面倒臭がり屋な皇太子と面倒臭がり屋な悪役令嬢

ノンノノンノ

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第三章「抗え本編」

3-6

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「恐れながらダーチョレット様、お声を、お声を聴かせていただけませんか」
 
 愛おしい者を見る熱い眼差しで神獣のギャップに萌えたいと話しかけ続けている。
 もうここまで来ると神獣に恋しちゃってるのでは? と思わなくもないのでヒロインには早々に諦めてほしい。
 
『ほう。我の声とな』
「うっ」
 
 一言だけで萌えて呻いているオマットを横目に、姉へどう告げようか悩んだ。
 
 ──俺以外に相談も信用もしない方が良いなんて、今更言えねえよ。
 
 だとしてもヒロインが好感度を変動させることが出来る以上、言うしかない。
 帰宅後、比較的大丈夫そうなオマットも連れて行きたかったが、これから話そうとしている話題上断念し姉の元へと向かった。
 
◆◆◆
 
 部屋で布団に潜り思考を放棄しようとした時に弟は言った。
 
「これから相談ごとをする時は俺との時だけにして欲しい」

 意図が読めず、枕を抱き込む。
 なんとなくゲームのことかとも思うけど、合っているか分からない。
 
「どういう?」
 
「向こうに好感度システムがある。比較的影響を受けにくいのは俺だけだ」
 
 合っていたようだ。
 
「だから、オマットとゼアとは……その……あまり」
「話さない方が良い? 分かった」
「……良いのか? 姉ちゃん、仲良くしてただろ。俺も仲良くしてたし……」
 
 元々、分かっていたこと。
 彼等は攻略対象で、ヒロインと恋に落ちる。
 何だか胸が痛むような気はするけど、きっと気のせい。
 
「……ごめん」
 
「何で謝るの」
「泣いてるから」
 
 言われて頬に触れてみれば、確かに濡れていた。
 悲しいというのはこういう時に言うのかも。
 結構、想像以上にキツい。
 
 覚悟していたはずなのに、弟の口から淡々と語られるのは「二人がヒロインへ好感を持ち始めている」ということばかりで。
 唐突に虚しくなった。
 
 例え強制的に好感を持ったのだとしても、仲良くしていたのにどうして、と推しに言いたいのは我が儘だろうか。
 
 例え好感度によるものだとしても……生きる理由になってくれるのでは無かったのか、と彼に言いたいのも、我が儘だろうか。
 
「きっと、ゼアも変だとは気付いてるよ。じゃなきゃ俺に言いにくそうにして誤魔化したりしない」
「でも。でも……パシットも」
「あー。あいつは……俺が言った時に気付いたから、希望はまだあるって! それに、神獣に目がないし!」
 
「けどヒロインも神獣契約するよね」
 
 うっ、と痛いところを疲れたと言いたげなるう。
 彼は気まずそうに顔を逸らして頭を掻いた。言葉を選んでくれているのは分かるけど、今は何を言われても、私の頭からは言葉が通りすぎていくよう。
 それでも話すべきことがあるのか、身を乗り出す。
 
「オマットルートのことなんだけどさ」
「うん」
 
「あのルート入られると厄介なんだ、確か……ククーナの扱いは比較的良かったとは思う。でも最終的に死ぬし、死に方が最悪だ」
 
 主観で批判をしたりはしない彼は、ゲーム内でも私達に罵詈雑言を浴びせることはなくむしろ説得しようとしてくれる立場であったらしい。どうして非道なことをするのか、理由があるなら力になる、と彼らしい考えで敵対するとか。
 を操った罪で最終的に死刑が決まるが、死刑囚として連れ出された際に恨みを持った国民から引きずり下ろされ、髪や目など引っ張れるものは全て損傷。意識がある内に体も串刺し、バラバラにされるそうだ。
 
 くるいけではまともな死に方はしなかったし、まあそんなものだと思う。
 なんとなく覚えていた八つ裂きというのは、多分それのことか。
 
「……描写が省かれているだけで現実になったらもっと酷い可能性だってある。それに、あのルートでは序盤終わりにファジィが死ぬ」
 
「大変。どうにかしなきゃ」
 
 こんなことを言うのもなんだけど、弟が気になってるならその子は大事にして欲しい。
 前世では私にばかり構って自分のことはあまり気にかけられなかっただろうから。
 
 心配するなり額に片方の手を当てて俯かれる。
 
「お前さ。ほんと、自分の心配してくれよ……はあ。まあ良いよ、あの子も死ななくて済むならそれが一番だし」
「ん」
「あ、後……俺、これからは指輪着けなきゃいけないから。敬語増やす」
「マジ? ヤバ。じゃあ私も」
 
 着ける、と言おうとすると止められた。
 何でも「悪役になったら本末転倒」だからと。確かに、悪事の設定も反映されてる現状を踏まえれば、着けない方が良いのかも。
 
 頷いて、今後の方針を受け入れた。
 
 翌日の昼。
 
「……あれは」
 
 学園内で、休憩中なのかパシットが少し遠くにある中庭のベンチに座っているのが見えた。中庭のベンチ=日常イベントが発生しやすい場所なので、このまま放っておけばヒロインが来ることは分かりきっている。

 ──少しくらいは良いよね、すぐ外すし。

 引っ掛かるとは思えないけど、壁に隠れて指輪を着け、少し離れたところまで氷の壁で囲っていく。
 見るからに壁。どこからどう見てもただの壁を形成する。
 
 寝ている気もするし、起こさないように静かに。
 
 数分後、近寄ろうと全速力で氷の壁に当たりに来たヒロインが現れ、私は動揺を隠せなかった。
 
「あぃたぁっ!!」
 
 離れているこちらからも丸見えだったあれに気付かず突進するなんて。
 そこまでアホな人だとは……。
 
 彼女の声に驚いて目を覚ました彼が、氷の壁を見るなり笑い出す。
 
「っはははは!」
 
 一瞬、こちらを見たのでやったのは私だと分かったのかも。魔法大得意だもんね。
 めげずに話し掛けているヒロインを無視して笑い続けているのを確認してから指輪を外し、そっとその場を後にした。
 
 それから一週間、何が起こったかお分かりいただけるだろうか。
 
 弟はパシット達を連れ回し、私も気が付いた時には妨害する……というヒロインとの攻防戦を続けた結果、放置していたマカロンみたいな人とベージュみたいな人の好感度が個別イベント発生数値まで上がってしまったようなのだ。
 これは二人に全ての好感度上げが集中した結果と考えていい。
 
 良かれと思って回避したのが裏目に出る、これ如何に。
 
 だけどくるいけには逆ハーレムルートは無いので、恐らくどちらか片方だけ、イベントが発生するはず。そう思っていたのが少し前の私達。
 そうではないと実感しているのが今の私達だ。
 
「なあ、夢ですよねあれ」
 
「いえ。ハーレムルート前提で作られていないくるいけだからこそ、発生時期が同じでも何ら不思議じゃないです」
「……マジですか……」
 
 ──めんどくせえ。
 
 ぽつりと溢れた小声に、なんとなく同じ気分だったので同意を示す。
 遠くから隠れて様子を見ていたかったのに、これではそうもいかない。
 
 今の状況を簡単に説明すると、
 同時に個別イベントが発生してしまい、同時に二キャラルートが解禁されてしまった感じ。
 実際には個別ルートは幾つかの個別イベントを回収し、主軸シナリオをある程度進めないと解禁されないのだけど、それでもゲーム内では一回につき一人のキャライベントしか発生しないように設定されていたと思う。
 
 今発生しているのはの個別イベント。
 
 この二人はくるいけで、初心者向けと名高いキャラ達だ。理由は単純に「好感度が上がりやすく、正解の選択肢が分かりやすい」から。
 ナムロは騎士団の話がメインなので、イベントの舞台も騎士団が多く、ベンジは宰相の息子ならではの堅物さや悩みがメインだからと舞台は学園や城がメインとなっている。内容は乙女ゲームにありがちな王道なものなので、あまり印象に残っていない。
 初手はどちらも最終的に婚約者が絡む話。
 弟が教えてくれたパシットの情報からも、これは婚約者がいるキャラ共通の序盤だと見て良いはず。
 
「あれさ、どこに向かってるんですかね」
「決まってます。ナムロは騎士団、ベンジは城」
 
「待て。どうやってヒロインが二ヶ所行くんですか」
 
「…………」
 
 確かに。分裂する訳でもないし。
 
 あり得る可能性としては「同じ場所でイベントが始まる」か「好感度が上がった時点で発生するのでヒロイン不在でも進む」かのどちらか。
 でも、恋愛ゲームで後者は不味いし可能性は低そう。
 だとしたら前者。
 
「両方にとって都合の良い場所というと……」
「んー、城だったら訓練所もあるし騎士系もいけそうですけども」
「それかも」
 
 面倒なのでるうに抱えてもらい、彼等の跡を追う。
 着いた先は予想通り城の中。
 
 けど、同じ場所とは言え二つ同時に話が進んだら大変なことにならない?
 
