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第三章「抗え本編」

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 ──頑張らないでくれ。
 
 気になってオマットに跡をつけてもらった結果、やべえ一人言を入手。やたらと張り切っていたらしい。
 
 姉を敵視していたことを知ったオマットは、弟同様、関わりたくない意思を強めていた。
 あれは話が通じないタイプだろうし気持ちは分かる。
 
「ヒロインはまず私に感謝すべきじゃない?」
「まあな。姉ちゃんがトイレ革命起こさなかったらヤバかったよトイレ」
「ククーナ嬢のアイデアがあったからこその試みだったが……あれは素晴らしい」
 
 彼女があの悲惨な水魔法の無駄遣いを聞いたら和解出来たり……は流石にしないか。あの短時間だけで面の皮が厚いように見えるって相当だぞ。
 しかし、利便性は生きる糧だ。改善を希望する。
 
「その調子で紙問題も解決してくれ!」
「後は何とかさんがやってくれるって」
「なるほどな、俺達のオマットが……」
 
「ん?」
 
 疑問符を浮かべ怪しみ始めた推しの目線が痛いので、話を戻す。
 
「イージーモードを選ばれたのは痛いな……」
 
 途端に歯痒くなり、親指の爪を口で噛む。
 
「全員攻略と、はっきりそう言ってたんだろ?」
「ああ……あの女性と恋に落ちるかもしれないというのは、なかなか」
「それは多分、ゼアも思ってる」
 
 全員攻略ということはハーレムルート狙いか。
 くるいけにはそんなルート無いはずだが、まさかここが現実だと気付いていて敢えてそれを狙ってるのか?
 
「イージー……とは?」
「強制力が強いここでは多分ヒロインは優遇される。イージーモードということは多分、皆すぐキュンキュンしちゃう」
「つまりあいつに惚れやすくなってる状態ってことな」
「……キュンキュン……? 惚れやすく……?」
 
 久々の落雷。今日は一日中雨か。

 頼むから攻略するなら浮気野郎のあの二人だけにしてくれ。
 願っても叶わなそうな幻想を留め、ひとまず考えてみる。
 あの嫌われようから察するに姉と森は会わせない方が良いはずだ。全員攻略を目指すヒロインなら表立って嫌がらせをしたりは出来ないだろうが、警戒するに越したことはない。
 
「オマット。俺がいない間、姉ちゃんとヒロインが出会わさないようにしてくれよ」
「分かった、ククーナ嬢の傍に居れば良いんだな?」
「そういうこと。任せた」
 
 えっ、と驚いた顔をしている姉に有無を言わさず承諾を得る。俺はこれから案内シーンをやらなきゃいけないからな。何かあっても困るし。
 
 誰を最初に狙うか迷っているところを踏まえると、今はまだ上げるキャラを決めていないはず。
 なら誘導出来るとこはしてひたすら回避を試みるだけだ。
 
◆◆◆
 
 板挟弟は、ゼアと共に学園前で彼女と合流する。
 
「よろしくお願いします!」
 
 一見無害そうな挨拶をするこの少女、内心「皇子様と一緒だ~」と浮かれている様子。
 対し、皇子達は警戒心を上げに上げきっていた。
 
「『じゃあさっさとこの学園内を案内しよう。着いてこい』……早足で」
「ええ、早足で案内します」
 
「えっ!? ちょっと、そんな早く歩かなくても」
 
 途中までゲーム通りに台詞を読み上げた皇太子の中での思考はこうだ。
 
 ──ここで時間を掛けた方がこいつとの話す機会が増えて面倒臭い。
 
 ならばその時間を短縮するまで。
 第二皇子も同意見だったのだろう、素早く彼の案に乗じた。
 
「良いかい、生茂さん。時間は有限なんだ。一秒一秒大切にしないといけないよ」
「は、はあ……確かに……?」

 それらしいことを言っているが、この男、ただ早く切り上げたいだけである。
 
 しかしながらこれは本編イベント。
 避けることは出来ない最初の選択肢がある場面の保健室へと移動した。
 
「ここは保健室です。見ての通り怪我をした際にお世話になる場所なので、覚えておくと便利でしょう」
「なるほど! 大事なとこですね!」
 
 保健室の先生と挨拶をし終えたタイミングを見計らって急かすように声をかける。
 
「しっかり見たなら次へ行こうか」
「えっ、もうですか」
 
 るうが急かしてまで警戒しているのは保健室の案内をしている際に、怪我をしたモブへヒロインが反応を示すシーンだ。
 これは一周目なら出ないはずの選択肢で、一周目はオープニングを終えた学園生活から選択肢が表示されるようになる。
 もしここが一周目の扱いならば今るう達の前へ怪我をした生徒はやって来ない。
 二周目以降の扱いなら、来る。
 
