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第二幕 女たちの饗宴
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息苦しさに、ミランは目を覚ました。
口に、がっちりと猿轡がかまされている。
「!」
両腕は、背後で縛られていた。両足も同様に縄で拘束されている。
「ンンっ!?」
ミランは床の上で、もがいた。
床の上?
ベッドで眠っていたはずなのに。
ここはどこだ。
宿の部屋ではない。ベッドも窓もない。
そもそも、いったい自分の身の上に何が起きたのか。
混乱し、もがくミランの前に、人影が立ちはだかった。
「やっとこさ起きたと思ったら……随分騒がしい男だね」
見上げた視界に映ったのは、髪の短い、若い女だった。
「ンン……ンンン!?」
「何を言ってんだか、ちっとも判りゃしない」
女がおどけるように、肩を竦める。
隣で、男の下卑た笑い声が聞こえた。仲間のようだ。
堅気の人間でないことは、その風貌や、腰に佩いた曲刀を見ても明らかだった。
「まあ、慌てなさんな」
女が勝ち誇った目で、ミランを見下ろしながら言った。
拉致されたのか。
とにかく、まずは冷静にならなければならない。
記憶を辿る。
屋台で昼食を終え、安宿を取った。
それから再び街に出て、旅に必要な物資を補充し……あれこれしている間に日が落ちたので、宿でセカイと夕食を摂った。
宿の主に地酒を貰ったので、それを片手に部屋で寛いでいたら、急激な睡魔に襲われベッドに倒れ込んだ。
そして目が覚めると、この有り様だ。
「あの地酒か」
状況から鑑みて、まず間違いない。あの酒に睡眠薬のようなものを盛られたのだ。だとしたら、宿の主も共犯ということになる。
完全に油断してしまった。宿代をケチったのが仇になったか。しかし、言い訳するつもりはないが、そんなに治安の悪い地域ではなかったはずだ。
ミランは女を観察した。
決して美しくはないが、愛嬌のある顔立ちだった。ただその目はすれていて、彼女の生きてきた環境を如実に表している。
昼間、セカイが言っていた視線とやらは、あるいはこれだったのか。
……お嬢様!?
肝心なことを思いだして、ミランの顔は真っ青になった。
「おはよう」
すぐ側で、セカイの声がした。やはり手足を縛られていたが、猿轡は免除されている。
無事を確認でき、ひとまずミランは安堵した。
「おとなしくしてるってんなら、猿轡くらいは外してやってもいいよ。あたいも、そういう趣味はないからね」
女が鼻で笑った。
ミランは女を睨みつけたが、諦めて首を縦に振った。
女がミランの猿轡を外す。ミランは息を吐く。
「……私たちをどうするつもりだ」
「おとなしくしてろって言っただろ」
女が爪先でミランの腹を蹴り上げた。
「がっ……」
内臓に直接、衝撃が走った。
ミランは思わず、体を丸めた。
「こっちのお嬢ちゃんとは、えらい違いだね。あんた、そんなんじゃ長生きできないよ」
女が唾を吐く。それがミランの頬に、ぴしゃりと落ちる。
「あんたを生かすも殺すも、あたい次第だってこと、忘れんじゃないね」
ミランは、苦々しげに顔を背けた。
「そうそう。あんたの竜剣は、こっちで預かってるから」
「なっ!?」
確かに、腰のベルトにあるはずの竜剣がない。
「ばれてないとでも思ってたのかい?」
「くそ……」
ミランは唇を噛みしめた。
「いいザマだねえ」
女がミランの顎に手を掛けた。もう片方の手で、ミランの鼻を摘む。
驚く間もなく、唇に、女の唇が押しつけられた。
「!」
息が詰まる。
女の唾液が、口中に侵入する。
呼吸ができない。ミランはもがいた。
女が、口と鼻を解放した。
「ぶはっ!」
うつ伏せになって、ミランは咳き込んだ。
涙と、唾液が床に垂れた。
女の唾液は、歪つに甘かった。
