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第三章「抗え本編」

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 静まり返る静寂の中、悠々と響き渡る二つの声。
 
「知ってますか……僕は皇太子(笑)でありながら記憶力は下手したら庶民以下です」
「知ってますよ……私は皇太子妃(予定)になりましたが人の名前が何人たりとも覚えられません」
 
 どうしたことかと溜め息を吐くはガーラ帝国の第一皇子と公爵令嬢。
 
「面倒ですね……」
「ええ、ほんとに……」
 
 二人は揃いも揃って面倒だと感じ始めていた。
 
「はぁ……」
 
 壊しても壊しても復活する張り切りすぎな強制力に怠惰のミラクルで対抗してきた二人。しかし魔法を使わざるを得ない場面に度々出くわし、魔法学園では魔法の授業もあることからペアリングはなるべく着けねばならなかった。
 せめて闇の神獣との契約を回避出来れば良かったものの「はい」一択。
 
 一匙のやる気さえ逃げると言うものだ。
 
 そして何故両者共に敬語を使っているかというと、今現在皇太子が指輪を着けているからに他ならない。
 前触れの日に何か起こっても嫌なので板挟弟が姉の守りを買って出たのである。自我を失った場合、問答無用で顔面にグーを入れることを前提に。
 
 だが、期末テストを放棄した二人は清々しい程にスッキリした面差しだ。
 記憶力に欠如のある彼等にとってテスト勉強などというものは「記憶力を試されるとても面倒な奴」と認識が強い。あって進級の為に嫌々やるもの、やってカンニング。
 特にククーナは自分の名前を書くことすら出来ず、始める前から詰んでいる。
 
 しかしここはファンタジー。
 
 又しても強制力を利用して自分達に有利なよう事を進める。自分達はシルヴィとククーナ、期末テストなんざに躓くような設定は無いし、進級に響くようなことは起こらないと判断した。
 
 大勢のモブが「きっとあの二人は今頃愛を語り合いながら勉強をしているのだろう」と思っている最中、どちらもソファーでしだらなく寝そべっている。
 しだらなく、という点が面倒臭がりな板挟姉弟の全てを表しているのは明白だ。
 
「──二人とも、無事か!」
 
 おお、オマット。お前もか、お前もテスト勉強を放棄してしまったのか──誰もが仲間入りの予感を感じたその時。
 彼はさりげなく言った。
 
「期末勉強をしていて些か遅れてしまったが……何事もなさそうで良かった」
 
「聞きました奥さん、あれ、やったんですって」
「凄いですね、やっぱ天才だから俺達とは脳の作りが違うのかもしれない」
 
「……勉強、していないのか」
 
 雷が空から落ちるかと思いきや、流石にこの二人のノリに慣れていた影響もあり無事青空は保たれた。
 
 何はともあれ久々のオマット参戦を歓迎したるうとククーナは彼交えて作戦会議を行う。
 恐らくあの光はヒロイン登場の前触れであること、本編が始まることがこの時点でほぼほぼ確定してしまった為、恐らくこの冬から来年の春までがイベントの無い最後の期間であること。
 並べ終えれば何とも言えない沈黙が訪れる。
 
 まだどんな人物か分からないヒロインが話の分かる人かもしれないと希望を抱くべきなのか、そうでないのかの判別が付かないことからも、判断のしようがないのは至極当然だ。
 
 空気を変えようと立ち上がり、彼の背中を叩く皇太子。
 
「ってか見てない間にえらイケメンになったなオマット! 流石俺の推しだぜ……です」
「殿下──ルウに推されるとは光栄だ」
 
「意外。見てなかったんですね」
  
「あの二人に追われてからずっと逃げ続ける日々だったからさー、仕方ないでしょう」
 
 背中に溜まり果てた疲れがどっと来たるうは肩こりに苛まれている。自分で自分の肩を揉みながら、オマットの方へ向き直って言う。
 
「どうして僕にも声を掛けなかったんですか?」
「実は、ミルキー団長のご子息から敵視されていてな」
「マジか。一人だけ展開早かったからそうなったのかも……しれませんね」
「あー」
 
 本来ならば、マカロン……マカロとオマットの関係性は中程度には良好のはずだった。しかしそれはマカロの自信が既に付いている時に出会ったからで、早めに天才として活躍してしまった今現在となっては彼の自信は育つことなく未熟なままとなってしまった。
 良いのか悪いのか、板挟家が施してきたもの達がここに来て次々と変化をもたらしているのは間違いない。
  
