【完結】『人間が太陽と呼ばれている世界で求婚されたけど、それを知らなかった所為で監禁される事になった話』

塚銛イオ

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9章

温室 ②



 *

「これに…乗るんですか?」


 大きな玄関扉の向こうに用意されていたのは大層立派な四頭立ての馬車だった。
 アンセルは初めて馬という生き物を見た。

 馬の獣人は街で見た事があったが、純粋な馬という生き物は初めてだ。
 脚は太くて力強く地を駆けるだろう。
 長い尾は風と共にたなびいて、軽やかに舞うだろう。
 ピクピクと動く耳は、こちらの様子をしきりに観察しているかのようだ。


 ドキドキしながらイスカンダーに頼んで馬に近づいてもらった。

 気性の荒い馬がいても、イスカンダーが傍にいれば暴れる事など無いと誰もが知っていた。

 近づいた馬は鼻の穴をヒクヒクさせ、アンセルの匂いを嗅いでいるようだった。
 瞳はつぶらで温かく。優しい色をしていた。


「うわぁ、馬って可愛いんですね。」


 嬉しそうにそう言うアンセルの方が余程可愛い、と言ってやりたくなったがイスカンダーは笑みを漏らすに留めた。

「撫でてみますか?」


 御者がそう言うと、アンセルの瞳は更に輝いた。


「お願いします。イスカンダー様、いいですか?」


 お伺いは主人に、イスカンダーを見上げて許可を取る。
 上目遣いのアンセルの可愛さにイスカンダーはまた額にキスをした。

「わっ、イ、イスカンダー様。きょ、今日の分のお祈りは終わってますよっ。」

 そう言って焦るアンセルは、首を傾げた御者の表情には気付かなかった。

「こういうのは何度やってもいいんだ。アンセルだって私に何度やってくれても構わないんだよ。」

 ふふ、と笑うイスカンダーの表情に曇りは無く。アンセルもまた幸運を祈る行為は一日に何度やってもやり過ぎる事はないだろうと納得した。

「さ、アンセル?」

 イスカンダーに促されるが、アンセルは一向にイスカンダーに口付けようとはしない。
 イスカンダーの顔が次第に強張っていく様子を近くにいた御者はハラハラとした表情で見ていた。

「あ、あの……。」
「ん、何だい?」

 クイクイとイスカンダーの服を引っ張りイスカンダーの顔がアンセルに近づく。
 やっと口付けをしてくれるのか、と思ったがアンセルの意図は別にあったようだ。
 アンセルはイスカンダーの耳元に唇を寄せた。

「こ、ここだと他の方に見られます。お祈りだと分かって入るんですけど、やっぱり、恥ずかしくて……。」

 そう言って顔を赤くする。
 イスカンダーは直ぐにアンセルを抱きかかえたまま馬車に乗り込んだ。

「では行ってくる。」
「お気をつけて。」

 エドマンドがそう言って馬車の扉を閉めた。


 外で「えいやっ」と声が聞こえて、馬車が走り出す。


「さぁ、これで2人きりだ。アンセル?」


 イスカンダーの期待の篭った瞳がアンセルを見つめていた。
 朝のお祈りとは何となく違う雰囲気を感じながらおずおずとアンセルはイスカンダーの顔に唇を寄せる。
 イスカンダーと同じように額にキスしようとしてイスカンダーがアンセルを止める。


「アンセル、君からのお祈りはここにしてもらいたい。その方が想いが強そうでね。」


 トントンと自身の唇を指さすイスカンダーに顔を赤らめながらアンセルは今度こそキスをした。

 直ぐに唇を離そうとしたが、イスカンダーの腕はアンセルの背を離そうとせず唇が深く合わさる。
 アンセルの唇は開く事はなかったが、イスカンダーの唇は優しくその全てを覆った。

 食むようにやわやわと弄られ、アンセルの頭はぼうっとなる。
 こんな口付けは初めてだ。


「んっ、イ、イスカンダーさ、ま。」


 繰り返しちゅ、ちゅ、と口付けをされてようやくこれはおかしい、とアンセルも思い出す。


「ちょ、ちょっと、待ってくださ、い。」


 徐々に体勢を崩していくアンセルの身体はもうすぐ倒れてしまいそうだ。
 もっともガッチリとイスカンダーの手がアンセルの身体を抱えこんでいたので硬い座席に身体を打ち付ける事などなかったが。


「イスカンダー様……。も、もう止めてっ。もう充分です。」


 少し泣きそうな声でそう訴えるアンセルを見て、イスカンダーも流石にやり過ぎたかと直ぐに身体を離した。


「すまない。アンセルがお祈りをしてくれる事が嬉しくてつい、な。」
「もうっ。今日の分はお終いです。たくさんお祈りしたから絶対大丈夫ですっ。」


 上気した顔でそう言うアンセルを見てイスカンダーは最後の仕上げとばかりに額に口付ける。
 これはクセになってしまいそうだ、と心の中で思う。


「そうだな、今日はきっと良い日になるだろう。もうそろそろ目当ての場所にも着く。」


 そうイスカンダーが言ったと同時に馬車が止まった。
 屋敷を出てからまだ10分ほどしか経ってない。
 ただ馬車に初めて乗ったアンセルには、どれほどの速さで馬車が移動するのか想像出来ず、イスカンダーとのお祈りが頭を占めていた事もあり果てしなく遠くにやってきたように感じていた。


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