呪い愛 -4人の女に魅せられて-

湯田光秀

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3呪 小説と事実

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『メーデーメーデー! 至急応答せよ! 至急応答せよ!』

 軍事施設と思しき施設内で、京次と瓜二つの人物が唾を飛ばしながら無線機を使用した。

 大型モニターで各・田造京次に無線の応答要求する官製と思しきカーキ色のスーツを着用している司令・京次は大慌てである。

『どうしたんだい司令・京次? 遭難信号なんざ通常俺達パイロット・京次がやるモンだろう?』

『素人は黙っとけパイロット・京次! 現在、自称絶世の美男子こと田造京次は生まれて初めてナンパが成功した喜びにより脳味噌がショート! 無限の情報量が脳味噌に注ぎ込まれている状況にあるッ‼︎』

『待て。そいつはありえない』

『整備士・京次! それは何故だ⁉︎』

 汚らしい無精髭を生やした男……整備士・京次は、持っていたスパナを紺のオーバーオールの真ん中に付いていた大きなポケットに入れ、血気迫った表情で口を開いた。

『いつもあいつはナンパの前に浅草寺で少ない小遣いを使って焼香を納め、煙を体に纏う験担ぎをやってからナンパをやっていつも失敗するんだ。今日もそれをやってあと一歩のところ、橋の上で乳デカ姉ちゃんが通り過ぎた事により失敗している! もし成功するなら、これの行為が無い場合にしかナンパの成功はあり得ない‼︎』

『……悲しくも間抜けな推理だな』

 パイロット・京次は呆れ気味で軍服から葉巻を取り出し、喫煙をし始めた。

 整備士・京次は京次の肉体を司る専門プロだ。

 しかし、脳味噌の大きさはダチョウ以下と言う欠点を持ち合わせている『初めから錆びてる歯車』とパイロット・京次にいつも馬鹿にされている御仁でもある。

 司令・京次は全ての京次の行動や思考を司る最重要ポストだ。

 こんな馬鹿げた推理等——。

『……完璧な推理だ……! やはり、餅は餅屋だ!』

『……馬鹿ほんきか?』

 馬鹿しんじました。

『各人員に告ぐ! 現在田造京次は恋人を作るナンパに成功したのではなく、目の前の女性が体の関係を迫った事により困惑してショート! 今すぐ無意識下でもティッシュとコンドームの捜索が出来るようパイロット・京次は出撃準備! みんな! 心してかかれェッ‼︎』

 更なる馬鹿の上書き保存を行う司令・京次の司令通り、パイロット・京次は深い溜息を吐きつつも事前にエンジンを暖気しておいた紫電・改の発進の舵を切った。

 だが、予想外の事が起きる。

『駄目だ司令・京次。そもそも発進しない。拘束具でも付けられてるんじゃないか?』

 人間は特定の疾病に罹っている場合、睡眠中であっても歩行したりする事が出来る。

 司令・京次はこの状態を睡眠だと理解したんだろう。

 普通ならここで『毒物投与と拘束具の着用による行動不能』などと考えを転回するのだが、IQ2億(自己申告)の司令・京次は一際違う。

『……疲れてるんだ! ナンパで‼︎』

 びっくりするぐらい馬鹿だった。





「……あり、何で俺ァ寝てんだ?」

「おう、起きやがったかベラボウ」

 時刻は20時を回っており、京次は二階にある5畳程の自分の部屋で眠っていた。

 東京の夜にしては珍しく星が見え、雲一つない素晴らしい夜空が浮かんでいた。

 その部屋の襖近くに馬琴は腕を組み、胡座をかきながら起きるのを待っており、京次が居る側の視界を逸らす様にし、しおらしい様子で少し頬を赤らませていた。

 馬琴の視線の反対側を京次は見る。

 そこには本棚の壁に貼り付けてある河合奈保子が水色のビキニを着たグラビアポスターがあった。

 河合奈保子は当時の巨乳グラビアアイドルの代名詞的な存在であり、彼女のその胸に心奪われた男性は数多い。

 京次は馬琴の行動を稲妻よりも早い速度で演算・推理する。

 辿り着いた答えは——。

「お前ェ、童貞だからってポスター見てデカくする事ァねェだろ……」

「お前ェが起きるまで便所行くの我慢してたんでィッ‼︎」

 男子高校生特有の間違いに導いた。

 ふと、京次は唇に違和感を感じる。

(まァだ飯も食ってねェってのに何でェこの違和感は……確かあん時……)

 何が重要な事が起きたような気がするが中々思い出せない不快感を感じる京次は、思い切って馬琴に質問してみた。

「お前ェ、俺の寝込み襲ったの?」

 京次が「俺ァそんな趣味ェんだけど……」と小言で言った直後、馬琴は当然のようにしおらしい様子から一転し、赤らませた頬は更に赤くさせなながら怒りの言葉を言い放った。

「俺ァ男色家じゃねェやいッ‼︎」

 馬琴は自らの膝を右拳で鉄槌を行った。

 京次の思考回路は悪い意味で常人とズレており、女、金、食と言った自身の欲を満たす時の記憶力や演算能力は凄まじいが、それ以外になるとダチョウはおろか魚のコチ(自分の口の大きさ以上の魚を食べて窒息死する事がある魚。揚げて食すと美味)程に低下する。

 「数学はどの教科よりも得意でィ」と過去に馬琴に豪語した事がある。

 しかし、試験で叩き出した点数は32点。

 他4教科は全て10点未満の大赤点であり、留年が危ぶまれた事もあった程だ。

「あの奇天烈きてれつ女がお前ェの唇触った瞬間にお前ェが気絶しちまったんだよ! 2時間ぐれェの記憶も無ェのかィ⁉︎」

「そう言ァそうだった!」

 馬琴の発言によって京次は全てを思い出した。

 京次は萩火の行方を探す為、すぐに布団から出て一階へと向かう。

「お、お前ェ! 寝てなくてェ丈夫かよ⁉︎」

「へ! あの姉ちゃんと布団で組体操出来るってんなら、こんくれェ屁でもねェやィ‼︎」

「お前ェやっぱり最低でィ‼︎」

 風よりも速い行動をとる京次を見失わないよう、馬琴も稲妻の疾さで同行する。

 追い付いた馬琴は階段を下り切った京次の首をしっかり左腕で裸締めを行い、左脚で京次の両腕を拘束した。

「離せよこん畜生! 後、男の癖に香水なんざかけてんじゃねェ‼︎」

「馬っ鹿ゃ郎! かけてるわきゃねェだろッ‼︎」

 居間の前の廊下で総合格闘技の様な攻防を繰り広げている両者だが、この格闘の終止符はすぐに訪れた。

 突然、居間の襖が開いた。

 入り口には萩火が仁王立ちで立っており、ニコニコと菩薩の様に微笑みながら南北朝時代に誕生した長い得物……抜き身の長巻ながまき(薙刀とは違い、日本刀同様に拵えの柄になかごが収納出来る状態になっている持ち手が長い太刀の様な刀剣)を持ち、京次と馬琴の頭付近の床を「えいっ!」と斬撃を繰り出した。

 京次、馬琴は当然のようにヒタリと一筋の汗を流し、馬琴は拘束を瞬時に解除、二人は萩火から半径2メートルの距離を取った。

「もう! お家の中で物騒な事はしないの!」

 「「刃物振り回すお前ェがそれ言うかッ‼︎」」

 伊達に14年も親友をやっていない。

 夫婦漫才かそれ以上のツッコミを二人は行い、「あ、それもそうね!」と萩火を納得させた。

「ま、京ちゃんも起きた事だし四者面談……始めましょうか!」

「四者面談?」

 京次は間抜けそうな声でそう言ったが、何の事を言っているのかは馬琴も全く分からなかった。

「まず先客で、京ちゃんのお父様が吉原で遊んでいた事を私とお母様、お父様とで話し合いをしたんだけど……」

 居間には破壊されたちゃぶ台に風穴が空いた桐箪笥たんす、それに荒らされた居間の姿があり、光景は正しく戦場そのものだった。

 そのちゃぶ台の上座には、京次に幸薄い印象を加えた様な見た目の男性……京次の父がおり、顔面に引っ掻き傷とジャ○アンに殴られた様に顔面が凹んでいた状態で正座をしていた。

 そして、般若面を被っているのかと見間違う程の形相で座を正している母が居た。

「……た……たでェま……京次」

「お、おう……おかえり……地獄から……」

「つまらない洒落は言わないで座りなさい、京次」

 母は日常生活で使う江戸弁を封印し、京次に座るよう促した。

 渋々と、京次はその誘いに乗る……もとい、従った。

(に……人間メザシにされちまう……!)

 さっき馬琴が食べていたメザシを京次は思い出す。

 それは馬琴も同様であった。

「あ、いっけねェ! もう20時回ってらァ! じゃ、俺ァ算盤そろばん塾に--」

「あらァ? 算盤なんてやってないでしょう? お母様にお電話入れといたから、今日はここで泊まりなさいな」

(に……人間メザシにされちまう……!)

 五者面談が、開始する——。



「どうぞ、粗茶ですけど」

「わァ、ありがとうございます~! 加古川から式神使って来たから喉乾いてたの~!」

 京次の母はヒビの入った湯呑みに入った薄い茶を萩火に提供した。

 爆速で萩火は手を伸ばし、ビールでも飲むかの様にグビグビと飲み干し、「プッハ~! もう一杯‼︎」とおかわりを催促した。

 ちなみにしっかりお茶は熱湯で淹れたものである。

 三人がまず思ったのは、『胡散臭過ぎる』と言う点だ。

(よく思えば、どうして家に入れたのかしら? 鍵は窓も含めて掛かってたし、壊して入られた形跡も見当たらなかったんだけど……)

風呂屋ソープから帰った時に逆ナンされたらこの有様でィ……そう言や、あの姉ちゃん一緒にこの家に来た筈なのに、どうして母ちゃんの隣に居たんだ? もしかして、京一と京次よろしく双子……?)

(かァ~、良い女だねェい! 乳もタッパもケツも数億は下らねェ。体が目当てだってんだ……ワンナイトってのも悪かねェな……!)

(帰りてェ……けど、ここで聞いとかねェと駄目な気もすんなァ……あいつァ一体いってェ、何もんでェ?)

 無論、京次以外がである。

「じゃあ、改めて自己紹介。九字萩火。日本どころか世界一の大々呪術師の一人で、つい最近はエジプトでツタンカーメンを騙る大悪霊を祓った実績あるピッチピチの27歳のお姉さんよ! 勿論、祓った時の得物は長巻これね‼︎」

 深刻そうな空気の中、太陽の光よりも温かいオーラを持ち合わせた萩火が先に口を開いた。

 「どこから長巻それを出したんだ長巻それを」と京次以外が質問したいのは山々だったが、続けて萩火は話を続けた。

「もう一度聞くけど京ちゃん、今まで女性に関しては選ばなければ何人でも彼女は作り放題だったんじゃないのかしら?」

「お前ェよォ、年下だからって初対面のこいつにそんな--」

「俺の質問だ。黙っとけ女男」

「もう知らねェッ‼︎」

 話の腰を折った馬琴が客観的に見れば悪い筈であるが、何故か右頬に平手打ちされた京次の方が悪いように見える何とも不思議な事が起きた。

 続けて京次は「いてて……」と呟きながら話を続けた。

「さっきも言ったのですけど、何故か私が好きになる人物程私を嫌って相手にしてもらえないんですよ。代わりにそうでもない女にはとても好かれるのですが、迷惑な話ですよね?」

「もしかして、それって5歳ぐらいから発現した感じ?」

「……どーなの、母ちゃん?」

「あんたの誕生日が過ぎてすぐよ。突然女子高生があんたのとこに寄って来て、求婚して来たから迷惑な話だったわ……それに嫉妬してたこの人を殴った時の爽快感は忘れもしないわね……」

 京次の母は柔和な顔貌から一変し、再度般若面を被ったかの様な形相へと一瞬だけ変貌した。

 その速度は0.5秒。

 見る見ると京次の父の存在感は胡麻以下となった。

「京ちゃん、それは貴方の御先祖様が自ら懇願してかかった呪詛……呪いのせいなの」

「呪いだァ?」

 素っ頓狂な萩火の主張に、京次は一切信用しなかった。

 1970年代。

 当時はノストラダムスの予言やツチノコ、口裂け女と言ったオカルトがブームを湧き起こし、様々なメディアやカルチャーで引っ張りだこの時代だった。

 1985年の京次等の居る時代でもオカルトブームはあるにはあったが、既に10数年程経過して居る事もあり、信じる者は少数派マイノリティとなった。

 この場に居た誰もが思っていた。

「『呪いなんて存在しない』って?」

「「「「⁉︎」」」」

 誰もが萩火が思った事を口に出す筈が無いと。

「へ、んなモン信じてねェ奴が多数派だから言い当てれただけでィ。まだ呪術師なんて大嘘かくみてェなら……泣くまで殴って追い出すしかあるめェよ」

「そんな怖い顔しながら指ポキポキ鳴らさないでよちゃん。現にそう言う仮説じゃないと説明が付かないでしょ?」

「だからそいつァ、こいつの醜悪さが目立つからまともな奴が近づかねェだけでィ! こいつの変態性舐めんなよ‼︎」

「……お前ェ、俺の事そー思ってたの?」

 「うるせェ! 今そんな事ァどうでも——」と言いかけたタイミングで、ふと馬琴は疑問を抱く。

(いつ、俺の名前を知ったんだ⁉︎)

 1呪から現在の文を注視すればお分かりだろう。

 馬琴の名を口にしたのはその場に萩火が居ない時に発したのである。

 盗聴だろうか?

 いや、忍び上がるにはあの派手な見た目や身長を誤魔化す必要があるし、見慣れない人物が吉原を歩けば一瞬で田舎の情報網の様にすぐ田造家に行き届く筈だ。

 つまり、萩火は本当に呪術を使い馬琴の名を看破したのだ。

「あれ、でも何かおかしいわね? 名前が——」

『そこまで辿るのは無粋だぞ萩火。何でも調べ、俺を使うのは悪い癖だ』

 突如、五人しか居ない居間で低い男の声が聞こえて来た。

「な、何なんだいこの声……!」

「ひや~! 南無妙法令下行南無妙法令下行……!」

「落ち着け年長者だろ! 馬琴! さっさと疑ったの謝ってやれ! 俺も謝るから——」

 馬琴に謝るよう説得に入った京次であったが、ある事を忘れていた事を思い出した。

 それは——。

「お化け……⁉︎」

 顔面蒼白で魂が抜けた馬琴の姿……馬琴は、オカルトが大の苦手である。

「こんの口だけ男がァァッ‼︎」

 そんな事は知らぬと言わんばかりに、萩火は今度は呪いの言葉を唱え始めた。

「『我が血脈を奉る。我、播磨にて怨敵を罰すると誓い、異郷の神々への降伏と使役を決す。誓いは鎖の様に硬く、縄の様に錆びる事なく魔を結び、十二天を凌駕せし数により、獄よりその魔を解放す——』」

 萩火はそれを唱えると、居間の天井から赤い稲妻をちゃぶ台の上に落とし、轟音と共に京次の家を中心に半径1キロに渡って大規模な停電を発生させた。

 そして、土埃と煙に包まれた居間にはちゃぶ台の上で白人男性と思しき外国人が横になって居た。

 185センチの身長を持つ彼は黒い喪服の下に赤いワイシャツを着込み、真紅のネクタイを締めている眼鏡を掛けた50代の様な見た目であり、俳優で例えると、ポール・ニューマンの様な渋みのある御仁であった。

 何より、彼の緑の瞳はあらゆる者を引き込ませる様な魅惑を放っており、如何なる秘密ですら解き明かしそうな説得力を孕んでいた。

 このあり得ない状況で正気にいられている京次だけが、萩火が次に口にした言葉をしっかりと聞き入れた。

「紹介するわね。この人を4人ぐらい殺してそうな見た目な外国人こそ、私の使い魔! 名前は『アガリアレプト』よ‼︎」

「坊主、驚かせて悪いな。アガリアレプトだ。役職は司令官で地獄では6番目に偉いとでも覚えといてくれ。特技は『あらゆる機密を暴く』。この埴輪はにわみたいに固まってる奴の名前を萩火が知っていたのも俺の能力ちからによるものだ。まあ、仲良くしてやってくれ」

「本題だけどね京ちゃん、私の目的はただ一つ。貴方にこびり付いた呪いを解いて、『田造家のお家が末代まで続きますように』ってするのが役目なの!」

 萩火は茶色い瞳をキラキラと輝かせ、風で棚引かせる長い赤髪を、赤い稲妻がほとばしるこの部屋で最終宣告を行う——。

「誓うわ! 貴方のその『契交けいこうの呪詛』を解くまで、私は絶対貴方を見捨てずに貴方を護り続けるわ‼︎」

 これが、西洋の悪魔の軍団『赤き竜』を率いた大呪術師・九字萩火と主人公・京次の数奇で奇怪な最初の出会いである——。





『……あながち間違いじゃないみたいだな』

 パイロット・京次はこの一部始終を紫電・改の無線機で一人聞いていた。

 事実は小説よりも奇なりである——。
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