105 / 173
第九章 「リヴァージョン」
Intermission 22 「ソブリンウェルスファンド」
しおりを挟む
管理室へ案内されると、煌びやかな魔導灯が天井から吊るされ、壁一面には魔導スクリーンが設置されていた。
魔導スクリーンには、北アルカ大陸の交易路、アルカ海沿岸の流通圏が表示されていた。
「……見事なものだな」
ルキウスが小さく呟く。
「これらの魔導スクリーンは、トークンコアとリクエストリンクを通して同調しておりまして、帝国内の主要資産の流れや価格を一目で把握できます。陛下のご関心のある対外運用についても、こちらで確認いただけます」
バシルは杖を軽く叩く。スクリーンの表面に、淡い光が走った。
魔力線が絡み合い、帝国の財政を支える複雑な経路と価格情報が浮かび上がる。
ルキウスは無言で見つめた。
まるで、帝国そのものの血管が目の前に広がっているようだった。
ヴァルタールが低い声で問う。
「総裁、出資構成について、改めて陛下にご説明を」
「はっ」
バシルは姿勢を正した。
「本機構の出資は、帝国政府が三割。帝室が三割。そして民間の商人連合が残る四割を拠出しております。帝室のご裁可を仰ぎながらも、商人らの機動力を活かした構造にございます。運用資産は、商人連合からの借り入れも含めて200億ディムを超える規模となっております」
「商人連合、か」
ルキウスが視線を動かすと、ヴァルタールが静かに言葉を継いだ。
「陛下、民間とはいえ、あの者たちは――我らの同胞がほとんどです。陛下の理想に共鳴し、帝国の再生を願う者たちです」
「同胞、か」
ルキウスの瞳がわずかに細まる。
灰牙の蛇――その名をここで出すことはなかったが、ヴァルタールの言葉の意味は明白だった。
「表に出せぬ資金ほど、戦を長く支えますゆえ」
ヴァルタールの声は静かだった。
その言葉に、バシルが小さく笑みを漏らす。
「実際、陛下の即位後、我らの運用益は飛躍的に伸びております。我らの見通しに沿って、三か月前から小麦相場に投資を行っておりました。戦争が長引けば、穀物価格は確実に上昇する。その利益が、帝国の兵へと還流する仕組みです。」
「……投機で、戦を支えるというのか」
ルキウスの声が低く響いた。
「投機ではなく、戦略でございます。陛下の采配があればこそ、我らも生きる。魔力も信用も、最終的には勝者の手に集まるものでございます。実際、その資金で魔力石を先物の形で大量に確保しています。戦の継続には欠かせないものですから」
「だが、この動きレオリアの連中に気取られると一気に瓦解するのではないか?」
「ご安心ください」
バシルは両手を広げ、誇らしげに魔導スクリーンを示した。
盤面に映し出された光の線は、帝国のあらゆる財の流れを模していた。
「ご覧の通り、資金は複数のルートを通して運用されております。表向きは民間商会の共同投資。誰にも嗅ぎつけられることはございません」
バシルの声には自信と陶酔が混ざっていた。
「資金の流れを隠すため、複数の取引仲介業者を経由しております。いずれも、我らの同胞の手が入っております。彼らは、レオリア人の業者として活動しております故……」
「……レオリアに、か」
その名が出た瞬間、ルキウスの目が細く光った。
国境の向こう、敵国の心臓部にまで根を張っているというのか。
ルキウスがゆっくりと視線を向けた。
バシルは恭しく頭を下げる。
「戦場の剣も、市場の術式も、陛下の剣の延長にございます。経済こそが、もう一つの戦場にございます」
その言葉に、ヴァルタールが小さく頷いた。
「陛下、商人たちの支援は強固です。彼らは忠誠の証として、帝国の未来に投じております。我らの同胞は、陛下の理想を信じております」
ルキウスは立ち上がり、窓の外を見た。
帝都アズラフィアの街並みが広がる。曇天の合間からわずかに差す光が、塔の尖端を照らしていた。
「……戦争とは、かくも多くの影を抱くものか」
「影があるからこそ、光は映えます。陛下の名のもとに、この国は再び栄えるでしょう」
バシルの声は熱を帯びていた。だが、ルキウスの横顔には影が落ちていた。
「民の飢えを癒すための金が、民の血で回るとはな……」
小さく呟く。
その言葉を、誰も返さなかった。
ヴァルタールはただ、皇帝の背を見つめていた。若き帝は、理想を掲げながらも、闇の経済の中を歩いている。その姿に、ヴァルタールは一種の哀れみを覚えた。
皇帝が再び口を開く。
「……ヴァルタール、覚えておけ。私は富を求めて立つのではない。民を飢えさせぬために、剣を取るのだ」
「畏まりました、陛下」
その声に、忠臣は深く頭を垂れた。だがその瞳の奥では、別の光がちらついていた。
忠誠か、それとも――
ルキウスは最後に、魔導スクリーンを振り返る。複雑な線が、光を放っていた。それは帝国の生命線であり、同時に毒のような光でもあった。
戦いは続く。
剣と魔法と、そして金――三つの力が交錯する時代。
アズーリア帝国、束の間の勝利の裏で、誰も知らぬ取引が動き出していた。
魔導スクリーンには、北アルカ大陸の交易路、アルカ海沿岸の流通圏が表示されていた。
「……見事なものだな」
ルキウスが小さく呟く。
「これらの魔導スクリーンは、トークンコアとリクエストリンクを通して同調しておりまして、帝国内の主要資産の流れや価格を一目で把握できます。陛下のご関心のある対外運用についても、こちらで確認いただけます」
バシルは杖を軽く叩く。スクリーンの表面に、淡い光が走った。
魔力線が絡み合い、帝国の財政を支える複雑な経路と価格情報が浮かび上がる。
ルキウスは無言で見つめた。
まるで、帝国そのものの血管が目の前に広がっているようだった。
ヴァルタールが低い声で問う。
「総裁、出資構成について、改めて陛下にご説明を」
「はっ」
バシルは姿勢を正した。
「本機構の出資は、帝国政府が三割。帝室が三割。そして民間の商人連合が残る四割を拠出しております。帝室のご裁可を仰ぎながらも、商人らの機動力を活かした構造にございます。運用資産は、商人連合からの借り入れも含めて200億ディムを超える規模となっております」
「商人連合、か」
ルキウスが視線を動かすと、ヴァルタールが静かに言葉を継いだ。
「陛下、民間とはいえ、あの者たちは――我らの同胞がほとんどです。陛下の理想に共鳴し、帝国の再生を願う者たちです」
「同胞、か」
ルキウスの瞳がわずかに細まる。
灰牙の蛇――その名をここで出すことはなかったが、ヴァルタールの言葉の意味は明白だった。
「表に出せぬ資金ほど、戦を長く支えますゆえ」
ヴァルタールの声は静かだった。
その言葉に、バシルが小さく笑みを漏らす。
「実際、陛下の即位後、我らの運用益は飛躍的に伸びております。我らの見通しに沿って、三か月前から小麦相場に投資を行っておりました。戦争が長引けば、穀物価格は確実に上昇する。その利益が、帝国の兵へと還流する仕組みです。」
「……投機で、戦を支えるというのか」
ルキウスの声が低く響いた。
「投機ではなく、戦略でございます。陛下の采配があればこそ、我らも生きる。魔力も信用も、最終的には勝者の手に集まるものでございます。実際、その資金で魔力石を先物の形で大量に確保しています。戦の継続には欠かせないものですから」
「だが、この動きレオリアの連中に気取られると一気に瓦解するのではないか?」
「ご安心ください」
バシルは両手を広げ、誇らしげに魔導スクリーンを示した。
盤面に映し出された光の線は、帝国のあらゆる財の流れを模していた。
「ご覧の通り、資金は複数のルートを通して運用されております。表向きは民間商会の共同投資。誰にも嗅ぎつけられることはございません」
バシルの声には自信と陶酔が混ざっていた。
「資金の流れを隠すため、複数の取引仲介業者を経由しております。いずれも、我らの同胞の手が入っております。彼らは、レオリア人の業者として活動しております故……」
「……レオリアに、か」
その名が出た瞬間、ルキウスの目が細く光った。
国境の向こう、敵国の心臓部にまで根を張っているというのか。
ルキウスがゆっくりと視線を向けた。
バシルは恭しく頭を下げる。
「戦場の剣も、市場の術式も、陛下の剣の延長にございます。経済こそが、もう一つの戦場にございます」
その言葉に、ヴァルタールが小さく頷いた。
「陛下、商人たちの支援は強固です。彼らは忠誠の証として、帝国の未来に投じております。我らの同胞は、陛下の理想を信じております」
ルキウスは立ち上がり、窓の外を見た。
帝都アズラフィアの街並みが広がる。曇天の合間からわずかに差す光が、塔の尖端を照らしていた。
「……戦争とは、かくも多くの影を抱くものか」
「影があるからこそ、光は映えます。陛下の名のもとに、この国は再び栄えるでしょう」
バシルの声は熱を帯びていた。だが、ルキウスの横顔には影が落ちていた。
「民の飢えを癒すための金が、民の血で回るとはな……」
小さく呟く。
その言葉を、誰も返さなかった。
ヴァルタールはただ、皇帝の背を見つめていた。若き帝は、理想を掲げながらも、闇の経済の中を歩いている。その姿に、ヴァルタールは一種の哀れみを覚えた。
皇帝が再び口を開く。
「……ヴァルタール、覚えておけ。私は富を求めて立つのではない。民を飢えさせぬために、剣を取るのだ」
「畏まりました、陛下」
その声に、忠臣は深く頭を垂れた。だがその瞳の奥では、別の光がちらついていた。
忠誠か、それとも――
ルキウスは最後に、魔導スクリーンを振り返る。複雑な線が、光を放っていた。それは帝国の生命線であり、同時に毒のような光でもあった。
戦いは続く。
剣と魔法と、そして金――三つの力が交錯する時代。
アズーリア帝国、束の間の勝利の裏で、誰も知らぬ取引が動き出していた。
0
あなたにおすすめの小説
魔法至上主義の世界で『筋力』だけカンストした男が拳一つで全てを覆す
ポポリーナ
ファンタジー
魔法こそが至高——この世界では呼吸も移動も戦闘も、あらゆる営みが魔力で成り立っている。
筋力は「野蛮人の遺物」と蔑まれ、身体を鍛える者は最底辺の存在とされていた。
そんな世界に転生した元・体育教師の剛田鉄心は、魔力適性ゼロ、しかし筋力だけが測定不能のカンスト値。
魔法障壁を素手でぶち抜き、転移魔法より速く走り、最上位魔法を腹筋で弾く——
「なぜ魔法を使わないんだ!?」と問われるたびに「だって使えないし」と笑う男の、
常識を腕力でねじ伏せる痛快・逆転無双が今始まる!
僕のギフトは規格外!?〜大好きなもふもふたちと異世界で品質開拓を始めます〜
犬社護
ファンタジー
5歳の誕生日、アキトは不思議な夢を見た。舞台は日本、自分は小学生6年生の子供、様々なシーンが走馬灯のように進んでいき、突然の交通事故で終幕となり、そこでの経験と知識の一部を引き継いだまま目を覚ます。それが前世の記憶で、自分が異世界へと転生していることに気付かないまま日常生活を送るある日、父親の職場見学のため、街中にある遺跡へと出かけ、そこで出会った貴族の幼女と話し合っている時に誘拐されてしまい、大ピンチ! 目隠しされ不安の中でどうしようかと思案していると、小さなもふもふ精霊-白虎が救いの手を差し伸べて、アキトの秘めたる力が解放される。
この小さき白虎との出会いにより、アキトの運命が思わぬ方向へと動き出す。
これは、アキトと訳ありモフモフたちの起こす品質開拓物語。
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
転生特典〈無限スキルポイント〉で無制限にスキルを取得して異世界無双!?
スピカ・メロディアス
ファンタジー
目が覚めたら展開にいた主人公・凸守優斗。
女神様に死後の案内をしてもらえるということで思春期男子高生夢のチートを貰って異世界転生!と思ったものの強すぎるチートはもらえない!?
ならば程々のチートをうまく使って夢にまで見た異世界ライフを楽しもうではないか!
これは、只人の少年が繰り広げる異世界物語である。
大国に囲まれた小国の「魔素無し第四王子」戦記(最強部隊を率いて新王国樹立へ)
たぬころまんじゅう
ファンタジー
小国の第四王子アルス。魔素による身体強化が当たり前の時代に、王族で唯一魔素が無い王子として生まれた彼は、蔑まれる毎日だった。
しかしある日、ひょんなことから無限に湧き出る魔素を身体に取り込んでしまった。その日を境に彼の人生は劇的に変わっていく。
士官学校に入り「戦略」「戦術」「武術」を学び、仲間を集めたアルスは隊を結成。アルス隊が功績を挙げ、軍の中で大きな存在になっていくと様々なことに巻き込まれていく。
領地経営、隣国との戦争、反乱、策略、ガーネット教や3大ギルドによる陰謀にちらつく大国の影。様々な経験を経て「最強部隊」と呼ばれたアルス隊は遂に新王国樹立へ。
異能バトル×神算鬼謀の戦略・戦術バトル!
圧倒的不利な状況を武と知略で切り抜ける!
☆史実に基づいた戦史、宗教史、過去から現代の政治や思想、経済を取り入れて書いた大河ドラマをお楽しみください☆
異世界帰りのハーレム王
ぬんまる兄貴
ファンタジー
俺、飯田雷丸。どこにでもいる普通の高校生……だったはずが、気づいたら異世界に召喚されて魔王を倒してた。すごいだろ?いや、自分でもびっくりしてる。異世界で魔王討伐なんて人生のピークじゃねぇか?でも、そのピークのまま現実世界に帰ってきたわけだ。
で、戻ってきたら、日常生活が平和に戻ると思うだろ?甘かったねぇ。何か知らんけど、妖怪とか悪魔とか幽霊とか、そんなのが普通に見えるようになっちまったんだよ!なんだこれ、チート能力の延長線上か?それとも人生ハードモードのお知らせか?
異世界で魔王を倒した俺が、今度は地球で恋と戦いとボールを転がす!最高にアツいハーレムバトル、開幕!
異世界帰りのハーレム王
朝7:00/夜21:00に各サイトで毎日更新中!
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。
ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる