灰の瞳のレラ

チゲン

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第26幕

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「!」
 力が抜け、よろける。
「危ない」
 青年が咄嗟に支えてくれなければ、そのままくずおれれていただろう。
「どういうこと……」
 映像に出てきた女をレラは知っていた。
 あの手配書に描かれた、見知らぬもう一人の女だった。リヨネッタの姉という。確か名は……。
 頭が真っ白になっていた。
 息ができない。
「君、しっかり!」
 青年が肩を揺さぶってくる。
「……あなた、いつの間に?」
 青年の存在にすら気付いていなかった。
「とにかく、一旦上に戻ろう」
「え、ええ……」
 言われるがまま、青年の後に続いて井戸を昇っていく。青年は心配そうに、何度も下を見ては彼女を気遣ってくれた。
 ようやく二人が井戸から出てきたとき、既に日は落ちて、月が昇り始めていた。
 夕日の名残りと、淡い月明かりが混合する狭間の刻。
 レラは青年に支えられながら、先程のベンチに腰を下ろした。
「なに……なにがどうなってるの……?」
 裏庭の茂みに目をやる。
「そうだわ」
 あそこに、潜入時に所持していた背嚢を隠してある。あのなかに。
 立ち上がろうとして再びよろめいたところを、青年に支えられた。
「無理しないで。少し落ち着いたら部屋を用意させるから、そこで休んだ方がいいよ」
「お願い、あそこに」
「えっ?」
 レラが茂みを指差す。青年がそこに向かい、背嚢を発見すると、訝しげな顔をしながら持ち帰ってきた。
「これ、君の? 何であんな所に?」
 青年の疑問には答えず、レラは背嚢のなかから手配書を取りだした。見付かるとまずいと忠告されてから、肌身離さず持ち歩いていたのだ。
 すると脇から覗いていた青年が、驚きの声をあげた。
「サンドラ伯母さん……?」
「!?」
 レラは弾かれたように顔を上げた。
「この人を知ってるの?」
「もちろん。小さい頃に、凄く可愛がってもらったからね。忘れたくても忘れられない人だよ」
「教えて。この人はいったい何者なの? なんで私は、この人を知ってるの!?」
 レラが青年の腕にしがみつく。
「お、落ち着いて。こんな物を持っているなんて、君はいったい何者……ちょっと待って」
 青年が、まじまじとレラの顔を見つめる。
「もしかして……レラ?」
「!!」
「やっぱりレラなんだね」
 青年の目に、不意に涙が溢れた。
「あなたは誰なの……私の何を知ってるの?」
「会いたかった。ずっと探していたんだ」
「私を探して……た?」
「君をひと目見たとき、不思議とかれたんだ。その正体が分かったよ。今、確信した。君は……レラだったんだね」
 優しく微笑む青年。その顔に、懐かしい面影が重なる。
「ユコ…ニ……」
 記憶の扉が開こうとしている。
 そのとき。
「あーっ、こんなとこにいた!」
 いささか能天気な声が響き渡った。
 二人が顔を上げると、城を背に一人の娘が立っていた。
 レラのよく知る娘の姿が。
「デイジア姉様?」
 月光を浴びて、デイジアのドレスがいびつに輝いた。
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