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第二章「気力を取り戻せ!」

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 前回のあらすじ──モンスターを超渋々呪いアイテムの力を使った俺達は、何とか敵を撃退することに成功した。
 だが、呪いには負けそうになるわ神獣とかいうお決まりのそれが来るわで今現在大変なことになっている(現在進行形)。
 
 獅子のように一際大きな咆哮が辺りに響き渡り、黒い虎は宙から地上へと降り立つ。そしてゆるりと俺達の目の前にやって来た。
 
『強い闇の力を使ったのが主らのような小僧共とは。しかし、実に何千年ぶりの逸材だ』
 
 目を細め何故かこちらだけを見てくる。
 その視線に嫌な予感がした。先程もそうだったが、姉はあの呪いに勝てたのに、俺は勝てなかったのだ。これはシルヴィとククーナの設定の違いによるものだと考えられないだろうか。
 だからそう、主に死ぬのはククーナ。主にイベントに振り回されるのがシルヴィとして。その影響力が強かったと考えれば──
 
 ──あれ? これ、主に俺に対して降りかかってくる感じ?
 
 予感は的中し黒い虎が俺にだけ言う。
 
『小僧、その力を見込み……この我が契約してやろうぞ』
 
「あ、うちそういうのは間に合ってますんで……」
 
 つい勧誘を断るような言葉を口にしてしまったがわざとではない。決してわざとではない。
 案の定、『我の契約を断るというのか』と凄まじい眼力で睨み付けられてしまった。どうしようかと冷や汗を垂れ流しているところに見えたのは二つの四角い枠。
 
 いや、待て?
 待て待て待て待て?
 
 こ、これは……例の……
 
「姉ちゃん」
「虎が凄い見てるけど大丈夫?」
「分かんないけど、あれ見えるか……?」
「どれ」
 
 軽く指を指して「あーそこそこそこ」とか語彙力皆無に空中を見て貰い確認。しかし残念ながらこれが見えるのは俺だけのようだ。姉は羊っぽくなってきたボリューミーな髪を交互に揺らす。
 
「ん。特に何も無いけど、選択肢のこと?」
「あーそうそうそれ……しかも二択しかないんだよ」
 
 《はい》か《いいえ》。
 その二択しかないのなら答えは決まったも同然だろう。
 
「まあならだよね」
「な」
  
 出た。面倒臭がりな姉の選択肢注文。
 彼女は「一番上、真ん中、一番下」とか言うのが面倒で決まって「じょうちゅう」で選択肢を要求するのだ。
 勿論俺も《いいえ》だから問答無用で押してみた。ぽちっとな。
 
 残像のように消えていく枠達、これはいけたのでは──
 
『気は確かか?』

 こちらがおかしいのだと言わんばかりにもう一度表示される選択肢。
 
 いやこれ選ぶ意味ねえだろ!
 
「どう?」
「駄目だな、戻ってきた」
「そっか……でもさっき思い出したけど、これ倒す前にけいのそれしてモンスター倒すとかいう流れなんだ。無しで倒したんだから、いけそうなのにね」
 
 え、何。契約イベントだったってこと?
 
 シルヴィ達がピンチになり、危ないところをこいつが契約持ち掛け、契約すると……どんな悪徳業者だよ。
 てか指輪あれば倒せそうだけどな、という疑問は続く彼女の言葉ですぐ分かった。
 
 曰く、魔力制御が上手く出来なかったそうだ。
 大勢のモンスターを相手にするのは初めてだった二人は急なことに対処出来ず、軽く傷を負う。婚約者であるククーナが怪我をしたことで憎悪を膨らませたシルヴィの闇の力に、この虎は何か感じるものがあったのだと。
 
 ククーナの怪我というのを回避出来ているのは……俺が抱き抱えて移動するのが当たり前だからじゃないか?
 だとしたら、姉の怠惰すげえ役立ってるな。
 
 我が姉ながら凄い怠惰対処だ、と今もこうしている間に《いいえ》を押し続けている。
 もはや無言。無心にならないとこの指だけの作業には到底耐えられそうにない。
 あまりの連打っぷりに指先の感覚が無くなってきた。
 
『諦めて契約するが良い』
 
 嫌だね。
 冷めきった目線を送り、彼女と回避方法を考えた。
 
 ガン無視でいこう、と。
 
 そっちがその気なら我慢比べで勝負だ。
 何より、契約だというならば相手から諦めて貰うのが手っ取り早い一番の方法だしな。
 
「という訳で、ゲームしようぜ」
「また神経衰弱?」
 
『おい』
 
 座り込み、暇潰しに持参している紙の束を地面に広げる。汚れが付かないようにハンカチを広げるのも忘れない、慣れた手付きでシャッフルして上下の列に並べていく。
 しょんぼりと垂れ下がってきている耳が見えても、無視だ無視。
 
「五十回中の三十勝でーす」
 
「くそっ……何でこういうのはやたらと強いんだよ!」

 五十回戦、もれなく惨敗。
 あれから確実に体感五時間以上は経過しているのだが、この虎、一向に帰る気配がない。
 それどころか不貞腐れて背を向け、地面に叩き付けるように尻尾を振っているくらいだ。
 尻尾の斬撃で辺りの地面は傷だらけ。自然破壊もいいところだよ全く。
 
「帰るか」
「だね」
 
 血だらけの服を気に留めるのは止そう。全ては強制力のせいだ。
 
『ぬっ?』
 
 立ち上がって解散する未来の契約者の姿に余程慌てたのか、『おい、待て。帰るというのか!』やら『我を誰と思っている!』などと何度も呼び止められたが帰った。
 動物好きとしては心苦しいしょんぼり具合だったが、こちとら未来が懸かっているので仕方ない。
 
 それからは何事もなく進んだので、あー良かったー契約せずに済んだぞーと姉とポーカーで遊んで喜ぶのも束の間。
 あの虎が、何故か窓にいる。
 
『喜べ小僧。契約者になったぞ』
 
「は?」
「強制ェ……」
 
 ──勝手に契約すんなぁぁっ!!
 
 叫びも虚しく、選択肢拒否して帰っても強制契約されてしまった。
 
 しかもここ城の自室だし。
 上っ側にあって、こんな大きな動物が窓辺に張り付いてたら気付きそうなもんだけど。
 神獣だからか……? 
 
 何とも言えない力関係にある種のチートを感じざるを得ない。
 聞いてもいないのに何故かにやりと口の端を吊り上げ名乗り出す虎。
 
『我は闇の神獣、ダーチョレット。契約者シルヴィよ、お前が必要とするところに我はある。努々忘れるでないぞ』
 
 そんなダークチョコレートみたいな名前……。
 
 相変わらずのネーミングセンス異様なダサさに思わず同情を寄せる。
 言いたいことを言えて満足そうに帰っていったのは、あちらはあちらで焦っていたということか。
 忘れるでないぞに込められた涙ぐんだ声は、我慢の努力を示していた……気がする。
 
「闇とは言え、神獣泣かせたなんてパシットが知ったら怒りそう」
「そりゃヤバいくらいキレるだろうな……ってかどうする……ゲームの設定、揃ってきたぞ……」
「まあ、確かにヤバヤバな気も……」
 
 今のままでは、ゲーム通りに進むしかないのでは。
 危機感を覚えた俺達はペアリング問題を解決すべく片方ずつ指輪を着け、対策を講じることにした。
 二人で着けると後が分からない。なら一人ずつでやってみようと。
 
「ぐぬぬ」
 
「どうだ? 大丈夫そうか?」
 
 握り拳を作っている時点で駄目だな。
 すかさず理由を訊いてみる。
 
「何でそんなに殴りたくなるんだ?」
「態度が生意気」
 
 態度、態度か。
 お互い様じゃないのかと思ったが、ふと既視感を感じた。
 俺も指輪を使っていた時、姉と同様無性に腹立っていたのだ。口調やら手伝わないところやら、気に食わないとも感じていたような。
 
 だったら物理的に離れてみたらどうだろう。
 物は試し、早速距離を取ってもらった。
 
「どうだ」
 
「一ミリだけマシ」
「んー」
 
 生意気な口調じゃなくするとか……?
 それでいて、シルヴィ達とは違う口調──他人行儀な態度で敬語とか……
 
「お姉様、これだとどうですかね。僕みたいな者よりも強くて頼りになるお姉様」
 
 両手を合わせて気弱なショタっぽいポーズを決める。
 自分でやってて、無いな。
 寒気に身を震わせながら様子を探ると、やけに落ち着いている姉の姿があるではないか。
 まさかそんな……と引きつった笑顔で訊く。
 
「どうですか?」
 
「殴りたくならない……ドン引き」 
「ええ……」
 
 これか──。
 ということは裏を返せば、姉も敬語を使って褒めちぎれば俺の(指輪による)怒りも収まるのか?
 
