リクエストリンク」
アイラの声と共に、魔法陣がさらに輝きを増し、瞬く間にトークンコアと接続された。アイラは術式を起動し、一気に情報を要求する。
「取得完了しました。これで合っていますか?」
アイラは軽やかに術式を解きながら、アルカナプレートから浮かんだ情報を俺に見せてくれた。そこには、3銘柄の気配と価格がしっかりと表示されていた。
「完璧だ。全部、正確なデータが出てる。魔力の消耗は?」
「いつもと、あまり変わりません」
「すごい……これができるなら、取引の効率が格段に上がる」
「少し改良すれば、もっと多くの銘柄を載せられると思います」
その言葉に、俺は確信を得た。
「アイラ、残り少ない取引日で、俺たちは資金を最大限に膨らませる必要がある。だから決めた。投資じゃない。投機で勝負する」
「投機…ですか?」
アイラは、不安そうな声で問い返してきた。
「投資は、時間をかけて価値が育つのを待つ手法だ。でも、今の俺たちには時間がない。投機はその逆で、短期的に値動きを見て利益を取る。リスクは高いけど、成功すれば資金を一気に増やせる可能性がある」
「でも、そんなリスクのあるやり方で、本当にうまくいくんでしょうか…」
アイラは視線を伏せ、手を胸元で握りしめる。
「アイラ、投機には投機の流儀ある」
俺は静かに、だがはっきりとそう言った。
「一番怖いのは、自分が何をしているのか理解せずにマーケットに手を出すことだ。でも、俺たちは違う。わかってやってる。リスクを承知で挑む。その上で、分析して、管理して、勝ちにいく。それが流儀だ」
少しの間を置いてから、言葉を続ける。
「必要なのは、速さと情報、そして判断。だからこそ、今の戦い方が必要なんだ。情報を一度に取って、一瞬で動く。アイラの速さがあってこそ成立するやり方だ」
俺の言葉に、アイラの目がわずかに見開かれた。そして、次第にゆっくりと、力強く頷いた。
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