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地獄体験~あれ? 思ったよりも~

サービス精神が欠けた……『牛』

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「……どうしてこうなったんだろう」

 意識を浮上させた時には、すでに遅かった。

 目を離すというか……今回はちょっとだけ‘トリップ’している間。

 どうやらボクは、本来享受できるはずだった‘感動’を、逃してしまったようだ。

 『彼』はジャンプの練習を必死にしたことがあったみたいで……。

 川を飛び越える瞬間。ほんの一瞬だけボクの意識を奪った。

 『彼』にお誘いを受け、あっちに行っていたのは本当にほんの一瞬。

 着地の後にボクは意識を取り戻したんだけど、その間に変化は起きていた。


◇◇◇


 川を飛び越えるきっかけとなった『牛さん』。

(……もう『牛』でいいや)

 川を飛び越えた後に見たのが……『牛』だった『ナニカ』。

 ボクの駆け寄る気配に野生の勘が働いたのか、突如として仁王立ち。前足がなぜか人の手になった『牛モドキ』に変貌を遂げていた。

 ボクの視界の先に『牛』はいなくなっていた。それと同時、入れ替わるように未知すぎる生き物……『牛モドキ』が現れたのだ。

 ――厳密に言うと、最初に目に飛び込んできたの『牛』じゃなかった。

 これは巧妙なトリックで、ボクはみすみすミスリードされた。

 『牛』の演技に、ボクは騙されたのだ。

「ボクを騙すなんて、相当な腕前……迫真の演技は認める。だけど……」

 推理小説では、最後の犯人明かしや、追い詰める過程が楽しい。そして『彼』が行っていたショーも、お客さんをドキドキハラハラさせることが何より大事だ。

 いきなり犯人をばらされた気分だった。

 いきなりマジックの結果だけを見せられたようだった。

(……『牛』には罪はない。……ボクが悪いのはわかっている)

 だけど、いち演技者であれば、少しはエンターテインメントというものを、少しは観客の反応を気にして動くべきだと一言モノ申したい。

(どうせ、アレでしょ? これ見よがしにつけた鼻輪……自分でつけたんでしょ?)

 だから、ボクの心は一気に荒んだ。悪態をつくのも無理もなかった。

――『牛』から変化した『牛モドキ』。

 こんな環境だから他人の視線を気にしないのも無理はない。無理はないのだが、少しは理解する姿勢でも見せてほしかった。

 乏しいサービス精神のおかげで、ボクの心は荒れた。

「どうせなら責任をとってもらおう。オッパイの大きな、いい娘《うし》紹介してもらおう。……今夜は自棄ミルクだ!」

 かなり先の方、十数キロ先に仁王立ちする『牛モドキ』。

 ボクと『牛モドキ』の間――地獄の荒野に木枯らしが吹きすさんでいた。
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