「まー、まず悪役の情報をまとめてみよーぜっす」
 
 何故無理に敬語を続けているのか、理由を理解出来ていないオマットは気になりすぎて眉間にしわが寄っている。
 この二人は敬語で話すような仲でないと知っている彼は混乱の渦中にあるのだが、今は作戦会議。集中しなければと切り替えた。
 
「シルヴィ殿下とククーナ嬢か」
 
「ああ。じゃククーナから」
「黒幕。古代皇帝の血を引くレアな人。シルヴィを操って悪に仕立て上げた張本人」

 気怠そうに天井を見上げながら言い並べる。
 簡略化された情報を並べ終えると、引っ掛かりを覚えたるうは指摘していく。
 
「それさ、前から気になってたんですよね。どうやってだ? ククーナもシルヴィと同じで、自分の意思関係無く悪人になったのに操るも何も無いだろっす」 
「あれ、確かに。どうしてですかね」
 
「ひょっとして過去の二人だけじゃなく、本編でも語られていない設定があるのか?」
 
 確かに、今までの知らなかった設定を考えれば他に何か隠されていてもおかしくはない。
 二人は納得したように同意を示す。
 
「有り得ますな……で、次シルヴィ」
「ね。ラスボス、ガーラ帝国の皇太子。闇属性の才能があって、本編で色々邪魔してきたり色々するけど最終的に何故かヒロインを愛する」
「凄いな」
 
 何故かヒロインを愛する、というワードが強かったらしい。何処か遠くを見つめながらもう一度呟いた。
 
「……凄いな」
「止めてくれ! 遠い目しながらそんな風に言わないでくれ……っす!」
 
 全属性を使え割とチート気味なことも含め、さらりと敬語を使っている理由も説明し終えた頃にはオマットはなんとなく指輪へ抵抗する為だと気付けた。だとしても、自分がいる作戦会議中には外していても良いのではないかと疑問を口にする。
 確かにオマットがいれば指輪を嵌める時間くらいはあるだろう、納得したるうは指輪を外して手に握り込んだ。
 
「そうだ。オマットに訊きたいことがあったんだ」
「なんだ?」
「この世界に、神って居るのか?」
 
 問い掛けると彼は重い口を開く。
 
「居ると言えば居るし、居ないと言えば居ない。……つまり神を崇める神殿や教会があっても、神託があってもそれを立証するものは何も無いということだ。神獣様が神に仕えていると証明されている訳でもない」
 
「でもそれじゃ神託は?」
 
 ここだけの話だが、と耳打ちする。
 
「一部に有利になるよう神殿側が勝手に決めている、とも囁かれているんだ。皇族側の権力に対抗する権力になる為に、神という存在や神託を作ったのではないか、と」
「なんだって……?」
 
 きな臭い大人達の黒い一面が見えそうになり、板挟姉弟は固唾を呑む。
 それは、面倒な臭いしかしないと──……
 
「考えないようにしよう」
「面倒。パス」
 
「ふっ……ははは!」
 
 逃げる姿勢を同じように見せる二人を見て、腹を抱えて笑ってしまったオマット。皇帝が常に考えていそうな利権が絡む問題なぞ彼等にとっては考えたくもない話題なのだろう。
 とりあえず、ダーチョレットの反応がしらばっくれではないなら神と呼ばれる存在はおらず、ひょっとすると神獣がそれに値する位置に居る可能性があると分かっただけでも大きな収穫だ。
 
 ──もし、神が居ないのなら。
 
 神様がゲームの再現をして遊んでいるとか、ゲームの世界へ放り込んで楽しんでいるだとか。
 可能性としてるうが考えていたのはこの二つだった。しかし、居ないのなら話は別だ。
 強制力やイベントに巻き込まれるのは、運命だからというこの前提が全て覆る。
 
 最も、彼等にとっては願ったり叶ったりなことだが、潰えることのない疑問を増やされても面倒に感じ始めてしまうだけだろう。
 予想通り、切り上げようと両手を合わせ鳴らす。
 
「まあ、いい。じゃ本編が始まったらオマットとゼア、それから俺が攻略されないように気を付けよう。他の攻略対象も入れたら手に負えないだろうし、他は無視で」
 
 私怨が入っているなどなんと皇太子にあるまじき振る舞いか。
 追いかけられ続けた恨みは余程強いらしい、どうなっても知るかという態度をとっている。
 それに気付くこともなくオマットは「出来る限り聖女と接触しないようにする」と言い、ククーナは「ん」とだけ相槌を打った。
 
◆◆◆
 
 無事作戦会議を終えた私達は、期末テスト当日に寝込んだ。要はサボりだけど間違っていないと思う。
 がテストでゼロ点を叩き出すより欠席した方が何事もなさそうだし、面倒ではないし。
 まあつまり嫌だからサボった。
 
 強制力の影響もあって、私達の怠惰は認識されることなく成績表には「A」の文字。
 幾らなんでもごり押しすぎるのでは、キャラ設定。
 
 迎えた学園祭当日、私は準備を手伝わなかった。でも弟は「影響を受けるモブだとしても遅くまでやってる姿見たら(万が一こっちに返ってきても嫌だし)放っておけないだろ」と持ち前の世話焼きを発動して今日も準備やら何やらに追われている。
 前世から何やかんや優しい性格だったのもあるかもしれないけど、面倒臭がり屋なのに手伝っているのは後々、自分に面倒が来る予感を察知してのことだろう。私には出来ない。
 
 今もこうして、推しから来るのを待っている私には到底。出来ない芸当だ。
 
「すみません、待ちました?」
 
 廊下のベンチに座る私の顔を少し離れて覗き込む。返答に時間をかけるのも嫌なので、思ったことを小声で言う。
 
「私が時間を把握していると思いますか」
「……これは失敬。貴方ですからね、把握などしているはずもありませんでした。後、貴方の声は聞こえないようにしましたので喋っても構いませんよ」
 
 一々嫌味ったらしく言う様は正に通常通りの推し。いいね。
 
 広々しいこの学園を使った学園祭の規模は都会のそれが五つくらい並んだ規模に近い。一周するなんてマッチョの所業、私には無理だししたくもない。
 そう──利便性が高くないならね。
 でも今は違う、推しは利便性が……
 
「歩きましょう」
 
「えっ」
 
「……歩きましょう」
「そんな……! そんな、嘘だと言って君!」
 
 人目の問題も魔法で解決出来そうなのに断られた。嘘、どうして。
 
 何かを察したのか上目遣いでおねだりする直前にそっぽを向かれる。
 
「……どうしても……?」
 
 手を握ってお願いする。一瞬肩が凄く揺れたような気がしたけど骨大丈夫かな、お姉さん心配です。
 見上げて映る顔は真っ赤で困ったような表情だった。
 
「はっ、……~っ!! だ、駄目です。今回ばかりは譲れません」
「後生ですから、そこを、何とか」
「いえ。いえ、折れませんよ、諦めたまえ」
 
 失われし利便性。さらば夢の魔法他力本願ライフデー。
 
 崩れ落ちる私、困惑する推し。
 周囲のモブからは体調を崩したと勘違いされているようで、人目を気にしてか腕だけは貸してくれた。腕だけは。
 私、結構根に持つタイプなので。この日のことは忘れないと思う。
 甘やかしてくれた彼が頑なに拒むのはきっとるうのせいだ。酷い、やっぱり生意気。
 
 仕方なく歩いて仕方なくゆっくり見て回ることになり、屋台の「超多分ハンバーグ」を食べながら他の屋台にも目を移す。
「カレーかもしれないなんとなくカレー」「味のしないナポリタン」……味の予測すら出来ないラインナップだ。ハンバーグはトマトな味がするし、他も調味料の味な予感。
 不機嫌な私の顔が酷すぎたのか、顔色を窺うようにして声をかけてくる。
 
「大丈夫ですか?」
 
「…………」
「そんな目で見ても駄目です……あ。口についてますよ」
 
 されるがままに手で拭き取られていく。
 頑張りどころが違うんだよ推し、ちょっと!
 抗議の声を上げようかと口を開ければ指を押し付けられる。
 
「んっ」

 これは……ハンバーグじゃない奴の味。
 どうやら口付近に付いていたハンバーグ(仮)を一つ残らず食べろと言いたいらしい、なるほど。
 つまり食べかすも舐めとれということかもしれなかったのでぺろりと指を舐めて食べかすを取る。
 
「はっ……!?」
 
 うーんトマト味。解せない。
 
 彼は勢いよく指を引っ込めて自身の指を庇うように距離を取った。
 
「な、な、な……」
「大丈夫です。先程ので丁度ハンバーグは食べ終わりました、安心してください。完食ですよ」
 
「……何か、誤解をしていません……?」
 
 バッチグーをしたのに違う意味だったのか。
 うわ、恥ずかしい。
 そうだよね、甘やかしオカン属性の君が健康に煩くなるなんて、ある訳
 
「はあ、全く。ほら行きますよ、健康の為にも歩いてください」
 
 あった。
 
 何が誤解なのか。やはり健康の為の催促だった。
 弟め。
 面倒な意味の恨み辛みを込めて心の中で睨み付け、地道にカフェやら展示会やらを見ていく。
 間に見た生徒会室の窓にはるうとパシットの姿があったので、恐らくあの牛乳みたいな人のことは気にしない方針で固めたのだろう。
 
 ──を誘って見て回れば良いのに。
 
 そうは思っても、皇太子だから迂闊に近付けないのかもしれない。皇族って一番面倒臭そうだから私は運が良かった方かも、どのエンドでも死ぬけど。
 
 何やかんや楽しいような気がして過ごせている今も、その内消えて無くなるのだろうな。
 
 上手くいかなかった場合のことを考えたら、ふと不安になった。私らしくもない。
 きっとその頃には、推しは私の死を喜ぶのではないか。学園祭もいよいよ終わりかけの夕暮れ、人気のない場所で、気になって言葉にした。
 
「もし、私が死んだら、どう思いますか」
 
「──はい?」
 
「ちょっと気になったんです」
「……え、えと、……楽しくなかったからそういうことを?」
  
 あ。そうか、この流れで訊くとそうなっちゃうのかも。
 
 否定して「楽しかったから不安になって」と言葉を足せば、嬉しいような悲しいような複雑な表情を浮かべた。そして戸惑いがちにこう言うのだ。
 
「悲しみます」
 
「本当に?」
  
「はい。悲しんで、泣いて、食事が喉を通らなくなります。そして悔やむでしょう『何故力になれなかったのか』と。これは私に限った話ではなく、兄上だって同じはずです」
 
 やたらと真剣に答えてくれたからか感激してしまう。悲しんでくれるなら安心だ。
 でも、私は一体何を恐れているんだろう。
 恐怖心と思われる感情が不可解で、視線を落とす。
 
「……そうですか。あ、今日はちゃんと楽しめたので」
「楽しめたなら……最後も良い思い出になるようにしたいですね。どうぞ、貴方への贈り物です」

 手渡されたのは小さな長方形の白い箱。クリーム色のリボンはなんとなく推しの髪色を連想させる。
 開けてみると銀色のペーパーナイフが入っていた。
 丁度良いペーパーナイフが無かったから、いつもパシットの手紙手で開けてたんだよね。
 これは助かる。
 
「使いやすそう」
「でしょう? 真鍮しんちゅう製なので、長持ちしますしそれなりにデザインも良いと思いまして……私にとってはシンプルすぎますが」
「確かに。君にはシンプルすぎますね」
 
 くすりと笑顔で返した。
 普段冗談を言わない彼だけど、わざと笑えるように自身の悪趣味さをひけらかしたのだろうか。
 いざ自分が喜ばせられると何処と無く気恥ずかしい。
 
「……あ、ありがとう」
 
「私からの贈り物など滅多に無いことですからね? 後これ──」
 
 咄嗟に身構える。ポケットに入りきるサイズなど限られているからだ。
 そう、青汁とか。
 健康に厳しい人が多いので確固たる意思で臨まなければいけない、私は野菜が嫌いだと。
 
「……やっぱり止めておきます」
 
 制服のポケットへ戻していく推し。
 何だか既視感を感じるような。
 気のせいだろうと言葉を待てば「でも」と意味深な発言をする。
 何事かと思ったら、私の手を取って、愛おしそうに手の甲へ口付けをしたのだ。
 
「これくらいは、許してください」
 
「え!? え……!?」
 
 そんな乙女ゲームみたいな、そんな。
 ……乙女ゲームだった。
 
 あまりに突然で思考が追い付かず、頭に熱が溜まっていることは分かったものの、混乱して反応は返せそうになかった。
 私が混乱している様が面白かったのか嬉しそうに笑う。
 
「帰りましょうか! 兄上のところまで送ります」
 
 手を差し伸べられ、その上に手を乗せる。
 上機嫌で魔法を使う様はすっかりご満悦な感じだった。
 
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