145 / 173
第十一章 「デッドクロス」
第101話 「婚姻」
しおりを挟む
~憲章暦997年8月6日(火の日)~
王女の結婚式当日。
ロピカルハ王都は、色彩に満ちていた。
通りには花輪が吊るされ、カラフルな布飾りが風に揺れている。建物の柱や門には、南国特有の鮮やかな花が使われ、甘い香りが街全体を包み込んでいた。
「……すごいな」
思わず、そんな感想が漏れる。
裏の顔を見てしまった後でも、この光景だけを切り取れば、まぎれもなく楽園だった。
人々は民族衣装に身を包み、首には花の首飾りをかけている。打楽器と弦楽器が混じった陽気な音楽が、途切れることなく街を流れていた。
ロピカルハの文化は、どこか海と共に生きることを前提にしている。
厳粛さよりも、祝福を分かち合うことを大切にする国――そんな印象を受ける。
結婚式の会場は、王城の中庭と大広間をつなぐ形で設えられていた。
屋根は高く、柱の間は開放され、外から潮風と光がそのまま入り込む。重厚な城というより、自然と一体化した神殿に近い。
招待客であるフィリア、レイラ、クロエは参列者席。
俺を含むそれ以外の面々は、参列者の関係者として少し奥まった関係者席へと案内された。
「……わ、私、ここで本当に大丈夫なんでしょうか……」
隣で、ニナが不安そうに呟く。
無理もない。
香料諸島西部の小さな島で育ったニナにとって、王族の結婚式など遠い世界の話だろう。それが今、なぜか関係者として席に座らされているのだから、緊張しない方がおかしい。
「だ、大丈夫だよ、ニナ」
リーリアが小声で励ます。
「変なことしなければ、怒られたりしないから!」
「そ、そういう問題じゃ……」
ニナは背筋を伸ばしたまま、ぎこちなく頷いた。
その前の席では、エルヴィナが落ち着かない様子で周囲を見回している。フィリアと離れた席になったのが、どうにも気になるらしい。護衛としての本能だろう。
一方、ヒカリはというと。
「……ほんとに、ファンタジー世界の結婚式だ……」
小さく呟き、目を輝かせている。
転生者らしい、素直な感想だった。
アイラやイオナ、ティタニアもそれそれの目線でこの式を見ているのだろう。
そして俺は。
関係者席の端から、自然に視線を巡らせていた。
――随行文官。
レクスと、カイル。
二人とも表情は穏やかで、姿勢も完璧だ。だが、どうにも視線が気になる。
レクスは、全体を均等に見ている。
一方で、カイルは――
時折、王城の奥、あるいは参列者席の一角に、ほんの一瞬だけ視線を送っている。
目的がはっきりしない。
それが、余計に不気味だった。
やがて、音楽が変わる。
低く、ゆったりとした太鼓の音。
会場が、自然と静まり返った。
王族の入場だ。
まず現れたのは、マハロス王。
体調が悪いと聞いていたが、歩みは確かだった。年齢を感じさせる白髪はあるが、その背筋はまっすぐで、王としての威厳を失っていない。
隣には、王妃。
柔らかな微笑みを湛え、深紅の布に包まれた小箱を大切そうに抱えている。
その後ろに、王女が続いた。
白を基調とした衣装に、淡い青と金の刺繍。布地は軽やかで、歩くたびに柔らかく揺れる。頭には花と羽根を組み合わせた飾りが添えられ、首元には、他の参列者よりもひときわ大きな花輪がかけられていた。
ゆったりと歩いてくる王女の姿勢は正しく、所作も完璧だ。
笑みは浮かべている。
けれど、その目の奥にあるのは、喜びよりも静かな距離感。
――明らかな政略結婚だしこんなものか
そう自分に言い聞かせる。
王女が中央に立つと、楽の音が少しだけ高まる。
次に現れたのは、新郎だ。
セディオ家の嫡男、かつては商人だった一族。
経済的功績で貴族に列せられ、今やロピカルハの交易と金融を支える存在だ。
表情は落ち落ち着いていて、王女を見る視線は柔らかい。
司祭役を務める長老が、一歩前に出る。
音楽が静まり、式が始まったことを知らせた。
王女の結婚式当日。
ロピカルハ王都は、色彩に満ちていた。
通りには花輪が吊るされ、カラフルな布飾りが風に揺れている。建物の柱や門には、南国特有の鮮やかな花が使われ、甘い香りが街全体を包み込んでいた。
「……すごいな」
思わず、そんな感想が漏れる。
裏の顔を見てしまった後でも、この光景だけを切り取れば、まぎれもなく楽園だった。
人々は民族衣装に身を包み、首には花の首飾りをかけている。打楽器と弦楽器が混じった陽気な音楽が、途切れることなく街を流れていた。
ロピカルハの文化は、どこか海と共に生きることを前提にしている。
厳粛さよりも、祝福を分かち合うことを大切にする国――そんな印象を受ける。
結婚式の会場は、王城の中庭と大広間をつなぐ形で設えられていた。
屋根は高く、柱の間は開放され、外から潮風と光がそのまま入り込む。重厚な城というより、自然と一体化した神殿に近い。
招待客であるフィリア、レイラ、クロエは参列者席。
俺を含むそれ以外の面々は、参列者の関係者として少し奥まった関係者席へと案内された。
「……わ、私、ここで本当に大丈夫なんでしょうか……」
隣で、ニナが不安そうに呟く。
無理もない。
香料諸島西部の小さな島で育ったニナにとって、王族の結婚式など遠い世界の話だろう。それが今、なぜか関係者として席に座らされているのだから、緊張しない方がおかしい。
「だ、大丈夫だよ、ニナ」
リーリアが小声で励ます。
「変なことしなければ、怒られたりしないから!」
「そ、そういう問題じゃ……」
ニナは背筋を伸ばしたまま、ぎこちなく頷いた。
その前の席では、エルヴィナが落ち着かない様子で周囲を見回している。フィリアと離れた席になったのが、どうにも気になるらしい。護衛としての本能だろう。
一方、ヒカリはというと。
「……ほんとに、ファンタジー世界の結婚式だ……」
小さく呟き、目を輝かせている。
転生者らしい、素直な感想だった。
アイラやイオナ、ティタニアもそれそれの目線でこの式を見ているのだろう。
そして俺は。
関係者席の端から、自然に視線を巡らせていた。
――随行文官。
レクスと、カイル。
二人とも表情は穏やかで、姿勢も完璧だ。だが、どうにも視線が気になる。
レクスは、全体を均等に見ている。
一方で、カイルは――
時折、王城の奥、あるいは参列者席の一角に、ほんの一瞬だけ視線を送っている。
目的がはっきりしない。
それが、余計に不気味だった。
やがて、音楽が変わる。
低く、ゆったりとした太鼓の音。
会場が、自然と静まり返った。
王族の入場だ。
まず現れたのは、マハロス王。
体調が悪いと聞いていたが、歩みは確かだった。年齢を感じさせる白髪はあるが、その背筋はまっすぐで、王としての威厳を失っていない。
隣には、王妃。
柔らかな微笑みを湛え、深紅の布に包まれた小箱を大切そうに抱えている。
その後ろに、王女が続いた。
白を基調とした衣装に、淡い青と金の刺繍。布地は軽やかで、歩くたびに柔らかく揺れる。頭には花と羽根を組み合わせた飾りが添えられ、首元には、他の参列者よりもひときわ大きな花輪がかけられていた。
ゆったりと歩いてくる王女の姿勢は正しく、所作も完璧だ。
笑みは浮かべている。
けれど、その目の奥にあるのは、喜びよりも静かな距離感。
――明らかな政略結婚だしこんなものか
そう自分に言い聞かせる。
王女が中央に立つと、楽の音が少しだけ高まる。
次に現れたのは、新郎だ。
セディオ家の嫡男、かつては商人だった一族。
経済的功績で貴族に列せられ、今やロピカルハの交易と金融を支える存在だ。
表情は落ち落ち着いていて、王女を見る視線は柔らかい。
司祭役を務める長老が、一歩前に出る。
音楽が静まり、式が始まったことを知らせた。
0
あなたにおすすめの小説
魔法至上主義の世界で『筋力』だけカンストした男が拳一つで全てを覆す
ポポリーナ
ファンタジー
魔法こそが至高——この世界では呼吸も移動も戦闘も、あらゆる営みが魔力で成り立っている。
筋力は「野蛮人の遺物」と蔑まれ、身体を鍛える者は最底辺の存在とされていた。
そんな世界に転生した元・体育教師の剛田鉄心は、魔力適性ゼロ、しかし筋力だけが測定不能のカンスト値。
魔法障壁を素手でぶち抜き、転移魔法より速く走り、最上位魔法を腹筋で弾く——
「なぜ魔法を使わないんだ!?」と問われるたびに「だって使えないし」と笑う男の、
常識を腕力でねじ伏せる痛快・逆転無双が今始まる!
