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後日談
ノスタルジー③
ラガルドに到着した翌日――
昨夜ラガルドの中心街に到着したルシアナはまず宿を取りそこで一晩を明かした。
明日から鳥獣期間に入るから遅くとも今日の夜には宿に戻り三日間籠らなくてはならない。
もっと余裕があればよかったのだが何しろ限られた休暇の間に組んだ強行スケジュールだったため仕方がないことだった。
眠れぬ夜を過ごし、今日の午前中は母親がどういう場所で生活しているのかとラガルドの街を散策して回った。
小さな都市ではあるが物価や治安の面においても住みやすい土地であるようだ。
この商店で食材を買うのだろうか、このパン屋にもよく来るのかも知れない、などと想像を膨らませながらの街歩きはルシアナの心を明るくした。
そして午後、宿屋の主人に教えてもらった食堂で軽く昼食を済まし、いざ!とティトからの情報を手に目的地へ向かうとその場所は意外とすぐに見つかった。
(へぇ…けっこうちゃんとした家だな…)
辿り着いた住所の門前でルシアナは母親が住んでいるだろう家を眺めた。小ぶりではあるが庭もあり二階もある家だ。
再婚相手の事は詳しく知らないが平民にしたら裕福な方ではないかと思う。
苦しい生活を強いられていないという事実はルシアナに安堵感を与えた。
(よし、ちゃんと身なりも整えて…)
どこかおかしなところはないかとシャツの襟を正し風で乱れた髪を手で押さえる。
緊張で高鳴る胸を落ち着かせるように何度も深呼吸を繰り返した。
(あ、でも待って…もしかして先に手紙出せば良かったかも)
今になってあれこれ迷いが出てきた。
突然訪ねて行って迷惑ではないか、もしかしたら留守にしているかもしれない…色んなことが頭をよぎり硬直すること約十分。
(えーい、もうどうにでもなれ!!)
そう勇気を出して敷地内に一歩入った時、ガチャっと扉が勢いよく開きルシアナは再び硬直した。
「あ、」
「うん?」
出てきたのは八歳くらいの男の子だった。
シルバーグレイの髪色はルシアナと同じでどことなく自分と似ている。父親は違うけれどもしかして弟なのかもしれない。
「あのぅ、家に何かご用ですか?」
「あっ!えっと、僕は」
思わず見入ってしまい声をかけられ我に返ったルシアナはどう伝えようか戸惑った。
色んな事を想定してきたはずなのに頭の中が真っ白だ。
「ジャン?誰か来たの?」
(っ…!)
奥から女性の声が聞こえてルシアナは息を飲む、と同時にえもいわれぬ程の緊張感が襲ってきた。
女性が姿を現すまでの数秒間、そのわずかな時間にぐるぐると思考が巡る。
逃げ出したくなるような、そんな感覚に体のどことも表現できないところがパンクしそうになった。
「え…」
玄関先に顔を出した女性はルシアナを見るなり固まった。
(あ…これは…)
ルシアナの心が急激に温度を下げる。
ルシアナの母親であるラモナ・ルモワーヌは感動の再会には程遠い、まるで忌まわしいものを見るかのような表情を浮かべていた。
***
「え、と…突然会いに来てすみません」
「……」
ルシアナと母親は家から少し離れた誰も通らない空き地に移動した。
自宅でもなくティールームでもなくこんな場所に連れてこられたことがすべてを物語っている。
ルシアナの存在を隠したい、その一心であろう。新しい家族にはルシアナの存在自体伝えていないのかも知れない。
正直あの表情を見た時点で適当に言い訳して逃げ帰ることもできた。
これからルシアナにとってひとつも良いことがないとわかっていたからだ。
だけどもし、ほんの少しだけでも、とまだ僅かな希望を捨てられずにいた。
「もうわかってると思うけど僕はルシアナ・エスピネルです」
「……」
「ラモナ・ルモワーヌさん。ラモナさんは僕のお母さんですよね?」
「……ええ」
赤の他人であればこんな反応をするはずはないが一応確認する。苦々しい表情ではあったが返事をしてくれたことに少しホッとした。
ひとまず自分の現状でも話そうかと思った時、母親は突然ルシアナの腕をガッと掴んだ。その強さに驚いていると――
「どうしてっ、どうして今になって会いに?私の事恨んでいるのでしょう!?なのになぜ!?」
「え!?ちょっと待っ」
「私はあなたを捨てたのよ!」
ルシアナが責め立てに来たのだと思っているのだろうか。
そんなことはないと口を挟む隙さえ与えず早口で捲し立ててくる。
「もし私を頼ってきたのなら困るわ!新しい家族だっているのよ」
「ぁ…」
どう答えていいのかわからずルシアナは戸惑った。
そうしているうちに強く掴んでいた手から力が抜けパッと離れた。両手で顔を覆い俯く母親。
もう離されたはずなのに腕がジンジンと痛む。
「迷惑なのよ…もう、忘れたいのよ…」
「!!」
こちらを見ようともせず絞り出された心ない言葉は鋭利な刃となってルシアナの心を大きく傷つけた。
(何、それ…)
たとえ嘘でもたったひと言申し訳なかったとか会えて嬉しいとかそういう言葉、否、そういう感情でも見えれば過去はどうあれルシアナも満足したのかもしれない。
しかし母親から漂うオーラは拒絶そのもの。もう何を言っても手遅れな気がした。
(僕はもうお母さんに会うことも、お母さんって呼ぶことも一生ないんだな…)
そう思うと心臓をキュッと掴まれたように痛みが走る。
ここで中途半端にするよりはお互いに終わらせた方がいい、とグッと拳を握りしめてその姿をしっかり見据えた。
小さく息を吐き出すとルシアナは毅然とした態度で口を開く。
「あなたのことを恨んでるとかそういうのじゃありません。色々あったけど僕は今幸せに、元気に暮らしてるって伝えたかった、ただそれだけです」
「……」
「どうかお幸せに」
破裂しそうになる頭と心を必死に抑えてそれだけをはっきり告げるとルシアナはその場を立ち去った。
「はは…迷惑だって、忘れたいだって…」
乾いた笑いが小さく漏れる。
無条件の愛なんてない。
そうだ自分は今まで散々見てきたじゃないか。孤児院に預けられた子供たち、そして実父に冷遇されてたアンジェルにレネ。
温かい家族がいることは当たり前じゃない。どうして自分はそのひと握りに入っているかもしれないと期待してしまったのだろう。
現実を知らないままの方が幸せに過ごせたのかもしれない。
(来なきゃ良かったなぁ…)
ルシアナが涙を流すことはなかった。
だが心の中では絶えず冷たい水がポタポタと流れ落ちている、そんな感覚だった。
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