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糖度1*会議の後のお疲れ様ディナー

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そう言いながらドアを開けて『どうぞ』とエスコートしてくれる仕草は、王子様そのものだと思う。

カウンターに座り、カクテルで『お疲れ様』と言って乾杯をした。

仕事の話とかドラマの話をしながら、あっという間に一杯目のカクテルはなくなった。

二杯目のカクテルに口を付けた時に、ほろ酔い気味の香坂君が言った。

「…さっきの事なんだけど、ゆかりちゃんが良ければ、これからもこうして会ってくれる?」

隣に座って、顔を覗き込むように言われたら鼓動が早くなって仕方ない。

「うん…私の方こそ、よろしくお願いします…」

お酒のせいで顔が火照っているのか、香坂君のせいで火照っているのか、とにかく熱い。

自然と目が合い、二人で微笑む。

二杯目を飲み干して、バーの外に出ると、ひんやりとした空気が私の火照りを冷ました。

「夜は寒いね…」

10月下旬だが昼間は20度近くまで気温が上がる日もあるが、朝晩は冷え込む。

どちらともなく当たり前の様に、冷えた手を重ねていた。

香坂君の手は意外にも骨ばっていて大きくて、男の子の手だなぁ・・・と感じられた。

「ゆかりちゃん、気になっている事を聞いてもいい?」

駅まで歩く途中、お互いに酔いが少しずつ覚めてきた頃だった。

私からはあえて話さなかったが、香坂君の聞きたい事は、恐らくカフェでの日下部さんとの会話についてだろう。

「ゆかりちゃんと出かける約束したから浮かれていて確認しなかったんだけど…一緒に居た男の人って…」

香坂君は申し訳無さそうに尋ねてきたが、私は話を遮るように答えた。

「…あの人は部長です!!たまたま通りかかって、私の姿が窓から見えたから寄っただけです」

「そっかぁ、良かった!彼氏さんかと思ったから…何だか揉めてたみたいに見えたけど大丈夫?」

「ありがとう、大丈夫だよ。アレね、私には男っ気が無いとか言って来て、悔しいから『この後は男の子と出かけるんだからーっ』って啖呵切ってしまったの」

日下部さんの存在を否定するかのように淡々と言い放つ。

「そうなんだ…。ついでにもう一つ聞いていい?」

「うん…」

「ビール運んだ時に…部長さん?に大好きって言ってたから、気になってはいたんだけど…」

「あーっ!!アレは部長にじゃないのっ。香坂君のこ、と…。あっ、えっと…」

一気に酔いが冷めた気がする。

酔いに任せて何を口走っているのだろう。

「…ごめん、今の話は気にしないで」

「ゆかりちゃん、俺も大好きっ」

下を向いて目線を外した私に、香坂君は頬に軽くキスをした。

「今日はまだ、ゆかりちゃんと居たいな…駄目?」

私の顔を覗き込み、小悪魔っぽく可愛く笑う香坂君に胸が高鳴る。

今のお誘いの仕方は反則でしょう。

「…いいよ。私もまだ帰りたくない…」

何年も忘れていた恋の高揚感、胸の高鳴り、久しぶりに思い出した。

手を繋いでいる右手だけは暖かくて、香坂君の存在を確かめる様に少し強く握る。

「どこに行こうか?」

「…もう少し飲みます?ゆかりちゃんと話がしたいから」

「賛成!私も話足りない!」

私達は駅前にある居酒屋で飲み直す事にした。

カフェのバイト中に賄いは食べたと言っていたけれど、香坂君は物足りなかったらしく、ご飯系も締めに食べていた。

「…ゆかりちゃんに格好つけたくて、バーにしようとか言いましたけど、本当はお腹空いてました。ごめんなさい…」

居酒屋を出て駅に向かう途中、信号待ちをしている時に素直に謝る姿がとても可愛らしく、思わず顔がほころぶ。

「こちらこそ、ごめんね。気が付かなくて…。今度はご飯食べに行こう!」

「…今度っていつ?」

「会議前日と残業ある日は無理そうだから、それ以外の香坂君が行きたい日にしよっ」

「そんな事を言ったら、それ以外の毎日にします」

「…香坂君って年上の扱い上手いよね。そんな事をそんな可愛く言われたらね、その気にしちゃうんだからねっ」

「ゆかりちゃんこそ、人の気も知らないで良く言うよ。本当だったら帰さないって言いたいけど、ゆかりちゃんは明日仕事だからね…我慢する」

酔いに任せて、お互いに心の中をさらけ出している様な気がした。

香坂君が家まで送ってくれると言ったので、遠慮なく甘えたりして。

ほろ酔い気分のまま電車に乗り、駅から歩いて三分な立地にあるアパートまで歩く。

「…またね、ゆかりちゃん。連絡するから」

あっという間に二階建てのアパートに着いてしまい、夢のような楽しい時間にも終わりが訪れようとしていた。

欲が出たらキリがないのだけれども、香坂君と離れたくなくて繋いだ右手を離せずにいた。

「…寄って行く?」

香坂君の目を見ながら、大胆にも私から誘っていた。

「……ダーメッ!!俺はバイトだから遅い時間からだけど、ゆかりちゃんは朝早いんだから…」

「…香坂君の馬鹿」

私はちょっとだけ睨みつける様な眼差しで呟いた。

「あー、もうっ!!」

香坂君は右手を繋いだまま、私の顎に手を触れて少し上に傾けると同時に身体をドア側に押し付け、唇同士を深く重ねた。

「…っふぁっ」

「今日は我慢するけど、今度会った時は無理だと思うから…。あんまり可愛くオネダリしないで!…歯止め効かなくなりそうだから、おやすみなさい」

今度は唇に触れるだけのおやすみのキスをして、香坂君は駅へと逆戻りした。

ドアを開けると真っ先にベッドに寝転んで、香坂君の感触を確かめるように唇に指で触れた。

25歳になり、大人になったと思っていたけれど、専門学校生の時の恋のようにドキドキが止まらない。

いくつになってもトキメキってあるのかな?とか、ドキドキするのかな?って思っている内にメイクも落とさず、スーツのままでいつの間にか眠りに落ちていた───・・・・・・
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