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第一章「悪役の運命」

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「……お言葉ですが殿下、今なんと?」
「ククーナ嬢を元気付ける為に力を貸して欲しい、と言ったね」
 
 攻略の対象人物とかいう彼女の発言も気になってはいたが、それよりも誰かの知恵を借りなければ……二人揃って悪の道に走るだろう……現状ククーナ嬢に生きる気力が毛ほども無いし。
 そう考えた僕は、早速スイートヘリー公爵子息を仲間に引き入れようと試みていた。
 炎天下の中、外で訓練をしながら聞くことではない。分かってはいる、いても僅か十二歳であの怠惰、不健康は見過ごせない。
 
 さあ、どうくる……!?
 身構える僕とは反対に落ち着いた様子を見せる。
 
「素晴らしい配慮……きっと彼女も喜ぶことでしょう。勿論、お二人の為とあらば助力は惜しみません。私に出来ることであれば、何なりと」
 
 汗も滴るなんたらら。彼の首筋から落ちる一滴の水滴さえ神々しく映って見えてしまう。
 
 ──すっごくいい人だなあ。
 
 迷惑そうな表情も一切せず、浮かび上がっているのは真剣に話を聞こうとする誠実な姿勢。
 うん、これは好感持てるね。面倒臭がることも無さそうな優しそうな少年だ、だからあんなに仲良く──……ってまさか、それ……!?
 
 気が付いてしまった一つの可能性。
 真面目という、僕達にとって頼りがいのありすぎな……そう。便利な人。
 いや、いやいや。ま、まさかね。
 
 利便性の高さで仲良くしてたらいよいよをもってククーナ嬢のヤバさが滲み出てしまう。不穏な流れを変える為、日陰に移動しながら「これは個人的なお願いだから、後日誰にも言わずこっそりと部屋に来てほしい」と約束を取り付けた。
 
 その日の夜。
 早めの方が良いだろうと考えてくれたのか、早速僕の部屋へ来てくれたようだ。
 一定のリズムを刻むようにノックの音が二回鳴る。
 
「どうぞ」
 
 失礼します、と言った後丁寧な動作で部屋へ入ってくる。
 
「誰にも見られていないね?」
「はい。直接魔法で伺っても良かったのですが、そう何度も目の前に現れてはご迷惑だろうと控えました。とは言えど、流石に城の警備を掻い潜るに少しばかり魔法は使っていますので……」
「まあそれは大丈夫。次回からは直接来て良いよ、さあ座って座って」
 
 真剣な話を真面目にされると長くなるのは想像に難くない。
 僕は……そういった話は苦手なんだ……! 分かってくれ。警備とか、そういうソレほんと苦手。戦略とかね。
 
「ありがとうございます」
 
 お礼を言いながらテーブル前にある椅子に腰を下ろす、……オマット……って呼んでも良いんだろうか。もう一々公爵子息っていうのすら面倒に感じてきたからいいかな。
 
「……オマットと呼んでも良いかな?」
「殿下のお好きなように」
 
 かったいなぁ~!
 真面目を絵に描いたようなタイプだ。
 
「ありがとう。で、オマット。君に手伝って欲しいことというのはね……ククーナ嬢の生活習慣の改善だよ」
 
 我ながら今日一番の真剣さを纏った空気。うーん、多分今凄い強張った表情に見えるんじゃないかな。
 釣られて真面目を発揮するオマット。
 
「生活習慣の……というと、例の……の件ですか?」
「そう……それもかなりの……」
「やはり、なのですね……しかし、改善ということは治る見込みはあるということでしょうか」
「……んっ?」
「……?」
 
 盛大な行き違いを感じた僕は、一時的に思考を停止した。
 
 恐る恐る訊いてくるものだから何かと思えば、え? 何だって? 重病?
 治る見込みは……と訊く時点で何かヤバい誤解をしている気がする。さては面倒で訂正しなかったな?
 
「オマット。君は何か勘違いをしているようだけど、彼女は難病じゃない」
「……難病では、ない!?」
「立派な、怠惰の限りを尽くした、一歩の移動すら嫌がる……面倒臭がりの王者だよ」
 
 ぴしゃーん、と稲妻が駆け巡った。
 タイミングよく変わるご都合主義すぎる悪天候。外から雨の音がざあざあと降りしきっていく。
 歩くことすら嫌がる公爵令嬢なんて初耳だよね、気持ち、とてもよく分かる。
 
「あまりの怠惰っぷりに痩せ細り、筋肉も世間一般的な令嬢達より劣っている。食事も面倒だと限界を目指して極限までに減らしているらしい……ここまで聞いて、分かるでしょ?」
「……面倒だからと、人はそこまで堕ちることが出来るのか……それは、どういう」

 窓から差し込む雷光。点滅する影に当てられ、真剣ムードは更に加速していた。
  
「彼女は──生きる気力を全くと言っていいほど持っていないんだよ」
 
 再度走る衝撃の稲妻。タイミング良すぎない?
 開いた口が塞がらないオマットは、今にも顔を歪ませそうだった。
 
「……なんということだ……ククーナ嬢が、それ程まで追い詰められているとは……一体何が」
「あ、いや多分何かあったから死にたいって訳ではなくて、ただ……面倒なのだと思う」
 
 この勘違いを続行させてはいけないと察した僕は間髪いれず訂正する。しかし、彼には信じられない理由だったのだろう。目を見開いてこちらを見ている。
 
「……生きるのが?」
「生きるのが。信じられないと思うけど、本当にそうなんだ。だからその、彼女の生活習慣を改善して、健康にしつつ生きる気力を取り戻せるように協力して欲しく……」
「では、噂で人気の高い『シルヴィ殿下はビターミネント公爵令嬢一筋、そこにはある物語が……』という病弱な彼女を支えていきたいという殿下の想い、そして溢れんばかりの涙で殿下を迎えるククーナ嬢とのラブストーリーは……」
「待って何でストーリーが出来てるの? そんなことになってた?」
 
 小説化でもしちゃった? と言わんばかりの動揺ぶりに冷や汗が垂れる。
 噂、何でもするといいとか思ってたけどそこまで盛る? 噂、恐るべし。
 
「……なるほど、……噂は当てにならないですね。信じ込んでいたからと、鵜呑みにしてしまいました! 申し訳ありません」
「ああ、いや良いよ。前も言ったけど堅苦しいの抜きで。苦手なんだ、そういうの」
「しかし……殿下とでは身分が」
「じゃあククーナ嬢とか、僕とか三人か二人の時だけ。ね?」
 
 頼むよ。いい加減僕が辛い。
 意図が伝わったようで体勢を崩していく。
 
「分かった、なら構わないが……つまり彼女は動けると?」
「動けないと思ってるなら大間違いだ! ククーナ嬢は動けないんじゃない、動きたくないのさ……」
「それは……厄介な……しかし、ならあの頼みも納得だ」
「……頼み?」
 
 聞けばふと昼間に予想していた彼女の怠惰が明かされた。オマットは「歩く移動手段になって欲しい」と頼まれたんだとか。
 マジで利便性の良さで仲良くしようとしてたって。ちょっと……。
 あまりの発言に呆れを隠さずにいると、少し笑ってオマットが言う。
 
「あの殿下でもそんな顔をするとは。婚約者殿はなかなかの強者だな」
「……言っておくけど、周りが思ってるような完璧皇子じゃないからね僕。オマットは口が固そうだから、まあ取り繕わなくても良いかなって」
「……っふ、なるほど。その期待に応えられるようにしなくてはな」

 思えば愚痴を聞いてくれそうな相手って、初めてでは? 主に、ククーナ嬢の。
 
「魔法に関して、魔力に関して負い目を感じてそうなったのかと考えていたが……そうでないとすると、一体何が理由なのか。そこが分からなければ対策も改善も出来ない、一旦幾つか予想を見立ててみてはどうだろう」
「予想ねぇ……」
 
 ゲームの悪役で、黒幕であること──
 思い当たることとすればこれくらいだった。
 いつ死んでも良いと考えるに至る理由としては些か足りないような気はするが、他に分からないのだからどうしようもない。
 
 僕は、婚約者でも、彼女のことを何一つ知らないから。
 
「……何も、教えてくれないんだよねー。どうしたら良いと思う? 二年頑張っても全く成果が出ないんだ……」
 
 二年間、頑張って好きなものや嫌いなものを把握しようと毎日色々なものを贈り付けては毎日何か教えてくれないか数々の作戦を練って頑張ってきたあの日々。
 悪役を回避したくとも自分のこととなると協力してくれない今のククーナ嬢。……それで僕だけ回避出来ても後が面倒なのに。
 
