高時が首

チゲン

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第4幕

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 翌朝、照隠が目覚めたときには、すでに由茄の姿はなかった。
 荷はあるが、首桶がない。
「由茄?」
 不安に駆られ、照隠は宿屋の表に出た。すると首桶を抱えた由茄とばったり鉢合わせた。
「どこへ行っておった」
「殿がお目覚めになったので、辺りを散策しておりました」
 真顔で言われ、照隠は思わず息を呑む。
「今はまた、お休みになられたようです」
「そうか」
 密かに安堵あんどする。
 宿場の人間はとうに起きている。首が、昨日のようにまたぞろ妖気を振りまきでもしたら、大変な騒ぎになるだろう。
 朝餉あさげでは、由茄は男が食うほどの量を平らげてしまった。
「殿と、二人分を食さねばなりませんので」
 臆面もなく言う。
 かえって照隠の方が、はしが進まなかった。
 由茄の行動は、余りにも首に準じすぎている。
「それで、体の作りまで変わってしまうのか」
 しきものの類いに取り憑かれた者を目にしたことがあるが、彼らは常に狂気をまとっており、ひと目でそれと判別できた。
 だが首桶さえ持っていなければ、由茄は一介の娘にしか見えない。
 あのとき感じた死者の匂いも、あれから感じることはなかった。錯覚だったような気さえしてくる。
 己れの未熟さを痛感する。
 それでも、首桶に怨霊が宿っていることだけは間違いない。
「得宗家か。自業自得とはいえ、哀れなものよ」
 北条高時は、十四歳の若さで幕府の執権しっけんとなった。二十四歳でその座を譲って得度とくどしたが、それも形ばかりで、日々遊蕩遊楽ゆうとうゆうらくふけっていたという。
「御坊は、殿がお嫌いにございますか」
 心中を見透みすかしたような由茄の問いに、一瞬、言葉を詰まらせた。
「……わしには何とも言えんが」
 さすがに身内同然の者を前にして、死者の批判ははばかられた。それが、いかに悪名高き人物だとしても。
 それきり由茄は何も訊いてこなかった。
「得宗家のことを、まだ慕うておるのか?」
 そう質問を返そうとして、照隠は口をつぐんだ。
 進まない箸を、少し強引に動かした。
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