王手☆スイーツたっぷりオフィスラブ ~甘い恋愛なんて将棋しか取柄の無い根暗な私にはマジ無理な世界だよ~

御実ダン

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8.その相手、豪傑である。

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「私、強くないです……ここ数日、いつも連勝を止められる相手がいるんです」

 私のグラスはもうほとんど空になっていたが、竹中さんは気遣ってくれたのか、別のグラスにウーロン茶を注いで持たせてくれた。

「誰かに聞かれたらウーロンハイを飲んでいるって言え。飲まされずに済むぞ。で、そいつはプロなのか」

「いえ、分かりません。私が『キノコの山』でアカウントを作ったのとほぼ同時期に現れた強豪ですが」

 長い髪の毛を左手でそっと掻き分けながら、グラスに口をつける。
 嫌だわ、お礼も言わずに飲むなんて。

「『TAKE_1990』という人……って、竹中さんはネット将棋のことなんか分からないですよね。すいません……」

 そう言ってまたグラスに口をつける。
 男性とこんなに話したのなんて父以外では初めてで、今も緊張している。

「あぁ、それ俺だぞ」

 盛大にウーロン茶を噴出した。プロレスラーも顔負けの毒霧は、テーブルの角を激しく濡らした。

「なんだ、栗山部長から聞いてなかったのか? いや、俺もキミに話してなかったか」

 そう言いながら冷静に私におしぼりを一つ。そしてもう一つを手に彼自らテーブルを拭いてくれている。
 ただ眺めることしか出来なかった私の女子力の無さを、ただただ嘆いていた。

「……えっと、すいません、もう一度聴いて良いですか?」

 今私はどんな顔をしているのだろうか。それこそ貞子のような血眼で彼を見ているのではないだろうか。

「『TAKE』のアカウントは俺だ。栗山部長と趣味が合うってことで、今回の宣伝企画に合わせて俺もネット将棋の新規アカウントを作ったんだ。これでも元奨励会の出身なんだぜ」

 正式名称【新進棋士しんしんきし奨励会しょうれいかい】。日本将棋連盟のプロ棋士養成機関のことである。将棋のプロになるための登竜門で、『関東奨励会』と『関西奨励会』の二つがある。並みならぬ努力と才能を持っていても、ここでプロ一歩手前の三段(プロは四段から)になるためには、想像を絶するほどの厳しい狭き門である。

 なるほど、竹中さんは元奨もとしょう(勝手に略す)なのね。ショックが大きいわ。

「キミこそ、『モジョリン』なんだろ? 何回か対局したことあるんだぞ俺は」

 私のメインアカウントッ!! なんで知ってるの!?
 恥ずかしい!! 恥ずかし乙女(25歳)ッ!!

 正式名称【MOMOMOMOJOリン】。ネットスラング喪女もじょのモテない女代表ネット棋士のことである。それが私。

「あぁぁ、穴熊に成りたい。私は穴の奥深くで冬眠する熊に成りたい……」

「こら、現実逃避するな」

「ひぁっ!?」

 グイっと太い腕で私の肩が彼の身体に寄せられた。そしてまた耳元で囁かれる。

「俺のメインアカウントではキミとの対局は勝率6割。4割はキミが勝っているんだ。悪いが、年始総会前にキミがスマホで対局しているのを覗き見てね。その時ユーザーネームは見れなかったが、高速で打つ居飛車(将棋の二大分類戦法)の棋風を見れば一発で分かったよ。こいつは『モジョリン』だってな」

 お願いだからモジョリンって言うの止めて!!

 ――新入社員歓迎会もお開きが近づいていた。そんな時、彼の口から意外な言葉が出てきた。

「――なぁ、この後は予定無いだろ。良かったら俺の家に来ないか?」

 は?
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