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侃侃諤諤
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私は、現在、晴明様より三歩程遅れながらも、これ以上遅れをとらないように、と、既に限界に近い足を無理矢理動かしている。
ちなみに、今私達が何処へ向かっているのかは、教えてもらっていない。
尋ねてみても、案の定、
「さてな…行けばわかるというものだ」
と、全く相手にしてもらえなかった。
それは、何か考えがあってのことなのか、はたまた、説明が面倒だっただけなのか、それは私にはわからないが、恐らく、かなりの確率で後者であろう。
天崎家の者として、そこまでお荷物扱いされるとは、屈辱だ。
…しかし、相手はあの安倍晴明。
天崎家とはいえど末娘。それも、術は全く使えないとあらば、それはお荷物扱いをされようと、文句を言える立場ではない。
「…なんだかなぁ……」
「…どうしたのだ?」
…しまった。ついつい声に出してしまっていた。
だが、「どうしたのだ?」とはご挨拶だ。
どう考えても人間の歩く速さではない速度で歩き続け、その行き先も言おうとはしない。
挙句、私の苛立ちを感じていながらもなお、この白々しい態度。
私は、とうとう立ち止まり、そして、
「いえ、なんでもありません。
それより、あとどのくらい歩くのですか?
足がもう限界なのですが。
というか、速度をもう少し落としてくださいませんか。
私は『普通の』人間なんですから、こんな速度で歩き続けてたら、すぐにばててしまいますよ」
…結局、勢いと苛立ちに任せてこのような無礼なことを言ってしまった。
言ってすぐ、いや、言っている最中には、もうすでに後悔し始めていた。
だが、止められなかった。
陰陽師として人のために動いている師に向かって弟子が吐くような台詞ではない。
文句にもならないような、不平、不満を子供のように並べ立てただけだ。
『私は…何ということを…』
晴明様の返答を待つ間、私は恥ずかしさから、ぎゅっとその瞳をつむっていた。
「…そうか、それはすまなかったな」
聞こえてきたのは、今まで聞いたこともないような、悲痛な声音。
…いや、声音自体は普段と何も変わらなかった。
だが、私の瞳に映った晴明様の瞳の色は…あまりにも痛々しいものだったのだ。
…私は、どのような言葉を紡げばよいのか、皆目見当もつかなかった。
謝罪の言葉を、述べることすら憚られる。
どのような言葉も、あの瞳の前では無意味だ。
いつもの微笑をたたえているのに、いや、いつも以上に悠々と微笑んでいるように見えるのに…それだからこそ、余計に…哀しい。
あの微笑は…泣いておられるのだから。
泣き方が、わからないのか。
とうに、涙は枯れてしまったのか。
恐らく、どちらも正解で、しかし、きっとそのどちらも、本質を捉えては、いない。
私にはわからなかった。
何故、いつも泣いているのか。
自分の言葉の何が、彼をここまで哀しませたのか。
…わからない、故に、どうすればよいのかも、わからなかった。
「…?どうした?」
その笑顔のまま、晴明様は、突然黙り込んでしまった私に、そんな質問を投げかけた。
『自分が、どんな瞳をしているのか…気づいておられないのか…』
それが、余計に痛々しいものに感じられた。
晴明様は、何も返事を返さない私を訝しげに見つめながら、
「よくわからぬが、あまりもたもたしていると、置いて行くぞ」
そう言うと、先程よりは随分速度を落として、歩き出した。
『…行ってしまわれる…何事もなかったかのように…』
そう思ったと同時に、気づけば、私は、晴明様の手を握ってしまっていた。
『…!』
その驚いた表情は、いつもの彼とはまるで別人で…
『あぁ…もう…私としたことが…』
失敗に失敗を重ねてしまったようなものだ。
しかし、
『…ここまでやってしまったなら、同じこと』
私は、殆どやけになっていた。
「あの…!このまま行きましょう!それと!先程は八つ当たりをしてしまって、すみませんでした!」
…我ながら、何を言っているのだろう、と思う。
啖呵を切って、突然手を握り、その上、即座に謝り、更にそのまま目的地を目指そうというのだ。
さぞかし、不審に思われていることだろう。
気分を、害してしまっているかもしれない。
…しかし、その手を離そうとは、思えなかった。
「…何故、泣いているのだ」
「……え?」
いつの間にか、私の目には、大粒の涙が溢れていた。
「…!すみません…!」
急いで涙を止めようと、必死に両の目をこすったが、その意に反し、流れる涙は、次から次へと、溢れて止まらない。
「…其方は本当に、わけがわからぬな」
苦笑しながら、その涙を拭おうと、空いている方の手を伸ばしかけた晴明様であったが、
「…晴明様が、お泣きにならないから、代わりに泣いてしまうのです」
その瞬間、晴明様のその手も、そして、その表情までもが、固まってしまった。
だが、やはりそれは、本当に一瞬のことであった。
そのため、私はその一瞬の変化を気に留めることが出来なかった。
最も、私は自分の涙を止めることに精一杯だったので、詮方なきことなのかもしれないが。
「…なんだそれは…本当に、わけがわからぬ」
晴明様は、またいつもの微笑をたたえながら、私を見下ろしていた。
「…いいんです。わからなくても、いいんです…気になさらないで下さい」
その涙は依然として止まらなかったが、私は、涙を流しながら……微笑んでいた。
「晴明様には、ご恩がありますから」
『いつの日か、晴明様の涙が止まるように』
「私は、いつでもお側にいます」
そう言って、私は晴明様の手を引き、また歩き出した。
そのとき、晴明様が一体、どんな表情を浮かべていたのか…
それは、本人にすら、きっとわかっていないのだろう。
勿論、先導している私に、わかるはずもない。
ただ、月の照らす二つの影は、確かにそのとき、繋がっていた。
ちなみに、今私達が何処へ向かっているのかは、教えてもらっていない。
尋ねてみても、案の定、
「さてな…行けばわかるというものだ」
と、全く相手にしてもらえなかった。
それは、何か考えがあってのことなのか、はたまた、説明が面倒だっただけなのか、それは私にはわからないが、恐らく、かなりの確率で後者であろう。
天崎家の者として、そこまでお荷物扱いされるとは、屈辱だ。
…しかし、相手はあの安倍晴明。
天崎家とはいえど末娘。それも、術は全く使えないとあらば、それはお荷物扱いをされようと、文句を言える立場ではない。
「…なんだかなぁ……」
「…どうしたのだ?」
…しまった。ついつい声に出してしまっていた。
だが、「どうしたのだ?」とはご挨拶だ。
どう考えても人間の歩く速さではない速度で歩き続け、その行き先も言おうとはしない。
挙句、私の苛立ちを感じていながらもなお、この白々しい態度。
私は、とうとう立ち止まり、そして、
「いえ、なんでもありません。
それより、あとどのくらい歩くのですか?
足がもう限界なのですが。
というか、速度をもう少し落としてくださいませんか。
私は『普通の』人間なんですから、こんな速度で歩き続けてたら、すぐにばててしまいますよ」
…結局、勢いと苛立ちに任せてこのような無礼なことを言ってしまった。
言ってすぐ、いや、言っている最中には、もうすでに後悔し始めていた。
だが、止められなかった。
陰陽師として人のために動いている師に向かって弟子が吐くような台詞ではない。
文句にもならないような、不平、不満を子供のように並べ立てただけだ。
『私は…何ということを…』
晴明様の返答を待つ間、私は恥ずかしさから、ぎゅっとその瞳をつむっていた。
「…そうか、それはすまなかったな」
聞こえてきたのは、今まで聞いたこともないような、悲痛な声音。
…いや、声音自体は普段と何も変わらなかった。
だが、私の瞳に映った晴明様の瞳の色は…あまりにも痛々しいものだったのだ。
…私は、どのような言葉を紡げばよいのか、皆目見当もつかなかった。
謝罪の言葉を、述べることすら憚られる。
どのような言葉も、あの瞳の前では無意味だ。
いつもの微笑をたたえているのに、いや、いつも以上に悠々と微笑んでいるように見えるのに…それだからこそ、余計に…哀しい。
あの微笑は…泣いておられるのだから。
泣き方が、わからないのか。
とうに、涙は枯れてしまったのか。
恐らく、どちらも正解で、しかし、きっとそのどちらも、本質を捉えては、いない。
私にはわからなかった。
何故、いつも泣いているのか。
自分の言葉の何が、彼をここまで哀しませたのか。
…わからない、故に、どうすればよいのかも、わからなかった。
「…?どうした?」
その笑顔のまま、晴明様は、突然黙り込んでしまった私に、そんな質問を投げかけた。
『自分が、どんな瞳をしているのか…気づいておられないのか…』
それが、余計に痛々しいものに感じられた。
晴明様は、何も返事を返さない私を訝しげに見つめながら、
「よくわからぬが、あまりもたもたしていると、置いて行くぞ」
そう言うと、先程よりは随分速度を落として、歩き出した。
『…行ってしまわれる…何事もなかったかのように…』
そう思ったと同時に、気づけば、私は、晴明様の手を握ってしまっていた。
『…!』
その驚いた表情は、いつもの彼とはまるで別人で…
『あぁ…もう…私としたことが…』
失敗に失敗を重ねてしまったようなものだ。
しかし、
『…ここまでやってしまったなら、同じこと』
私は、殆どやけになっていた。
「あの…!このまま行きましょう!それと!先程は八つ当たりをしてしまって、すみませんでした!」
…我ながら、何を言っているのだろう、と思う。
啖呵を切って、突然手を握り、その上、即座に謝り、更にそのまま目的地を目指そうというのだ。
さぞかし、不審に思われていることだろう。
気分を、害してしまっているかもしれない。
…しかし、その手を離そうとは、思えなかった。
「…何故、泣いているのだ」
「……え?」
いつの間にか、私の目には、大粒の涙が溢れていた。
「…!すみません…!」
急いで涙を止めようと、必死に両の目をこすったが、その意に反し、流れる涙は、次から次へと、溢れて止まらない。
「…其方は本当に、わけがわからぬな」
苦笑しながら、その涙を拭おうと、空いている方の手を伸ばしかけた晴明様であったが、
「…晴明様が、お泣きにならないから、代わりに泣いてしまうのです」
その瞬間、晴明様のその手も、そして、その表情までもが、固まってしまった。
だが、やはりそれは、本当に一瞬のことであった。
そのため、私はその一瞬の変化を気に留めることが出来なかった。
最も、私は自分の涙を止めることに精一杯だったので、詮方なきことなのかもしれないが。
「…なんだそれは…本当に、わけがわからぬ」
晴明様は、またいつもの微笑をたたえながら、私を見下ろしていた。
「…いいんです。わからなくても、いいんです…気になさらないで下さい」
その涙は依然として止まらなかったが、私は、涙を流しながら……微笑んでいた。
「晴明様には、ご恩がありますから」
『いつの日か、晴明様の涙が止まるように』
「私は、いつでもお側にいます」
そう言って、私は晴明様の手を引き、また歩き出した。
そのとき、晴明様が一体、どんな表情を浮かべていたのか…
それは、本人にすら、きっとわかっていないのだろう。
勿論、先導している私に、わかるはずもない。
ただ、月の照らす二つの影は、確かにそのとき、繋がっていた。
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