61 / 173
第六章 「アキュムレーション」
第50話 「出立の日」
しおりを挟む
~憲章暦997年3月25日(土の日)~
セレスティア商会の正面玄関。
広い石畳の玄関前には、すでに馬車が待機していた。磨き抜かれた木製の車体には商会の紋章が小さく刻まれている。御者台には熟練の社員が腰掛け、護衛役として二人の社員が立っている。
そして、玄関前の中央に立つ少女。オレンジ色の髪をサイドテールに結ったリーリアが、大きな荷物を抱え、俺を見上げていた。
「アル兄……今日は、ついに出発の日だよ」
リーリアの声は明るいけれど、どこか寂しさが混じっている気がする。
「ああ。思ったよりも早かったな」
俺は、リーリアの頭を軽く撫でる。
リーリアは目を細め、子供のころのように甘えるような表情を見せた。
「……えへへ。アル兄にこうして撫でてもらうと、まだ子供のままでもいい気がしちゃう」
「おいおい。これからは立派な魔法士になるんだろ? いつまでも子供じゃ困る」
「分かってるよ。でも……やっぱり寂しいんだもん」
リーリアは俺のことを兄のように慕ってくれている。守るべき存在が遠く離れてしまうことに、すこしばかりの寂しさを覚える。
そんな俺たちを、少し離れた場所からアイラとフィリアが見守っていた。
アイラは両手を前に組み、穏やかな笑顔を浮かべている。けれど、金色の瞳がわずかに揺れていた。
フィリアは相変わらずの涼やかな表情で、隣には護衛のエルヴィナが控えている。
「リーリア様、道中は我らが責任をもってお守りいたします」
商会の社員の一人が深々と頭を下げる。
「うん、ありがとう!」
リーリアは元気よく答え、振り返って俺の手をぎゅっと握った。
「アル兄、私、絶対に強くなって帰ってくるから!」
「ああ、期待してる。でも無茶はするなよ」
「うん」
リーリアは名残惜しそうに手を離し、馬車へと乗り込む。扉が閉まり、やがて御者の掛け声とともに馬車がゆっくりと動き出した。
俺たちは馬車が角を曲がり、見えなくなるまで見送った。
胸の奥にぽっかりと穴が開いたような感覚を覚える。
「……行ってしまいましたわね」
フィリアが小さく呟く。
俺は深く息を吐き出し、気持ちを切り替えるように背筋を伸ばした。
リーリアを見送ったあと、フィリアに呼び止められた。
「アルヴィオ、アイラ。少しお時間をいただけますか?」
俺とアイラは視線を交わし、頷いてから応接室へ向かう。
ソファに腰を下ろすと、フィリアは正面に座り、エルヴィナは背後に控えた。
「さて――単刀直入にお聞きしますわ」
紫の瞳が俺を射抜くように見つめる。
「アイラの魔法、どうしてあれほど強いのですの?」
アイラが小さく身を縮める。
「わ、わたしは……ただ、アルさんのおかげで――」
「ええ、わたくしもそう感じていますの。アイラ、普段あなたには魔力がほとんど感じられませんの。なのに、あの魔法の威力。魔法を使うときだけ魔力が、湧いて出てくるような感覚……アルヴィオ、あなた、何をしたのかしら?」
フィリアは、真剣な眼差しでこちらを見据えている。
フィリアをどこまで信用するか。少しの間、思考を巡らす。
――このまま誤魔化すこともできる。
――だが下手な嘘が通じる相手でもない。ここを切り抜けても必ずボロがでる。
――フィリアなら、秘密を明かしても無闇に広めることはしないだろう。
俺は一度、フィリアから視線を外し、隣のアイラを見た。
「……アイラ。話していいか?」
アイラは驚いたように目を見開く 。
「アルさん、それって……」
「俺一人の判断じゃ決められない。アイラの力にも関わることだからな」
「……アルさんが信じていいと思うなら、わたしは信じます。フィリア様は……きっと裏切らない方だと思いますから」
その言葉に、俺は小さく頷いた。
再びフィリアの紫の瞳を正面から見据える。
しばらくの沈黙の後、俺は口を開く。
「……俺は、ディム、金で魔力を買える」
「――っ!」
フィリアの目が大きく見開かれる。
「俺自身は魔法を使えない。けど、金を魔力に変えて、アイラに渡すことができる」
