俺だけ魔力が買えるので、投資したらチートモードに突入しました

白河リオン

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第六章 「アキュムレーション」

Intermission 10 「ラテラルムーブメントⅢ」

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 魔獣襲撃の翌日、レオリア軍の北リアディス基地。その執務室は、重苦しい空気に包まれていた。

 机上には報告書の束が山のように積まれ、カーテンは半ば閉じられている。
 
 その机に背筋を伸ばして座る女、エリーナ・ルミナス――レオリア王国のと呼ばれる魔法士。そのブラウンの髪は丁寧にまとめられていたが、目の下に薄く疲労の影が宿っている。

 扉が叩かれた。
 
「失礼いたします」

 入室してきたのは副官のガルドである。手には分厚い封筒を携え、机の前に進み出た。

「魔獣襲撃事件の報告書をお持ちしました」

 簡潔な言葉とともに差し出されたそれを、エリーナは静かに受け取る。

 ガルドは、書類に沿って淡々と報告を始めた。
 
――事件は自然発生ではなく、周到に準備された謀略であったこと。
――現場から発見された魔道具は、魔獣の発生を誘発する術式を組み込んだものだったこと。
――設置の痕跡や入手経路を追った結果、背後にアズーリア帝国の間諜組織の影がちらつくこと。

 部屋を流れる空気はさらに冷え込んでいく。
 
 エリーナは視線を落とし、机に広げられた報告書の一枚一枚を静かにめくった。活字の羅列の奥に、幾つもの無念と血がにじんでいるのをエリーナは回想していた。

「……なるほど。やはり帝国の仕業か」

「断定はできませんが、限りなく黒に近い。しかも、周到に仕掛けられております」

 ガルドの声には抑制された怒りがにじむ。ガルドもまた、現場で兵の犠牲を見てきたのだ。

「――それから」

 ガルドは一拍置いて言葉を継ぐ。
 
「エリーナ様の妹君、アイラシア殿についても言及せねばなりません」

 エリーナの瞳がわずかに動いた。
 
 妹の名を聞いた時だけ、エリーナの心臓は律動を乱す。

「アイラシア殿は魔力が弱く、軍務に耐えぬと伺っておりました。しかし、今回の戦闘では常識を覆す速度で魔法を展開したと証言が相次いでおります。……エリーナ様、あれは一体?」

「……」

 エリーナは即答しなかった。

 模擬戦と魔獣との戦闘を思い出す。

――あれは、弱い。戦場に居てはいけないのだ。模擬戦はそれをわからせるために仕掛けたはずだった。

 妹を守りたいという不器用な思いと、現実がせめぎ合う。

 ガルドは続けた。
 
「しかも、その背後にはアルヴィオ・アディスなる男がいると聞き及びました。投資家を名乗る、妙な若者です。アイラシア殿の異常な能力の発露と、この男の存在は――決して無関係ではあるまいと」

 報告の体裁を取りながらも、それは探りでもあった。
 
 エリーナは沈黙を貫く。

 アルヴィオ――戦場でいつもアイラシアの傍らにいた男。妹を導く存在であることに、姉としての不安と焦燥を抑えきれない。
 
「……それは軍の調査事項には含めるな」

 エリーナは短く言い捨てた。
 
「アイラシアの件は、私が処理する。余計な噂が立てば、収拾がつかなくなる」

「承知しました」

 ガルドは頭を垂れたが、眼差しの奥には一瞬の同情と理解がよぎった。

 ガルドの口から報告は続く。

「事件直後、情報屋の女が接触してきました。彼女の依頼内容は――今回の大規模魔法、恐らくは最上級魔法『エクスティンクション・レイ』を、エリーナ様がやったことにしたいというものでした」

 室内の空気が凍りつく。
 
 エリーナは報告書から目を離し、まっすぐにガルドを見つめた。

「……何だと」

「奇妙な話ではございますが、軍としては都合が良い。帝国の関与を公にすれば外交問題は避けられず、街の混乱も長引きましょう。ですが、『閃光姫が自ら強大な魔法を放ち、被害を抑えた』という物語なら、人々は納得する。英雄譚として受け入れるのです。それに妹君の能力の存在を隠匿するには都合がいいかと」

 淡々と述べながらも、ガルドの声音には疑念が混じっていた。

――情報屋の影にいる者は、だれか? 巧妙にアイラシアを守り、軍にとっても都合のいいシナリオを書ける人物。その存在に少しばかりの恐怖を感じていた。

 エリーナは目を閉じた。
 
 まぶたの裏に浮かぶのは、戦場で散った兵の顔。そして、妹の笑顔。

「……結局、そうなるのか」

「はい。既に情報機関、報道各所への調整を進めております」

 長い沈黙が流れた。
 
 やがてエリーナは静かに息を吐き、報告書を閉じる。

「よい。任せる」

 短い言葉には、諦観と覚悟の両方が宿っていた。

 ガルドは深く一礼し、退室のために背を向ける。
 
 その背にかけられた声は、わずかに掠れていた。
 
「……ガルド」

「はい」

「民が安堵するのなら、それでいい。私は――そのためにここにいるのだから」

 エリーナの横顔は、嘆きに満ちていながらも、どこか優しい光を帯びていた。
 
 妹を思う姉の顔と、軍を率いる将の顔。その矛盾が、ひとつの表情に重なっていた。

 ガルドはその姿を見て、深く胸の内で忠誠を誓う。
 
「……かしこまりました」

 扉が閉ざされ、静寂が戻る。
 
 エリーナは机上の報告書に手を置き、しばし動かぬまま、遠くを見つめていた。
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