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第三章「抗え本編」
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しおりを挟む早くやらなくっちゃ。
そうして教室で授業へ真剣に取り組もうとした時だった。
気が付けば周囲には見知らぬ景色が広がっていて、私は辺りを左右に二度振り返ったのである。
「ここ……どこ?」
◆◆◆
十七歳を迎えた春、俺達は警戒心を強めていた。
シナリオに狂いが無ければそろそろ例の奴が来る頃合いだからだ。
「いない? いない?」
「大丈夫だって」
学園祭の後、姉はゼアに対して挙動不審になり避けるようになった。
理由はなんとなくゼアが頑張りすぎたということしか分からない。分からないが、本人は「意識して貰えたかもしれない」と喜んでいたので、何かしらで攻めたんだろうな。
「乙女ゲームって現実になっちゃいけないんだなって思った」
「どうした急に」
「きらきらした台詞と仕草に慣れなくて」
「あー」
日本生まれだとそうなるのも無理は無い気がする。海外生まれなら本場だし、抵抗感は少ないのかもしれないが俺だって言う側でも恥ずかしくて無理だ……よく言えたなゼア。あ、乙女ゲームの攻略対象だからか。
いや待てよ。その内俺もきらきら台詞、言う羽目になったりしないか……?
悪寒が背筋を伝い、とにかく喋ることで気を紛らわした。
「とりあえず。話せる時に話せば良いんじゃ? あいつ、結構気が長いし」
「わ、分かった」
姉がヒロインの立場になれれば良かったのに。
シナリオ通りの立ち位置だと言うことはこの前の光現象で分かっちゃったし、何だかなあ。
気分転換に走りにでも行こうかとした時、オマットが現れる。何か深刻そうな顔をしていたので俺達は面倒な予感に思わず身構えた。
「妙な噂を耳にしたのだが」
「噂?」
「学園内で詐欺や誘拐が横行していると」
うっ。胃痛が。
不穏なワードに姉もしかめっ面になる。
何だか聞き覚えのある噂ではあった為、頭痛がしたところ姉が「あ」と声を漏らす。
「スフナーとキンビィがやってた悪事の噂だ」
「あー! あー! 思い出して欲しくなかったそんな面倒事!!」
「しかし、二人はやっていないのだろう? 面倒だと思いそうだ」
流石俺達のオマット。よく理解している。
頷いて「そうだな」と返すとイケメンの笑顔が見れた。格好良い顔立ちだからこそ許されるその笑み、いつまでも大事にしてほしい。
問題は無理矢理シナリオ通りにされている現状だが、俺の予想が正しければ恐らく、「ヒロインの為の修正」だろう。くるいけのヒロインは帝国に召喚されてからというもの、数々の悪事を解決して救済し──正に聖女と呼ばれるに相応しい偉業を成し遂げていく。
俺達が悪事を働かなかったからヒロインが解決すべきことが無かったのではないか。だから無理矢理修正が入った。
ここでの問題は、それを誰がやったのか……ということだけど。
「オマット、不審な動きをしている奴は居なかったか? 生徒とかで」
「見た限りでは居なかったと思うが……調べてみる。時間をくれ」
「任せた」
今日も今日とて寝そべっている姉から「利便性の高さに負けてんじゃん」と痛い目線が突き刺さる。
利便性を上げるには他力本願からって言うだろ。
オマットが優秀すぎるのが悪い。
どたばたと大きな足音を立てて、誰かが勢いよく扉を開ける。
「兄上!」
今度は何だ──弟の姿を見て不満を顔に出す暇もなかった。彼の口から出た言葉は、俺達が最も恐れていたあれ。
「神殿より先程、聖女が現れたと報告が!」
椅子から滑って膝から崩れ落ちる俺。
あまりの面倒さに目を閉じて現実逃避する姉。
「遂に……奴が……」
「千年に無いかあるかの聖女召喚ですよ! きっと近々祭りも──どうされたのですか、兄上……?」
テンションが上がっている弟は困ったように眉をひそめ、肩を落とす。どうにも祭りを楽しみにしていたようだがこちらの反応を見て気まずくなったようだった。
すかさずオマットが「お二人は今疲れているようでして」とフォローを入れてくれたおかげで「なるほど」と納得していた。前に病気説があったからか。
申し訳ない。悪いが今胃痛が半端なくてトイレに行きた──近くのトイレの紙、今無いんだった……布か……嫌だな……。
「あ。そう言えば陛下が兄上とビターミネント公爵令嬢をお連れして玉座の間に来いと」
「え? マジで? ちょっ、トイレに行ってからでいい?」
分かってるぞその展開。
何度も見たオープニング周辺のイベントだろ、嫌だ。キャンセルを希望したい。
「私も部屋で寝てからでいい?」
「明日まで寝るつもりか?」
皇帝陛下の命令じゃ逆らえないのは分かってるけどさ……!