フィリアは息を整え、じっと俺とアイラを見比べる。
やがて、ふっと口元に笑みを浮かべた。
「……なるほど。ようやく謎が解けましたわ」
その笑みには驚きと同時に、妙な期待の色が混じっていた。
「では――もしわたくしも、あなたのものになれば……その力を使えるのかしら?」
「お嬢様!?」
エルヴィナの驚く声が響く。
思わず声を詰まらせる俺の横で、アイラが真っ赤になって俯いた。
「ふふふ、冗談ですわ」
フィリアは、いたずらっぽく笑う。
「けれど――いずれ本気でお願いする日が来るかもしれませんわね」
俺は頭を掻きながら、曖昧に笑うしかなかった。
「ともあれ、この力は外に知られてはなりません。あなた方の身を危険にさらすことになります」
フィリアは真剣な表情に戻り、アイラへ視線を向ける。
「アイラ、わたくし同様あなたも実力を隠すのです。明日の試験では、せいぜいDランク程度の力を見せるにとどめたほうがいいですわ。……とりわけ、あなたの姉――エリーナに気づかれるのは避けるべきですわ」
アイラははっと顔を上げ、そして小さく首を振った。
「お姉様は……わたしのことなんか、気にしてないと思いますけど……」
その声はかすかに震えていた。まるで自分に言い聞かせるように。
「いいえ、だからこそ危ういのですわ」
「出来損ないと蔑んでいた妹が、突然才能を見せたらどうなるか。プライドの高いエリーナ様なら、必ず詮索を始めますわ」
俺は力強く頷き、言葉を添えた。
「フィリアの言う通りだ。力を隠すこともまた、身を守る手段だ。今はまだ、その時じゃない」
アイラはしばし迷ったあと、小さく頷いた。
「……わかりました。アルさんがそう言うなら」
応接室を後にし、廊下に出る。
背中にはまだ、フィリアの視線が突き刺さっている気がした。
セレスティア商会の正面玄関。
広い石畳の玄関前には、すでに馬車が待機していた。磨き抜かれた木製の車体には商会の紋章が小さく刻まれている。御者台には熟練の社員が腰掛け、護衛役として二人の社員が立っている。
そして、玄関前の中央に立つ少女。オレンジ色の髪をサイドテールに結ったリーリアが、大きな荷物を抱え、俺を見上げていた。
「アル兄……今日は、ついに出発の日だよ」
リーリアの声は明るいけれど、どこか寂しさが混じっている気がする。
「ああ。思ったよりも早かったな」
俺は、リーリアの頭を軽く撫でる。
リーリアは目を細め、子供のころのように甘えるような表情を見せた。
「……えへへ。アル兄にこうして撫でてもらうと、まだ子供のままでもいい気がしちゃう」
「おいおい。これからは立派な魔法士になるんだろ? いつまでも子供じゃ困る」
「分かってるよ。でも……やっぱり寂しいんだもん」
リーリアは俺のことを兄のように慕ってくれている。守るべき存在が遠く離れてしまうことに、すこしばかりの寂しさを覚える。
そんな俺たちを、少し離れた場所からアイラとフィリアが見守っていた。
アイラは両手を前に組み、穏やかな笑顔を浮かべている。けれど、金色の瞳がわずかに揺れていた。
フィリアは相変わらずの涼やかな表情で、隣には護衛のエルヴィナが控えている。
「リーリア様、道中は我らが責任をもってお守りいたします」
商会の社員の一人が深々と頭を下げる。
「うん、ありがとう!」
リーリアは元気よく答え、振り返って俺の手をぎゅっと握った。
「アル兄、私、絶対に強くなって帰ってくるから!」
「ああ、期待してる。でも無茶はするなよ」
「うん」
リーリアは名残惜しそうに手を離し、馬車へと乗り込む。扉が閉まり、やがて御者の掛け声とともに馬車がゆっくりと動き出した。
俺たちは馬車が角を曲がり、見えなくなるまで見送った。
胸の奥にぽっかりと穴が開いたような感覚を覚える。
「……行ってしまいましたわね」
フィリアが小さく呟く。
俺は深く息を吐き出し、気持ちを切り替えるように背筋を伸ばした。
リーリアを見送ったあと、フィリアに呼び止められた。
「アルヴィオ、アイラ。少しお時間をいただけますか?」
俺とアイラは視線を交わし、頷いてから応接室へ向かう。
ソファに腰を下ろすと、フィリアは正面に座り、エルヴィナは背後に控えた。
「さて――単刀直入にお聞きしますわ」
紫の瞳が俺を射抜くように見つめる。
「アイラの魔法、どうしてあれほど強いのですの?」
アイラが小さく身を縮める。
「わ、わたしは……ただ、アルさんのおかげで――」
「ええ、わたくしもそう感じていますの。アイラ、普段あなたには魔力がほとんど感じられませんの。なのに、あの魔法の威力。魔法を使うときだけ魔力が、湧いて出てくるような感覚……アルヴィオ、あなた、何をしたのかしら?」
フィリアは、真剣な眼差しでこちらを見据えている。
フィリアをどこまで信用するか。少しの間、思考を巡らす。
――このまま誤魔化すこともできる。
――だが下手な嘘が通じる相手でもない。ここを切り抜けても必ずボロがでる。
――フィリアなら、秘密を明かしても無闇に広めることはしないだろう。
俺は一度、フィリアから視線を外し、隣のアイラを見た。
「……アイラ。話していいか?」
アイラは驚いたように目を見開く 。
「アルさん、それって……」
「俺一人の判断じゃ決められない。アイラの力にも関わることだからな」
「……アルさんが信じていいと思うなら、わたしは信じます。フィリア様は……きっと裏切らない方だと思いますから」
その言葉に、俺は小さく頷いた。
再びフィリアの紫の瞳を正面から見据える。
しばらくの沈黙の後、俺は口を開く。
「……俺は、ディム、金で魔力を買える」
「――っ!」
フィリアの目が大きく見開かれる。
「俺自身は魔法を使えない。けど、金を魔力に変えて、アイラに渡すことができる」
フィリアは息を整え、じっと俺とアイラを見比べる。
やがて、ふっと口元に笑みを浮かべた。
「……なるほど。ようやく謎が解けましたわ」
その笑みには驚きと同時に、妙な期待の色が混じっていた。
「では――もしわたくしも、あなたのものになれば……その力を使えるのかしら?」
「お嬢様!?」
エルヴィナの驚く声が響く。
思わず声を詰まらせる俺の横で、アイラが真っ赤になって俯いた。
「ふふふ、冗談ですわ」
フィリアは、いたずらっぽく笑う。
「けれど――いずれ本気でお願いする日が来るかもしれませんわね」
俺は頭を掻きながら、曖昧に笑うしかなかった。
「ともあれ、この力は外に知られてはなりません。あなた方の身を危険にさらすことになります」
フィリアは真剣な表情に戻り、アイラへ視線を向ける。
「アイラ、わたくし同様あなたも実力を隠すのです。明日の試験では、せいぜいDランク程度の力を見せるにとどめたほうがいいですわ。……とりわけ、あなたの姉――エリーナに気づかれるのは避けるべきですわ」
アイラははっと顔を上げ、そして小さく首を振った。
「お姉様は……わたしのことなんか、気にしてないと思いますけど……」
その声はかすかに震えていた。まるで自分に言い聞かせるように。
「いいえ、だからこそ危ういのですわ」
「出来損ないと蔑んでいた妹が、突然才能を見せたらどうなるか。プライドの高いエリーナ様なら、必ず詮索を始めますわ」
俺は力強く頷き、言葉を添えた。
「フィリアの言う通りだ。力を隠すこともまた、身を守る手段だ。今はまだ、その時じゃない」
アイラはしばし迷ったあと、小さく頷いた。
「……わかりました。アルさんがそう言うなら」
応接室を後にし、廊下に出る。
背中にはまだ、フィリアの視線が突き刺さっている気がした。
0
あなたにおすすめの小説
魔法至上主義の世界で『筋力』だけカンストした男が拳一つで全てを覆す
ポポリーナ
ファンタジー
魔法こそが至高——この世界では呼吸も移動も戦闘も、あらゆる営みが魔力で成り立っている。
筋力は「野蛮人の遺物」と蔑まれ、身体を鍛える者は最底辺の存在とされていた。
そんな世界に転生した元・体育教師の剛田鉄心は、魔力適性ゼロ、しかし筋力だけが測定不能のカンスト値。
魔法障壁を素手でぶち抜き、転移魔法より速く走り、最上位魔法を腹筋で弾く——
「なぜ魔法を使わないんだ!?」と問われるたびに「だって使えないし」と笑う男の、
常識を腕力でねじ伏せる痛快・逆転無双が今始まる!
僕のギフトは規格外!?〜大好きなもふもふたちと異世界で品質開拓を始めます〜
犬社護
ファンタジー
5歳の誕生日、アキトは不思議な夢を見た。舞台は日本、自分は小学生6年生の子供、様々なシーンが走馬灯のように進んでいき、突然の交通事故で終幕となり、そこでの経験と知識の一部を引き継いだまま目を覚ます。それが前世の記憶で、自分が異世界へと転生していることに気付かないまま日常生活を送るある日、父親の職場見学のため、街中にある遺跡へと出かけ、そこで出会った貴族の幼女と話し合っている時に誘拐されてしまい、大ピンチ! 目隠しされ不安の中でどうしようかと思案していると、小さなもふもふ精霊-白虎が救いの手を差し伸べて、アキトの秘めたる力が解放される。
この小さき白虎との出会いにより、アキトの運命が思わぬ方向へと動き出す。
これは、アキトと訳ありモフモフたちの起こす品質開拓物語。
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
転生特典〈無限スキルポイント〉で無制限にスキルを取得して異世界無双!?
スピカ・メロディアス
ファンタジー
目が覚めたら展開にいた主人公・凸守優斗。
女神様に死後の案内をしてもらえるということで思春期男子高生夢のチートを貰って異世界転生!と思ったものの強すぎるチートはもらえない!?
ならば程々のチートをうまく使って夢にまで見た異世界ライフを楽しもうではないか!
これは、只人の少年が繰り広げる異世界物語である。
大国に囲まれた小国の「魔素無し第四王子」戦記(最強部隊を率いて新王国樹立へ)
たぬころまんじゅう
ファンタジー
小国の第四王子アルス。魔素による身体強化が当たり前の時代に、王族で唯一魔素が無い王子として生まれた彼は、蔑まれる毎日だった。
しかしある日、ひょんなことから無限に湧き出る魔素を身体に取り込んでしまった。その日を境に彼の人生は劇的に変わっていく。
士官学校に入り「戦略」「戦術」「武術」を学び、仲間を集めたアルスは隊を結成。アルス隊が功績を挙げ、軍の中で大きな存在になっていくと様々なことに巻き込まれていく。
領地経営、隣国との戦争、反乱、策略、ガーネット教や3大ギルドによる陰謀にちらつく大国の影。様々な経験を経て「最強部隊」と呼ばれたアルス隊は遂に新王国樹立へ。
異能バトル×神算鬼謀の戦略・戦術バトル!
圧倒的不利な状況を武と知略で切り抜ける!
☆史実に基づいた戦史、宗教史、過去から現代の政治や思想、経済を取り入れて書いた大河ドラマをお楽しみください☆
異世界帰りのハーレム王
ぬんまる兄貴
ファンタジー
俺、飯田雷丸。どこにでもいる普通の高校生……だったはずが、気づいたら異世界に召喚されて魔王を倒してた。すごいだろ?いや、自分でもびっくりしてる。異世界で魔王討伐なんて人生のピークじゃねぇか?でも、そのピークのまま現実世界に帰ってきたわけだ。
で、戻ってきたら、日常生活が平和に戻ると思うだろ?甘かったねぇ。何か知らんけど、妖怪とか悪魔とか幽霊とか、そんなのが普通に見えるようになっちまったんだよ!なんだこれ、チート能力の延長線上か?それとも人生ハードモードのお知らせか?
異世界で魔王を倒した俺が、今度は地球で恋と戦いとボールを転がす!最高にアツいハーレムバトル、開幕!
異世界帰りのハーレム王
朝7:00/夜21:00に各サイトで毎日更新中!
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。
ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる