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第三章「抗え本編」

番外編1 第二皇子のお気に召す者

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 ガーラ帝国、第二皇子と言われれば大抵の者はこう思い浮かべるだろう。
 
「──何だかよく分からないけど、兄より劣っている気がする秀才」と。
 
 並べ立てていても字面が意味不明だが、容姿の差からも印象の違いが出てしまっていたのだ。
 兄のシルヴィは、発色の良すぎる黄色金髪に何だか幸ありそうなピンク目で爽やかな少年。弟のゼアは、やや彩度の低い金髪に幸薄そうな紺色目で大人しそうな少年。
 容姿の印象に左右される者達はなんとなく、兄の方が優秀に見え、なんとなく、弟を下に見た。
 
 しかし、彼の勤勉さから皇太子の座に相応しい振る舞いをしているのはあちらだと考える者も増え、派閥が出来てしまった。
 第一皇子派と第二皇子派。
 当初これらを知らなかったゼアは自信もなく、兄の影に隠れているような気弱な子供だった。それがいつからか、自分を後押しする存在が居るのだと知り、最初は無邪気に喜び兄の後ろに隠れることを止めたのだ。
 
 毒を持ったのはその後だった。
 
 彼の意思を潰して傀儡にしようとした第一皇子派が出始めたのだ。そしてそれを実行しようとゼアが慕っていた侍従を誑かし、騙そうとした。
 結果的に失敗には終わったものの、このことをきっかけに、元よりあった兄に対しての不満や劣等感が更に強まったのは仕方ない。
 
 ──騙されやすいことを自覚して、上手く立ち回らなければ。きっと誰も自分のことを認めてくれやしない。
 
 そう考え、出した結論は『壁を作る』こと。
 心から刺のある言葉を言う必要は無い、表だけでも良いのだと自分に言い聞かせ、今に至るのだ。
 
 皇帝は基本的に、子供を試す傾向がある。だから放置し、余興としてゼアの様子を見ることを選んだのだろう。
 とは言っても子供心としては助けて欲しかったのが本音か、今でも何処か父に対しての失望の念と期待は消えていないようだった。
 
 そんな彼の最近のお気に入りは、兄の婚約者ククーナ・ビターミネント公爵令嬢。
 
 彼女の第一印象はすぐ泣いてしまいそうな気弱な令嬢。
 嫌味を言えば場を外すだろうと考えていたあの日すぐ、彼の世界がガラリと音を立てて崩れ落ちた。
 
 ──酷いことを言おうが何を言おうが褒めてくる変人が、この世にいるなんて……!
 
 まるで何倍速のガラス割りを再生するように、ククーナは──彼の壁を、秒で壊した。
 本人にその自覚は無いが、確かにあの褒めコンボは彼に響いていたのだ。顔には出さなかったが。
 顔には出さなかったが、衝撃が強すぎて心臓に直で矢を射てしまっていた。
 
 派閥があっても第二皇子派は決して彼を直接褒めちぎることはなかった為、褒めちぎられるというのは人生で初めての経験だったのだ。
 
 この日からゼアは「兄の婚約者どんな人」思考に悩まされ、向こうから協力を申し込まれ更に「兄の婚約者気になる案件」に悩まされる日々を過ごすことになる。
 
 最も、シルヴィと仲良くなるとはちっとも思っていなかった。病気だと誤解した時、初めて自分に対して優しかった兄を認識したくらいだ。
 劣等感からあまり周りが見えていなかったことが窺い知れる。
 
 兄弟仲が改善されてからは派閥はそりゃもう大騒ぎで、皇太子が変わることはないのではないかと衝突が多々あった……らしい。
 何故彼等が皇太子を変えようかと言うと、ミドルネームの問題だ。
 
 神から与えられたミドルネームで帝位継承権が決まるのはどうなのか、という神託に対しての疑問である。
 もし、神託に従って悪人が皇帝になったら……その危険性を訴えたい者達が皇族の通例撤廃を目指し、第二皇子派を作り上げたのだ。
 
 くるいけの設定を考えれば、ゼアが正義側として描かれているのはこの制度の影響もあるのだろう。
 神を信じていない者達も含めた第二皇子派。
 彼等からすればシルヴィとの仲が深まるのを良しとしない者も多い。それでも介入しなかったのは彼の努力を認めている一定数の者が、心の底から応援しているからに違いなかった。
 ゼアを慕っている彼等の一部はククーナへの好意に気付いており「頑張れゼア殿下」と密かな声援を今日も送り続けている。
 
 裏でそんな保護者の会みたいな目線を送られているとはつゆ知らず、ゼアは拳を突き上げハイテンションでシルヴィに言う。
 
「オッケー貰えました!」
 
「やったじゃねえかゼア! 一歩前進だ!」
「はい! これも兄上のおかげです」

 兄に軽く羽交い締め状態で撫でられ、最初の頃のように無邪気に笑う。
 
 実はるうは、シルヴィとして彼に接している内に言葉はキツくとも可愛げのある弟をいたく気に入ってしまったのだ。
 口調も最初は戸惑われたものの、素で話せない辛さはよく理解している彼はすぐるうの口調を受け入れてくれた。その事もあり、実は政略結婚で恋愛感情は無いことを教えたのだ。
 遠回しに「頑張って振り向かせても良いよ」と言った意図を汲み、やや協力関係になっている。勿論それでも板挟姉の幸せが大事なので、「完全に応援は出来ないけど」と言ってあるようだ。
 承知の上で頑張っているらしい。
 
「じゃあ当日、ククーナ嬢のこと頼んだぞ。移動も怠いとか言う奴だけど人目があるから頑張って歩いてくれるはずだ、多分な」
 
「相変わらず変わった人ですね。にしてもあの細さでは心配なので、私が直接運べたら良かったのですが……」
「いや。甘やかしすぎも良くない、歩かせろ」
「え、しかし兄上……」
 
 もしそれで転んで怪我をしてしまったら。
 
 なんて心配を告げればめちゃくちゃ真剣な顔で「歩かせなきゃもっと細くなる」と言われ「確かに」とめちゃくちゃ真剣な顔で返すこの兄弟、前世の繋がりは無くとも息ぴったりである。
 
「お前オカン属性なんだから甘やかしすぎなとこ注意な、健康を目指すなら運動も必要。よく覚えとけ」
「オカン、何回か言われたから覚えてます。過保護……でしたよね?」
「ああ……気を付けろよ、属性はキャラに響く……! テロップにもな!」
「はい! 脱オカン目指して頑張ります!」
 
 まさか自分のいないところで利便性が遠退いているとは夢にも思わないだろう。ククーナが知ったら嘆きそうな方へどんどん誘導していく板挟弟。
 彼は分かっててやっている。
 分かってて、姉の健康の為にオカン属性を消そうとしている。
 涙ぐましい(一方通行の)姉弟愛だ。
 
 期末テストのことを放り投げたことを知らないゼアはその日、護衛を連れて町へ出ていた。
 本編よりも早くに仲の良い兄弟になった影響で、既に彼は国民から慕われ、どこの店へ行っても歓迎されている。
 理由としては、小国の問題を和解で解決し帝国が有利になるよう事を進め終えたこと、金を巻き上げ肥やしにしていた貴族の不正を暴き被害者へ寄り添ったこと。
 どうやら、るう達が見ていない間に素晴らしい活躍をしていたようだ。
 
 早めにテスト勉強を終えていた彼がこの日、町で様々な店を回ったのには理由がある。
 ククーナにプレゼントを渡したいのだ。
 なるべく、「兄の婚約者だから渡したのだろうな」と思えてなるべく「喜んで貰えそうなもの」を買うべく。彼はプレゼント選びに勤しんでいた。
 
 扉に付いている鈴の音が鳴り来客を報せる。
 
「ゼア殿下! いらっしゃいませ、何かお探しですか?」
 
「お元気そうで何よりです。今日は未来の義姉に似合う物を探していまして」
「ああ、ああ! 分かりました、本にまでなってますからね。いやぁ殿下はお人が好い。他の皇族も見習って欲しいもんだ……あ、し、失礼しました!」
「聞かなかったことにします。……まあそこは、私も同意見ですから」

 失言をした店主を怒鳴り付けることもなく、穏やかに目を伏せた。事実彼の言う通り、他の皇族はあまり性格が良いとは言えなかったからだ。
 皇帝があんな性格だからなのか、癇癪を起こす者もいれば癖のある者も居る。
 国民に優しい皇族と言えばゼアとるうくらいなもので、むしろ珍しくもあった。
 
 だからこそ、そういった発言をしてしまうのは不思議ではないとゼアは理解している。
 
「ありがとうございます、殿下。女性へのプレゼントで人気なのはこちらですが如何なさいましょうか」
「どれ」
 
 店主が薦めてくれたのはちょっとした雑貨や小物のアクセサリー。
 やはり家族として与えるには派手すぎてはいけないと、普段貴族を相手にしていなくとも勘づいたようだ。
 並べられた品をじっくり吟味し、一つを手に取る。少し洒落た柄の入ったシンプルなペーパーナイフだ。
 
「これにします」
 
「かしこまりました、ギフトリボンは何色にしましょうか?」
「……黄色──」
 
 兄に合わせて黄色にすべきかピンクにすべきかを悩み、待ったをかける。
 
「クリーム色で」

 ラッピングに自分の目色ではなく、髪色に近い物を選んだのは比較的気付かれにくいこともあるのだろう。何か言われても、発色の良すぎる黄色では目に悪いから少し薄い方を選んだのだと言えば済む話だ。
 
 少しながらに感じる自身の欲に驚きながらも品を受け取り、城へと帰宅した。
 
 これくらいのアピールなら許される。
 
 もう少し近付いても大丈夫。
 
 言い聞かせるように繰り返した。
 
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