俺だけ魔力が買えるので、投資したらチートモードに突入しました

白河リオン

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第十一章 「デッドクロス」

第98話 「楽園の影」

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 女性陣が賑やかに出ていくのを見送ると、ロビーが急に静かになった。

「……嵐が去った後みたいだね」

 イオナの苦笑に俺も同意する。

「だな」

 さっきまで響いていた笑い声の代わりに聞こえてくるのは、潮風と波の音だ。

 俺は立ち上がり、ロビーの窓から外の様子を確認した。

「ちょっと俺も出てくる」

「え? どこ行くの?」

 イオナがぱっと顔をあげる。

「スパイスの件もあるし、ほかの交易品も気になる。リゾートの顔だけじゃ、わからないことも多いしな」

 イオナは一瞬だけ考えたあと、こちらを見た。

「僕も一緒に行くよ」

「いいのか? 調べたいことがあるって言ってなかったか?」

「あるけど、僕の求めてる答えも街中にある気がしてるんだ」

 そう言って、イオナは軽く立ち上がった。

「それにさ」

「ん?」

「裏を暴くのってちょっとドキドキするよね」

 にやりとした笑み。

――こいつ、絶対楽しんでるな。

「ほどほどにな」

「もちろん。命あっての研究だからね」

 軽口を交わしつつ、俺たちはホテルを後にした。

◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆━◆◇◆

 観光客で賑わう大通りを抜けて、意図的に人の流れから外れる。

 石畳が荒れてくる。

「空気、変わってきたね」

 イオナが呟く。

「ああ」

 潮風には、鉄と油の匂いが混ざり始めていた。

 王女の結婚式を控えた祝賀ムードは、ここまでは届いていない。

 泥臭く生きる人々の日常そのままだ。

「――あれ」

 イオナが足を止める。

 視線の先には、少し離れた岸壁があった。

 貨物船が一隻、静かに横づけされている。

 貨物船から出てきたのは――

 人だ。

 鎖は見えない。

 だが、等間隔で並ばされ、目を伏せ、指示に従うような動き。

 あれは、自由な人間のそれじゃない。

 貨物船から降ろされていく人影は、十人、二十人――いや、それ以上。

 年齢も、性別もばらばらだ。

 大人もいれば、まだ幼いと分かる体格の者もいる。

「……」

 俺は無意識に拳を握っていた。

「……あれ、だよね」

 イオナが、低い声で言った。

「ああ」

 否定しようがなかった。

 あれは――

 奴隷だ。

 しかも――

 子どももいる。

 それは、明確な一線だった。

 レオリアを含む諸国間で結ばれている条約では、未成年の奴隷化と国外移送は明確に禁じられている。

 建前でも、抜け道でもない。

 完全な、条約違反だ。

 にもかかわらず、彼らは声を出さない。

 泣きも、叫びも、抵抗もない。

 監督役らしき男たちが何か怒鳴るでもなく、ただ淡々と手振りで指示を出しているだけなのに、全員が従順に動いている。

「……輸出先は、どこだと思う?」

 イオナが、目を離さずに聞いてくる。

「常識的に考えると、レオリア、サヴェナリアかあるいはフォルケか。だが、買い手が条約を破るとも思えない」

「そうだよね……でも少なくとも彼らはそういう名目で連れてこられているはず」

 イオナの声は低く、感情を抑え込んでいるのがわかった。

 俺は、岸壁に停泊している船を改めて観察した。

 船体は木造。

 吃水は浅く、帆も小さい。

 外洋航行用の魔導炉も見当たらない。

「……おかしいな」

 思わず、そう漏らす。

「何が?」

「アルカ大陸行きだとしたら、船が小さすぎる」

 イオナが、はっとしたようにこちらを見る。

「確かに……」

 アルカ大陸までは、ファロン洋を横断する長距離航路になる。

 外洋は荒れる。魔導船であっても、相応の船体規模と設備が必要だ。

 最低でも――

 今、目の前にある船の、倍以上。

「この船……沿岸航路用だ」

 俺は、低く断言した。

「島伝いならともかく、外洋横断は無理だ」

「じゃあ……」

 イオナの視線が、港の奥へと動く。

「出荷先は、アルカ大陸じゃない?」

「少なくとも、直行じゃないな」

 そうなると、話が変わってくる。

 名目は「アルカ大陸向け労働移送」。

 だが実際には――

「……どこかで積み替える?」

 イオナが、ぽつりと言った。

「可能性は高い」

「……手が込んでるね」

「その分、組織的だ」

 即席の犯罪じゃない。

 長く続いている。

 それに――

 俺は、もう一つ気づいていた。

「見ろ。監督役の動き」

 イオナが目を凝らす。

 男たちは、やたらと落ち着いている。

 周囲に警戒はしているが、緊張感がない。

「……誰かが、見逃してる前提の動きだ」

「うん。港の役人も、警備も、誰も止めに来ない」

 つまり――

「黙認、か」

「あるいは……」

 イオナは、言葉を濁した。

「……関与」

 それ以上は、言わなかった。

 だが、二人とも同じ答えを思い浮かべている。

 好景気とスパイスの安値、アルカナプレートの使えない地域とその困窮、そして奴隷。

 点と点が、少しずつ線になり始めていた。

「……これ、アルヴィオ君に見せちゃいけないやつだったかな」

 イオナが、苦笑交じりに言った。

「もう見た」

 俺は、短く答える。

 そのとき――

「……アルヴィオ君」

 イオナが、俺の袖をそっと引いた。

「……どうした」

「……見られてる」

 声は、ほとんど息に近い。

 だが、その言葉に、背筋がひやりとした。

「どこだ」

「……後ろ。少し距離を取って。ずっと同じ位置」

 俺は、何事もないふりをして歩き出す。

 視線を動かさず、港の風景を眺めるふりを続ける。

 イオナも同じように、何気ない調子で並んで歩く。

 ガラス窓に映る、ぼんやりとした反射。

 ――いた。

 港の入口付近。

 人混みに紛れながら、一定の距離を保っている男。

 服装は地味だが、姿勢がいい。

 歩幅も、視線の運びも、明らかに素人じゃない。

「……観光客じゃないね」

 イオナが小声で言う。

「ああ」

 あの距離感と警戒の仕方は、間違いなくプロの人間だ。

「……気づかれた?」

「いや、まだ。たぶん、監視ってほど露骨じゃない」

「じゃあ……観察、かな」

「かもな」

 イオナは口元だけで、わずかに笑った。

「……面白くなってきたね」

「喜ぶところじゃない」

「わかってる。でも、重要な場所に近づいてる気がする」

 確かに、その通りだ。

「……今日は、ここまでだ」

 俺は低く言った。

「これ以上は、目立つ」

「うん、賛成」

 イオナも素直に頷く。

「ちゃんと戻って、考えよう」

 俺たちは、港から離れ、人だかりへと戻っていく。

 背後の視線は、しばらく感じられたが――

 やがて、ふっと消えた。

 ホテルへの帰り道、南国の陽射しと明るい飾りが視界に戻ってくる。

 だが、さっき見た光景は、頭から離れなかった。
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