143 / 173
第十一章 「デッドクロス」
第99話 「表敬」
しおりを挟む
王女の結婚式を明日に控えた朝は、妙に静かだった。
昨日は、みんなで海に出て、文字どおり羽を伸ばした。
ロピカルハの海は、信じられないほど澄んでいて、深いところまでくっきり見えたのは印象的だった。
リーリアは最初から最後まで大はしゃぎで、ニナも最初こそ遠慮がちだったが、最後は笑顔で波と戯れていた。アイラの水着を恥ずかしがる姿、対照的に堂々としたフィリアとティタニア。ヒカリの肩の力が抜けた様子。
楽園、という言葉がこれほど似合う場所もないだろう。
だからこそ――今朝の静けさは、そのコントラストを強くする。
「では、参りましょうか」
身支度を整えたフィリアが、いつもより少しだけ背筋を伸ばして言った。
今日の用件は、ロピカルハ王家への表敬訪問だ。
レオリア王国、アリスタル公爵家の名代としての正式な行事だ。
同行するのは、護衛のエルヴィナ、随行文官の二名、それになぜか俺とクロエが同行することになった。
「なぜ、って顔してますわね」
フィリアが楽しそうに言う。
「そりゃするだろ。表敬訪問に俺が同行する理由が、いまだにわからない」
「形式的には、経済顧問枠ですわ」
フィリアは涼しい顔で言った。
「……そんな枠、聞いたことないぞ」
「今できましたの。頼りにしてますわよ」
「おい」
適当にもほどがある。
だが、冗談めかした口調とは裏腹に、フィリアの歩き方はいつもより端正だった。ドレスも控えめで、完全に公爵令嬢モードだ。
エルヴィナは、先頭を無言で歩く。
さらに後方には、随行文官の二人。フィリアの紹介によると、堅物っぽいメガネの青年がレクス、少しチャラい雰囲気を纏っている金髪がカイルと言うらしい。一昨日、俺とイオナを付けてきたのは、恐らくカイルの方だろう。仕事熱心で何よりだ。
◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆
王宮に向かう馬車に乗り込んだ後――
「マハロスちゃんに会うの、久しぶりだなあ」
向かいの座席で、クロエがのんびりとそう言った。
「……ちゃんって、仮にも一国の国王だぞ?」
「アルは、細かいことを気にし過ぎなのが昔からの悪い癖ね」
「いや、クロエが気にしなさすぎるだけだ」
「そう?」
クロエは首を傾げる。
「それにしてもマハロスちゃん元気してるかな? この前会ったときは、バリバリやってたけどねー。最近は、体調がどうとか聞くし」
『この前』その一言が示す時間軸を考えるのは、やめておく。
「ところで」
情報収集の一環として話題を振る。
「王女って、どういうやつと結婚するんだ?」
俺の問いに、フィリアが少し考える。
「詳しくは存じませんわ。ただ……」
視線を窓の外に向けたまま、続ける。
「もとは商人だった方が、経済的功績によって貴族に列せられ、そのご子息と結ばれることになった、と――完全な政略、ですわね」
エルヴィナが淡々と補足する。
「お相手は、セディオ家の嫡男。伝統ある家ではありませんが、ロピカルハの交易と金融に深く関わる家系です。もとは、フォルケ系の移民だったとか」
なるほど、と内心で頷く。
王女の結婚相手としては、血筋よりも経済を取ったということか。
ロピカルハらしい判断だ、と言うべきなのだろう。
「王女自身は……どう思ってるんだ?」
俺がそう口にすると、馬車の中に一瞬だけ、間が落ちた。
フィリアが、ほんのわずかに視線を伏せる。
「……さあ。そこまでは、わかりませんわ」
その声音は柔らかいが、どこか距離を置いている。
エルヴィナも、それ以上は何も言わなかった。
◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆
王城は、港街の喧騒から切り離されたような場所にあった。
白に統一された外観に、風に揺れる紋章旗。南国らしい開放感はあるが、同時に、王城らしい威圧感もあった。
通されたのは、謁見の間。
本来であれば、ここでマハロス王と対面する――はずだった。
だが。
「――父上、マハロス王は、少々体調を崩しておりまして」
そう言って現れたのは、別の人物だった。
昨日は、みんなで海に出て、文字どおり羽を伸ばした。
ロピカルハの海は、信じられないほど澄んでいて、深いところまでくっきり見えたのは印象的だった。
リーリアは最初から最後まで大はしゃぎで、ニナも最初こそ遠慮がちだったが、最後は笑顔で波と戯れていた。アイラの水着を恥ずかしがる姿、対照的に堂々としたフィリアとティタニア。ヒカリの肩の力が抜けた様子。
楽園、という言葉がこれほど似合う場所もないだろう。
だからこそ――今朝の静けさは、そのコントラストを強くする。
「では、参りましょうか」
身支度を整えたフィリアが、いつもより少しだけ背筋を伸ばして言った。
今日の用件は、ロピカルハ王家への表敬訪問だ。
レオリア王国、アリスタル公爵家の名代としての正式な行事だ。
同行するのは、護衛のエルヴィナ、随行文官の二名、それになぜか俺とクロエが同行することになった。
「なぜ、って顔してますわね」
フィリアが楽しそうに言う。
「そりゃするだろ。表敬訪問に俺が同行する理由が、いまだにわからない」
「形式的には、経済顧問枠ですわ」
フィリアは涼しい顔で言った。
「……そんな枠、聞いたことないぞ」
「今できましたの。頼りにしてますわよ」
「おい」
適当にもほどがある。
だが、冗談めかした口調とは裏腹に、フィリアの歩き方はいつもより端正だった。ドレスも控えめで、完全に公爵令嬢モードだ。
エルヴィナは、先頭を無言で歩く。
さらに後方には、随行文官の二人。フィリアの紹介によると、堅物っぽいメガネの青年がレクス、少しチャラい雰囲気を纏っている金髪がカイルと言うらしい。一昨日、俺とイオナを付けてきたのは、恐らくカイルの方だろう。仕事熱心で何よりだ。
◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆
王宮に向かう馬車に乗り込んだ後――
「マハロスちゃんに会うの、久しぶりだなあ」
向かいの座席で、クロエがのんびりとそう言った。
「……ちゃんって、仮にも一国の国王だぞ?」
「アルは、細かいことを気にし過ぎなのが昔からの悪い癖ね」
「いや、クロエが気にしなさすぎるだけだ」
「そう?」
クロエは首を傾げる。
「それにしてもマハロスちゃん元気してるかな? この前会ったときは、バリバリやってたけどねー。最近は、体調がどうとか聞くし」
『この前』その一言が示す時間軸を考えるのは、やめておく。
「ところで」
情報収集の一環として話題を振る。
「王女って、どういうやつと結婚するんだ?」
俺の問いに、フィリアが少し考える。
「詳しくは存じませんわ。ただ……」
視線を窓の外に向けたまま、続ける。
「もとは商人だった方が、経済的功績によって貴族に列せられ、そのご子息と結ばれることになった、と――完全な政略、ですわね」
エルヴィナが淡々と補足する。
「お相手は、セディオ家の嫡男。伝統ある家ではありませんが、ロピカルハの交易と金融に深く関わる家系です。もとは、フォルケ系の移民だったとか」
なるほど、と内心で頷く。
王女の結婚相手としては、血筋よりも経済を取ったということか。
ロピカルハらしい判断だ、と言うべきなのだろう。
「王女自身は……どう思ってるんだ?」
俺がそう口にすると、馬車の中に一瞬だけ、間が落ちた。
フィリアが、ほんのわずかに視線を伏せる。
「……さあ。そこまでは、わかりませんわ」
その声音は柔らかいが、どこか距離を置いている。
エルヴィナも、それ以上は何も言わなかった。
◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆
王城は、港街の喧騒から切り離されたような場所にあった。
白に統一された外観に、風に揺れる紋章旗。南国らしい開放感はあるが、同時に、王城らしい威圧感もあった。
通されたのは、謁見の間。
本来であれば、ここでマハロス王と対面する――はずだった。
だが。
「――父上、マハロス王は、少々体調を崩しておりまして」
そう言って現れたのは、別の人物だった。
0
あなたにおすすめの小説
魔法至上主義の世界で『筋力』だけカンストした男が拳一つで全てを覆す
ポポリーナ
ファンタジー
魔法こそが至高——この世界では呼吸も移動も戦闘も、あらゆる営みが魔力で成り立っている。
筋力は「野蛮人の遺物」と蔑まれ、身体を鍛える者は最底辺の存在とされていた。
そんな世界に転生した元・体育教師の剛田鉄心は、魔力適性ゼロ、しかし筋力だけが測定不能のカンスト値。
魔法障壁を素手でぶち抜き、転移魔法より速く走り、最上位魔法を腹筋で弾く——
「なぜ魔法を使わないんだ!?」と問われるたびに「だって使えないし」と笑う男の、
常識を腕力でねじ伏せる痛快・逆転無双が今始まる!
僕のギフトは規格外!?〜大好きなもふもふたちと異世界で品質開拓を始めます〜
犬社護
ファンタジー
5歳の誕生日、アキトは不思議な夢を見た。舞台は日本、自分は小学生6年生の子供、様々なシーンが走馬灯のように進んでいき、突然の交通事故で終幕となり、そこでの経験と知識の一部を引き継いだまま目を覚ます。それが前世の記憶で、自分が異世界へと転生していることに気付かないまま日常生活を送るある日、父親の職場見学のため、街中にある遺跡へと出かけ、そこで出会った貴族の幼女と話し合っている時に誘拐されてしまい、大ピンチ! 目隠しされ不安の中でどうしようかと思案していると、小さなもふもふ精霊-白虎が救いの手を差し伸べて、アキトの秘めたる力が解放される。
この小さき白虎との出会いにより、アキトの運命が思わぬ方向へと動き出す。
これは、アキトと訳ありモフモフたちの起こす品質開拓物語。
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
転生特典〈無限スキルポイント〉で無制限にスキルを取得して異世界無双!?
スピカ・メロディアス
ファンタジー
目が覚めたら展開にいた主人公・凸守優斗。
女神様に死後の案内をしてもらえるということで思春期男子高生夢のチートを貰って異世界転生!と思ったものの強すぎるチートはもらえない!?
ならば程々のチートをうまく使って夢にまで見た異世界ライフを楽しもうではないか!
これは、只人の少年が繰り広げる異世界物語である。
大国に囲まれた小国の「魔素無し第四王子」戦記(最強部隊を率いて新王国樹立へ)
たぬころまんじゅう
ファンタジー
小国の第四王子アルス。魔素による身体強化が当たり前の時代に、王族で唯一魔素が無い王子として生まれた彼は、蔑まれる毎日だった。
しかしある日、ひょんなことから無限に湧き出る魔素を身体に取り込んでしまった。その日を境に彼の人生は劇的に変わっていく。
士官学校に入り「戦略」「戦術」「武術」を学び、仲間を集めたアルスは隊を結成。アルス隊が功績を挙げ、軍の中で大きな存在になっていくと様々なことに巻き込まれていく。
領地経営、隣国との戦争、反乱、策略、ガーネット教や3大ギルドによる陰謀にちらつく大国の影。様々な経験を経て「最強部隊」と呼ばれたアルス隊は遂に新王国樹立へ。
異能バトル×神算鬼謀の戦略・戦術バトル!
圧倒的不利な状況を武と知略で切り抜ける!
☆史実に基づいた戦史、宗教史、過去から現代の政治や思想、経済を取り入れて書いた大河ドラマをお楽しみください☆
異世界帰りのハーレム王
ぬんまる兄貴
ファンタジー
俺、飯田雷丸。どこにでもいる普通の高校生……だったはずが、気づいたら異世界に召喚されて魔王を倒してた。すごいだろ?いや、自分でもびっくりしてる。異世界で魔王討伐なんて人生のピークじゃねぇか?でも、そのピークのまま現実世界に帰ってきたわけだ。
で、戻ってきたら、日常生活が平和に戻ると思うだろ?甘かったねぇ。何か知らんけど、妖怪とか悪魔とか幽霊とか、そんなのが普通に見えるようになっちまったんだよ!なんだこれ、チート能力の延長線上か?それとも人生ハードモードのお知らせか?
異世界で魔王を倒した俺が、今度は地球で恋と戦いとボールを転がす!最高にアツいハーレムバトル、開幕!
異世界帰りのハーレム王
朝7:00/夜21:00に各サイトで毎日更新中!
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。
ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる