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第一章「悪役の運命」

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 室内で髪をあそこまで浮かせ、あそこまで輝かせる……なんて恐ろしい人だろう。

 ククーナとオマットは畏怖の念を覚えた。

 我々の目を潰す気で放ったオーラ──それ程強い嫉妬心に動かされてしまったのか! などとオマットは考え……反対に、少女は目を開けることすら面倒に感じ始め「糸目キャラ」を目指そうかとキャラチェンジをしそうになってしまい、結果的にシルヴィは無意識の内に二人を(ある意味)追い詰めていたのだ。
 
 そんなことは露知らず、皇太子は残念な自分の頭と相談しながらメモを取っていく。
 オマットに魔法を使っていることを見破られた彼は半ば無理矢理弟子入りし、数日後の昼すぎにオマットを呼び魔力制御をどうにかしようと試みた。

 が、しかし。
 
「……殿下」
「何だい?」
「何故、私まで」
 
 一人で練習すると間違いなく少女が引きこもることを予想した彼はククーナをも巻き込んでいた。

 勿論、移動は全てシルヴィとオマットが補ったので「身体が弱くて運動があまり出来ないか弱い令嬢」という誤解は継続している。
 
「外の空気は生きる為に必要だよ?」
「はあ……」
 
 日の光も空気も運動も、彼女にとっては煩わしい三原則でしかない。きっとククーナの頭の中には
「常に他力本願であれ」
「常に不自由であれ」
「常に不健康であれ」
 とでも書かれているのだろう、彼の言葉は何一つ響かなかったようである。それを踏まえるとあながち「とりあえず友人関係にならなければいけない」というシルヴィの考えは間違っていないとも言える……はずだ。
 
「では、魔力測定と魔力制御をして今現在の能力を確認しておきましょう」
 
 城内にある魔法壁……所謂暴発、爆発をした際の保険として使う防御魔法が張られている中、オマットは懐から幾つかの小さな宝石を取り出す。
 床に一定間隔で置かれたそれらは、左から順にルビーアクアマリンエメラルドルチルクォーツアメジスト水晶の六つだった。
 
「闇と光の魔法対応石は無いのだね」
 
 気になったことを指摘すると、オマットは頷いて返事をする。
 
「ああ、そちらは私の専門外ですので外させていただきました。殿下に嘘偽りなき知識を教えられなければ、未来の臣下として失格ですからね」
「なるほど……」
 
 闇はアイオライト、光はオパールと、それぞれの属性に対応した宝石がある。
 自分の属性に対応した宝石を使うことによって、威力を上げたり制御をしやすくするなど様々な使い方がある宝石達だが、二人は使ったことがなかった。本当にこれを使うのかと訝しげに見つめる。
 
 そんなことより早く帰りたいと願いながら丁寧に座らせられているククーナ。
 彼女は(そういえばは神獣マニアで自室の壁も全て神獣グッズという徹底ぶりだった。そこら辺でファンの好き嫌いが分かれていた気がする……)と何とも気が抜けることを思い出す。
 
「……公爵令嬢……ビターミネント公爵令嬢?」
 
 とんとん、と肩を叩かれる。
 どうやら何回か名前を呼ばれていたらしい、とりあえず頷いた。
 
「ん」

(遂にそんな疎か一文字な返事を……!)と貴族あるまじき態度に慣れてしまったシルヴィは心配し、一方でオマットは笑っていた。
 
「聴いていなかったようなので、もう一度説明しましょうか?」

 ククーナは音速に首を横に振った。
 説明など聞きたくないのである。
 
「そうですか。それはどういった理由で?」
「長いからです」
「……それは……また何とも……っでは簡潔に纏めましょう、良いですか?」
「はあ。まあ箇条書きでなら」
「分かりました。知っておいて損はないので渡しておきますが、休んでいて良いですからね」
 
 笑いを堪えながら紙に書き、ククーナに手渡す彼を見て皇太子は焦りを覚えた。
 いつの間にか二人が仲良く(?)なっている、と。このままでは婚約者(笑)になるのでは──危機感を抱かざるを得なかった少年は思わず、手を掴んだ。手を掴んだということは、今彼女の両の手は少年二人片方紙によって塞がれているということである。
 
 何ともシュールな光景に戸惑ったオマットは、紙を手放せない。彼に注がれている「ちょっとこの殿下どうにかしてくれます?」というククーナの目線を断れなかったようだ。対し、意味もなく立ち向かうシルヴィ。
 お互いが引くに引けない状態を一刀両断するように少女は「面倒だからこのまま魔力測定しちゃおう」と紙に書かれたやり方を実行する。休んでいていいと言われたにも関わらず、会話を終わらせたいからという理由だけで。
 手が繋がれた状態で、魔力測定。
 これはもはや人類史初の測定方法と言ってもいい、未知の領域だった。
 
(魔力測定自体は宝石無しで出来る。うん、大丈夫)
 
 一体何が大丈夫なのか。

 見つめ合っている二人は彼女の行動に気付かず微動だにしない。今がチャンスと魔力を身体の中央に集中させ外に出していく。
 出していったというならば、その影響を直に受けるのは──そう、彼等二人(主に直接手を掴んでいるシルヴィ)だ。

「……ん? ねえ、待ってまさか今測定しようとして──」
「ククーナ嬢、今は──!」
 
 暴発する……誰もがそう思い目を瞑った次の瞬間。

 何も、起こらなかった。

 ククーナは確かにありったけの魔力を込めたはずなのにも関わらず、だ。

「あれ……?」
 
 おかしい。

 いや、少年達にとっては先程の状態は恐怖でしかなかったので良かったのかもしれないが……彼女の知る悪役令嬢ククーナは確かに魔法を使っていた。 
 適正のある氷属性ならそれなりのものが使えるだろう、と面倒くさがりの彼女でさえ自身の魔力にほんの数ミリほど僅かな期待を寄せていた。
 だが結果はどうだろう。何も感じられないのだ。寒くなる気配も、氷が生えて出てきそうな気配も無い。
 イメージとかけ離れている現実に放心する。
 
「……おかしいな、ククーナ嬢ならビターミネント公爵家の魔力を受け継いでいるはずなんだが……」

 やはりそれ程までに病弱なのか。オマットの中で誤解は継続する。それを知らぬ皇太子は苦笑いを浮かべフォローを入れた。

「……ちょっと調子が悪かった、とか?」
 
 でもまあ僕の手が無事で良かったなどと内心思っていたシルヴィは、手を離した後同じく魔力測定を試みた。
 
「…………」
「少し私の魔力を注ぎ込んでみましょう」
 
 サポートをされて再度試すも反応は無かった。
 これがもしも成功していたなら胸元前に魔力の結晶が出来、その結晶の輝きから適切属性を、大きさから魔力が分かるはずだった。
 しかしそれもない。
 形すら呼び起こせないのだから計りようがないのだ。
 
 なんとなく風魔法の弱さから知ってはいた自身の魔力。それは想定外に低いようで、この世で測定不可能な魔力だったようだ。
 
 何も起こらなかったことに意気消沈している少年少女へどう声をかけようか悩んだオマットは、意を決して告げた。

「お二人は、どうやら魔力が限りなく低いようです。周囲に知られたら史上最低の皇太子、皇太子妃と罵られ、見下されることは勿論、噂の種になることはまず間違いないでしょう」
「そこハッキリ言っちゃう!? 仮にも皇太子と皇太子妃に!」
 
 あまりにもはっきり言うので驚きを隠せない。しかし彼は「先程申し上げましたように」と素早く声を割く。
 
「殿下には嘘偽りなき知識を、或いは事実を、主観なくお伝えしなければいけませんから。感情だけで伝えるのは誰にでも出来ることです」
 
 そう返すオマットに、シルヴィは落ち込みながらも(なるほど。確かに側近向きだ)と感心せざるを得なかった。
 敗北感を得ているところ我に返ったククーナは(ゲームでそこ教えてよ……)と言えるはずもないくるいけの作者に文句を言おうと思った。魔法で全てを解決! という楽そうな手法が取れないことを残念がるのは、面倒くさがり屋の彼女らしい考えだろう。まあ使えたとしても極力使わないのだろうが。
 作者への文句を考えている内に今目の前にいる二人の説明文を不意に思い出す。
 
『シルヴィ=クイント・ガーラ。ガーラ帝国第一皇子である皇太子。傲慢で常に相手より優位に立っていないと気が済まない性格で、民を虐げる暴君として君臨している。未だに皇太子であることには何か理由があるようで……?』
 
『オマット・スイートヘリー。天才魔術師と名高い公爵子息。辛辣で手厳しめな一面もあるが、常に中立であろうと心掛けている生真面目な性格をしている。神獣の話題に反応しやすい』
 
 これは今思い出しても役に立たない情報だ、知っていても尚脳裏によみがえる彼等の体格のゴツさ。
 今はその面影は無いが数年後にはあの「きっちりかっちり肩幅が広い癖にイケメン」な乙女ゲームあるある攻略対象者になるのだろう……とククーナが魔力の無さから目を背けている中、測定が出来なければ制御の特訓も上手くはいかないということでその日は解散。
 オマットは次回までに二人にそれぞれ合ったやり方を探しておく、と彼ならではの誠実さを見せていた。
 
◆◆◆
 
 ククーナ嬢って呼んでることがまだ気になってる。
 うん、地味にまだ気になってる。はは、我ながら不思議だね、まさか名前呼びされてるだけでここまで気になるとはね。
 
 明くる日の昼下がり、僕は昨日のことを思い返していた。彼女のことは勿論、スイートヘリー公爵子息のことや魔力の無さに関しても考えなければならないだろう。
 
 ──悪役、それも物語最後の敵ともなれば魔力が膨大にあるものでは……?
 
 こればっかりは期待も込めて成長と共に増えるだろうと甘く見ていたところもある。元々生まれながら魔力が低いことは、父上や母上は知っていたし僕も知らされていた。弟達には知らせていないのは皇太子にしたいからということだろうと承知してはいる。
 だが、魔法を得意とする彼にサポートをしてもらっても結晶が爪先サイズも作り出せないとなれば話は別。
 
 圧倒的に向いていない。
 
 皇太子にも、悪役にも。
 なのに何故そんな登場人物になってしまうのか? 未来の自分が魔力的な意味で羨ましくも感じる。
 
 この国では魔力を重要視しているので、恐らく彼女の魔力が知られれば婚約者から引き摺り下ろそうと企む者も出てくるだろう。
 考えていてもいなくても面倒なことばかり。
 ああ、これは確かに嫌気が差して悪に走った方が楽かもしれないな。そうは思うものの、それで死ぬのは僕じゃない、彼女だ。
 
(どうしたものかなあ……)

 椅子に座ったままメモを浮かせ、仰向けに天井を見つめる。
 
 少なくとも僕の頭だけでは無理──いっそ公爵子息も巻き込んでみるとか……?
 見た感じ、ククーナ嬢とも仲良くしているようだし協力を仰ぐにはもってこいかもしれない。ただそれで問題なのはどこまで事情を説明するかという点。
 
 何だか気に食わないから彼女に会わないでくれというよりも「かなり気が滅入っているようだから元気付けられるように君も手伝ってくれないかな?」と頼んで逃げ道を塞いだ方が無気力から脱せられるのでは……?
 
 何人集まれば? 文殊の知恵というアレだ。
 
 只今より決行するのはプラントリプルTではなく、プランフォーT──これに賭けよう。
 
 新しく出来たばかりの作戦を使うのは気が引けるが、そうでもしないとあの怠惰魔を健康体にすることさえ難しい。
 健康体になってもらってから友人関係になっても遅くは……そういえば僕の先を越してちゃんとした友人関係になっていたりしないかあの二人……? まさか、そんなまさかね。
 
 浅い笑みを浮かべながら筆を取った。
 
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