39 / 110
第三幕 酔いの月は標(しるべ)を照らす
10頁
しおりを挟む
「まさか、あの嬢ちゃんが、リベアンの娘だったとはな」
トルファンが、感慨深げに、酒場のなかに目をやった。
すっかり満腹になったセカイが、今度は女たちに頭を撫でられたり、抱き締められたりしている。
「言われてみれば、似てるな」
「そう見えますか」
ミランは苦笑を浮かべる。
「あの戦の後、レイグリオの騎士になったと聞いたが……そうかあ、あいつも逝っちまったかあ」
トルファンの声には、寂しさというより、虚しさのような響きがあった。同じ釜の飯を食ってきた者にだけ許された言葉だった。
「しかも、よりによって、あの魔女に殺られるなんてな。皮肉なもんだ」
「モリバラをご存知なんですか?」
意外な展開に、ミランの酔いはすっかり醒めていた。
トルファンは視線を落とした。
「……グルセンダ戦役には、俺も参戦してたのさ」
グルセンダ国は竜鱗が多く採掘されるため、小さな都市国家にも関わらず、富も独立も保っていた。
だが、その竜鱗を独占しようとした魔女モリバラと、彼の国と同盟関係にあったレイグリオ国が交戦し、灰燼と帰してしまった。
戦で全てを失った幼いミランは、そこでリベアンに拾われたのだ。
「ひどい戦だった。トキヤを救えたのが、俺にとっちゃ、唯一の救いだ」
「えっ!?」
「どうかしたか?」
「……いいえ」
「まあ、あいつもガキだったから、あんまり覚えてないみてえなんだけどよ」
「そうですか……トキヤは、グルセンダ出身なんですか」
「いい娘だろ?」
「ええ」
少しだけ寂しい眼差しを、トルファンは夜空に向けた。
その理由を探ろうとして……ミランは無粋な自分を恥じた。
「でも、ちょっと親バカじゃないですか?」
冗談半分にからかうと、トルファンは照れ笑いを浮かべた。
ミランが微かに覚えているのは、瓦礫の山と化した故郷の有り様だけだった。
炎のなかに消えていった、母の姿だけだった。
「私たちが、魔女を追ってグルセンダに向かってるという話は、トキヤには……」
「言わねえよ。でないと、あいつ、全力でおまえさんたちを引き止めちまうからな」
トルファンに釣られて酒場を見ると、セカイが、とうとうトキヤの肩にもたれて眠っていた。
「大事にしてやれよ」
「はい」
「あの跳ねっ返りが片付いてりゃあ、俺もついてってやれるんだがよ」
「トキヤには、まだまだ、あなたが必要ですよ」
するとトルファンが、わざとらしいほど深い溜め息を吐いた。
「朴念仁も、時に罪だよな」
「はっ?」
「何でもない」
それからまた、酒場に目を向ける。
ドンチャン騒ぎは、まだまだ終わりそうになかった。
トルファンが、感慨深げに、酒場のなかに目をやった。
すっかり満腹になったセカイが、今度は女たちに頭を撫でられたり、抱き締められたりしている。
「言われてみれば、似てるな」
「そう見えますか」
ミランは苦笑を浮かべる。
「あの戦の後、レイグリオの騎士になったと聞いたが……そうかあ、あいつも逝っちまったかあ」
トルファンの声には、寂しさというより、虚しさのような響きがあった。同じ釜の飯を食ってきた者にだけ許された言葉だった。
「しかも、よりによって、あの魔女に殺られるなんてな。皮肉なもんだ」
「モリバラをご存知なんですか?」
意外な展開に、ミランの酔いはすっかり醒めていた。
トルファンは視線を落とした。
「……グルセンダ戦役には、俺も参戦してたのさ」
グルセンダ国は竜鱗が多く採掘されるため、小さな都市国家にも関わらず、富も独立も保っていた。
だが、その竜鱗を独占しようとした魔女モリバラと、彼の国と同盟関係にあったレイグリオ国が交戦し、灰燼と帰してしまった。
戦で全てを失った幼いミランは、そこでリベアンに拾われたのだ。
「ひどい戦だった。トキヤを救えたのが、俺にとっちゃ、唯一の救いだ」
「えっ!?」
「どうかしたか?」
「……いいえ」
「まあ、あいつもガキだったから、あんまり覚えてないみてえなんだけどよ」
「そうですか……トキヤは、グルセンダ出身なんですか」
「いい娘だろ?」
「ええ」
少しだけ寂しい眼差しを、トルファンは夜空に向けた。
その理由を探ろうとして……ミランは無粋な自分を恥じた。
「でも、ちょっと親バカじゃないですか?」
冗談半分にからかうと、トルファンは照れ笑いを浮かべた。
ミランが微かに覚えているのは、瓦礫の山と化した故郷の有り様だけだった。
炎のなかに消えていった、母の姿だけだった。
「私たちが、魔女を追ってグルセンダに向かってるという話は、トキヤには……」
「言わねえよ。でないと、あいつ、全力でおまえさんたちを引き止めちまうからな」
トルファンに釣られて酒場を見ると、セカイが、とうとうトキヤの肩にもたれて眠っていた。
「大事にしてやれよ」
「はい」
「あの跳ねっ返りが片付いてりゃあ、俺もついてってやれるんだがよ」
「トキヤには、まだまだ、あなたが必要ですよ」
するとトルファンが、わざとらしいほど深い溜め息を吐いた。
「朴念仁も、時に罪だよな」
「はっ?」
「何でもない」
それからまた、酒場に目を向ける。
ドンチャン騒ぎは、まだまだ終わりそうになかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる