108 / 173
第九章 「リヴァージョン」
第78話 「魔素汚染」
しおりを挟む
~憲章暦997年4月25日(闇の日)~
セレスティア商会が取引所前の広場に屋台を出してから、すでに1週間が経っていた。
特に『マンタイム風ソース焼きパスタ』は取引所関係者の間で評判になり、昼の鐘が鳴る前に完売することもしばしばだ。
香ばしい匂いと湯気が漂う広場は、もはや取引所前の名物として知られるようになっていた。
「……あの屋台、もうすっかり定着しましたね」
アイラが、取引所の窓越しに外を眺めながら言った。
外では、セレスティア商会の面々が忙しなく準備を進めている。
「これは、いい目の付け所だったわね」
ティタニアが小さく笑いながら腕を組む。
「そうだな、いい商売になりそうだ」
そう答えながら、俺はアルカナプレートを指でなぞった。
プレートに映し出された小麦先物価格は、相変わらず高値圏を維持している。
チャートは緩やかに右肩上がり、買いの勢いは衰えていない。
「……にしても、すごい気配ね」
ティタニアがプレートの光を覗き込み、眉をひそめる。
「前よりも板の厚みが増してる。買い手が明らかに増えてるわ」
「群衆心理だ。上がると思えば、誰も売らない」
「でも、これだけ高値が続くと、どこかで弾ける気もします」
アイラの言葉に、俺は小さく頷いた。
相場というものは、少しずつ狂っていくものだ。
取引開始の鐘が鳴る。同時に、トークンコアの周囲に魔法の光が満ちる。
<小麦、フレイジア、魔力石、空の魔力石の情報をくれ>
<今行きます!>
アイラが即座にデータを送ってくる。
そのとき――
取引所の中央にある魔導スクリーンが、突如として赤く点滅した。
『速報:アーガナス近郊の大穀倉地帯に巨大なダンジョン出現。魔素が噴出し、周囲の農地に大規模な魔素汚染が発生!』
この一文に、取引所は一瞬で騒然となった。
「アーガナスだって!? レオリアの主要穀倉地帯じゃないか!」
「魔素汚染!? 農地がやられたら今年の収穫は……!」
誰かの叫びが飛び交い、取引魔法士たちが慌ただしくオーダーを走らせる。
その混乱の中を、リックが空中から降りてきた。
頬には汗が浮かび、息を弾ませている。
「アル! これ完全に上だろ!」
リックは興奮気味に声を上げ、俺の肩を叩いた。
「買いの連鎖が始まるぞ! 今のうちに乗れ!」
リックは、そう言って空中に戻っていく。
あちこちで魔法陣の光が瞬くたび、数字が跳ね上がる。
――10.23ディム。
――10.65ディム。
――10.96ディム。
板はすでに買い注文で埋まり、売りは瞬時に消えた。
<アルヴィオ、これ……やばいわよ。完全にパニック買いよ>
<ええ。市場全体が魔素汚染のニュースを材料にしてます>
アイラの報告に、俺はわずかに目を細めた。
<……やはりな>
<なにが?>
<この動き。誰かが最初からこの上げを仕組んでた>
俺は指先でアルカナプレートに表示された小麦のチャートをなぞる。
急角度で上昇するライン。増える出来高。小麦に投資している連中の平均買付価格は確実に上がっている。
少し、考えを巡らせ決意を固める。
<アイラ! 売るぞ! ショートだ!>
<えっ、でも……! 上がり続けてますよ!?>
アイラの困惑する声。
<アルヴィオ、あなた正気なの?>
<群衆が熱狂してる時こそ、仕掛けるチャンスだ>
俺は、深く息を吸った。
<アイラ、ここから買いフロー受け止める。できるか?>
<やってみます>
<まず11ディム以上を売る! 11から0.02刻みで10万ずつ12まで指値を入れてくれ>
<はい!>
アイラはそう返事をして、大量の魔法陣を展開した。
――――――――――――――――――――
【用語】
ショート(ポジション)とは、「価格が下がると利益が出る」取引ポジションのこと
例:現在、小麦10kgあたり12ディムで取引されているとします。
◎ショート(売り建て)を行う
投資家は「小麦価格は下がる」と予想。そこで、10kgを12ディムで将来売る契約 を取引所で行います(=ショートポジション)。
◎価格が下がった場合
将来、小麦価格が8ディムに下がったとします。
投資家は市場で8ディムで買い戻して(反対売買)、契約を清算。
売った12ディム - 買い戻した8ディム = 4ディムの利益。
◎価格が上がった場合
小麦が 16ディムに上昇したら、
売った12ディム - 買い戻した16ディム = 4ディムの損失。
注意点としては、通常の買い(=ロングポジション)と違って上昇方向は、上限がないので損失が投資額よりも遥かに大きくなる可能性があることです。
セレスティア商会が取引所前の広場に屋台を出してから、すでに1週間が経っていた。
特に『マンタイム風ソース焼きパスタ』は取引所関係者の間で評判になり、昼の鐘が鳴る前に完売することもしばしばだ。
香ばしい匂いと湯気が漂う広場は、もはや取引所前の名物として知られるようになっていた。
「……あの屋台、もうすっかり定着しましたね」
アイラが、取引所の窓越しに外を眺めながら言った。
外では、セレスティア商会の面々が忙しなく準備を進めている。
「これは、いい目の付け所だったわね」
ティタニアが小さく笑いながら腕を組む。
「そうだな、いい商売になりそうだ」
そう答えながら、俺はアルカナプレートを指でなぞった。
プレートに映し出された小麦先物価格は、相変わらず高値圏を維持している。
チャートは緩やかに右肩上がり、買いの勢いは衰えていない。
「……にしても、すごい気配ね」
ティタニアがプレートの光を覗き込み、眉をひそめる。
「前よりも板の厚みが増してる。買い手が明らかに増えてるわ」
「群衆心理だ。上がると思えば、誰も売らない」
「でも、これだけ高値が続くと、どこかで弾ける気もします」
アイラの言葉に、俺は小さく頷いた。
相場というものは、少しずつ狂っていくものだ。
取引開始の鐘が鳴る。同時に、トークンコアの周囲に魔法の光が満ちる。
<小麦、フレイジア、魔力石、空の魔力石の情報をくれ>
<今行きます!>
アイラが即座にデータを送ってくる。
そのとき――
取引所の中央にある魔導スクリーンが、突如として赤く点滅した。
『速報:アーガナス近郊の大穀倉地帯に巨大なダンジョン出現。魔素が噴出し、周囲の農地に大規模な魔素汚染が発生!』
この一文に、取引所は一瞬で騒然となった。
「アーガナスだって!? レオリアの主要穀倉地帯じゃないか!」
「魔素汚染!? 農地がやられたら今年の収穫は……!」
誰かの叫びが飛び交い、取引魔法士たちが慌ただしくオーダーを走らせる。
その混乱の中を、リックが空中から降りてきた。
頬には汗が浮かび、息を弾ませている。
「アル! これ完全に上だろ!」
リックは興奮気味に声を上げ、俺の肩を叩いた。
「買いの連鎖が始まるぞ! 今のうちに乗れ!」
リックは、そう言って空中に戻っていく。
あちこちで魔法陣の光が瞬くたび、数字が跳ね上がる。
――10.23ディム。
――10.65ディム。
――10.96ディム。
板はすでに買い注文で埋まり、売りは瞬時に消えた。
<アルヴィオ、これ……やばいわよ。完全にパニック買いよ>
<ええ。市場全体が魔素汚染のニュースを材料にしてます>
アイラの報告に、俺はわずかに目を細めた。
<……やはりな>
<なにが?>
<この動き。誰かが最初からこの上げを仕組んでた>
俺は指先でアルカナプレートに表示された小麦のチャートをなぞる。
急角度で上昇するライン。増える出来高。小麦に投資している連中の平均買付価格は確実に上がっている。
少し、考えを巡らせ決意を固める。
<アイラ! 売るぞ! ショートだ!>
<えっ、でも……! 上がり続けてますよ!?>
アイラの困惑する声。
<アルヴィオ、あなた正気なの?>
<群衆が熱狂してる時こそ、仕掛けるチャンスだ>
俺は、深く息を吸った。
<アイラ、ここから買いフロー受け止める。できるか?>
<やってみます>
<まず11ディム以上を売る! 11から0.02刻みで10万ずつ12まで指値を入れてくれ>
<はい!>
アイラはそう返事をして、大量の魔法陣を展開した。
――――――――――――――――――――
【用語】
ショート(ポジション)とは、「価格が下がると利益が出る」取引ポジションのこと
例:現在、小麦10kgあたり12ディムで取引されているとします。
◎ショート(売り建て)を行う
投資家は「小麦価格は下がる」と予想。そこで、10kgを12ディムで将来売る契約 を取引所で行います(=ショートポジション)。
◎価格が下がった場合
将来、小麦価格が8ディムに下がったとします。
投資家は市場で8ディムで買い戻して(反対売買)、契約を清算。
売った12ディム - 買い戻した8ディム = 4ディムの利益。
◎価格が上がった場合
小麦が 16ディムに上昇したら、
売った12ディム - 買い戻した16ディム = 4ディムの損失。
注意点としては、通常の買い(=ロングポジション)と違って上昇方向は、上限がないので損失が投資額よりも遥かに大きくなる可能性があることです。
0
あなたにおすすめの小説
魔法至上主義の世界で『筋力』だけカンストした男が拳一つで全てを覆す
ポポリーナ
ファンタジー
魔法こそが至高——この世界では呼吸も移動も戦闘も、あらゆる営みが魔力で成り立っている。
筋力は「野蛮人の遺物」と蔑まれ、身体を鍛える者は最底辺の存在とされていた。
そんな世界に転生した元・体育教師の剛田鉄心は、魔力適性ゼロ、しかし筋力だけが測定不能のカンスト値。
魔法障壁を素手でぶち抜き、転移魔法より速く走り、最上位魔法を腹筋で弾く——
「なぜ魔法を使わないんだ!?」と問われるたびに「だって使えないし」と笑う男の、
常識を腕力でねじ伏せる痛快・逆転無双が今始まる!
