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第十一章 「デッドクロス」
第100話 「王太子」
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よく通る声。
玉座の奥から、ゆったりとした足取りで現れたのは、若い男だった。
年頃は、俺と大きく変わらない――いや、少し上か。
整った顔立ちに、艶やかな衣装。
その左右には、色とりどりの衣装を纏った女性たちが控えている。
これは……控えている、というより、連れている、か。
「代わりに、王太子である私が応対させてもらう」
男は、にこやかに笑った。
「ファルハン・カルハだ」
ロピカルハ王国、王太子。
『ロピカルハ経済を立て直した切れ者』
『若くして実権を握り、交易と金融の舵を取る男』
という一般的な評判を、俺は知っている。
だが――
目の前にいる人物は、その評判と微妙に噛み合っていなかった。
いや、噛み合っていないというより……余計なものが、いくつもくっついている。
視線が、どうしても左右に連なる女性たちへ向いてしまう。
年若い者もいれば、明らかに身分の高そうな装いの者もいる。全員が、王太子の機嫌を損ねないよう、距離と位置を計算して立っているのが見て取れた。
好色家。
そういう印象を持たざる得ない光景だ。
王太子の視線が、女性たちを値踏みするように滑り、また戻ってくる。
軽い……あまりにも軽い。
そんな視線にも臆せずフィリアが、一歩前に出て、丁寧に礼をする。
「レオリア王国、アリスタル公爵、わが父の名代として参りました、フィリア・アリスタルでございますわ」
「おお、そなたが噂の」
ファルハンの視線が、露骨にフィリアを捉える。
「美しい。レオリアは、やはり目の保養に事欠かない」
……おい。
内心で、思わず眉をひそめた。
だがフィリアは、微笑みを崩さない。
「恐れ入りますわ」
エルヴィナは一歩後ろで、冷たい雰囲気を放ったまま微動だにしない。
レクスとカイルは、形式通りの礼を取る。
俺とクロエは、半歩引いた位置で控えた。
形式的な挨拶が続く。
ロピカルハ王国とレオリア王国の友好、王女の結婚式への祝意、そして表敬の辞。
だが、どれも薄く、軽い。
ファルハン王太子は、言葉を聞いているようで、どこか別のところを見ている。
視線は、フィリアから離れない。
その視線の質が、どうにも気に入らなかった。
そして会話の終盤――
「我が妹も、ようやく嫁ぐことになった。国にとって、良いことだ」
妹。
そう呼ぶ口調に、感情はほとんど乗っていない。
政治的な一手。
その程度の重さしか、感じられなかった。
「ついては」
ファルハンは、侍従に目配せをする。
「サリアを」
短い命令。
間もなく、奥の扉が静かに開いた。
現れたのは――
ロピカルハの伝統衣装に身を包んだ、若い女性だった。
背筋を正し、歩みはゆっくり。
だが、その表情はどこか硬い。
「こちらが、明日花嫁となる妹だ」
ファルハンの紹介は、あまりにも簡潔だった。
王女は、静かに一礼する。
フィリアが、わずかに目を細める。
ほんの一瞬。
フィリアは、王女へと一歩近づき、同じ目線で、丁寧に礼を返した。
「ご結婚、おめでとうございますわ」
王女は、なにも言わず再び静かに礼をした。
動作の最後、こちらを見据えたその瞬間――
ほんのわずかに視線が揺れた。
気のせい、かもしれない。
だが俺には、その揺れが、ひどく気になった。
「さて」
ファルハンが、ぱん、と手を叩いた。
「面会はここまでだ。明日の式の準備もある」
王女は、何かを言いかけることもなく、侍従に促されてその場を離れていく。
その背中を、ファルハンは特に気に留めた様子もなく見送った。
「では、今日はこれで」
王太子は、満足そうに言った。
「来訪、感謝する。明日の式、楽しんでくれ」
あっさりと儀礼は、終わった。
◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆
謁見の間を出て、長い回廊を歩く。
誰も口を開かない。
しばらくして、フィリアが小さく息を吐いた。
「……」
その横顔は、どこか考え込むようだった。
「どうかしたか?」
俺が小声で聞くと、フィリアは一瞬、言葉を探す。
「いえ。ただ……」
「ただ?」
「以前、サリア様、王女殿下がレオリアにいらしたとき、パーティーでお見かけしたことがありましたの」
記憶を辿るような目。
「あのときは、もう少し……」
言葉を切り、ふっと笑う。
「……いえ。きっと気のせいですわね」
そう言って、話を切り上げる。
だが、その声には、納得しきれていない響きが残っていた。
玉座の奥から、ゆったりとした足取りで現れたのは、若い男だった。
年頃は、俺と大きく変わらない――いや、少し上か。
整った顔立ちに、艶やかな衣装。
その左右には、色とりどりの衣装を纏った女性たちが控えている。
これは……控えている、というより、連れている、か。
「代わりに、王太子である私が応対させてもらう」
男は、にこやかに笑った。
「ファルハン・カルハだ」
ロピカルハ王国、王太子。
『ロピカルハ経済を立て直した切れ者』
『若くして実権を握り、交易と金融の舵を取る男』
という一般的な評判を、俺は知っている。
だが――
目の前にいる人物は、その評判と微妙に噛み合っていなかった。
いや、噛み合っていないというより……余計なものが、いくつもくっついている。
視線が、どうしても左右に連なる女性たちへ向いてしまう。
年若い者もいれば、明らかに身分の高そうな装いの者もいる。全員が、王太子の機嫌を損ねないよう、距離と位置を計算して立っているのが見て取れた。
好色家。
そういう印象を持たざる得ない光景だ。
王太子の視線が、女性たちを値踏みするように滑り、また戻ってくる。
軽い……あまりにも軽い。
そんな視線にも臆せずフィリアが、一歩前に出て、丁寧に礼をする。
「レオリア王国、アリスタル公爵、わが父の名代として参りました、フィリア・アリスタルでございますわ」
「おお、そなたが噂の」
ファルハンの視線が、露骨にフィリアを捉える。
「美しい。レオリアは、やはり目の保養に事欠かない」
……おい。
内心で、思わず眉をひそめた。
だがフィリアは、微笑みを崩さない。
「恐れ入りますわ」
エルヴィナは一歩後ろで、冷たい雰囲気を放ったまま微動だにしない。
レクスとカイルは、形式通りの礼を取る。
俺とクロエは、半歩引いた位置で控えた。
形式的な挨拶が続く。
ロピカルハ王国とレオリア王国の友好、王女の結婚式への祝意、そして表敬の辞。
だが、どれも薄く、軽い。
ファルハン王太子は、言葉を聞いているようで、どこか別のところを見ている。
視線は、フィリアから離れない。
その視線の質が、どうにも気に入らなかった。
そして会話の終盤――
「我が妹も、ようやく嫁ぐことになった。国にとって、良いことだ」
妹。
そう呼ぶ口調に、感情はほとんど乗っていない。
政治的な一手。
その程度の重さしか、感じられなかった。
「ついては」
ファルハンは、侍従に目配せをする。
「サリアを」
短い命令。
間もなく、奥の扉が静かに開いた。
現れたのは――
ロピカルハの伝統衣装に身を包んだ、若い女性だった。
背筋を正し、歩みはゆっくり。
だが、その表情はどこか硬い。
「こちらが、明日花嫁となる妹だ」
ファルハンの紹介は、あまりにも簡潔だった。
王女は、静かに一礼する。
フィリアが、わずかに目を細める。
ほんの一瞬。
フィリアは、王女へと一歩近づき、同じ目線で、丁寧に礼を返した。
「ご結婚、おめでとうございますわ」
王女は、なにも言わず再び静かに礼をした。
動作の最後、こちらを見据えたその瞬間――
ほんのわずかに視線が揺れた。
気のせい、かもしれない。
だが俺には、その揺れが、ひどく気になった。
「さて」
ファルハンが、ぱん、と手を叩いた。
「面会はここまでだ。明日の式の準備もある」
王女は、何かを言いかけることもなく、侍従に促されてその場を離れていく。
その背中を、ファルハンは特に気に留めた様子もなく見送った。
「では、今日はこれで」
王太子は、満足そうに言った。
「来訪、感謝する。明日の式、楽しんでくれ」
あっさりと儀礼は、終わった。
◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆
謁見の間を出て、長い回廊を歩く。
誰も口を開かない。
しばらくして、フィリアが小さく息を吐いた。
「……」
その横顔は、どこか考え込むようだった。
「どうかしたか?」
俺が小声で聞くと、フィリアは一瞬、言葉を探す。
「いえ。ただ……」
「ただ?」
「以前、サリア様、王女殿下がレオリアにいらしたとき、パーティーでお見かけしたことがありましたの」
記憶を辿るような目。
「あのときは、もう少し……」
言葉を切り、ふっと笑う。
「……いえ。きっと気のせいですわね」
そう言って、話を切り上げる。
だが、その声には、納得しきれていない響きが残っていた。
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