 嫌な予感は的中し見事カオスな光景が広がっていた。
 隣で騎士団イベント、更にその隣で勉強的な悩みイベントをやっている。これはもう、手際良く話さなければ好感度を上げる選択肢さえ見逃すレベル。
 そんな聖徳太子みたいなことやってのけるなんて常人には無理。考えるまでもなく失敗するだろう。

「やべえな、見てみてくださいよあれ」
 
 柱から頭が出ないように指を指す。
 ヒロインのさん、まさかの余裕綽々にゲーム通りに進めている。強制力が味方についているから流れがゆっくり、という訳でもなさそうだ。かなりのスピードで交互に対応していた。
 
 聖徳太子なヒロイン。ワードが強い。
 
「……なので、『自分らしくあれば大丈夫』です。『貴方は強いから』!」
 
 正解の選択肢もちゃんと回収。
 日常イベントの選択肢も二連続で言っているような。え、何あの人。怖。
 
「……絶対ただのファンじゃないよな、あの人……」
「そう言えば。貴方やたらと詳しくくるいけの内容が書いてある攻略サイト見てませんでした?」
「あー、あれ。……あのサイトさ、一番分かりやすいし前後台詞も日付も事細かに書いてあって。内容を覚えてられない俺には重宝しました──」
 
 まさか、と二人して見つめ合う。
 ひょっとすると、ヒロインとして呼び出されたのはそのサイトの管理人なのではないか。
 確かあのサイトは比較的新しかった。年数的に高校生が作っていてもおかしくはない。
 
「……やべえのが敵になったな……」
「あの人だとしたら、間違いなく一ヶ月で告白まで行くと思います」
「は? 一ヶ月?」
「snsちょっと覗いたことあって、その時に『もしもくるいけの世界に行けたら一ヶ月で全員攻略出来る自信がある』って言ってました」
 
 思い出した記憶を辿って言ってみたら、頭を抱えさせてしまった。
 
「会ったら終わるって何だよ……ヒロインならゆっくりペースで平和的に進めてくださいよ……」
 
 強大な壁に私達は動揺するばかり。
 本当は攻略対象とのイベントを全て妨害すべきなんだろうけど、二兎追うものは一兎も得ず。
 勇み足は危険だ。
 
 そうこうしている内に婚約者達の話も終わったみたい。
 
「やっぱあの二人を捨て置いて様子見るしかないですね」
「賛成。そもそも私達が悪役になっていない時点で、修学旅行のイベントも不透明ですし」
「学園祭イベントもどうなるんですかなあ……?」
 
 メインシナリオ主軸は時期が来ないと発生しない。
 くるいけでは学園らしい王道な修学旅行や学園祭などの行事が来る度に、裏でヤバいことが起こり毎回ハプニングが起こる。そして毎回ヒロインは一番好感度の高い攻略対象(もしくはルートが確定しているキャラ)と共に立ち向かい解決していくという流れを繰り返し進んでいく。
 解決していく中で、悪役の存在に気付きガーラ帝国に謀反と見なされないよう、少しずつ調査をするのだけど。 
 本編はスタートしてから二年間がタイムリミット。
 個別ルートへ入るには、二年目になるまでに「告白イベント」を起こし恋人にならなければならず、誰とも恋人にならなかった場合はバッドエンドを迎えたはずだ。
 ガーラ帝国で協力者を見つけ、悪事を暴くにも、ヒロイン一人では不可能なのである。皇太子から目をつけられていることもあり、守る盾として誰かが居なければいけない。
 イージーではヒロイン死なないし、バッドエンドに行く方が難しいくらいだけど多分、その為に全員一ヶ月で攻略しようとしているのだと思う。
 ただ、皇族のルートはタイムリミットも個別条件もその限りでは無かったような。
 
「……死ぬ難易度選んでたら攻略必死なのは分かるけどさ、別に死なないのにやり込もうとしてるの、不思議で仕方ないです」
 
 見るからに楽しんで好感度上げをしているようだし、「好きなゲームだから」という理由が一番強いのかもしれない。

「ゲーマー魂かも。面倒だからコンプリートなんて出来ない私達からは理解不能ですね」
「ほんとにそれです。ゲーマー魂か……」
 
 ──好きなゲームの中に入れた、それだけであっちからしたら楽しくて仕方ないのかもな。
 
 ぽつりとそう呟いた横顔が淡く赤くなっているように見えたのは、私の気のせいだろうか。
 
◆◆◆
 
 修学旅行までは後三ヶ月半と、それなりに時間はある。
 
 だからせめて俺だけは攻略されまいと決意を固めていたものの、既に変わってしまった周囲の反応は飲み込めなかった。
 すっかりマカロとベーシュもヒロインにデレデレで、「殿下? 知らないね!」と言わんばかりに着いてこなくなったり。いや、そういう面では平和になったけど。

