呪い愛 -4人の女に魅せられて-

湯田光秀

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11呪 お経は中華屋のメニューを見て唱えろ

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「なんとも、ありがたくも迷惑な呪いね……」

「……さっきまでケツ揉んでた奴が迷惑とか分かんだねェ」

 ギョッとした顔で驚いた美栗は、色を振る目からノミを見る目へと変え、蔑む様に京次を見下し始めた。

 しかし、それに負けじとジト目で京次も蔑む様に美栗を見詰め返した。

「つゥかよォ、そんなに饒舌ってんなら普通に話し掛けりゃァ良いじゃねェか。俺を利用しなくても出来んだろ。一体どォして俺を使ったんでェ?」

 どんなに卑屈であろうと、ここまでの対応が出来るのなら初対面の人間であろうと良好な関係が築ける筈だと京次は思った。

 すると、その事を指摘された美栗は何故か両人差し指をモジモジも突き、恥ずかしそうな仕草を見せてきた。

「な、何でェ……気持ちわりィ……」

「いや……だから……その……」

 この行動を取る美栗に、京次は警戒していた。

 当然である。

 散々、狙っていた女の前で唾をかける様な行為をするはおろか、教室内で男子生徒全員に憎まれる行動を加担された身である彼が警戒しない筈も無い。

 京次にとって、美栗は容姿がんたいも相まって狡猾な女海賊にしか見えないでいた。

 美栗は顔を赤く染め、はっきりとした言葉で京次の問いに答えた。

「私から話し掛けたら下賤なアバズレだと思われるでしょーが‼︎」

「もォ下賤100%の女海賊アバズレだろうがァッ‼︎」

 奇天烈過ぎる美栗の返答に、京次は秒でツッコミをした。

「一端に世間体気にしやがって馬鹿言ってんじゃねェぞ! もォ既にアバズレの樽から黒ひげ危機一髪しちゃってんじゃねェか! その樽のバネの力で既に月まで到達してんだろうがベラボウめ‼︎」

「ちょ、どっからどう見ても淑女レディでしょ! あんたバカァ⁉︎」

 その馬鹿と言う単語に、京次は過敏反応を示す——。

「バババ……馬鹿っつゥ方が馬鹿なんでェ! お前ェ5教科幾つでェ⁉︎ 俺ァ合計71でェ‼︎」

 馬鹿じじつだからである。

「490点」

「はい、ごめんなさい。すみませんでした」

「よろしい」

 電光石火が如く速度でクイック土下座を京次が行うと、美栗は勝ち誇ったかの様な態度で京次の事を見下し、左足で軽く後頭部をグリグリと踏みなぶった。

 新品同様の美栗びじょのシューズだと言え、中々の屈辱である。

 しかし、京次は自身の頭の弱さを胸中で恨みつつ、美栗の行為に目を瞑った。

(見てろよ糞尼……いつかお前ェを襲った暁には、ヒーヒー言わせて下半身に痙攣起こさせてやらァ……!)

 未来の美栗へ与える屈辱に比せば、これぐらいの屈辱は些事であるからである。

「そうすると、彼女かその他の運命の人と交わらない限りは呪いは解けないって事なの?」

 美栗は京次の踏み嬲りを解くと、呪いの本質を問い掛けた。

「あァ。しかもだ、一人は呪詛殺しっつゥ呪いが効かない奴が居るみてェでよォ。何でもそいつァ先天的に身体的な特徴があるみてェなんでェ」

 いつの日か、萩火に歴史上の呪詛殺しについて教えてもらった事を思い出す——。

『豊臣秀吉はね、生まれた頃から右手親指が1本多く生まれてきて、晩年になってからはその指を脇差で切り落とした事で敵方の呪術師によって呪殺されたの。それだけ、呪詛殺しの力は強力且つ脆いものなのよ』

(片目が潰れてんじゃァ、絶対ェに俺には好意を持つ事は無ェか……)

 京次は何とも言えない絶望を覚えると、深い溜息をつき、自身の置かれている状況を今しっかりと認知する。

 その名残惜しい柔肌を再度味わう様に、京次は絹の織物に触れるよう、優しく美栗に温かい抱擁をした。

「誰が触って良いって言ったのよスケベ!」

 無論、ぼこられた。





 強く槍の様に降り注ぐ春雨によって、窓から臨むグラウンドはぬかるみの海となっていた。

 京次は美栗とは別れ、教室へと戻った時には、既に1時間目の授業が始まっており、板書をしている赤福は誰が見ても分かる程に激怒をしている。

 だが、京次はとてもがんばってるえらい男でェ。

 とてもすごくてかっこいい男の子なので、かわいそうなブッサイクの顔面を持つ赤福は、4月の風をまとわせた美男子・京次を許すことに——。

「地の文を改変するな‼︎」

 地の文の改変を作者の代わりに阻止した赤福は、すかさず教卓をドンッと強く叩き、怒りの矛先を変える事は無かった。

「田造ィ‼︎」

 突然、赤福は放たれた矢を超える速度で、左手で持っていた白チョークをバトル漫画の1コマで出てきそうな様子で放り投げ、教室の前の引き戸を開いた京次の眉間に命中させた。

 放たれた白チョークは額で爆ぜると、石灰の霧となり、京次の顔に軽い煙幕が襲った。

 しかし、京次はそれをものともせず、右手で石灰の煙幕をどかす様に払うと、学ランの左ポケットから背の高い肉厚のベーゴマ……タカ王ベーを取り出し、悪鬼羅刹が如き形相の笑顔で迎撃する事を決める。

 京次はそれを右手に持ち変え、アンダースローから繰り出されたタカ王は赤福が放り投げた白チョークと同様の速度で赤福の鼻頭に向かい、赤福の鼻をめり込ませた。

 喰らった赤福は、目をグルグルと渦を巻きながら無様に後ろから倒れ、京次は全てのチョークを小型の鉛筆削りで粉にすると、返却し忘れた大介のアルミの筆箱にそれを入れ、鉛筆3本を突き刺した。

 京次はヤンキー座りをし、目を瞑り両手を合わせると、倒れた赤福を喪に服す仕草を始め、それを面白がった男子生徒の一部は京次に合わせ、たらな経文を唱え始めた。

「享年54歳。初めて会った時はうざってェと思ってたけど、今でもしっかりうざってェと思っていやす。戒名は、少年院女装強要信士しょうねんいんじょそうきょうようしんじでェ」

「葱叉焼麺多背脂大餃子炒飯大盛……」

 男子生徒が経文をそらんじる中、突然京次の後頭部に疼痛が走った。

 試しに京次は後頭部を右手で摩ると、後頭部には血塗れの三角定規が突き刺さっており、ゆっくりと背後を向いてみると小豆が仁王立ちしていた。

「馬琴さんが早退したので、今日は私が貴方を監視する事にしました。良いですね?」

「良いですけど……出来ればこの三角定規抜いてくれやせんかねェ……そろそろ視界真っ白100%になんだけど……」

「そしたら私、不機嫌ムカつき100%なんですけど‼︎」

 その時、一人の男子生徒が京次の前に現れた。

 その男子生徒は好奇の目で京次を見詰め、京次は取り敢えず右足でその男子生徒の顔面を蹴飛ばした。

「まだ何も言ってないだろ……!」

「じゃァ何言おうとしてたんでェ?」

 そう京次が言うと、男子生徒はニマニマと気色の悪い笑顔を作り、京次の背中を強く叩き、口を開いた。

「お前、美栗ちゃんとどこまで進んだんだ⁉︎」

「いや、スタートラインすら引いてねェ段階でェ」

「嘘吐くなって! あの後ら大介がこっそりお前等の後を尾行ついてったんだぜ! そろそろ白状しろよ~!」

「大介、後でボッコな」

「ごめんて」

 数学の時間から強制的に自習に作り上げた京次は、からかいに来た男子生徒を一瞬の内に麻紐縛り上げると、京次はその場から離れ、後ろの方にある自席へと着席した。

 そして、鞄から風呂敷で包まれた大きな正方形の物をを取り出し、喜びながら閉じた口から舌先を出しながら机に置いた。

「本当、お前って隠れずにやるよな。内申とか怖くねェの?」

「あたぼうよ。それが怖くて、江戸っ子やってられっかってんだ」

「いや、それ江戸っ子関係無いだろ?」

 そんな事はいざ知らずと言わんばかりに風呂敷を開くと、底が浅く大きなアルミの弁当箱2つが姿を現した。

 その中の上段の弁当を開けると、弁当箱の6割が白飯で占めており、残る4割がおかずと、極々一般的な構成であった。

 京次は白飯の上に載った大きな梅干しを嫌々箸で摘むと、すぐに口の中に放り込み、僅かに噛んで種だけ取り出すと、ろくに咀嚼する事無く食道に通した。

 口直しをするかの様に、綺麗に焼かれた甘い卵焼きを口に入れると、隣の塩っ辛い焼き鮭にも箸を伸ばした。

 甘味を食い、塩を食う。

 それを元に白飯を掻き込み、また甘味を食う。

 京次はこの繰り返しを、『幸せのメリーゴーランド』と陰で呼んでいる。

「何見てんでェ?」

 その光景を奇妙に見ていた小豆に疑問に思い、京次は質問した。

「話し掛けないでって言いましたよね?」

「話し掛けるもなにも、さっき俺に話し掛けたじゃねェか」

「それは私からなので問題無いです」

「何でェそりゃ」

 理不尽な小豆の基準を聞き流し、京次は美味そうに弁当を食べるのを再開した。

 次に大豆とニンジンが入った味の濃いヒジキを食べようとした時、再度小豆からの視線を感じた。

「……もしかして、小豆ちゃん食べてェの?」

「そ、そうではありません!」

「まァ、気持ちは分かるぜ。だって小豆ちゃん、昼休みになると重箱2段の弁当食ってんだもんなァ。おかずが鴨のコンフィとかローストビーフとかの弁当なんて初めて見たぜ。しかもブロック肉でよゥ」

「ああああれはですね⁉︎ お手伝いの彌田が間違えて持たせただけで——」

「の割にゃ、滅茶苦茶美味そうに頬張って完食してたじゃねェかィ」

「残したら失礼でしょ!」

「完食にも限度があんだろィ」

 ぐぬぬと小豆は反論をしたくても出来ない状況に持ち込まれ、京次の言葉を受け入れるしかなかった。

 口論に勝った京次は食事を続ける。

 京次は好物を最後に食べる人間だ。

 その最後の卵焼きを一つ口にしようとした時、再度小豆からの視線を京次は感じ、卵焼きを摘んだ箸を小豆に見せびらかす様に向けた。

「卵焼き、好きなの?」

 京次がそう質問すると、その言葉に何故か小豆は暗い顔になった。

 気まずい沈黙の中、「この事を訊くのは野暮か」と感じた京次は摘んだ卵焼きを食べようとした。

 しかし、その沈黙を小豆は破った。

「……私、母からお弁当を作ってもらった事がないんです。小中学生の頃から病院食ばかりで、お弁当と言う物が珍しく、皆さんが食べているのを見てるのが好きなんです」

「……やけに卵焼きにご執心だった様な気がすんねェ」

「卵焼きはその中でも特別なんですよ。ほら、ご家庭によって味が違うって言うでしょう? 病院で食べた卵焼きは出汁の効いた関西風の卵焼きが出てたんですよ。私の母は作ってくれる機会なんて無かったから……どんな卵焼きを作るのかを想像してみてみたんですよ……」