 我慢してきたものの、吐き出せる相手もおらず溜まっていった愚痴。
 静かに聞いてくれるものだからついつい優しさに甘えて長話をしていく。
 
「……はー、もうあの怠惰魔、何とか出来る自信が無い……」
 
 吐き出してみると少し楽になった。
 
「……思ったことが幾つかある。聞いて良いか?」
「うん、何?」
 
「ゲームだとか、私が攻略……対象だとか、いつか自分が悪役になってしまうから回避だとか……凄いことを言っているような気がするが」
 
「あっ」
 
 疲れすぎて全部言っちゃったらしい。
 どうしよう……!!
 動揺を隠せずにいる僕を見て「聞かなかったことにした方が良いならそうする」という彼は、面倒臭がりの僕から見ても神々しすぎて目を瞑った。
 
 でも言い訳考えるのも面倒だし、いっそオマットに話した方が何かきっかけを得れるのでは……?
 そう考えてすぐに事情を説明した。ここは彼女の知るゲームだかの物語に酷似していること、未来には聖女が現れて僕とククーナ嬢は悪役になっていること、それとオマットが攻略対象らしいこと。
 
「──にわかには信じ難い」
 
 ですよねー。思わず落胆しそうになると「信じ難いが、」と付け加えこう言う。
 
「喋ることすら面倒臭がる彼女が、その時は長文を話していたことを考えると事実ではあるのだろう」
「……確かに、あの時は流暢だった……!」
  
 流暢に話し、長文。もうこれは事実を話していたとしか思えない。
 二人して頷く。これは、もう、そのゲームが絡んでいるんだろうと……。
 
「現状で分かっているのは、今はまだ本編前……物語が始まっていないこと、まだ僕とククーナ嬢が何かを見つけて悪に落ちていないこと、攻略対象とかいうのがまだ何人かいそうなこと、多分現状ではオマットと僕……もかな? がそれに当たること」

「そして聖女、か。現れた時はさぞかし大騒ぎだろうな、現れたら奇跡とも呼ばれている存在が何年後に……物語が始まるのは何年後なんだ?」
「……何年なんだろう」
「…………」
 
 流石に肝心な情報が欠けているのは痛い。
 オマットも僕も、苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。
 
「予知とは違うのか?」
「多分……正直、魔力があんなからっきしなのに予知が出来る訳も無い。それにこの魔力量で僕達が悪役っていうのも違和感があるし……」
 
 そこなんだよな。どうして最後に立ち向かう敵であるはずの僕達に魔力が少ないのか。
 先日の反応を見るに恐らく、ククーナ嬢は知らなかったんだろうけど……。
 
「……攻略対象の名前を聞き出せたりは?」
「多分覚えてないんじゃないかな、肝心な情報はうろ覚えどころか伝わらないくらいの語彙だったから」
「……悪役になるきっかけとやらは」
「何だっけ、『ヤバい何かを手に入れたら』……?」
「つまり、何か物を手に入れたということか。それも禁止されているような……普通では手に入らないもの」
「うーん、密輸品……? 魔法対応石でもそんなヤバいって程のは……でも何で、生きる気力が無いのに教えてくれたんだろう」
「それは」
 
 それは? と聞き返すと「殿下には悪役になって欲しくないと思ったからじゃないか?」なんて真っ直ぐに言われる。
 確かに、考えられる理由としてはありなんだろうけど……実際、彼女は僕だけが悪役を回避出来る方法は簡単に言ってのけていた。自分がいなくなれば大丈夫だと。
 
「……そう……だったら、かなりズルい」
「ああ、ズルいな。だが、彼女なりの人間らしさはそこにあるのではないか? 少なくとも私から見れば優しくないようには感じられなかった……楽をしたいからかもしれないが」
「まあ、以外の一面は……まだあんまり見れてないからね……──あ」
 
 綺麗に「あ」と同時に被さった。
 そう。そうだ、元を辿るべきだったんだ。
 
「面倒臭がる、その理由!」

 これが分からなければ彼女の考えていることなんて何一つ分からないじゃないか!
 
「どうにかして些細なことでも聞き出そう、相手は手強い。油断は禁物だ……」
「分かってるよ……じゃあ後日、三人で集まる日に……」
 
 
 
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