 四月の中旬の頃だろうか。
 ゼアの様子が変だったので、話し掛けてみると「兄上」と酷く悲しそうな顔をして話しかけてきたのだ。
 どうしたと聞いてみれば姉への悩みごとだった。
 たったそれだけなのに、心底安堵してしまうのは状況が状況だからだろうな。
 
「最近、目も合わせてくれないんです」
 
 俺が言ったからだ……。
 
「話し掛けようとすると拒絶するかの如く片手を振って逃げてしまって」
 
 それも俺が言ったからだ……。
 
「嫌われて、しまったのでしょうか」
 
 どうしようか。
 ゲームのことを話せれば話したかったが、ゼアの性格ではうっかりこちらが転生者だとバラしかねない。
 でもな。情がわいてる俺としては応援したい気持ちもある。いっそ姉ちゃんと良い感じにさせたらイベントが壊れたりしないだろうか……。
 
 雑念を追いやり肩に手を置く。
 
「嫌われてない。大丈夫だ……恥ずかしがってるだけだよ」
「え。それって意識して貰えてるってことですか」
「あーまあ少ししてたような」
「良かった……まだ大丈夫そうで」
 
 大丈夫そう、とゼアが心配するのも無理はない。
 あの一週間から更に一週間が経った今では、ゼアも俺も好感度を上げられてしまったからだ。
 
 思い返せば甦る──生徒会室。
 
 やることに集中しようとゼアと書類をやっていた時、誰かがドアをノックした。
 俺達は疲れていた。
 その事もあり警戒心もなく開けてしまったのだ、開けた先に居たのはヒロインこと森だったのに。
 
「あ、『ごめんなさい!』『忙しかったですよね』……差し入れをしようと思って」
 
 いつもだったらこの時点で追い返しているところだが、指輪を着けていても好感度が上がっていっているせいか追い返すことが出来なかった。
 
「無礼ですよ、いくら聖女と言えど皇族に向かっていきなり差し入れなどと」
 
 気のせいか、ゼアの目付きがかなり鋭く映る。
 今の選択肢らしき言葉はひょっとしたら俺の方だけだったのかもしれない、彼は普段と変わりなさそうだ。
 
「あ、えっと。ゼア殿下も『ずっと頑張ってますもんね』! お『二人の仲の良さが羨ましい』です」
「……う……」
 
 ゼア──!!
 
 書類にサインをする手を止め、胸を押さえ呻き声を上げる弟に駆け寄った。
 
 今のは俺でも分かる、確実に当てにいってる。
 狙い打ちされているような、狩られる獲物側に立たされた気分すらする。
 それでも彼女は気にせず笑顔を浮かべていく。
 
「お二人さえ良ければ……『一緒に食べませんか?』」
 
 と、まあこういうことがあって上げられてしまった訳だ。
 差し入れを拒絶していたゼアも好感度が上がった後は「へえ。美味しいですね、食べられますよ」と毒舌を発揮しつつも仲良く食べてしまっていた。
 これがあったのもあり、姉との距離が出来たのではと不安がっていたのだろう。
 
「ククーナ嬢は余程の事がない限り嫌わないから安心していいぞ」
「よし、ならまだ挽回出来る……!」
 
 教えたガッツポーズを上手く決めるゼア。
 ゼアのこういう、姉の時にだけ明るくなるとこ良いんだよなあ。
 恋の行方の全ては姉次第だけど。オマットも何かやたらと勉強頑張ってて、この前のテストではトップだったし……くそっ。推しが増えた。
 
「……そう言えば、彼女とスイートヘリー公爵子息はどんな関係なのですか。仲が良さそうですが」
 
 口ぶりから少し嫉妬心が垣間見える。
 俺が記憶を取り戻した時には三人揃ってたが、メモを見る限りオマットは早くから姉の協力者になっていたようだ。
 ゼアは途中から巻き込まれたのだろう。
 だとしたら、謎の関係性と認識するのはあり得る話か。
 どう言おうか言葉を選ぶ。あの二人の関係性は、何て言うか、友達以上恋人未満に見えた。まだ付き合ってなさそうだし、大丈夫だと思うんだが。
 
「あーオマットは俺の側近候補だから、ククーナ嬢にも良くしてくれてるんじゃないか?」
「でも、あの人を見る時の目が……何だか……」

 おっと。
 触れてはいけない三角関係に足を突っ込んでしまったようだ。
 気付いてるな、恋のライバルがいることに。
 
「あの二人はまだ告白もしてないしまだ付き合ってもない。俺から言えるのはこれだけだ」
 
「……じゃあ今の内に頑張らなきゃいけませんね……頑張ります」
「ああ、気合い入れてけ?」
 
 可愛い弟の頭を撫でて背中を押した。
 
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