こうしてぐだぐだ姉弟の駄々こねは失敗に終わり、最初の本編イベントをやるべく玉座の間へとやって来た。
「ガーラ帝国が第一皇子、シルヴィ=クイント・ガーラ。只今参上しました」
「同じく第二皇子、ゼア=ユニコント・ガーラ。皇帝陛下にご挨拶申し上げます」
「揃ったな」
姉は人前では喋らないようにしているのでぺこりと見せかけのお辞儀をする。
オマットも連れてこられれば良かったのだが、陛下の命であればそうはいかない。この人の機嫌を損ねてしまう可能性も考えれば、これが最善だったはず。
「ゼアから聞いておるだろうが、異世界より聖女が召喚された。明日からお前達と同じ学園に通わせる。面倒を見てやれ」
見てやれ、と言われた後に現れたのは黒髪セミロングの女子高生。
間違いない、奴だ。
「今、これ喋って良いんですか!」
「よい」
明るく元気の良い声に「もしや話の通じるタイプか」と淡い期待を抱くも、次の一言で吹き飛ぶ。
「初めまして! 生茂森です。『初めての世界で人見知りもしてしまうかもしれないですけど、よろしくお願いします!』はい!」
──こいつ、ゲーム通りの主人公の台詞読み上げやがった。
しかも好感度が上がりやすくなる選択肢……つまりイージーモード。
くるいけには最初のプロローグ内に難易度を決める選択肢があり、プレイヤーは
『強気に出る』
『普通に挨拶だけする』『下手に出る』
の三つを選ぶことになる。
ハードは当然、好感度が上がりにくくヒロインが死にやすい奴。ノーマルは中間、そしてイージーはヒロインが死なない、好感度が上がりやすくなる初心者向けのもの。
これが現実じゃなければ「簡単だしな」で済むけど当事者の今となっては戦慄してしまう。
ヒロインにとってのイージーは俺達にとってのハードモード。控えめに言ってもヤバい。
姉も同様にヤバいと感じたのか厳しい目を向けている。
その厳しい目線に気付き、突如ヒロインが顔色を変えた。
「何か言いたいことがあるなら言えば良いのに、何で何も言わないんですか」
「ただ見ているだけでは? 僕の婚約者は喋れないので」
「嘘。喋れるでしょ、今だって私に言おうとしてる! 喋ろうとしてるじゃない!!」
声を荒らげ叫ぶ。
瞳に込められた感情は──明確な嫌悪だ。
これにはゼアも言葉を失っていた。
多分、ゲームのククーナが嫌いな人が来たんだろう。なんて厄介な。
でも陛下から言われればやるしか無いし(シルヴィはこの時点で傲慢だったからあまり従わなかったけど)嫌でも「はい」と受けるしかない。
姉との恋路に変化があってまだそんなに経っていない彼に、姉をやたら嫌ってる奴の面倒を見ろだなんて酷な話だ。
「陛下、少しよろしいでしょうか」
「ふむ。申してみよ」
「他に適任な者がいるのでは? 例えば……日頃から新たな勉強をしたがっているベーシュやマカロなど。面倒を見るなら時間がたっぷりある者の方が見れるでしょう」
押し付ける気満々で口にした言葉は皇帝のツボを突いたらしい、突然笑い出した。
「くははは! 面白いことを言うではないかシルヴィよ。ならば、その二人に任せよう」
っしゃ。と口に出さなかったなんて偉いぞ俺。
反対に初期イベント「皇子に学園を案内されるシーン」が潰されたと知って混乱しているヒロインの森。まあでもあいつらに案内されるんだから人物が変わっただけしいいだろ、と思わなくもないが少し不満を抱いているようだった。
これで最初のイベントは乗り越えられるのでは──油断していた時に皇帝が告げる。
「最初の案内はお前達に任せる。が、面倒を見るのは先の二人。それでよいな?」
良くないです──。
強制力に流されてる感が凄まじい。
圧が怖かったのでゼアと二人で「はい」としか言えなかった。
言わされた感、半端ない。
◇◇◇
少し展開が違ったけど大丈夫!
皇子様との案内シーンが少しアップデートされただけみたいだし。
今のこのご時世、日に日にアップデートで台詞が変更なんてざらにある。ましてやくるいけみたいな人気作ならファンサービスとして変化しても皆愛して止まないだろう!
けどまさかくるいけを遊べるなんて。ラッキー。
「全員攻略がもしも出来るなら……あれと……あれ……うん、いけそう」
試したいことがあるからとイージーモードにしたおかげで、当分好感度上げの心配はなさそう。
まさかククーナが一言も喋らなくなるなんて思ってなかった。けど、よくよく考えたら私としては助かることなのだ。嫌いなキャラの声ってあんまり聞こうとは思わないし。
音量調節が出来ないからこそ気付けた有り難さ。大切にしよう。
これが現実なら「ごっめーん! さっき声うるさかったよね、喋れない良さに気付かなかったの!」と謝ったけどここはゲーム。その必要が無いのも良いところだね。
最新バージョンのこれなら、ヒロインの為のくるいけが出来るかもしれない。
とすれば私のやることはただ一つ。
全員攻略をして逆ハーレムルートを作ること。
そして愛されハッピーエンドを迎え、主人公の幸せを願うのだ。
「最初は誰を優先的に上げるべきか……」
好感度が上がりやすいのはマカロ。ベーシュはその次で、オマット、シルヴィの順。ゼアは隠しだけど上がりやすさで言えば真ん中くらいだ。
隠しでも誰かが残したクリアデータがある場合、出来る可能性もあるしとりあえず彼も含めやってみよう。
心なしかシルヴィとククーナが違う性格に変わっていたのは気にかかるけど、きっとシナリオを盛り上げる為の変更に違いない。
ククーナはどうせ死ぬお邪魔キャラ。
ヒロイン×シルヴィ(と愉快な仲間達)の為に犠牲になって貰うしかない。私達の幸福に彼女は必要ないのだ。
まあ、そういう立場だからこそ悪役がお似合いなのかもね。
悪に堕ちた皇子様を救うべく、森は全身全霊をかけて臨みます。
「頑張るぞー!」
応援ありがとうございます!
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