5 / 75
第一章
第五話 奴良野の頭領
しおりを挟む
奴良野山に戻った水埜辺は、橋具にもらってきた土産の饅頭を見つめていた。しかし好物を目の前にしているというのに、どうしてだか彼の表情はあまり明るいものとは言えなかった。
――あの裏業っていう子、血の臭いがしたな。……それも濃い。
どこか二、三日前に大きな怪我でもしなければあれほどの臭いはしないはずだと水埜辺は考える。だがこれはあくまで彼の憶測であり、裏付けるものなどない。
――応えてくれるかは分からないけれど、今度本人に確かめてみるかな。
彼女のことを見ていると、どうしても妹のように可愛がりたいと思ってしまう。と、同時に子を持つ親のような気持ちになる。何というか、単純に心配なのだと自覚する。あの橋具に仕えている理由が分からないが、とりあえず今は考えないでおこうと水埜辺は決めたのだった。
山頂付近にある屋敷の玄関先に着き、大きく息を吸う。そしていつものように声を上げ「ただいま」と中へ入っていった。帰るとまず水紀里の出迎えがあった。
「お帰りなさいませ、兄様」
「うんうん。水紀里、お土産だよ~」
「何を呑気に土産なんか持って帰ってるんだよ。毒でも入っていたらどうするんだ。可能性は少なからずあるんだぞ」
「あれ? 珍しいね、水伊佐までお迎えに来てくれるなんて」
いつもとは違う風景に水埜辺は歓喜していた。水伊佐は無愛想な表情をして苛つきながら腕を組んでいる。水埜辺が人間好きであるように、それに反発してか水伊佐は人間のことを信用していなかった。その所為もあってか昔から水伊佐とはよく喧嘩をしていた。最も、水埜辺の一方的な愛が原因とも云われている。
「いんや~? 兄上は嬉しいぞ! やっと出迎えに来てくれるようになったのかと!」
「…………なんだ、その手は」
水埜辺は水伊佐に向けて両手を広げた。彼は何かを待っているようだったが、水伊佐はそれを悟ると認めたくないのか一向に近付こうとしなかった。痺れを切らした水埜辺は顔をムスッとさせた。
「たまには兄弟の抱擁をと。」
「阿呆なのか!? こんな歳にもなって恥ずかしい!!」
「ええー!? 兄弟間の抱擁なんて普通だよ! ねー、水紀里?」
「はい兄様」
弟に愛想をつかされた水埜辺は水紀里と抱擁を交わした。どうだ、羨ましいだろうと言わんばかりの顔をして。
「……本当に仲良いな、あんたら」
「水伊佐、そんなに愛おしそうにするなら雑ざればいいのに。素直じゃないんですから」
なんて水紀里にいじられ、いよいよ水伊佐はこの兄妹を扱いきれなくなっていた。二人を見ているとどうしても頭を抱える他なかった。
「俺はそんなお前も好きだぞぉ。もうちゅーしちゃうぞ、ちゅー!」
「うわっ! 近付くな!」
「ええ~、兄上悲しいよ~。あ、ほら、橋具くんからもらった饅頭食べよう。美味しいから。みんなも出ておいで!」
水埜辺は指笛を吹いた。その音は山のほぼ全域に渡ったことだろう。空にバサバサと黒い鳥が飛んでいた。鴉である。そちらに気を取られていると、屋敷の庭から人とは呼べない小さきものたちがぴょっこりと頭を出した。――その正体は、鴉の仔だった。
奴良野山は鬼の住まう山だと昔、誰かが噂していた。だが、実際には『天狗』が住んでいるというのが正しい。元々は人間の所有物だった奴良野山。そこにいつの日か鴉天狗が住み着くようになった。水埜辺を筆頭に、水紀里・水伊佐兄弟が山を守護し管理する。そうしてこの山の妖怪たちを人間から匿い守っているのだ。
「ぴぃ、ぴぃいっ」
「こらこらお前たち、押すんじゃないぞー。……ってこらぁ! 誰じゃあ今俺の尻を触ったのはあ!!」
しかしこの頭領、頭領と呼ぶにはあまりにも情けない男だった。
――あの裏業っていう子、血の臭いがしたな。……それも濃い。
どこか二、三日前に大きな怪我でもしなければあれほどの臭いはしないはずだと水埜辺は考える。だがこれはあくまで彼の憶測であり、裏付けるものなどない。
――応えてくれるかは分からないけれど、今度本人に確かめてみるかな。
彼女のことを見ていると、どうしても妹のように可愛がりたいと思ってしまう。と、同時に子を持つ親のような気持ちになる。何というか、単純に心配なのだと自覚する。あの橋具に仕えている理由が分からないが、とりあえず今は考えないでおこうと水埜辺は決めたのだった。
山頂付近にある屋敷の玄関先に着き、大きく息を吸う。そしていつものように声を上げ「ただいま」と中へ入っていった。帰るとまず水紀里の出迎えがあった。
「お帰りなさいませ、兄様」
「うんうん。水紀里、お土産だよ~」
「何を呑気に土産なんか持って帰ってるんだよ。毒でも入っていたらどうするんだ。可能性は少なからずあるんだぞ」
「あれ? 珍しいね、水伊佐までお迎えに来てくれるなんて」
いつもとは違う風景に水埜辺は歓喜していた。水伊佐は無愛想な表情をして苛つきながら腕を組んでいる。水埜辺が人間好きであるように、それに反発してか水伊佐は人間のことを信用していなかった。その所為もあってか昔から水伊佐とはよく喧嘩をしていた。最も、水埜辺の一方的な愛が原因とも云われている。
「いんや~? 兄上は嬉しいぞ! やっと出迎えに来てくれるようになったのかと!」
「…………なんだ、その手は」
水埜辺は水伊佐に向けて両手を広げた。彼は何かを待っているようだったが、水伊佐はそれを悟ると認めたくないのか一向に近付こうとしなかった。痺れを切らした水埜辺は顔をムスッとさせた。
「たまには兄弟の抱擁をと。」
「阿呆なのか!? こんな歳にもなって恥ずかしい!!」
「ええー!? 兄弟間の抱擁なんて普通だよ! ねー、水紀里?」
「はい兄様」
弟に愛想をつかされた水埜辺は水紀里と抱擁を交わした。どうだ、羨ましいだろうと言わんばかりの顔をして。
「……本当に仲良いな、あんたら」
「水伊佐、そんなに愛おしそうにするなら雑ざればいいのに。素直じゃないんですから」
なんて水紀里にいじられ、いよいよ水伊佐はこの兄妹を扱いきれなくなっていた。二人を見ているとどうしても頭を抱える他なかった。
「俺はそんなお前も好きだぞぉ。もうちゅーしちゃうぞ、ちゅー!」
「うわっ! 近付くな!」
「ええ~、兄上悲しいよ~。あ、ほら、橋具くんからもらった饅頭食べよう。美味しいから。みんなも出ておいで!」
水埜辺は指笛を吹いた。その音は山のほぼ全域に渡ったことだろう。空にバサバサと黒い鳥が飛んでいた。鴉である。そちらに気を取られていると、屋敷の庭から人とは呼べない小さきものたちがぴょっこりと頭を出した。――その正体は、鴉の仔だった。
奴良野山は鬼の住まう山だと昔、誰かが噂していた。だが、実際には『天狗』が住んでいるというのが正しい。元々は人間の所有物だった奴良野山。そこにいつの日か鴉天狗が住み着くようになった。水埜辺を筆頭に、水紀里・水伊佐兄弟が山を守護し管理する。そうしてこの山の妖怪たちを人間から匿い守っているのだ。
「ぴぃ、ぴぃいっ」
「こらこらお前たち、押すんじゃないぞー。……ってこらぁ! 誰じゃあ今俺の尻を触ったのはあ!!」
しかしこの頭領、頭領と呼ぶにはあまりにも情けない男だった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
4
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる