面倒臭がり屋な皇太子と面倒臭がり屋な悪役令嬢

ノンノノンノ

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第一章「悪役の運命」

1-8

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 ビターミネント公爵邸に赴き、公爵の承諾を得て彼女の部屋に入ると、案の定警戒しているククーナの姿が視界に映る。また今日も寝る気満々だったようで、昼だというのに既にベッドへ潜り込んでいる。
 
「ククーナ嬢、先日は厳しい物言いをして悪かった。まずはそのことを謝罪させてくれ。この通りだ」
 
 ベッドの前で深く頭を下げると、ククーナが視線だけを寄越して「はあ」とだけ相槌を打つ。
 
「この前の続きですか」
「そうだ」
 
 真面目というよりしつこい感じですね、と言われ心を痛ませるオマット。しかしながら彼自身も少し「しつこかったのでは」と自覚していた為、一歩引き下がって片方の膝をつく。

「無理にとは言わない……もし良ければ教えてくれないか。殿下に言いにくいことなのであれば言わないと誓おう」
 
 真剣さに何か感じるものがあったのか、ひょっこりと布団から顔を出す。その様がオマットにはマスコット神獣のような仕草に映り、ほんのりと好奇心とのせめぎ合いが始まっていたがそんなことを知る由もなく眉を潜めて警戒するククーナ。
 
「一人でいたい、関わりたくない……そうは思っていても周りは放っておいてはくれない。気心の知れる者がいない状態では、心身ともに疲れ果ててしまう」
 
 かつて俺がそうだったように、と言葉を添えて目を見据える。
 
「貴方が心配なんだ。俺では、貴方の友人として役不足だろうか」
 
 この男、先程まで神獣と重ねて見て「(髪を)もふもふしたい」となど考えそうになっていたというのに今ではすっかり抑え込むことに成功している。
 悪役令嬢ということを考えると神獣と無関係ではない立ち位置である為、実は当たらずとも遠からずなのだが。
 彼の言い方や態度はククーナの中で好印象に映ったらしく、少し警戒を解いて上体だけを起こした。
 
「……言わないって言っても、王族からの命令なら断れませんよね?」
「本人が望んでいないのなら本人の要望通りにすべきだろう? それに、これはしつこく聞き出そうとした詫びでもある。殿下のだからと……少し感情的になってしまった節は否めない」
 
 なるほど察し、と言わんばかりにククーナが二度頷いて納得を示す。
 話す気になったところで堂々と仰向けに寝っ転がり「あー。だるー」と布団に再び潜るのはこの世界で彼女くらいだろう。
 一通り布団の温もりを堪能し終わると、ひょっこり半分顔を出す。

「ゲームのことや前世のこと込みで話した方が良いですか」

「……バレてたのか……」
 
 ククーナが口角を上げて笑う。
 
「急にが突っかかってくるのは違和感しかなくて」
 
 いつもの薄笑いではなく、笑いを羽毛布団で隠し堪えているようだった。
 面倒だとは思っていても面倒事をいち早く理解するための鋭さ()は人一倍。そんな彼女の面倒アンテナの正確さにオマットは好感を抱いた。
 
(理解力に長けている……ビターミネントの血筋は伊達ではないということか。名前を覚えるのは苦手なようだが)
  
「……言わないって……約束してくれますか?」
「神に誓って」
 
 それから彼女はぽつぽつとほんの少しだけだが、自身のことを教えてくれた。
 自分の好きなものがここには何一つ無いこと、知ってる人がいないということ、面倒臭がりな性格から何をやっても続かず特技を身に付けられないこと、便利そうな魔法を使って楽な生活が出来そうもないこと、そもそも自分が転生するのは嫌だったこと。
 
「……だって考えてもみてください、転生したってことはそれまで面倒ごとを避けて頑張ってきた二七年間が全て水の泡です。また一からやり直す気力なんて元より無いんです、面倒じゃないですか」
 
 二十七年間……!?
 オマットは衝撃のあまり雷を落とした。彼がいるときにタイミング良く雷雨が来たならば、十中八九無意識化に発動された魔法だと考えてよいだろう。
 
 十三歳の自分より十四も年上だったとは……彼女の言う通り、その年数をやり直すのは人によっては苦行か。
 
「皇太子と婚約する婚約者なんて更に面倒ですけど、転生もので婚約者の運命に抗えたものなんて数えるほど。少数に賭ける気力はない、だから放置したんです」
 
 ──抗う気が……無い……!?
 再び絶句と共に鳴り落ちる落雷。窓から稲妻の光が差し込み「うわ、眩しっ」と布団に隠れるククーナ。
 言われてみれば逢い引きでは無いと分かった時点でその可能性はあった。彼女が婚約自体を嫌がっていた可能性だ。
 その点を考えられずに発言していた己の未熟さにも、変わらないからと諦めているククーナにも、オマットは動揺を隠せなかった。
 
「変わらない運命を変えようだなんて主人公みたいな台詞、私が言う訳ないですから」
「…………」
「殿下のあの性格じゃ婚約なんて破棄しないです。似てるから分かるって奴ですね」
「……確かに、しないだろうな……だが嫌なら」
「破棄の為に動くとか? でも動かなきゃいけない時点でそれも面倒です」
「……シルヴィ皇太子殿下に好意はあるのか?」
「これから先も芽生えません。芽生えないと確信してるのに、婚約を継続したまま生かせようとしてるからお先真っ暗、というのもまああります」
「無い、のか……!?」
「……じゃあ、ねえ……」
 
 何か確信していることがあって拒絶をしているように思えたオマットは、気になっていたことを問うた。
 
「だとしたら何故、殿下にゲームのことを話したんだ」
「ルーだからです。それ以上でもそれ以下でもない」
 
 ひょっとしたら『ルー』という愛称だけを覚えているのは、殿下という人物ではなく別の誰かのことなのか?
 言い方に引っ掛かりを覚えたところで彼女は遮るように言う。
 
「いいですか、私の結末は現状二つです。エンディングを迎えて物理的に死ぬか、皇后になって精神的にも仕事量的にも死ぬか。私にとって嫌なのは後者だけど……生きても死んでもどっちでもいいと思ってる理由はそれです」
 
「……確かに殿下がいる前では言えないし、話せないな……」
「でしょう? 私も話したくないです、面倒臭そう」
 
 合意の上でない恋路を応援するのは耐え難い。
 貴族の婚約は基本政略結婚だ。しかし、だからといってここまで拒絶し、生きる意味を見失い、人生に絶望している友人を放って置くことなど出来ない。
 最悪、家族も巻き込むかもしれないが……俺が俺のやりたいように行動せずに終わる方が、父上も母上も悲しむだろう。

 彼は父から側近候補だと伝えられているにも関わらず、自分の信念に基づき、皇族の意に相反する提案をした。

「もし……もし仮に、俺が婚約破棄に協力したいと申し出たら……断るか?」
 
 ククーナは目を見開いて彼を見る。
 上手くいけばククーナにとっては上々、しかし、失敗すればオマットの立ち位置は危ういものとなる。ビターミネント公爵家が婚約者候補として出ていたということは、皇帝側に何かしらのメリットがあったことを意味している。魔力が無いことは皇帝には伝わったはずなのに、未だ婚約は解消されていない。皇太子の意思が尊重されたのやもしれないが、通常であれば婚約継続自体があり得ないことなのである。
 であれば破棄というのに首を縦に振る確率は低い。尚のこと、彼女は驚愕を強めていく。
 
「良いんですか? 分かってます? 下手したら首飛びますよ」
「承知の上だ。元々、俺もどこか生きている意味を見失っていたのだが……それで生きる意味が出来る」
 
 ククーナは思った。
 これ、ファンが書いたレビューにあった台詞だな、と。彼のルートで人気の高いらしい台詞だなと。
 分かってはいても、他に頼れる者がいないので彼女は承諾することにした。
 
「じゃあ……お願いしたい、です」 
「ああ。さて、これで協力者が出来たな。暫くは生きられるだろう?」
 
「……私なんかやらなきゃ駄目ですか……?」
 
 面倒なものは引き受けない、見たくない聴きたくない、そう。それが彼女ならではの思考、所謂防衛本能という奴だった。
 皇太子から事前に怠惰を極めた令嬢だと伝えられていた彼からすれば想定内のことだろう。
 布団から覗き込む視線を合わせていく。
 
「ククーナ嬢が正直に嫌だと言っても大人しく頷かないのは目に見えている。時間はかかるかもしれないが、嫌われるか……何かをしなければいけないだろうな」
「えぇ……」
 
「八割くらいは俺がやると思うのだが……」
「間をとって私は一割」
「凄いなククーナ嬢。誰か協力者を一人増やすつもりか」
「無理ですごめん、二割で良いです。攻略対象に協力してもらうのは一人でいい」

 ──そういえば、攻略対象というのはどういうことなのだろう。訊きたい思いはあるが、一度に訊きすぎても機嫌を損ねてしまうか。
 見事面倒ゲージの回避を無自覚で行ったオマット。
 しかし、二人の悪役回避は彼にとっても皇太子にとっても重要なことだった。協力を促す他なく、彼は考える。考えた末、イケメン少年ボイスで吐き出した。
 
「生きる理由が無いのなら俺がなろう、貴方が俺の生きる理由になり得るように。だから当分の間は面倒ごとも耐えて、殿下に協力してあげてくれないか。二人揃って悪の道に走られては俺の立場が無い」
 
 確かに、彼は皇太子のいいところな立ち位置だった。とうろ覚えの知識で納得したククーナはようやっと少しベッドから出る。
 
「……はあ、分かりました。まるで告白されてるような気分ですけど当分の間は我慢しましょう。ただ、あまり過度な期待はしないでくださいね」
「勿論やりたいように動いてくれれば構わな……──告、白」
 
 自らの言った言葉を思い返し、顔は沸々と熱が上がり、瞬間的に真っ赤に染まっていく。彼女はその様を愉快そうに見守っていた。
 
「し、失礼。そういう意味で言った訳ではなく……」
 
 言い訳がましく言ってみても肯定してるかのようだ。慌てふためくオマットの手にククーナは自分の手を重ねて薄く笑う。
 
「安心してください。私、貴方のこと……歩くドア……んんっ、移動手段候補として見てるので」
「……一体今のどこに安心出来る要素が?」
 
 羞恥心さえも瞬間的に冷ます発言に続き、彼女は握った手を更に深く握り、再び反応に困っている彼を気にも留めず畳み掛けた。
 
「移動手段になってくれたら……もっと生きられるんだけどな……」
 
 この時、初めて彼女はククーナのそこそこ美少女設定を活かした上目遣いを使った。
 しっかりと握られた手、弱々しい声、可愛らしい上目遣い。何度も反応に困らせられていたオマットはより一層に動揺を深めた。
 一周回って「移動で楽をしたいが為にそこまでするか……」と関心すらしていた。
 が、そこは今はまだ皇太子の婚約者だというのを考えるとなかなか承諾する気になれず、返答を免れる為目を逸らす。
 
「そしたらもっと殿下に協力しても良いかなって思えるんだけどな……」
 
 だが諦めないこの少女。利便性を得る為には(あまり動かない)多少の努力をするようだ。
「駄目ですか……?」と言いながらやや腕を引っ張ってきた為、オマットは気が気でなかった。ご令嬢がそのようなことをするものではないと言っても彼女には通じない──それを分かっていたからこそ、折れる。端的に言うと圧に負けた。
 そこそこ美少女の美が初めて役立ち、勝利を得た瞬間だった。
 
「……分かった、なろう……」

 歩くドアゲット! とククーナは喜んだ。
 これぞ正に怠惰の極みである。
 
「まんまとしてやられた気がするな……?」
「これで歩かなくて済む……最アンド高。大丈夫です、がそう来るのは想定外でしたから」
「っ、コボッター……ふっ」 
「でも」
 
 一旦間を置いて、彼女は目を細め、珍しく満面の笑みを浮かべた。
 
「なんとなく、貴方と話すのは好きですよ」
 
 ──貴方も告白に思えることを言っているが……?
 
 ただ純粋にそう思っただけと分かっていてもここまでの笑顔を見せたのは初めてで、彼自身どきりとしたのは間違いない。
 熱を帯び、赤くなった耳を隠す為にフードを被っても隠しきれていないように感じられた。

◆◆◆
 
 ──私はとっても下らない、とっても変な死に方をした。
 
 例えばそう、木の実を取るに登るのも道具を取ってくるのも面倒で、ドレスを脱いでドレスを投げ、落ちてきたぶっとい枝が運悪く直角に刺さって死んだとか。
 そんな程度の低い死に方をしたのだった。
 
 前世のことは覚えているけど、面倒臭がりの私の人生は、語ることの方が少ない平凡以下の人生。
 だから話す必要性も感じなかった。
 転生したと気付いた時も「あ、転生したな」くらいで、落ちてきた木の実をわざわざ拾ってわざわざ誰かに渡しに行く気力も労力も無く。
 何千も、それ以上もある悪役令嬢ものあるあるみたいに転生して、神様は私にどうしろと言うのだろう。
 それまでの人生の方が私には相性の良いものだった。頼れる家族、何でもしてくれて頼れる旦那、それに面倒臭がりの癖に何やかんや私の面倒を解消してくれた弟。
 失って初めて気付いた。私にとってあの世界は利便性が良すぎて環境も良すぎたと。
 旦那の名前は最後まで覚えることは出来なかったが、とても良い便利なパシ……いい人だった。学生時代から面倒を全て引き受けてくれて、なんとなく隣にいるのが心地好かったのでそのまま結婚した彼が、居ないと分かるだけでこうも動く気力が出ないなんて。
 
 最初の内は自分でも驚いた。殿下に会ってここがくるいけの世界だと気付いてびっくりして、思わず面倒だと言ってしまった後も。
 意識を失ってる間に婚約されて呼び出された時、なんとなくで一つの疑念が浮かび上がった。
 ひょっとして、皇太子は転生者ではないかと。
 非っ常に面倒なことに、私の身内ではないかと。
 
 殿下が弟だと確信を得たのはあの語彙力の無さ。
 弟はよく「それそれそれ」とか「マジで?」とかいうことがあり、舌打ちすれば「姉ちゃん、行儀悪いぞ!」とか注意してくるタイプ。第二に、性格が似すぎていたことが挙げられる。
 
 つまり最初の時点で私は
 悪役令嬢になって死ぬか、
 元実の弟と結婚して(気まずすぎる関係性から)生き地獄を味わうかの二択だったのだ。
 
 嫌だな。と思って婚約破棄して貰おうかとも考えたけど、でしょ? 無理。
 一度そうだと決めたら(後が面倒そうなものは特に)曲げないるうじゃ破棄はしない。
 ワンチャン記憶があればしてくれるかもしれないけど、どうも記憶が無さそう。
 
 ……じゃあ、まあ、詰んでるからひたすら寝ようかと日々を過ごすと決めたら、すぐ外出に巻き込まれ、攻略対象のに会ったり(その時は移動手段も断られたり)で面倒ゲージは数秒で越え、嫌々期に入ってしまった。
 
 弟だけ悪役回避したら良いと思います、ほんと。
 本音を言えばこの世界の利便性が嫌だから二度目の転生を狙いたい。
 
「……ククーナ嬢?」

 逃げたそうにしてたのがバレてしまった。
 そんなにじとじとした目で圧をかけなくても良いと思う。
 
「分かってます、はい、ええ」
「ちゃんと話すように。約束しましたよね?」
「……はーい……」
 
 協力すると渋々承諾したからと、次の日、が私を連れて殿下の部屋へと瞬間移動する。
 
「やあ、おはようククーナ嬢、オマット。ほら座って座って」
「ありがとうございます、殿下」

 移動手段になってくれると約束してくれたは私を持ち抱えたまま椅子に座らせてくれる。
 凄い。便利! やっぱり魔法を使える天才は新たなパシ……友達にぴったり! 
 持つべきは友。なるほど。殿下に運ばれた時は「るうもこんなこと同じ言い方でしてくれたっけな……」と懐かしさが込み上げたけど、やっぱり他力本願は楽でいい。これが私にとってのベスト、うん。
 関心を寄せていると殿下が焦るように言葉を投げ掛けてくる。
 
「……二人とも、気のせいか前より距離が近くなってない? 気のせいかな?」
「例の頼まれごとを引き受けまして……」
「ああ……」
 
 同情の目を寄せる視線すらも弟と瓜二つで、そんな元家族から恋心を寄せられても困るという複雑な気分のせいか、変な顔をしていた。
 回避や破棄なんて主人公みたいなこと、私に出来るんだろうか。やっぱり特技もない私が加わるより殿下とココッモに任せてた方が確実では?
 どうにもこうにもならなさそうだし何よりも面倒だけど、仕方ないから我慢をして協力を申し出る。
 
「殿下」
「ん? ……えっ? 何?」
 
 どぎまぎする元実の弟を見て深く、盛大な溜め息を吐く。
 
「私、先日の件で反省しました。話さない、協力しない方が面倒なのだと」
「……えぇー……?」
 
 隣で笑ってるが気になるけどなるべくトトットと話してたことを隠して続ける。
 ──滅せよ面倒事。去れ面倒。
  
「だから協力します。といってもうろ覚えなので役に立たないことの方が多いと思いますけど」
 
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