 ──頼むから来ないでくれよ。
 
 勿論彼が願うのは一周目。だがお分かりだろうか、人はそれをフラグという──
 
「先生! 魔法の授業でこいつが、怪我を」
「何? 今すぐ見せてみなさい!」
 
 膝から崩れ落ちそうになる兄を持ち前の反射神経で支える弟。
 なんと見目麗しき光景だろうか。
 貴重な皇族兄弟のその場面を目撃することもなく、森は治療されていく生徒の姿を見てしっかり口にする。
 
「『魔法って危険なことも起きるんですね』……私、しっかり覚えます。危険に巻き込まれないように」
 
 ──終わった。
 
 あまりの面倒さに瞼を閉じる。
 
 今のは二周目限定の皇族好感度アップ選択肢。
 つまりシルヴィとゼアが上がる、ゼアルートへ入る為に役立つものだ。ゼアは隠しということもあり、兄のシルヴィも一定まで好感度を上げなければ進めなくなるルート。
 この隠し選択肢はプレイヤーにとっては便利なものだが、彼にとっては最悪でしなかった。
 
 頭痛がするや否や自分自身にも変化があることに気付く。
 
「……『優しいんだな』」
 
 急に彼女への見る目が少し変わったのである。魅力的に映らなかったはずの姿も、
 ゼアも同様に好感を持ったように話しかけていく。
 
「へえ。そんながあるだなんて、驚きました」
「えへへ、それ程でも」

 少し毒舌なのが玉に瑕を見事に発揮したおかげで内心突っ込みを入れる皇太子。
 
 いやそれ褒めてないし優しいところなんて無いと思ってたって意味だよな? 何で良い意味で受け取ってんだ──!
 
 ポジモリのアホい返答にも秒で疑問を持つ、突っ込み体質板挟るう。
 彼は不意に自我を取り戻し、なんとなくで指輪を勢いよく自分の人差し指へ嵌め込んだ。
 するとなんということか。先程まで少し見直した森がまた「ヤバい奴」という最初の印象に戻っていったのである。
 
「はい次」
 
「ええっ!? 疲れちゃいますってば!」

 抗議の声に耳を傾けずすたすたと早く歩き始めたるうは考え始める。
 
 ひょっとして、ヒロインの前では指輪を着けるべきなのではないか……と。
 
 恐らく、聖女に対抗するには呪いをも利用しなければ不可能なのだろう。今後は常に姉の前で敬語を使わないといけないことが皇太子に頭痛を持ち運ぶ。
 まさか呪いアイテムがこんな形で役立つとは彼自身、思いもしなかったはずだ。
 
 なんたる面倒を持ってきてくれたのか。
 
 これでは呪いにかかっていない攻略対象達はどうすればいい。自分が妨害することに徹してもその先は?
 
 隣にいる今世の弟を見て、焦燥感に苛まれる。
 大事な家族を奪われては前世の時と何一つ変わらない。
 死別はしなくとも仇になるかもしれない可能性。
 その可能性は前から考えていることではあった。現実味を帯びてきたそれがもしも姉を死に追いやるなら、彼は迷っても最終的には姉を取るだろう。
 
 姉の為にゼアをどうにかするか、代わりに自分が死ぬか。
 
 どちらも選びたくないからこそ来る焦りだった。
 
(いっそ明日から全員で不登校になるか? 皇子も揃ってニートエンド。ありかもしれない)
 
 発想だけはシリアスをぶち壊していく。
 なんとも残念な思考だ。
 
「──よし、終わったね。じゃあ僕とゼアはこれでお暇させていただくよ」
「そうですね、ではこれで」
 
「……何か早かったような……あ、はい! ありがとうございました!」
 
 ここで疑問に思った森。
 シルヴィの「俺様系」属性が「優雅だけど何か魔王っぽい僕系」属性になっているのは何故だろう、と。
 森の中で『最新版の前に「高圧的すぎ」と苦情が入り修正された皇子』という謎な認識になるまで、そう時間はかからなかった。
 
◆◆◆
 
「ゼア。本当に大丈夫なんだな?」
「え、ええ。……私はその、……の方が……」
 
 姉ちゃんの方が好きなんだな。良かった。
 
 杞憂か。ひょっとしたら強制力も心までは無理矢理変えることは出来ないのかもしれない。
 少なくともこの時まではそう思っていた。 
 
 翌日、やはりゲーム通り同じクラスに編入してきたヒロイン。
 
「初めまして! 生茂森です、よろしくお願いします!」
 
 聖女様だ、と周囲の者達は彼女を持ち上げた。
 あの人が聖女と呼ばれるか相応しいか、まだ会って間もないからハッキリとは言えないが……少なくとも逆ハーレムを目指してる時点で浮気性というのは分かる。
 当分の間、目を合わせないように、会話さえしなければいいはず。
 
 話しかけてこなければ万々歳だった。それでも彼女はヒロインという立場にあやかり堂々と声をかけてくる。
 しかも隣にいる姉ちゃんを無視して。
 
「あの、さっき授業で習った魔法の使い方がよく分からなかったんです。良ければ教えてください!」
 
「皇族へ、ましてや皇太子である僕へ真っ先に声をかけてきた理由を訊いても?」
「え、っと。陛下が頼っていいと言ってたので!」
 
 二人はどうした。
 
 疑問を投げ掛ければどうやら、ゲームで好感度上げに使用されていたアイテムを買ってきて貰う為にパシりにしたらしい。
 ヒロインが頼れば頼るほど、あの二人は好感度も上がる。正に一石二鳥ということか。

 姉を連れてさっさと立ち去れば問題はない。
 が、それで益々恨まれてしまうのではと懸念した俺は別の方法で追い払えないか試してみた。
 
「悪いね、感覚でやってるからやり方とかは分からないんだ。僕ってほら、天才肌だから」
「え……」
 
 嫌味を言うようにナルシストなどや顔を浮かべ、あしらう。こういったやり方なら不満を抱くのはこちらだけだろうと踏んだのだ。
 流石にいい気分はしなかったのだろう、口をあんぐりと開けていく。
 しかし、返ってきたのは予想に反した言葉だった。
 
「格好良いですね……! 流石皇子様です、そうですよね。感覚でやればいつか出来ますよね! 森、頑張ります!」
 
 ──この人、妙にポジティブだな。
 
 気合いをいれて拳を突き上げた後走り去っていくヒロイン。
 肩透かしを食らったような、ないような感覚だが今日を乗り越えられるなら結果オーライだ。
 
 それから昼休みになり、彼女と出会わないようオマットを引き連れて廊下を歩いていた時のこと。
 通りすがりの生徒達が話していた会話が聞こえてきた。
 
「聖女様が来たってことは、あれが見れるかもしれないぞ!」
「ああ、光の神獣との契約でしょ! 過去の聖女様も契約したっていうもんね」
 
 ぴたりとオマットの動きが止まる。
 
「……神、獣」
 
 あ、ヤバい。
 そうだった、推しは神獣マニア──!
 
 気付いた時には瞬間移動。既に姿は無かった。
 こんなことなら早くダーチョレット呼べば良かった……って呼べば間に合うか? どうだ?
 人目のつかない場所へ移動して声を響かせる。
 
「ダーチョレット、居るか?」
 
『どうした主よ。我を呼ぶとは、余程焦ることの──』
「神獣好きを連れ戻してほしい、お前のもふ感なら釣れる!」
 
『ぬっ?』
 
 困惑している毛並みの良い闇の虎をとりあえず送り込むこと早数分、帰ってきた。
 
「……申し訳ない……神獣様に目が眩んで」
「そうだろうな……でもダーチョレットの方がもふもふ度は強いぞ」
 
 ゲームで見た限り、光の神獣は鳥(だった気がする)。
 もふもふよりすらりとしたすべすべな手触りに違いない。
 
「なるほど……しかし、他の神獣様も居るならやはり全てこの目で見たいと思わないか? どのような姿でどのような動物に近く、そして愛らしいのか。それら全てを確かめなければ俺の神獣コレクション完成には程遠い、ダーチョレット様のこの素晴らしい毛並みも一秒一秒幸福感を与えてくれる──」
「待った! 長い、長い」
 