「竜剣使いなんて、竜剣がなきゃ、女を満足させることもできやしない」
「おまえは……」
戸がノックされ、別の男が入ってきた。
「連れてこいってさ。俺が行くかい、姐さん」
「あたいが連れてくよ。どうも、あのババアは信用できない」
女が、初めから部屋にいた男と、今しがた入ってきた男に小声で指示を与える。ミランの処遇について話しているようだ。
「それじゃ行こうか、お嬢ちゃん」
女が、セカイの足の縄を解いた。
「お嬢様をどこへ連れていく気だ」
ミランが噛みつかんばかりの形相で、女を睨みつける。
「さあね。どんな所だろうねえ」
女は涼しい顔でとぼけると、セカイの体を支え、立ち上がらせた。
「ありがとう」
「え…ああ、どういたしまして……?」
女は面食らった。
まさか、人質に礼を言われるとは思わなかった。確かに、乱暴な扱いは避けるよう指示を受けていたから、多少気を遣ってはいたが。
「お嬢ちゃん、変わってんな」
そういえばこの少女……目覚めて、自分の置かれた状況を把握しても、動揺ひとつ見せなかった。
こんな年端もいかない少女なら、普通はパニックになって騒いだり泣き叫んだりするものだが。
「早く行きましょ」
「ああ……」
自分の置かれた状況を理解しているのだろうか。何だか、こちらの調子が狂う。
連れの男の方は、いかにもからかい甲斐がありそうなのに。
「まっ、いいや。帰ってきたら、たっぷり遊んであげるからね。坊や」
女は戸惑いながらも、セカイを連れて部屋を出ていった。
「ふざけたことを……」
そのからかい甲斐がありそうなミランは、悔しげに舌打ちした。
部屋に残った二人の男が、カードと水煙草に興じ始める。
時々ミランの様子を窺っているが、あまり仕事熱心な様子ではない。どうせ何もできないと、高を括っているのだろう。
ミランは背中を反らすと、縛られたままの後ろ手で、踵の辺りをまさぐった。
そして、潜ませておいた隠しナイフを、器用に引き抜いた。
口に、がっちりと猿轡がかまされている。
「!」
両腕は、背後で縛られていた。両足も同様に縄で拘束されている。
「ンンっ!?」
ミランは床の上で、もがいた。
床の上?
ベッドで眠っていたはずなのに。
ここはどこだ。
宿の部屋ではない。ベッドも窓もない。
そもそも、いったい自分の身の上に何が起きたのか。
混乱し、もがくミランの前に、人影が立ちはだかった。
「やっとこさ起きたと思ったら……随分騒がしい男だね」
見上げた視界に映ったのは、髪の短い、若い女だった。
「ンン……ンンン!?」
「何を言ってんだか、ちっとも判りゃしない」
女がおどけるように、肩を竦める。
隣で、男の下卑た笑い声が聞こえた。仲間のようだ。
堅気の人間でないことは、その風貌や、腰に佩いた曲刀を見ても明らかだった。
「まあ、慌てなさんな」
女が勝ち誇った目で、ミランを見下ろしながら言った。
拉致されたのか。
とにかく、まずは冷静にならなければならない。
記憶を辿る。
屋台で昼食を終え、安宿を取った。
それから再び街に出て、旅に必要な物資を補充し……あれこれしている間に日が落ちたので、宿でセカイと夕食を摂った。
宿の主に地酒を貰ったので、それを片手に部屋で寛いでいたら、急激な睡魔に襲われベッドに倒れ込んだ。
そして目が覚めると、この有り様だ。
「あの地酒か」
状況から鑑みて、まず間違いない。あの酒に睡眠薬のようなものを盛られたのだ。だとしたら、宿の主も共犯ということになる。
完全に油断してしまった。宿代をケチったのが仇になったか。しかし、言い訳するつもりはないが、そんなに治安の悪い地域ではなかったはずだ。
ミランは女を観察した。
決して美しくはないが、愛嬌のある顔立ちだった。ただその目はすれていて、彼女の生きてきた環境を如実に表している。
昼間、セカイが言っていた視線とやらは、あるいはこれだったのか。
……お嬢様!?
肝心なことを思いだして、ミランの顔は真っ青になった。
「おはよう」
すぐ側で、セカイの声がした。やはり手足を縛られていたが、猿轡は免除されている。
無事を確認でき、ひとまずミランは安堵した。
「おとなしくしてるってんなら、猿轡くらいは外してやってもいいよ。あたいも、そういう趣味はないからね」
女が鼻で笑った。
ミランは女を睨みつけたが、諦めて首を縦に振った。
女がミランの猿轡を外す。ミランは息を吐く。
「……私たちをどうするつもりだ」
「おとなしくしてろって言っただろ」
女が爪先でミランの腹を蹴り上げた。
「がっ……」
内臓に直接、衝撃が走った。
ミランは思わず、体を丸めた。
「こっちのお嬢ちゃんとは、えらい違いだね。あんた、そんなんじゃ長生きできないよ」
女が唾を吐く。それがミランの頬に、ぴしゃりと落ちる。
「あんたを生かすも殺すも、あたい次第だってこと、忘れんじゃないね」
ミランは、苦々しげに顔を背けた。
「そうそう。あんたの竜剣は、こっちで預かってるから」
「なっ!?」
確かに、腰のベルトにあるはずの竜剣がない。
「ばれてないとでも思ってたのかい?」
「くそ……」
ミランは唇を噛みしめた。
「いいザマだねえ」
女がミランの顎に手を掛けた。もう片方の手で、ミランの鼻を摘む。
驚く間もなく、唇に、女の唇が押しつけられた。
「!」
息が詰まる。
女の唾液が、口中に侵入する。
呼吸ができない。ミランはもがいた。
女が、口と鼻を解放した。
「ぶはっ!」
うつ伏せになって、ミランは咳き込んだ。
涙と、唾液が床に垂れた。
女の唾液は、歪つに甘かった。
「竜剣使いなんて、竜剣がなきゃ、女を満足させることもできやしない」
「おまえは……」
戸がノックされ、別の男が入ってきた。
「連れてこいってさ。俺が行くかい、姐さん」
「あたいが連れてくよ。どうも、あのババアは信用できない」
女が、初めから部屋にいた男と、今しがた入ってきた男に小声で指示を与える。ミランの処遇について話しているようだ。
「それじゃ行こうか、お嬢ちゃん」
女が、セカイの足の縄を解いた。
「お嬢様をどこへ連れていく気だ」
ミランが噛みつかんばかりの形相で、女を睨みつける。
「さあね。どんな所だろうねえ」
女は涼しい顔でとぼけると、セカイの体を支え、立ち上がらせた。
「ありがとう」
「え…ああ、どういたしまして……?」
女は面食らった。
まさか、人質に礼を言われるとは思わなかった。確かに、乱暴な扱いは避けるよう指示を受けていたから、多少気を遣ってはいたが。
「お嬢ちゃん、変わってんな」
そういえばこの少女……目覚めて、自分の置かれた状況を把握しても、動揺ひとつ見せなかった。
こんな年端もいかない少女なら、普通はパニックになって騒いだり泣き叫んだりするものだが。
「早く行きましょ」
「ああ……」
自分の置かれた状況を理解しているのだろうか。何だか、こちらの調子が狂う。
連れの男の方は、いかにもからかい甲斐がありそうなのに。
「まっ、いいや。帰ってきたら、たっぷり遊んであげるからね。坊や」
女は戸惑いながらも、セカイを連れて部屋を出ていった。
「ふざけたことを……」
そのからかい甲斐がありそうなミランは、悔しげに舌打ちした。
部屋に残った二人の男が、カードと水煙草に興じ始める。
時々ミランの様子を窺っているが、あまり仕事熱心な様子ではない。どうせ何もできないと、高を括っているのだろう。
ミランは背中を反らすと、縛られたままの後ろ手で、踵の辺りをまさぐった。
そして、潜ませておいた隠しナイフを、器用に引き抜いた。
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