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第一章「悪役の運命」
語られなかった皇太子と悪役令嬢1
しおりを挟む見目麗しいドレスを着た淑女達が囁く。
「聞きました?」
「ええ、聞きましたわ」
小声でもなく、大声でもないが確実に本人へ聞こえるような声量で刺を刺す。
「彼女……魔力が無いんですって」
魔力が無いと判明してから三日、たった三日でがらりと少女の評判は変わっていった。それまで仲良くしてくれていた友人達も、尊敬していた人も、家族も全て。今となっては少女の敵だ。
何故自分に魔力が無いというだけでこんなにも態度を変えるのだろう。
まるで面白がる為だけにその風潮を支持する周りの目が、化け物のようにさえ思えた。
「皇太子妃なのに役に立たないなんて、殿下もお可哀想に。不良品を送り付けられてしまったのね」
くすくすと嘲笑する令嬢達。
悪意ある言葉を受けた当の本人は、夜会を抜け出して庭園の茂みに座り込む。
「……う、うぅ……っ」
大好きだった両親ですら腫れ物を扱うような態度になり、大好きだった使用人達も距離を取る。もう自分には味方してくれる人はいないのだと泣き腫らしていく。
一頻り泣いた後、ハンカチが目に映る。
誰が渡そうとしてくれているのだろう、気になって顔を上げれば婚約者である皇太子の顔がそこにあった。
「大丈夫?」
嬉しさよりも先に出てくるのは後ろめたさだ。
自分のせいで、婚約者に迷惑をかけてしまった。少女はハンカチを受け取らずに俯く。
「……申し訳ございません……」
罪悪感から顔を上げられずにいると、そっと彼女の膝の上へハンカチを置いて隣に座った。
「気にすることないよ。ああいうのは言わせておけばいい」
「ですが結果的に、私が、足を引っ張っているではありませんかっ」
小さな呻き声を上げながら叫ぶ。
未来の皇帝が、使い道の無い婚約者など許すはずがない。あるとすれば利用価値のある存在。
しかし、その価値すらも無いのだと嗚咽を漏らす。聞いてもらってどうにかしてほしいとは思っていないが、誰かに聞いてほしかったのだろう。
目元が赤くなってきた頃、皇太子が呟いた。
「……実は僕もなんだ、魔力」
「えっ?」
「僕も、落ちこぼれ。同じだね」
驚いて目を合わせればふっと笑うように人差し指を口元に立てて「内緒だよ」と告げる。
「……同じ」
一人ではない、と慰められているのだろうか。
親の決めた政略結婚にそこまで関心を持っていなかった彼女は、彼とは深く関わってこなかった。まともに会話したとしても夜会などに出席した時くらいだ。
不思議なものを見る目で見つめ返す。
「嫌だった?」
「いえ、嫌では……」
「じゃあ……好き?」
膝にあるハンカチを手に取り、気まずい気分を隠す。
どうしてこうも答えにくいことを訊くのだろう、この人は。
そう思わずにはいられなかった。
「…………」
優しくしてくるのは、下心があるということなのか。そうだとしたら何故私に? 疑問の尽きない問いに返す答えを持ち合わせていない少女は問いかけるように震えた声を振り絞る。
「……殿下は何故、そのようなことを……」
掠れた声など気にも留めずに元気よく彼は答えた。
「君が僕の婚約者であるように、僕は君の婚約者なのだから。好かれるよう努力するのは当然のことだよ」
お世辞を言われても。
そうは感じても、それまで何とも思っていなかった笑顔が輝いて見えていた。
数日後。
言葉の通り、皇太子は努力を怠らなかった。来る日も来る日も花束を持ってデートに誘う。周りは頭でもイカれたのかと考えた、魔力が無い使えない皇太子妃だと認めたくないのではと。
そう噂される程今まで交流を怠っていたのかと聞かれると、答えはイエスだ。
だからこそ彼女にとって彼は同じ穴の狢としか映らなかった。
──親が決めたから仕方なく、ご機嫌取りにでも来ているのだろう。
公爵邸の庭にあるガーデンテラスで音を立てぬようにティーカップに口をつける。
「本当に殿下は、気になさらないのですね」
「うん。勿論」
なんてことなさそうに答える様は少女には眩しく映り、自身との違いを目の当たりにさせるに十分だった。
「私は……殿下のように強くはなれません……」
これからも続く罵倒、きっと出てくるであろう嫌がらせ、新しく付けられるかもしれない婚約者。
皇太子が許したって皇帝陛下が婚約破棄を勧めるかもしれない。なのに優しくする必要なんか無い。
全部を承知の上で実行しているなど、強者だけの考えだ。
また俯いて無言を貫くと、彼はぽそりと「そっか」とだけ声を漏らすのだった。
翌日、弟である第二皇子に酷い言葉を投げ掛けられるところを見てしまった。
「兄上はいつもいつも邪魔ばかりするじゃないか! ただの能無しの癖に!」
突き飛ばして蔑む目線をやる第二皇子の姿。
黙ってそれを受け入れる皇太子。
家族思いの彼がわざわざ弟の邪魔をするとは思えない。恐らく、前々から不満を持っていて今になって爆発したのだろうことはぼんやりと分かった。
皇太子も少女と同じだった。
魔力が無い、そのことが分かってきている第二皇子は兄である皇太子を煙たく感じている。
弟を大切にしている彼にとって、弟からの罵りはきついものがあった。
第二皇子がその場を去って暫くすると、壁に寄りかかって表情を消していく。あまりにも痛ましいその様を見て咄嗟に息を呑んだ。
「……見損なった? 虚勢張ってるだけだったんだ、って。今にも泣きそうな顔してる」
乾いた笑い声は哀しみからか、又は悔しさからか、汲み取れるものが少ない中事実だけを受け止めるに至った。
「自分の愚かしさを、悔いているだけです」
彼が強者であるというのは間違いだったのだ。
確かに同じ、この国の弱者であり見下される存在なのだと。
この国で二人は孤立しかけていた。孤立しまいと思っていた節もあった。けれど結果として、既に周りには誰一人残りやしなかった。
もはや残された道は互いに支え合う他無い。
そのくらい、彼等は心身共に縛られていて、未成熟だったのだ。
「……お慕いしております、殿下」
幼い心を守る為、ククーナは心にもないことを口に出した。
嘘だとすぐ分かるような言い分だというのにシルヴィは笑う。
「ああ……その言葉が聴きたかったんだ──」
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