 ダーチョレットを延々ともふりながら熱い神獣ブームを語り出す。次第にもふられ褒められ続けても真顔な闇の神獣にじわじわくる。
 吹き出さない為にも一旦その話題を止め、先程起こったことを簡単に振り返って貰った。
 それで分かったのは最初のオマットイベントをあの数分でやり終えたということ。
 
 学園初日で起こるものと言えば、オマットとの出会いイベントだ。
 
 天才魔術師だからと勉強を怠ってはならないと考えているオマットが、図書室で本を借りようとする。同じ本を借りようと思っていたヒロインは彼に声をかけ、オマットがそれを譲るという感じのイベント。
 
 俺達皇族は最初のプロローグに出会いが含まれているが、他の攻略対象は初日で起こる。
 所謂、登場人物の自己紹介の回。
 それがこの学園初日なのだ。
 
 これさえ回避出来れば後のイベントも回避出来ただろうに、あの生徒達の会話を耳にしたのは偶然ではなかったのかもしれない。
 
「……よくあの数分間で本を借りようとしたな」
「それが、その。ひょっとしたら彼女は違う本を借りようとしていたのではないかと思うんだ。一瞬、本を渡した時に目を見開いていた」
「何だって? まさか、神獣本か?」
 
 真剣に頷く。
 あまりの神獣愛でゲームに逆らってしまっている推し。流石だぜ。
 やはりキャラ設定は強いのか。まあ、そのせいで出会いイベント発生した訳だけど。
 と思っていたのも束の間、信じられない言葉を口にする。
 
「ただ、彼女とは気が合いそうだった」
 
 少し嬉しそうな表情をされて、冷や汗が流れる。
 
「……何を言われたか一言一句間違えずに」
「確か……『貴方も神獣様が好きなんですか? 私もそうなんです! 気が合いますね、私達』」
 
 日常イベントの正解選択肢コンボかよ。
 ゲームではそれぞれ別の日常会話として出てくるものだ。
 つまり『貴方も好きなんですか?』→『私もそうなんです』→『気が合いますね、私達』と別個の選択肢を繋げてきたのだろう、これは不味い。
 あれだという確信に今一つ至れないのでオマットの反応に探りを入れる。
 
「それを言われる前までどういう印象だった?」
「印象……印象か。殿下から聞いていたこともあって関わりたくない人物だと。それに……そうだ、ククーナ嬢を嫌っているという点で、苦手意識があったはずだ」
「言われてからは?」
「……すぐ、一瞬にして……好印象になった。これは不自然だ」
 
 流石中立的な俺達の推し。
 この状況でも客観的に判断出来ているようで何よりだ。
 
 正解の選択肢を選んだ後、一瞬にして好印象。
 間違いない──向こうに『』がある。
 俺は指輪を着けていればある程度は影響を受けずに済む(恐らくラスボスになる為だろう)が、他の攻略対象達は影響されてしまうのは今ので分かった。
 しかも厄介なことにイージーモード。好感度の上がる数値もえげつなかったはずだ。自己紹介イベントで好印象を得られるくらいには。
 
 とすると、ゼアも「ククーナが好きなのに他の人へ興味が出てきた」ことが受け入れられなくて、罪悪感から否定していた可能性が高い。
 
「マカロとベーシュの様子はどうだ?」
 
「今日は聖女に付きっきりだったはずだ、俺と会った時には居なかった……のも不自然だな」
「イベントの為にわざとはぐれたんだろう。ヤバいな」

 これじゃ、先にイベントを狙ってるキャラが誰なのか把握して動いてもいたちごっこになる。
 一回や二回会っただけで挽回されてしまうなら、どうしようもないのでは。
 
 ──ここまで面倒になってくると、俺も目を閉じたい……。

 そうは思っても、幾らダーチョレットもふり大会に参加しても、初日は惨敗という様を塗り潰すことは出来なかった。
 
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