 自分でも試してみたが確かに気を抜かなければ問題無かった。
 少なくとも、前みたいな意識を呑まれる感覚はしない。これだけでも十分な効果が望めそうだ。
 
「本編の学校に通うなら、魔法は避けて通れないし……指輪は嵌めるしかない……ですよな」
「混じってますよ、皇太子殿下。授業の時だけ使用するとか、必要な時以外は外すとかが一番かもしれませんね……」
「キッツいですね……」
 
 それに恐らく、ペアリングというからにはその名の通りペアで着けることによって真価を発揮するはず。
 あの強力な呪いに再び身を委ねる危険性を考えると試すことは出来ないが、なんとなく思い出せる立ち絵のシルヴィ達を見るに、この考えは概ね正しいのだろう。
 対策法が判明したところで俺達は指輪を外す。
 
 ──そりゃ常にこんなん身に付けてたら、自分の意思関係無く悪に染まっちゃうよな。
 
 人知れずゲームの中の二人を哀れむ。
 小説でも漫画でも必要悪として必ず一人は用意されている悪役。その中でも自分の意思を乗っ取られてしまった悪役は不憫極まりない。
 救いがあるならまだしも、ククーナには救済が無いのだ。
 
 目が覚めたら大切にしていた婚約者が死んで別の人が婚約者になっていたとして。
 果たしてシルヴィは受け入れられるのだろうか? くるいけの二人が仲の良い婚約者だったなら、とてもじゃないが無理そうな話だ。
 
 仮に……本編のエンディング後がだとしたら──。
 
 きっとシルヴィ達も俺達と同じように本編から逃げようとしたはずだ。
 
(俺達をここへ転生させたのが、作中の二人だったら笑うな)
 
 下らない考えを捨て改めて回避策を練る。
 散らかっていたカードを片付ける為手を動かし、視線はテーブルのまま喋っていく。
 
「他の学校へ入学するとかは?」
 
「先に頼んでみたけど駄目だった。何か、魔力かなりあるみたいな設定してるみたいで。例の魔法学園しか無理って」
「あー……そいや、そうだったな……」
 
 イベントをクリアすると自動的にその周囲(特にモブ)は影響を受けるらしく、オマットとの喧嘩後もその変化はあった。
 急に塩対応になるククーナの周り。
 急に魔力差別をしてくる城の者達や貴族の者。
 
 姉によると和解後は「シルヴィ達は魔力に目覚めた後」の時系列らしく、そちらの時期に差し替わったということだそうだ。
 
 なら確かに、魔法の授業が無い学校にも行けないだろう。複数属性の使い手だからってこんなところに響くとは。
 精々そよ風で手帳にメモるしか能がない俺は庶民的な学校が良いのに。まあ皇族な時点で駄目だけどさ、くそっ。
 
「まあまあ。よく考えてるう」
「お前が励ますとか天変地異の前触れか?」
「想像してみて、パシットが魔法の授業とかでばーっと活躍する姿……」
「おお……」
 
 推しの格好いいシーン。
 魅力的な光景に胸を押さえる。
 
「私は君観賞する」
「観光気分だな、俺達」
 
 正直なところ。ヒロインが誰を攻略するのか分からない以上、オマットの婚約者は居ない方がいい。
 彼のルートでは死人が出る。
 次々と過去のトラウマを甦らせる出来事がイベントとして組み込まれているのだ。その内の一つが、現婚約者ファジィの死亡。
 
 これが何故起こって、どう死んだかは明確に思い出せないが、推しだけは攻略しないで欲しいな。

 姉ちゃんとも仲良くなってるし……。
 
「……くるいけさー」
「ん」
「死人が出ないルート、あったっけ?」
「私除く犠牲無しはあったと思う……」
「せめて覚えてればなー……」 
 
 前世からの記憶力の無さ。
 記憶力があればきっとこう、よくあるある転生ものの知識チートとかも出来た。だがどっちも度忘れは激しいわ急に面倒臭がるわでそういうのにはほんと向いてない。
 
 ほんと、向いてない。
 
 十六歳の春。
 仕方無く俺達は物語の舞台である魔法学園に入学した。
 
 そして今日は新入生代表の挨拶がある入学式。当然、俺はシルヴィとして挨拶をしなければならず、演台の前に立っている。
 
 本編が始まるまで後一年。
 それまでは大丈夫だろう。
 
 無数の生徒達の視線がこちらへと集中する中、深く深呼吸をする。
 
「我等が民達よ、本日はよく来てくれました。今日から僕達はこの──」
 
 演台の下で手帳に書いた原稿を読むってこんなに辛いんだな。
 目線が下に寄っているのがバレないのは皇太子の顔がイケメンすぎるからだろう。優しい微笑みにしか見えないが、こういう時は役に立つ。
 
 すらすらと自分らしくない言葉を並べ立てている内に目が止まった。
 
 あ、あの茶色と緑色は──……!!
 
 メモに書かれていた攻略対象bとc。
 間違いない、あいつらはくるいけの残りの攻略対象。
 そうか、そういえばこの世界……モブと主役のんだった! 
 
 発色の差で見つけてしまった最後の二人。
 そして彼等が自分の側近となる人物であることも、受け入れるしかないの……か?

 初日から前途多難な学園生活が、幕を開けた。
 
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※次回からは再び主役二人がメインになり、十七歳から本編ヒロインが活躍()します。
一応予定としては全三章か四章なので残り約半分です。
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