僕のギフトは規格外!?〜大好きなもふもふたちと異世界で品質開拓を始めます〜
犬社護
ファンタジー
5歳の誕生日、アキトは不思議な夢を見た。舞台は日本、自分は小学生6年生の子供、様々なシーンが走馬灯のように進んでいき、突然の交通事故で終幕となり、そこでの経験と知識の一部を引き継いだまま目を覚ます。それが前世の記憶で、自分が異世界へと転生していることに気付かないまま日常生活を送るある日、父親の職場見学のため、街中にある遺跡へと出かけ、そこで出会った貴族の幼女と話し合っている時に誘拐されてしまい、大ピンチ! 目隠しされ不安の中でどうしようかと思案していると、小さなもふもふ精霊-白虎が救いの手を差し伸べて、アキトの秘めたる力が解放される。
この小さき白虎との出会いにより、アキトの運命が思わぬ方向へと動き出す。
これは、アキトと訳ありモフモフたちの起こす品質開拓物語。
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
転生特典〈無限スキルポイント〉で無制限にスキルを取得して異世界無双!?
スピカ・メロディアス
ファンタジー
目が覚めたら展開にいた主人公・凸守優斗。
女神様に死後の案内をしてもらえるということで思春期男子高生夢のチートを貰って異世界転生!と思ったものの強すぎるチートはもらえない!?
ならば程々のチートをうまく使って夢にまで見た異世界ライフを楽しもうではないか!
これは、只人の少年が繰り広げる異世界物語である。
大国に囲まれた小国の「魔素無し第四王子」戦記(最強部隊を率いて新王国樹立へ)
たぬころまんじゅう
ファンタジー
小国の第四王子アルス。魔素による身体強化が当たり前の時代に、王族で唯一魔素が無い王子として生まれた彼は、蔑まれる毎日だった。
しかしある日、ひょんなことから無限に湧き出る魔素を身体に取り込んでしまった。その日を境に彼の人生は劇的に変わっていく。
士官学校に入り「戦略」「戦術」「武術」を学び、仲間を集めたアルスは隊を結成。アルス隊が功績を挙げ、軍の中で大きな存在になっていくと様々なことに巻き込まれていく。
領地経営、隣国との戦争、反乱、策略、ガーネット教や3大ギルドによる陰謀にちらつく大国の影。様々な経験を経て「最強部隊」と呼ばれたアルス隊は遂に新王国樹立へ。
異能バトル×神算鬼謀の戦略・戦術バトル!
圧倒的不利な状況を武と知略で切り抜ける!
☆史実に基づいた戦史、宗教史、過去から現代の政治や思想、経済を取り入れて書いた大河ドラマをお楽しみください☆
異世界帰りのハーレム王
ぬんまる兄貴
ファンタジー
俺、飯田雷丸。どこにでもいる普通の高校生……だったはずが、気づいたら異世界に召喚されて魔王を倒してた。すごいだろ?いや、自分でもびっくりしてる。異世界で魔王討伐なんて人生のピークじゃねぇか?でも、そのピークのまま現実世界に帰ってきたわけだ。
で、戻ってきたら、日常生活が平和に戻ると思うだろ?甘かったねぇ。何か知らんけど、妖怪とか悪魔とか幽霊とか、そんなのが普通に見えるようになっちまったんだよ!なんだこれ、チート能力の延長線上か?それとも人生ハードモードのお知らせか?
異世界で魔王を倒した俺が、今度は地球で恋と戦いとボールを転がす!最高にアツいハーレムバトル、開幕!
異世界帰りのハーレム王
朝7:00/夜21:00に各サイトで毎日更新中!
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。
ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
魔力ゼロの俺だけが、呪いの装備を『代償なし』で使い放題 ~命を削る魔剣も、俺が持てば『ただのよく切れる剣』~
仙道
ファンタジー
現代日本で天才研究者だった相模登(さがみ のぼる)は、ある日突然、異世界へ転移した。 そこは『スキル』と『魔力』が全てを決める世界。
しかし登には、ステータス画面もなければ、魔力も、スキルも一切存在しなかった。
ただの一般人として迷宮に放り出された彼は、瀕死の女騎士と出会う。彼女の前には、使う者の命を瞬時に吸い尽くす『呪いの魔剣』が落ちていた。
武器はそれしかない。女騎士は絶望していたが、登は平然と魔剣を握りしめる。 「なぜ……生きていられるの?」 登には、剣が対価として要求する魔力は存在しない。故に、魔剣はデメリットなしの『ただのよく切れる剣』として機能した。
これは、世界で唯一「対価」を支払う必要がない登が、呪われた武具を次々と使いこなし、その副作用に苦しむ女騎士やエルフ、聖女を救い出し、無自覚に溺愛されていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる