70 / 110
第六幕 子供の皮を被った羊の物語
5頁
しおりを挟む
郊外にある孤児院に、クラッセとセラコは住んでいた。
もっとも孤児院とは名ばかりで、実際は子供たちだけの寄合所帯である。二人の他に、四人の子供がいた。
女は、年長で十九歳のクラッセ。次に、十三歳のしっかり者フーリー。十歳の泣き虫マキと、四歳のセラコ。
男は、十一歳の腕白レギーと、八歳の甘えん坊ジャミン。
六人は、ここで子供だけの生活を営んでいた。
クラッセの生業は、酒場の女給と、市場の手伝いだった。昼間は子供たちの面倒を見がてら、内職もしているらしい。
睡眠時間は、酒場が閉店してから市場が開くまでの僅かな時間だけだ。
よく音をあげないものだと、セカイは半ば感心し、半ば呆れていた。
「そうでもしないと、暮らしてけないよ」
クラッセは、年に似合わぬ苦笑いを浮かべた。
「貧しい孤児院の面倒見てくれるほど、この町も豊かじゃないからね」
住み処にしても、取り壊し寸前のあばら家を、半ば強引に借りているのだ。
その日その日を何とか食い繋ぐような、かつかつの生活だった。
「ただでさえ、あたしたちは鼻つまみ者だし」
先程の、町の住人たちの反応が、それを如実に表していた。
傭兵を恐れただけなのかもしれないが、誰もクラッセたちに手を差し伸べようとはしなかった。
「やめやめ、こんな話。暗くなっちゃうってば」
クラッセは殊更に明るい声で、話を打ち切った。
少女の泣き声が聞こえてきた。マキだ。
「レギーがわたしの人形取ったぁ!」
「こら、レギー!」
「悔しかったら、取り返してみな!」
マキが大事にしている人形を奪った腕白レギーが、部屋のなかを駆け回る。
クラッセが代わって追いまわすものの、なかなか小回りの利く少年で、その手をちょこまかと掻いくぐる。
「もう、うるさい!」
小難しそうな本を読んでいた十三歳のフーリーが、怒鳴り声をあげる。
平たい石に炭で絵を描いていたジャミンが、不思議そうに二人の追いかけっこを眺めている。
蜂の巣をつついたような騒ぎだ。
ふと、セカイは懐かしさを覚えた。父と過ごした漁村での風景が蘇る。
誰かが右の袖を引いた。
セラコだった。絵本を差しだしてくる。
「読め、というの?」
セラコが頷いた。
絵本を受け取ると、セラコがセカイの膝に乗っかるようにして、頁を覗き込んできた。
セカイは静かな声で、絵本を朗読した。
それは『人間の皮を被った羊の物語』だった。
もっとも孤児院とは名ばかりで、実際は子供たちだけの寄合所帯である。二人の他に、四人の子供がいた。
女は、年長で十九歳のクラッセ。次に、十三歳のしっかり者フーリー。十歳の泣き虫マキと、四歳のセラコ。
男は、十一歳の腕白レギーと、八歳の甘えん坊ジャミン。
六人は、ここで子供だけの生活を営んでいた。
クラッセの生業は、酒場の女給と、市場の手伝いだった。昼間は子供たちの面倒を見がてら、内職もしているらしい。
睡眠時間は、酒場が閉店してから市場が開くまでの僅かな時間だけだ。
よく音をあげないものだと、セカイは半ば感心し、半ば呆れていた。
「そうでもしないと、暮らしてけないよ」
クラッセは、年に似合わぬ苦笑いを浮かべた。
「貧しい孤児院の面倒見てくれるほど、この町も豊かじゃないからね」
住み処にしても、取り壊し寸前のあばら家を、半ば強引に借りているのだ。
その日その日を何とか食い繋ぐような、かつかつの生活だった。
「ただでさえ、あたしたちは鼻つまみ者だし」
先程の、町の住人たちの反応が、それを如実に表していた。
傭兵を恐れただけなのかもしれないが、誰もクラッセたちに手を差し伸べようとはしなかった。
「やめやめ、こんな話。暗くなっちゃうってば」
クラッセは殊更に明るい声で、話を打ち切った。
少女の泣き声が聞こえてきた。マキだ。
「レギーがわたしの人形取ったぁ!」
「こら、レギー!」
「悔しかったら、取り返してみな!」
マキが大事にしている人形を奪った腕白レギーが、部屋のなかを駆け回る。
クラッセが代わって追いまわすものの、なかなか小回りの利く少年で、その手をちょこまかと掻いくぐる。
「もう、うるさい!」
小難しそうな本を読んでいた十三歳のフーリーが、怒鳴り声をあげる。
平たい石に炭で絵を描いていたジャミンが、不思議そうに二人の追いかけっこを眺めている。
蜂の巣をつついたような騒ぎだ。
ふと、セカイは懐かしさを覚えた。父と過ごした漁村での風景が蘇る。
誰かが右の袖を引いた。
セラコだった。絵本を差しだしてくる。
「読め、というの?」
セラコが頷いた。
絵本を受け取ると、セラコがセカイの膝に乗っかるようにして、頁を覗き込んできた。
セカイは静かな声で、絵本を朗読した。
それは『人間の皮を被った羊の物語』だった。
0
あなたにおすすめの小説
あの素晴らしい愛をもう一度
仏白目
恋愛
伯爵夫人セレス・クリスティアーノは
33歳、愛する夫ジャレッド・クリスティアーノ伯爵との間には、可愛い子供が2人いる。
家同士のつながりで婚約した2人だが
婚約期間にはお互いに惹かれあい
好きだ!
私も大好き〜!
僕はもっと大好きだ!
私だって〜!
と人前でいちゃつく姿は有名であった
そんな情熱をもち結婚した2人は子宝にもめぐまれ爵位も継承し順風満帆であった
はず・・・
このお話は、作者の自分勝手な世界観でのフィクションです。
あしからず!
この野菜は悪役令嬢がつくりました!
真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。
花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。
だけどレティシアの力には秘密があって……?
せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……!
レティシアの力を巡って動き出す陰謀……?
色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい!
毎日2〜3回更新予定
だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!
ジェンダーレス男子と不器用ちゃん
高井うしお
青春
エブリスタ光文社キャラクター文庫大賞 優秀作品
彼氏に振られたOLの真希が泥酔して目を覚ますと、そこに居たのはメイクもネイルも完璧なジェンダーレス男子かのん君。しかも、私の彼氏だって!?
変わってるけど自分を持ってる彼に真希は振り回されたり、励まされたり……。
そんなかのん君の影響で真希の世界は新しい発見で満ちていく。
「自分」ってなんだろう。そんな物語。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
レイブン領の面倒姫
庭にハニワ
ファンタジー
兄の学院卒業にかこつけて、初めて王都に行きました。
初対面の人に、いきなり婚約破棄されました。
私はまだ婚約などしていないのですが、ね。
あなた方、いったい何なんですか?
初投稿です。
ヨロシクお願い致します~。
双星の記憶(そうせいのきおく)
naomikoryo
ファンタジー
異世界で魔王を討ち滅ぼした伝説の勇者・タケル。
地球・日本の片隅で冴えない日々を送っていた高校生・西条剛(さいじょう つよし)。
――彼らは「予言の鏡」によって出会い、互いの世界を入れ替わることを決めた。
剛は異世界で偽りの勇者として戦いに巻き込まれ、
タケルは地球で「ただの高校生」として静かな日常に溶け込んでいく。
しかし、それぞれの世界に残された“異形の残党”と“宇宙からの侵略者”が姿を現し、
ふたりは再び「運命」と「世界」の狭間に立たされる。
入れ替わることで得た力、絆、居場所、そして“守りたい人”。
剛とタケル――ふたつの世界を生きる勇者たちは、
やがて「この世界を救えるのは、元いた世界に戻ることだ」と気づき、
それぞれの居場所と愛する者の元へ帰るために、再び世界を跨ぐ。
これは、勇者という名に縛られたふたりの少年が、
「記憶」ではなく「今の選択」で未来を切り拓いていく、
魂の交差と祈りの物語である。
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
嫌いなところが多すぎるなら婚約を破棄しましょう
天宮有
恋愛
伯爵令嬢の私ミリスは、婚約者ジノザに蔑まれていた。
侯爵令息のジノザは学園で「嫌いなところが多すぎる」と私を見下してくる。
そして「婚約を破棄したい」と言ったから、私は賛同することにした。
どうやらジノザは公爵令嬢と婚約して、貶めた私を愛人にするつもりでいたらしい。
そのために学園での評判を下げてきたようだけど、私はマルク王子と婚約が決まる。
楽しい日々を過ごしていると、ジノザは「婚約破棄を後悔している」と言い出した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる