41 / 41
地獄体験~あれ? 思ったよりも~
冷酷な青い水……独り浮いた少年……水が合わなかった
しおりを挟む青い断崖……その中腹の『しゃくれ横穴』は、赤い灼熱のカーテンと、重々しい巌に閉ざされ、何人の侵入も許さない。だが、そうなる直前、奇跡的なタイミングで中に入り込んだ、ボク。
荒々しく、消魂しい、足音を響かせながら内部の探索に明け暮れていた。
「どぉこぉかぁなぁ~?」
「わりぃごはいねぇが~」的なおどろおどろしい声色を振り撒きながら、次々と行く手を遮る大岩を根元から突き崩し、時には頭上の大鍾乳石を崩落させながら、ボクは突き進んでいた。
時には、やたらめったら大岩をひっくり返しまくって、その棲家をつきとめようとしていた。あいにく、大岩の裏には……魔王は不在だった……。
「ぶぅうう。せっかくサイキョーになったんだから、少しはお相手してほしかったのになぁ~」
そんなことを言っても、居ないものは居ないのだ。借金取りから居留守を使い、息をひそめているわけでもない魔王は、きっとこの世界にはいない。いたとしてもそれは閻魔様である。
「はぁ、少し楽しすぎたな。ちょっとどこかに何かないかな?」
箸休めを所望するボクだったが、一切振り返ることなく突き進んできたものだから、周囲に何があるのかすら見えていなかった。『魔王を探す』ただその一心だったのだ。
……岩をひっくり返そうと、岩盤をぶち抜こうと、その岩すら、岩盤すらがどのような物かも気にしていなかった。ただただ真っ直ぐにスキップしながらここまで来たから、今こうやって改めて周りを見渡して、驚く。
「へっ!? ここ、どこさ!?」
自分の立ち位置……。対人コミュニケーションのデッドラインの事ではなくて、ボクのいま立っている場所のことである。
ちなみにこの地獄、大天蓋に覆われた大地である。そのものまさに大々洞窟。
さらにその中の、蒼い断崖の中腹『しゃくれ横穴』の奥だから、『大洞窟IN小洞窟』。そんなボクの目の前に広がっていた光景が――
「……え~っと……あれ、ここ洞窟の中だったよね? ボク、確か『しゃくれ横穴』の中にいたと思ったんだけど……一回外出ちゃったかな? いや、目の前……青一色だし……間違ってはないのか」
この場所は、横穴の中の超広大な大空洞部分。
そして目の前に広がる光景とは、青い輝く清水が滾々と湧き出す地底湖だった。
青く輝くといってもほんのり淡く輝く程度で、その透明度はすさまじく高かったから、地底がまるまんま見通せる。
それはもうとても美しく、水面の下にもさらに深い青の水晶、さらに藍に近い群青の岩々ひしめく湖底。見てるだけで震えが来るほどにさめざめとした青一色の地底湖なのだ。
水面下も、その奥行きは果てしなく深く。
まるで吸い込まれるような魔力があった。
輝く水面は、そのものが光源となり、薄暗くもない。
「厳かな空気とはこのようなことか……」
と、呟きが漏れる程に、神秘的な空間だ。だから誰に気遣うわけでもないのに、声もひそひそ声になってしまう。
ただ、ボクが目にしたのはそればかりではなかった。
紅い灼熱の大地底湖とは異なり、さすがに対岸ははっきり見える程。
広さとしては直径一キロ程度だろう。その先にぽっかりと開いた小さな小さな祠に続くような洞穴が顔を出していた。
奥行は全くない。と言うかその全貌がここからでも見えた。
「よし、行ってみよう! 濡れてもきっと大丈夫。ボクの体は多分防水だ。溶岩だって弾いちゃうから、たぶん」
急な入水は心臓に悪い。そんなにわか知識があったもんだから、その場で、屈伸から始めた。そして背筋を伸ばす運動や、アキレス腱を伸ばす体操。ラジオなんか聞いたこともないのに、ラジオ体操を完走した。
何を隠そう、ボクは泳ぐ気満々だった。目の前には溶岩よりも遥かに泳ぎやすそうな透明な綺麗な水があるのだ。
「水を得たボクはお魚になるのだ!」
そんなことを呟き、さっき体操はあくまでパフォーマンスでにわか知識だったことを露見させた。目に留まった『しゃくれ横穴』ならぬ、『しゃくれ高台』にいきなり駆け出し、勢いそのままに――
――どっぽん!
そう、そもそも労わるべき心臓もアキレス腱も魂の体には関係がない。だから、というわけでもないが、いきなりドボンした。
……ただ、この時のボクは失念していた。
溶岩の噴水は、下からものすごい勢いで天井に向かって吹き上げる溶岩の濁流だ。当然、その粘度は水に比べるまでもなく、ドロドロなのだ。そしてその圧力もまたあの巨体な牛すら一瞬で吹き飛んでいくレベルでもんのすごいのだ。
そんな中で、数分泳げる魂の体、そしてそこから吐き出され、高空から『しゃくれ横穴』のシャクレ部分に叩きつけられた時にできたクレーターの大きさ。ボクの体の質量はすさまじいものである。鉄が水に沈むのと同様……当然の如く――
「――あれ? 沈まないよ……?」
(…………)
顔があったなら、したり顔で説明していた内面のお兄さんなボクだったが、今は少々バツが悪い。今は口をへの字に曲げ、眉間に大いにしわを寄せていたことだろう。
一度は水面を大きく撓ませ、若干の水柱を上げたのだ。そう、若干。
体もわずかに沈んだ、一度だけ。
「……期待してたのに、なんで沈まないかなぁ」
子供の期待を裏切る者は悪だ! そう、いかに神聖で静謐そのものと言っても、これはかなり悪質な水だった!
「……このお水、冷たいね……」
外は荒れ狂うマグマだ。いうなればその中にある大空洞は恐ろしい程高温の地熱で温められている。ボクはまるで中華まん状態……常に保温どころではなく、蒸しあげられている最中の中華まんだった。だから、実際にこの水の水温が低いのではない。心情や性格的に冷たい……そうボクは言いたかった。
「せっかく泳ぎの練習したかったのに……。また今度だね。よさそうなとこ見つからなかったら、酸の湖でも何でもいいや。さっさと探しに行こ~っと……はぁ」
とっとと冷酷な湖は立ち去るに限る。そう思いながら、ボクは水面をふよふよと歩き、対岸を目指すのだった……。
0
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
あなたにおすすめの小説
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
面白いよ(b*'Д')b イョッ
テスト感想です(:D)┓ペコリンチョ