愛犬家と悩ましい隣人~距離が近い彼女に困っちゃう~

ちんく

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彼女は愛犬?

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バス停に息を乱した春美が到着した時、
いつもの面々はいなかった。
当然だ。乗車時間はとっくに過ぎている。

やっぱり、間に合わなかった……? いない?

ここまで爆走してきたため、凄いいでたち
のまま辺りを見渡すが彼女の姿はない。

かわりに近くのコンビニから現れた男性と
目が合い、ギョッとされた。

無理もない。爆発したような頭に、
顔面を流れる大汗。
そして変質者でもここまでではないだろう、
と思えるほどの荒い呼吸。

かろうじてスカートの挟まりが直っている
のだけが救いの状態だ。

子供どころか、全人類に見てはいけない警告がされそうな姿だ。
怯えたのだろう男性は足早に去っていく。

それをうつろな目で見送ると、春美はその場にしゃがみこんだ。

ダメだったか……。いや、無理なのは分かってたけど。家出た時点で間に合ってないんだし。
なのに、なんであたし走ったんだろう。
それに、ダメって……。何がダメなの?
これ以上一緒にいない方がいいんだよ(キモく変になるので)
これで良かったんだよ……。

体力の限界か、それとも気持ちから
くるのか分からなかったが、
春美は立ち上がる事ができない。

すると、バスの待合室で気配が動いた。
ガラスに揺れるシルエットが映る。

気付いた春美がぼんやりと視線を向けると、
入り口の端に小さな手が添えられた。
そして、そこからそっと現れた顔は……彼女だった。

「え……」

あまりに驚いてそれしか言えない。
そんな春美を見ると彼女はマスクを
していてもわかるぐらい、全開の笑顔をした。
瞬間、春美の呼吸が止まる。
愛しい思い出と重なる現在。

ーーハチ!?

春美の意識が急速で過去へ飛ぶ。

『ダメだよ、ハチ。お家に入って』

まだ小学生の春美が言い聞かせる。

庭で飼われていたハチは立派な犬小屋が
あるのに、一向に入ろうとしない。

小さなご主人様といるのが嬉しいとばかりに
しっぽを振っている。
楽しそうにしているが雨がふっているので、
フサフサの体がどんどん濡れていく。

『ダメ。ハチ、お家に入るの』

病気になるんじゃないかと心配して
春美が両手で小屋へと懸命に
押し込もうとするが、それをくるりと
回る事でかわすとハチは嬉しそうに
また春美の傍へ戻ってくる。

『ハチ、お家入って!』

春美は泣きそうになる。大好きな愛犬に
元気でいてほしいのに小屋に入ってくれないのだ。
春美がいると、雪が降ってもどしゃ降り
でも嬉しそうに出てきてしまう。

ひどい天候で心配だからと様子を
見たかっただけなのに、逆効果となってしまった。

結局は母親を召還して事なきを得るのだが、
これは春美が成長しても続いた。

どんなにこっそり近づいてもハチは
気付いてしまう。

そして犬小屋の入り口からそっと
顔を覗かせ、春美を認めると出てきて全身
で喜びを現す。どんな時でも。

それは、亡くなるまで変わらなかった。

何で……、この子が……。

泣き出しそうな表情で立ちすくむ春美に、
彼女は不思議そうに目をまたたきする。

心配そうに伺ってくる彼女に、ハッと
意識を取り戻すと春美は立ち上がって
わざとらしく大きな声を出した。

「あ~あ!寝坊しちゃった!」

嘘ではないし、格好から見ても納得できるだろう。
彼女は、コクリと頷いた。

春美は、それをチラリと見ると顔を
反対方向に向け

「……まあ、もうしないと思うけど」

少し下げられた音量で言うが、しっかり届いたのだろう。彼女は目を緩ませて、大きく頷いた。
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