 その話を聞いてふと、京次は今まで小豆の弁当に卵焼きだけが無い事を思い出した。

 絢爛豪華で手間暇掛けた至上のおかずこそあれど、素朴で且つ手間もそれ程掛からないおかずを小豆が食べている姿を京次は見た事が無かった。

 卵焼きを箸で摘んだまま、京次は口を蛸の口の様に尖らせると何かを思い悩んだ。

 そして、何かを決心したかの様に小豆の目の前に卵焼きを目の前に突き付けた。

「な、何ですか?」

「そんなに食べてェならやるよ」

「! いや、いいですよ……」

 とは言うものの、小豆は京次の母手製の黒い焦げが全く付いていない美しい卵焼きをジーと見詰め、虜になっていたのを京次は知っている。

 無論、京次は純粋な善意なんてある筈が無い。

 彼は、邪念の天秤をかけた。

「その代わりと言っちゃ何だがよォ——」

「ん、この卵焼き美味しいわね。あんた、良い嫁になるわよ」

 その時、突如ぷっくりと膨らんだ色っぽい唇を持った女子生徒が、京次が箸で摘んでいた卵焼きを食べた。

 右目に梵字の眼帯を付けていた美女……美栗であった。

 京次の卵焼きを口にした美栗に、小豆は呆然とし、表情筋が死んだのかと思わせる様な無表情となり、直後に額に青筋を浮かばせ、顔を赤く染めた。

 卵焼きを食べられた京次もまた、血管を額に電車の路線図が如く浮かばせながら、美栗に怒りの矛先を突き付けた。

「お前ェ! 何俺の卵焼きを食ってんでェ⁉︎ 後、どォしてここに⁉︎」

「あんたがブラブラと卵焼きそれを見せびらかしてたから食べてあげたんでしょうよ。教室入ったのはチャイム修理中で鳴らないから、時間になったから遊びに来ただけよ」

「ご説明どォもありがとォ‼︎ そんでェ‼︎ こりゃァそこの食いしん坊娘に食わせようとしてたモンでェ! 勝手に食われちゃァ困んだよなァ‼︎」

「何、さっきはあんなに熱いキスをしたってのに、間接キスぐらいで顔真っ赤にしてる訳? どんだけウブなのよあんた」

「「「ホットあつい接吻キス⁉︎」」」

 美栗の一言により、小豆とそれ以外の教室内に居た全ての生徒は一斉に驚きのあまり怒号にも似た大声を上げると、再び京次と美栗に注目が集まる。

 最早、卵焼きをダシにして取引をする事は出来ないと京次は判断すると、目にも止まらぬ速さで両手を床に揃え、同時に額を床に付けた格式高い謝罪の体勢……土下座を小豆に行った。

「大変申し訳ございませんでした……でもキスはしてなくてですねェ——」

 しかし、この後の行為いいわけ火に油を注ぐ山火事にナパーム弾事になった。

「熱い抱擁はどう言う御説明を? 貴方、先程『私とでないと駄目』だと仰っていましたよね……?」

「そりゃ、あんだけのダイナマイトボンキュブォンなナイスバディな姉ちゃん見りゃ抱き合いたくも——」

 その直後、京次の右頬から乾いた音が鳴り響いた。

 音と同時に顎はグワンと揺れ、脳しんとうを引き起こした京次の視界に映ったものは、爆速で飛んで来た小豆のしょうであった。

 揺れ動き微睡む視界で映った小豆の表情は、怒りに染まっていたが、どこか、悲しげな空気を孕ませていた。





 時刻は11時55分となり、昼休みが始まった。

 生徒一人一人が弁当を見せ合い、教師達の目から離れている中で会談を楽しめる貴重な時間であり、柄の悪い男子生徒は屋上に行って仲間と煙草を濡らさぬようひさしに隠れて吸いながら食したり、女子は和気あいあいと数人で恋バナを楽しむ中、小豆だけは一人自席で2段の漆塗りの重箱を凝視していた。

 小豆に友達が居ない訳ではなかった。

 しかし、彼女は食事に誘う勇気を出せず、いつも決まって3分程は食べずに眺めるのが日課であった。

 馬琴が教室に居る時は、馬琴と京次とで弁当を食べるのだが、生憎馬琴は早退し、京次とはあの大立ち回りをしている以上、京次と共に食べるのは抵抗があった。

 小豆は重箱を開けると、上段には伊勢海老の塩茹で、厚切りのローストビーフ、すずきのポワレ、はもと百合根のしんじょ、イベリコ豚のブロックの焼豚、タルタルソースを使って作った山盛りポテトサラダ和洋中全てが揃ったスタメンが揃っており、下段には重箱ギッシリに詰めた五目炒飯が入っていた。

 浮かない顔をしながら小豆は溜色に塗られた箸でしんじょを食べようとすると、右の空いた席にある人物が着席した。

「あの時はごめんね。あんなに美味しそうな卵焼きブラつかせたもんだからつい……ね?」

 眼帯を付けた美女……美栗であった。

「構いませんよ。気にしていませんので」

 はっきり言って、小豆は美栗が嫌いである。

 初めて見た彼女は常に自分の我を持ち、友人が出来ないと嘆きながらも社交的に振る舞う姿を羨んで憧れを僅かに持っていたのだが、これまでの蛮行と淫靡な振る舞いを多々目撃せいもあって、小豆の美栗に対する評価は完全に地に落ちている。

「ひょっとして、あんた一人で食べてるの? 友達居ないの?」

 何故余計な一言ばかり言うのかと小豆は思ったが、苛立ちを殺し慈悲深い笑顔を美栗に向ける。

「いつもは馬琴さんと言うと食べるのですが、今日は早退なさったようなので一人で食べているのですよ」

「そうなの? じゃあ私と食べない? 教室あっちじゃ誰も寄り付かないからつまらなくてさ」

 美栗は淡い茶色のとうかごのサンドイッチケースを取り出し、蓋を開けると色とりどりの野菜と3種のチーズ、そしてベーコンが挟んであるサンドイッチ3つにサニーレタスのサラダが入っていた。

 小豆はそれを見ると、生唾をゴクリと喉を鳴らしながら飲み込み、その光景を見た美栗はサンドイッチを1つ、小豆に右手で手渡した。

「良いんですか⁉︎」

「食べたそうだったからね。その代わり、あんたのそのポワレを一切れ頂戴。美味しそうだから味見したいわ」

「是非!」

 前言撤回する様に、小豆はひちきれんばかりの笑顔で鱸のポワレを美栗に箸で渡すと、貰ったサンドイッチを両手で持ち、大きな口で頬張った。

 香り高いチーズの匂いとベーコンの焦げた香味が鼻腔に広がり、新鮮なトマトの味とレタスの食感が口腔内を小豆をたのしませ、マヨネーズとケチャップを合わせたオーロラソースと、隠し味のからの香りが後を引く味わいとなっており、食道に流した直後の小豆は幸せそうな表情をしていた。

 その幸せそうな表情を、一人の男子生徒がぶち壊した。

「小豆ちゅわァ~ん! 俺と一緒に弁当食べない?」

「食べない。貴方とは」

 ばかたれである。

 ばかたれは緩み切った顔で小豆の左の席に着席し食事に誘ってはみたが、小豆に倒置法を用いた否定文でいなされると、渋々2つ目の弁当を食べ始めようとした。

 すると、その光景を見ていた美栗はある事に気付いた。

「あれ? あの卵焼き、まだあったの?」

 その言葉に、小豆は稲妻よりも速い速度で反応した。

 先程の弁当と同様の構成をしており、白飯の上に乗った梅干しに、副菜の大豆とニンジンが入ったヒジキ、主菜の焼き鮭と焦げ目が一つも無い卵焼きが詰められていた。

 京次は、おもむろに卵焼きを一本、右手で持っていた箸で摘むと、小豆の目の前に突き付けた。

「遅弁用にも卵焼きは絶対ェでェ。てな訳で小豆ちゃん、これ」

 先程の緩み切った表情から一変し、京次はぶっきらぼうな表情で小豆の炒飯が詰まった重箱にソッと置くと、そのまま我関せずの勢いで弁当箱にがっついた。

 その姿には邪念も何も感じられず、小豆を暴行や態度を責める事無く、ただひたすらに弁当を掻き込んだ。

 小豆は京次から貰った卵焼きを一口大の大きさにフルフルと震えながら箸で切り分けると、それを摘み、艶っぽい口に運んだ。

 口に入れた卵焼きは鰹出汁の旨味を感じたが、何より上白糖特有の甘さが口の中で勝り、その塩味と旨味が卵と上白糖の甘味を引き立たせたとても美味な物であった。

「どォでェ? 美味ェかィ?」

「……はい、とても」

 口にした小豆は、今まで張り詰めていた緊張の糸を緩め、元の笑顔が良く似合う美少女の微笑む表情へと変えた。

「あの、先程は——」

「——俺ァ、江戸っ子だからなァ。過ぎた事ァ覚えねェんでェ。で、何か言ったかィ?」

「……いいえ、何でも無いですよ。ありがとうございます」

 意地悪そうに京次は小豆に微笑みながら掻き込むのを止めると、小豆は何かを察したのか静かに感謝の言葉を述べた。

「それじゃあ私も食べるとしますか」

 小豆、京次、そして美栗が揃って弁当を頬張り始めると、教室の窓からは一筋の虹が掛かっていた。

 多くの教室内に居た生徒達は男女を問わず、一斉に虹に向かって指を指したり、話の主題をそれに変えたりしたのだが、この3人だけは決して弁当からは目を離さずに黙々と頬張るのを止めはしなかった。

 グラウンドの泥濘は、徐々に固まりの兆しを見せていた。
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