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第一章「悪役の運命」
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しおりを挟むそうして後日、僕とオマットはククーナ嬢を半ば無理矢理連行……もとい、魔法の授業に誘った。
授業は建前だけの理由ではあるものの、流石というべきか「それぞれに合ったやり方や対策を探しておく」というのは嘘ではなかったらしい。
彼はククーナ嬢を連れて僕の自室に現れるなり手作りであろう本をそれぞれ二冊手渡す。
手渡された教科書をなんとなく開いて、「へー」「良いね」などと雑な言い回しで合図を交わした。
今が逃げ場を失くす火蓋を切る時──!
オマットが部屋の扉を施錠し、その間に僕は彼女を椅子に座らせて隣に座る。すかさずテーブルの上に本を置いてあげるとククーナ嬢はぺこりと頭を下げた。
そっかー。今日は喋るのが面倒な日なのかー。
先行きが不安になるスタートだ。しかし、こちらは今日という今日こそは、という確固たる意志で赴いている訳で。
ここで引き下がる訳にはいかないんだよ……! と、握り拳を作りながらオマットと同時に頷く。
僕達が考えた作戦は主に「面倒だからと話も聞かず逃げる可能性」を塞ぐ作戦だ。
第一に、連れてきてすぐに鍵をかけること、第二にそれとなくそれっぽい理由を作り終わるまで帰れないようにすること。
つまり今回の場合はこの授業が終わるまでの間ということになる。
「では授業を始めます。お二人とも一旦本に目を通してみてください、何ヵ所か分からない範囲があると思います。そこを指で指していってもらえますか」
……これ正直に言った方が良いのかな?
本を捲り頭を抱える。彼がいる時にアレはバレる可能性が高い為、そう易々と頼りのアレに頼れない。
「私、こことかこことかこことか……こことか分かんないです」
「なるほど……意外と多いですね」
う、嘘でしょあれで多いだなんて……! 僕より少なかったけど!?
「殿下は──」
汗だくの僕を見て何かを察したようだ。
何も言わずに向かい側の椅子に腰を下ろした。
言えないじゃん? メモが無いと本に書いてある全ページ分からないなんて。一国の皇子ともあろう者が、婚約者より何倍もヤバいなんて。
良かった。
オマットが見逃してくれる優しさも持ち合わせていて。
心底ホッとして数分間は、通常の授業が進んでいった。
先生のように教えてくれる彼は意外とスパルタで、ペースが早いよりも内容の詰め込みがヤバかった。
ヤバいしか言えないけどヤバかった。
天才というのはその内容量を詰め込めるのか、と驚きで口を開けたままになったところもあるくらいだ。
そんなスパルタ授業が続き、嫌気が指していそうなところを見計らって一旦休憩する流れに持っていくことが出来た。
「ねえ、折角三人集まっているのだからさ。雑談をしようよ」
「構いませんが……ククーナ嬢は?」
「あ、お構い無く」
いやお構うから──……!!
思わず心の中で突っ込んでしまった。きっとオマットも同じように考えたことだろう、笑顔なのに目の奥が笑っていない。
「……オマット、敬語外していいよ」
暗に「どうにかしてくれ」と意味を含める。
彼は意図に気付き、静かに頷いた。
「ククーナ嬢」
真っ直ぐに一点へ視線を注いでいる。視線の先は勿論、彼女だ。
「貴方は何故、そこまで人との関わりを断とうとする? 先程殿下はこう言ったはずだ。三人集まっているのだから、と……」
おおっとさては単刀直入に訊こうと切り替えたなー? いやでも、その方が良いのかな。
表情の読み取れない彼女を見て冷や汗が垂れる。
「まあ、言ってましたね」
あっ。無視した。無視したよ関わりを断とう~の下り。
と考えると、今まで彼女は意図的にそうしていたということだろうか? 面倒な部分が演技だと仮定しても、意固地に部屋から出ず過ごすのは……些か不可解な点が多すぎる。それだったらちゃんと食事は摂っているだろう。
だとすれば性分。ただ……ゲームとやらをやる気力があったことを踏まえると、前世ではここまでの面倒臭がりではなかったはずだ。
悪化した理由……これが分かれば、生きる気力を取り戻す一手を打てるかもしれないというのに。
どこまで信用されていないのだろう、僕達は。
少しでも信頼を得られていると考えていた自分へ自嘲的なを浮かべ、静かにオマットの出方を窺う。
「分かっていて断ろうとした……それは婚約者であるはずの殿下に対し、失礼では? 何か理由があるならともかく」
「……理由……」
誘導は見事だ、でも……ククーナ嬢は多分それだと……。
不安を感じていると案の定な返答が飛び交う。
「面倒だからです」
で、出たーーッ!
