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15章
花の名前 ②
しおりを挟むいつもなら車いすから抱き上げてもらいソファーに2人で腰を下ろすのだが今日の自分の格好は寝間着も同然だ。
その姿でイスカンダーに触れるのはためらわれた。
「あ、あの、僕自分で移動しますね。片足で移動する事にも慣れましたし、ほんの少しの距離なら問題なくなったんですよ。」
そう言って腕を突っ張らせ立ち上がろうとしたが寸ででイスカンダーに止められた。
「アンセル、前も言ったが治らない内にそうやって動かすと片足に負荷をかけすぎてしまうと言っただろう。私がいる時はお前を移動させるのは私の役目だとも言ったはずだ。」
またやってしまった。
アンセルは動けるようになってきて、ついその事を忘れてしまう。
イスカンダーとの約束は全て守りたいのに。
こうやって時折咎められる事が増えた。
「困った子だ。せっかちな子はどうしてくれようか。」
イスカンダーの声に強い調子はなかった。寧ろ揶揄うような調子がある。
そうしてあっという間にイスカンダーはアンセルの身体を攫って自分が腰を下ろした膝の上にアンセルを置いた。
「イ、イスカンダー様っ。」
「こうすればアンセルは自分で動こうとはしないだろう?それに私の膝の上なら安全だ。」
そう言って笑うイスカンダーの顔が思いの外近くにあってアンセルは頬を染める。
最近こういう触れ合いが増えた。
イスカンダーは常にアンセルを傍に起きたがったが、それ以上に自分に触れる事を好んだ。
近くにあるイスカンダーの身体からさっき嗅いだものよりも濃厚な甘い香りがする。
強い匂いに頭がくらくらする。
「ん?どうした。顔が赤いぞ。」
イスカンダーが更に揶揄うようにアンセルの頬を撫でる。
スルッと撫でたその感触にアンセルの背筋の毛が逆立つような感じがした。
「イ、イスカンダー様っ。冗談はやめて下さい。僕、集中できません。」
真っ赤な顔で咎めるアンセルの顔をもっと見ていたかったが、これ以上はアンセルに臍を曲げられそうでイスカンダーの手は大人しくアンセルの身体を支える位置へ戻って行った。
「で、私に何を話したかったのか、教えてくれるか?」
イスカンダーが切り出すと、アンセルは途端に目を煌めかせた。
「今日イゾルデ様が仰ってました。この世には数千、数万という植物の種類があって、日々新しい草や木、花が生み出されているって。僕が知っている花などそのほんの一握りに過ぎないって事を知りました。」
今日は歴史の勉強だったはずなのに、どこでどうしてそんな話になったんだろう。
そう思いながらもイスカンダーはアンセルの話を大人しく聞き続ける。
「イゾルデ様が言ってたんです。未知の植物は未知の効能を持っている事が多いって。図鑑に載っているだけで誰も見た事のない花もこの世にはたくさんあるって聞きました。」
「…………イゾルデめ。」
「イスカンダー様?」
「いや、で、どんな花があった?」
「図鑑に載っていて為になったのは薬草の類でしたが、花も花びらに効能があるものや蜜が栄養の補助になるもの。根が虫下しの代わりになる花なんかもありました。凄いですね。僕、花は鑑賞するだけのものだと勘違いしていました。」
「そうか……アンセルはそんな花を育てたいと思ったのか?」
「え、そうですね……。いえ、僕はイスカンダー様に預かったあの花を育ててみたいです。一番最初にあの花を咲かせてみたいです。」
笑みを浮かべてアンセルがそう答える。
「それで……僕、あの花の名前を知りたくて図鑑を片っ端から見て探したんです。でも、同じ種らしきものが見当たらなくて。イスカンダー様、あの花の名前を教えて下さい。僕、育て方をちゃんと調べて絶対に成功させたいんです。」
アンセルがそう言ってイスカンダーの腕に触れる。
無意識の行動にイスカンダーの眉が上がる。
「あの花の名か……。申し訳ないが私も知らないんだ。」
「えっ。」
「実はあの種は私が昔助けた御仁から譲り受けたものでね。とにかく咲かせるのが難しいと聞いたんだ。ただ、花を咲かせた者に幸せをもたらす花だと教えてくれた。全部信じたわけではないが、幸せをもたらす花だと聞けば蔑ろにも出来なくてね。私がずっと保管していたんだ。」
「幸せをもたらす花……。」
イスカンダーの言葉にうっとりと瞳を潤ませるアンセルの姿がある。
そんなアンセルの姿にイスカンダーはうっそりと笑った。
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