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後日談
ノスタルジー②
「え?母親に会いたい?」
「ええ、そう書いてありますね」
少し驚いた様子のティトにアドルフィトが一通の手紙を渡した。
差出人はギマールにいるルシアナ、便箋を開くと確かに彼の少し丸っこい文字でそう書かれている。
「何で急に…」
そう呟きながら手紙を読み進めていく。
ルシアナが過去の話をティトたちにすることはごくまれであった。それほど本人の心の傷は深く思い出したくないことだと理解していたのだが。
「なるほど…マルセルと再会したのか」
「彼は幸いなことに両親と別れた理由が特殊でしたからね」
マルセルの場合は彼の両親が手放すことを望んだわけではなく、父方の祖父母によって強引に施設に預けられたのだ。
ルシアナの事情とはちょっと理由が違う。そのあたりまでルシアナが知る由はないはずだ。
「う~ん…俺はあんまり気は進まないが…」
「そうですね…私もそう思います」
ティトはしばし考え込んだ。
レネがギマールの王立学校にいた頃は何だかんだで会う機会も多く心強かったのだろうが、彼が卒業した今一人寮に入って過ごしているルシアナにしたら寂しくてたまらないのだろう。
「まぁ、会ってみるのもいいかもしれないな」
今の今まで親のことなど口にしたことがないルシアナが突然母親に会ってみたいと言い出した。何か心の中で葛藤や変化があったのかもしれない。
傷つくことになるか喜ぶことになるかその辺りは未知数だ。
どちらにしても、
(…どんなことも経験だな)
人生を左右するかもしれない決断を自分一人でし、自分一人で行動を起こす。ルシアナにとって初めてのことだ。
ティトは小さく頷くとペルランに住むジラルディエール出身者の名簿帳を取りに執務室に向かったのであった。
***
ティトから許可を貰ったルシアナは学校の長期休暇に入るとすぐにペルランに向かった。
都市から都市へ駅馬車を何度か乗り継ぎ、ルシアナは今目的地へ向かう最後の馬車に揺られていた。
ペルラン王国王都より南西、ラガルドという小さな都市にルシアナの母親は住んでいるらしい。
ティトが送ってくれた手紙には母親の近況が簡単に書かれていた。ルシアナの実父とはすでに離婚し今は新しい家庭を築いているのだとか。
(僕は元々ペルランのどこに住んでいたんだろう?)
ルシアナ自身、孤児院に入るまでの事はあまりに幼くどこに住んでいたのかなど全く覚えていなかった。
それ以降も両親のことについては詳しいことを聞いたこともなかったし知ろうともしなかった。過去の事には一切触れず考えないようにしていたのだ。
(アンジェル様にはあの時泣きついちゃったけど…)
以前ジラルディエール北部の孤児院に行った時の事を思い出し少し恥ずかしい気分になる。
今まで両親に対してはマイナスな感情しか持っていなかったがマルセルの話を聞いたことでルシアナにも希望が生まれた。
もしかしたら今日まで毎日ルシアナの事を思ってくれているかもしれない、ルシアナを手放したことを後悔しているかもしれない、と。
一方ではそんなに上手くいくはずない、という考えも頭の片隅には置いてあった。
(ああ、でも、不安だよ…)
ぐだぐだ考え始めると緊張で落ち着かなくなってくる。取りあえずティトからもらった手紙をもう一度読んで心を落ち着かせようと鞄に手を伸ばした。
「ぐずぐずうるせぇんだよ!」
「うわぁーん!」
(うん?)
ルシアナが手紙を鞄から出そうとしたその時、馬車後方で大きな声が上がった。縦方向、向かい合わせで座るこの馬車には大人子供合わせて7名ほどが乗り合わせている。
今の今までどんな人が乗っているのか気にも留めていなかったルシアナは馬車の中を見回した。
どうやら声の主は最後方に座っている高齢の男性とその向かいに座っている母娘のようだ。
子供はまだ2、3才といったところだろうか母親の膝に顔をうずめて泣いている。
その母親はおろおろしてその高齢男性に頭を下げていた。
「も、もうしわけありません!」
「絶対に吐かせるなよ!吐いたら降りてもらうからな!」
「ぅぅ…ひっく」
(なるほど…)
顔を青くしているその幼児は乗り慣れていない長時間の馬車の揺れに酔ってしまったのだろう。可哀想だとは思いながらも周りの客も見て見ぬふりをしている。
嘔吐する可能性を考えているのか隣に座っている客も距離をとっていた。その気持ちもわからなくはない。ここから到着までまだ数時間あるし臭いで自身の体調が悪くなる可能性もあるのだ。
ルシアナは鞄の中を探りギマールで買った砂糖菓子を取り出した。色とりどりのそれを鞄の中でこっそり摘まみ魔力を注ぐとチリ、と小さな光を発する。ルシアナは立ち上がり揺れる馬車の最後尾に向かった。
「すみません、席変わってもらえますか?」
「え、ええ…」
母娘の隣に座っていた中年女性はこれ幸いと思ったのかルシアナが座っていた席にそそくさと移って行った。
「大丈夫ですか?」
「あ…この子が酔ってしまったみたいで…すみませんご迷惑をかけて…」
隣に座り母親に声を掛けるとどうしていいかわからないといった感じの表情を浮かべていた。
向かいの高齢男性はいぶかしむようにこちらの一挙手一投足を見張っている。鬱陶しいなと思いながらもルシアナは気づかないふりをした。
「しんどいよね。ちょっと口開けてごらん?」
「ぅん…?」
「これは魔法のお菓子だよ」
「ひっく…まほう?」
「うん。口に入れたらゆっくりと溶かしてみて。すぐに元気になるよ」
青い顔で涙に濡れる幼女が恐る恐る口を開けるとルシアナはその小さな口に桃色の砂糖菓子を放り込んだ。
心配気な母親がそっと背中を撫でる。食べ物を口にしたことがきっかけで悪化する可能性を考えてか周りの客も気が気じゃないようだ。
だがルシアナにそんな不安は一切なかった。
(うん、うまくいった!)
周りの不安に反して幼女の顔色が見る見るうちに改善してくる。ルシアナの治癒魔法の賜物だ。
「あれ…?」
「どう?楽になった?」
「うん、もうきもちわるくないよ」
幼女のそのひと言と笑顔に母親が大きく力を抜いた。それを見てか乗客もホッと安堵の溜息を吐いたのだった。
幼女の体調が回復してからは車内もリラックスした空気になった。向かいの高齢男性は舟を漕いでるし多少話し声がしても誰も気にしていないようでルシアナはその母娘とぽつぽつと会話を交わす。
「おにいちゃんはどこにいくの?ごようじ?」
「あ…うん、お母さんに会いに行くんだ」
「ママに!」
ママに会いに行くんだって!と幼女が嬉しそうに母親に告げる。
「今は離れて暮らしているのですか?」
「あ…その、しばらく会ってなくて…本当に久しぶりで…」
少し言い淀んだルシアナに女性も何かわけありだと察してくれたのか小さく頷く。
「見ず知らずの私たちを助けて下さる優しい方ですもの。お母様も会えて嬉しいと思いますよ」
「うれしぃよ!」
「…はい」
仲の良い母娘に断言され勇気づけられたルシアナは自分にも言い聞かせるように頷く。母娘を助けたのはルシアナだが、逆に助けられた気分になった。
ラガルドまであと少し。馬車の窓から見える綺麗な夕陽はいつしかルシアナの心を穏やかにしていた。
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