全てを面倒だからで済ませる怠惰魔の図ー!
この流れで僕が口を出しても違和感が生じるので、もう少しことの成り行きを見守ることにした。
「面倒だというその理由は? 前に俺へ提案した移動手段とやらも面倒だからなのだろう、どうしてそこまで面倒だと感じるんだ?」
「…………」
珍しく彼女はばつが悪そうに口を閉ざした。
相手が彼だからなのか、それとも理由が言いたくないのか。どちらにせよ何かしらの後ろめたさを持っていたのだと感じられて、少し安堵の念を覚える。
無感情は何よりも不明確で周りが察することも、探ることも出来ない。
もし彼女が何に対しても関心を示していなかったら、読み取ることは今よりも更に不可能に近かったことだろう。
「本当にそれだけなら、とっくのとうに皇族への不敬罪で地下牢に連れて行かれていても何ら不思議ではない。これは理解しているのか?」
「それは理解してます」
分かってたんだ!? 舌打ちとか父上に見られてたらヤバかったと思うよ本当に!
承知の上であの振る舞いをやっていたのだと振り返ると、末恐ろしいものすら感じられる。よくもまあそんな博打を仕掛けたな、と感心せずにはいられない。褒めてないけど。
割り込むなら今だ、と身を乗り出して問いかけてみる。
「……そこまで、分かっててどうして改善しないのか訊いてもいいかな?」
なるべく優しく訊き返答を促す。
警戒心を高めている相手には強く言い過ぎてはいけない為、言い方は特に気を付けなければならない。
しかし効果が無かったのか、彼女はさらりと言ってのけた。
「別にどうなってもいいかなと思って」
何とも思ってなさそうに。興味がないのだと突き放すようにさらりと。
これには僕もオマットも押し黙ってしまった。
下手したら信用以前の問題なのでは。
「生きても死んでもどっちでもいいやってことだよねそれ。その理由は?」
「まあそれは置いといて、ルー殿下は改善の要求を今までしなかったし良いかなと。ホボッタも深くは振れなかったじゃないですか」
「ホボッタ……──俺のことか!?」
あ、そういえば教えてなかった。名前間違いが凄いこと。
つまり改善するよう言わなかったから改善しなかったと? まあ、そこは確かに……二年間、嫌われることを恐れて言わなかった僕にも落ち度があるけど。というか結局理由だけは頑なに避けてるし。
もやもやする気持ちもあれど、隣にいるククーナ嬢が感情的になっているように見えて、それが少し新鮮に感じた。
衝撃を受けている彼には悪いが、先程の言葉でふと気になったことが一つ出来た。
ルー、という最初につけたあの愛称だけは多分、多分間違いが少ないこと。これは一体どういうことだろう?
