【完結】『人間が太陽と呼ばれている世界で求婚されたけど、それを知らなかった所為で監禁される事になった話』

塚銛イオ

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ノーラ婆さんの宿  ①

 
2人の乗った馬車は、普段使うようなイスカンダーの家紋が入った立派なものではなく、街中でもよく見かける一般的な割と古びた物だった。
 その所為で、いつもは馬車の振動など気にならないアンセルも上下に激しく揺れる馬車の動きに街へ着く頃には気分が悪くなってしまっていた。

「うっ……。」

 吐き気から顔色が真っ青になったアンセルの顔を見てイスカンダーは街のメインストリートへ入る少し手前で馬車を止めた。
 ヨロヨロと馬車を下りたアンセルの身体を気遣いながらイスカンダーは周りを見渡してひと休み出来る場所を探した。

「どこかでひと休みしよう。」
「そんな必要はありません。すぐに良くなりますから。」

 そうイスカンダーに伝えるが、アンセルの顔はいまだ青白く、気分も悪そうだ。
 口元を抑えジッと耐えている。

「その顔色では大丈夫とは言えないな。ここいらに宿屋はないのか。」

 イスカンダーはそうアンセルに尋ねるが、花屋周辺しか知らないアンセルには宿屋の場所など分かるはずもなかった。
 そこに急に声が掛かる。

「あら?あなたユーゴと一緒にいた可愛い子ちゃんじゃない?」

 見ると猫獣人の女性がこちらを見ている。
 何となく見覚えがあるような気がして、アンセルは目を細めた。
 すると、視界を遮るようにイスカンダーの身体がスッとアンセルの前に立ち女性の姿は見えなくなった。

「ちょっと待っていなさい。」

 ちょうど道の端に置かれたベンチにアンセルを座らせるとイスカンダーは声の主へ歩いていった。

 アンセルはもたれかかったベンチの背に身を預けながら目を閉じている。
 風に乗ってかすかにイスカンダーの声が聞こえてきた。



「あ、じゃぁあの通りをちょっと行ったところにある魔女のノーラ婆さんの宿屋がいいよ。古くて小さな宿屋だけど中は清潔だし、何よりノーラばあさんが気に入らないと貸してくれないから。」
「私はその人物と面識がないが。」
「ああ、あんたぐらい顔が良いなら大丈夫。あの婆さん面食いだから。それに魔女って言ってもそういう噂があるってだけで本当に魔法を使ってる所なんて見た事ないんだけどさ。」

 それに対するイスカンダーの返事は低すぎて聞こえなかった。もしかすると誘われているのかもしれない。そう思ったらアンセルの胸はチクリと痛んだ。
 時間を置かずにすぐにアンセルのもとまでイスカンダーが戻ってきた所を見るとあの猫獣人の女性とはすぐに別れたようだ。

「アンセル、ちょっと我慢してくれ。」

 かけられた声に返事をするよりも先にアンセルの身体がふわりと浮き上がる。
 イスカンダーはアンセルを横抱きにすると迷いなく歩き出した。
 どうやらさっき聞いたノーラというお婆さんの宿屋に行くらしい。
 イスカンダーの腕の中で微かに顔を上げると、猫獣人の女性がこちらに向かって手を振っているのが見えた。

 ほんの僅かに手を振り返して、眼を閉じた所で、アンセルはあの女性が以前ユーゴに連れて行かれた酒場で見かけた猫獣人の店員だと思い出した。
 そうして、そう言えばあの後ユーゴはどうなったんだろう、と今さらながら考えた。

 イスカンダーに助けてもらった後は自分自身の事で精一杯であの事件のことなど思い出す暇がなかった。
 アンセル自身思い出したくない出来事だったこともあり今まで考える事もなかったが、ユーゴは捕まってしまったのだろうか。

 きっと詳細はイスカンダーが知っていると思ったけれど、何となくイスカンダーには聞きたくなかった。

 今はこのままがいい。

 アンセルはイスカンダーの胸に顔を埋めたままただその揺れに任せていた。


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