僕のギフトは規格外!?〜大好きなもふもふたちと異世界で品質開拓を始めます〜
犬社護
ファンタジー
5歳の誕生日、アキトは不思議な夢を見た。舞台は日本、自分は小学生6年生の子供、様々なシーンが走馬灯のように進んでいき、突然の交通事故で終幕となり、そこでの経験と知識の一部を引き継いだまま目を覚ます。それが前世の記憶で、自分が異世界へと転生していることに気付かないまま日常生活を送るある日、父親の職場見学のため、街中にある遺跡へと出かけ、そこで出会った貴族の幼女と話し合っている時に誘拐されてしまい、大ピンチ! 目隠しされ不安の中でどうしようかと思案していると、小さなもふもふ精霊-白虎が救いの手を差し伸べて、アキトの秘めたる力が解放される。
この小さき白虎との出会いにより、アキトの運命が思わぬ方向へと動き出す。
これは、アキトと訳ありモフモフたちの起こす品質開拓物語。
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
転生特典〈無限スキルポイント〉で無制限にスキルを取得して異世界無双!?
スピカ・メロディアス
ファンタジー
目が覚めたら展開にいた主人公・凸守優斗。
女神様に死後の案内をしてもらえるということで思春期男子高生夢のチートを貰って異世界転生!と思ったものの強すぎるチートはもらえない!?
ならば程々のチートをうまく使って夢にまで見た異世界ライフを楽しもうではないか!
これは、只人の少年が繰り広げる異世界物語である。
大国に囲まれた小国の「魔素無し第四王子」戦記(最強部隊を率いて新王国樹立へ)
たぬころまんじゅう
ファンタジー
小国の第四王子アルス。魔素による身体強化が当たり前の時代に、王族で唯一魔素が無い王子として生まれた彼は、蔑まれる毎日だった。
しかしある日、ひょんなことから無限に湧き出る魔素を身体に取り込んでしまった。その日を境に彼の人生は劇的に変わっていく。
士官学校に入り「戦略」「戦術」「武術」を学び、仲間を集めたアルスは隊を結成。アルス隊が功績を挙げ、軍の中で大きな存在になっていくと様々なことに巻き込まれていく。
領地経営、隣国との戦争、反乱、策略、ガーネット教や3大ギルドによる陰謀にちらつく大国の影。様々な経験を経て「最強部隊」と呼ばれたアルス隊は遂に新王国樹立へ。
異能バトル×神算鬼謀の戦略・戦術バトル!
圧倒的不利な状況を武と知略で切り抜ける!
☆史実に基づいた戦史、宗教史、過去から現代の政治や思想、経済を取り入れて書いた大河ドラマをお楽しみください☆
異世界帰りのハーレム王
ぬんまる兄貴
ファンタジー
俺、飯田雷丸。どこにでもいる普通の高校生……だったはずが、気づいたら異世界に召喚されて魔王を倒してた。すごいだろ?いや、自分でもびっくりしてる。異世界で魔王討伐なんて人生のピークじゃねぇか?でも、そのピークのまま現実世界に帰ってきたわけだ。
で、戻ってきたら、日常生活が平和に戻ると思うだろ?甘かったねぇ。何か知らんけど、妖怪とか悪魔とか幽霊とか、そんなのが普通に見えるようになっちまったんだよ!なんだこれ、チート能力の延長線上か?それとも人生ハードモードのお知らせか?
異世界で魔王を倒した俺が、今度は地球で恋と戦いとボールを転がす!最高にアツいハーレムバトル、開幕!
異世界帰りのハーレム王
朝7:00/夜21:00に各サイトで毎日更新中!
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。
ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
魔力ゼロの俺だけが、呪いの装備を『代償なし』で使い放題 ~命を削る魔剣も、俺が持てば『ただのよく切れる剣』~
仙道
ファンタジー
現代日本で天才研究者だった相模登(さがみ のぼる)は、ある日突然、異世界へ転移した。 そこは『スキル』と『魔力』が全てを決める世界。
しかし登には、ステータス画面もなければ、魔力も、スキルも一切存在しなかった。
ただの一般人として迷宮に放り出された彼は、瀕死の女騎士と出会う。彼女の前には、使う者の命を瞬時に吸い尽くす『呪いの魔剣』が落ちていた。
武器はそれしかない。女騎士は絶望していたが、登は平然と魔剣を握りしめる。 「なぜ……生きていられるの?」 登には、剣が対価として要求する魔力は存在しない。故に、魔剣はデメリットなしの『ただのよく切れる剣』として機能した。
これは、世界で唯一「対価」を支払う必要がない登が、呪われた武具を次々と使いこなし、その副作用に苦しむ女騎士やエルフ、聖女を救い出し、無自覚に溺愛されていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる