愛犬家と悩ましい隣人~距離が近い彼女に困っちゃう~

ちんく

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ここはあたしがやらないと!

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玄関に備え付けられた全身を映す鏡の前にすっくと立ち、身なりをチェックする。
スカートはちゃんと下がっており、下着が見えることはない。

髪の毛もしっかり櫛が通り、天使の輪が2つも3つもあり、眩いばかりだ。
頷くと、最近購入した『駿足』に足を通した春美は振り向いて、

「じゃあ、お母さん行ってきま~す!」

と叫んで、勢いよくドアを開けて出た。

「あ、あら、行ってらっしゃ~い」

母親が顔を出すが、既に娘の姿はない。

「なんだ、春美のやつ最近早いな」

スタートダッシュで負けるようになった父親が、登場するのに頷いて

「ハチが死んじゃったショックから立ち直ったのかしら?しゃんとしてくれた
 のならいいんだけど」

「彼氏でもできたんじゃないか?」

「違うと思うわ」

  
産みの親であり、十数年育てたのは伊達ではないというべきか。
母親、美奈の推理は当たっていた。春美に彼氏はいない。

いるのは、今日も今日とてひっついて座っている『隣人』だけである。

よりそう彼女をそのままに、つい最近まで大汗をかいていたのが嘘のように、
春美は落ち着いた様子だ。

当然といった風格までただよわせている。(現に、最近は座る席まで固定してきた)

驚くばかりの豹変ぶりに、事情を知る者がいれば訝しげに見るだろうが、
この場合、その手の存在は良子しかいないため、そういった行為は行われなかった。
 
それに、良子ならキモイと言うだろう。(もちろん、春美に対して)
ただ、どんな風に見られようと言われようと、春美はもはや隣に座るのをやめる気はなかった。
あの日、春美の気持ち、覚悟が決まったのだ。
悩ましい存在だった少女が、亡き愛犬と重なったあの時ーー。

すなわち、

『何が何でも同じバスに乗るんじゃあ~!』

である。

 もういい!何か、色々あるけど、とりあえず座るんでいいよ!
 絶対、遅れない!別に誰かに迷惑かけてるわけじゃないし!
 いいの、いいの、これで!

最近までの懊悩が嘘のように吹っ切れている。
今の春美ならたとえ大雪で道がふさがれようと、洪水で浸水が起きようと
雪かきをしながらでも、泳いででも、バス停に向かうだろう。(その場合、バスが来ないと思うのだが……)

滾る熱い決意を胸に、チラリ、と少女を伺うと、全てを委ねたように、
安心しきった様子でひっついている。

人の気持ちを汲み取るのが上手いとは言えない春美にも、この状況を、『隣人』
が喜んでいるのが分かる。

 ロクに会話をした事もなく、何か役にたった訳でもない。お金やプレゼントを
提供した事もない、少し変な少女の春美。(少し?BY良子)

なのに、居るだけで喜んでくれる。

 それも似てるかな……。
 
面倒を見るのは母任せにし、散歩と愛でる事しかしなかった春美をこよなく愛してくれた愛犬に。

春美は、何となく伸ばしたくなる手を軽く握りこみ、振り切るように
車内に目を向けた。
隙を見せると、可愛い、もしくはきれいな女性の横に座ろうとするいつものおっさんが目に入る。
視界に入れたくないが、目を離すと不穏な行動をするので、ホラー的な意味で目が離せない。 

 こういうのもいるし、やっぱり、あたしが隣に座らないと!

的外れな情熱を抱く変人と、邪な意図を抱くおっさん、そして存在する事に
安心する一般的な方々を乗せ、今日もバスは進む。
 
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