強く言いたくもあったけど、自棄になる自分を抑えて問いかける。
「ねえククーナ嬢。ちょっと気になったんだけど、どうして『ルー』という僕への愛称だけはミスが少ないの?」
何気無い疑問だったが……その質問を受け、初めて彼女は表情を崩した。
まるで痛いところを突かれた、と言わんばかりに。
その日はそれ以上何も喋ってくれなかった。
授業の続きをするから少し待ってくれとオマットが言っても、固く口を閉ざし続けていった。
まるでわざと無数の壁を作るように。
◇◇◇
幾らなんでもあれは酷い。
まさかあそこまで殿下を信用していないとは。
ゲームシナリオで登場する一人目の婚約者を既に失っているオマットは、心を開く気がないククーナに対し怒りよりも不安を感じていた。
実際、彼から見た彼女は面白い表情や返しをしてくれる変わったご令嬢であった為、シルヴィのような不満は大して持っていないのだ。
しかし持っていなくとも彼が不満を持っている点がある。
皇太子は真剣に彼女のことを大事にし、理解しようと努力を積み重ねているにも関わらず、彼女がそのことに気付いているのかいないのか軽くはね除けた点だ。これに関しては流石のオマットも憤りを感じていた。
確かに、一人では無理であろう相手ではあった。
だがだからと言ってこの結果は手応えが無さすぎる。
唯一揺さぶりをかけて反応があったのは皮肉にもククーナ嬢が殿下へ対して付けた愛称。
愛称を呼ぶことがあるというなら、それなりに信頼しているのかと思っていた。
でもどうやら違うらしい。
(殿下には悪いことをしてしまった)
協力をすると言った手前、直球に訊いてしまったばかりに彼を傷付ける結果となったのだから、オマットがやりきれなく感じるのは当然だろう。あのククーナに真っ向から勝負して収穫が一つあれば十分すぎる成果なのだが。
訊くなら一対一で訊けば良かったと後悔をしていると、父親であるスイートヘリー公爵の手が頭に触れた。
「オマット、どうしました? 君にしては随分と落ち込んでいるようだけど」
「父上……」
天才魔術師の父親である彼は、その魔力もさながらに複数の属性を持っている。
オマットが得意なのは雷と風だが、公爵は炎と土だ。一方で母親は雷が得意な為、彼の「気を抜くと雷降らせすぎ」問題は母親譲りのものであることが分かるだろう。
優しく、時には厳しくその都度対応を考えてくれる両親は彼にとっての誇りであり、大事な家族。
心配してくれていることも分かってはいるが、オマットは自分の悩みをいざ誰かに話そうとするのは苦手なのである。
もしこう言われたら──もし嫌われたら──……そういう風に考えるようになったのは、今は亡き婚約者が原因だ。
「……何でもない」
「そっか、まあ、言いたくなったらいつでも言ってください。お父さんもお母さんも、君の味方です」
にこにこと笑って頭を撫でる公爵は仕事終わりの疲労感を見せることもせず、息子を労るようにクッキーを手渡してくる。
「こ、これは……! ベリークッキー……!」
「ふふふ……お母さんの新作だよ……美味しい美味しい新種のベリー入り。最高でしょう」
「新種のベリー!? 最高に決まってる……」
スイートヘリー公爵家は、とにかくベリー入りのクッキーが大好きなのである。
何かと祝い事があればクッキー、朝食も決まってクッキー(ベリーの種類は変わるものとする)、悲しいときも嬉しいときもクッキー。
もはやクッキー公爵家と改名をした方が良いレベルである。
それはさておき、大好物のクッキーを貰い落ち着きを取り戻したオマットは果たしてこのままで良いのかと我を省みる。
何も収穫が無いままでは、殿下が更にストレスを溜め込んでしまう。
(……俺と殿下で態度が違うなら、今からでも一対一で話すべきか……? いや、しかし)
後から報告というのは不快に思われるのではないか? と、婚約者という立場を考慮して踏み出せずにいる彼へ公爵が告げる。
「悩んで何も試せず後悔するのと、試して悩んでを繰り返して後悔するのと、どっちが良い?」
──それは、勿論。後者だ。
「しかし……相手はなかなかの強者で、心を閉ざしてばかりで……」
「へえ、意外! 心を閉ざそうとする子の気持ちは人一倍、君が分かっていそうなのに」
「と、言うと……?」
クッキーに目を落としながら、父親の言う意味を考えた。しかし、パッと思い付くことはなく返事を返せず戸惑い、じっとクッキーと睨めっこをする。
そんな彼を微笑ましく思った公爵はくすりと笑って明後日の方向を見上げた。
「誰にも話したくない、壁を作りたい……オマット。似たような時期が君にもありましたよね? 案外、自分の経験がヒントになるんじゃないですか」
「……あ……」
「その分だとしっかりビターミネント公爵令嬢のことを考えてくれているようですね、やっぱりオマットに任せて正解だったかな」
「……想像以上に手強くて驚いてばかりですが……」
「頑張れ息子よ! 父さんは応援してます。ククーナ嬢のことをアルベルト(※ククーナの父親)から頼まれたとき、君しかいないと思ったからね」
確かに兄や姉に任せていたら……悪化していたかもしれない。
父親の言葉に背中を押されたオマットは、後日ククーナと二人きりで話すことを決めた。
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