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第3幕
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奇妙なことになったものだ、と照隠は思った。来た道を北へ引き返すことになるとは。
我ながら、よくあんなことを臆面もなく頼み込んだものだ、とも思った。
歩きがてら、それとなく由茄に身の上を尋ねてみた。
彼女の故郷である来餅村は、上野国の奥まった山中にあるらしいが、照隠は聞いたことがない。
「父と母、それに二人の兄がおります」
土地は痩せて貧しく、ほとんど外界から隔絶されたような村らしい。飢えや病で毎年のように死者が出るとも。
「わたしも幼い頃、病で一度、死にかけました。奇跡的に助かってから、父も母もそれは慈しんでくれて」
懐かしそうに呟いて、由茄は目を細める。
乾いた丘の上の街道を、北へ向かい、ようやく入曽宿に着いたときは、日もすっかり暮れていた。
山伏と若い娘の組み合わせは、夜とはいえ、宿場の人間の目を引いた。二人は遠縁で、首桶については、戦死した由茄の夫のものということにした。
灯の下で改めて見る彼女の素顔は、陰影が濃く出ていた。
もの言いたげだった宿屋の者たちが、由茄の美しさに気付いたら、どういう顔をするだろう。不意にそんな意地の悪い考えが頭をよぎる。
「上野まではまだ遠い。旅の疲れもあろう。今宵はゆるりと休みなされ」
彼女は鎌倉から小手指まで、二日で歩いてきたという。新田の兵が溢れ返っている鎌倉から、女が一人で、首桶を抱えたまま抜けだしてきたというのだ。
「たやすくできる芸当ではない」
だが由茄はそれを成し遂げた。
「首の力か」
あれから、高時の首とやらが目覚める気配はない。
由茄の話によれば、特に時間が決まっている訳でもないらしい。
「あの妖気は尋常ではなかった」
高時の顔を照隠は知らない。首桶の中身が本物かどうか、一抹の疑問があるのは否めなかった。
由茄はその首桶を片時も離そうとしない。厠にまで持っていくものだから、照隠も半ば呆れていた。
考え込んでいたせいか、由茄が彼の顔を覗いていることに気付かなかった。
咳払いをする。
「いかがなされた」
「御坊は、昔は武士だったのではありませんか?」
「!」
照隠の顔が強張った。
「戯れ言にございまする。お忘れください」
照隠の答えを待つことなく、由茄は頭を下げ、床に就いた。
我ながら、よくあんなことを臆面もなく頼み込んだものだ、とも思った。
歩きがてら、それとなく由茄に身の上を尋ねてみた。
彼女の故郷である来餅村は、上野国の奥まった山中にあるらしいが、照隠は聞いたことがない。
「父と母、それに二人の兄がおります」
土地は痩せて貧しく、ほとんど外界から隔絶されたような村らしい。飢えや病で毎年のように死者が出るとも。
「わたしも幼い頃、病で一度、死にかけました。奇跡的に助かってから、父も母もそれは慈しんでくれて」
懐かしそうに呟いて、由茄は目を細める。
乾いた丘の上の街道を、北へ向かい、ようやく入曽宿に着いたときは、日もすっかり暮れていた。
山伏と若い娘の組み合わせは、夜とはいえ、宿場の人間の目を引いた。二人は遠縁で、首桶については、戦死した由茄の夫のものということにした。
灯の下で改めて見る彼女の素顔は、陰影が濃く出ていた。
もの言いたげだった宿屋の者たちが、由茄の美しさに気付いたら、どういう顔をするだろう。不意にそんな意地の悪い考えが頭をよぎる。
「上野まではまだ遠い。旅の疲れもあろう。今宵はゆるりと休みなされ」
彼女は鎌倉から小手指まで、二日で歩いてきたという。新田の兵が溢れ返っている鎌倉から、女が一人で、首桶を抱えたまま抜けだしてきたというのだ。
「たやすくできる芸当ではない」
だが由茄はそれを成し遂げた。
「首の力か」
あれから、高時の首とやらが目覚める気配はない。
由茄の話によれば、特に時間が決まっている訳でもないらしい。
「あの妖気は尋常ではなかった」
高時の顔を照隠は知らない。首桶の中身が本物かどうか、一抹の疑問があるのは否めなかった。
由茄はその首桶を片時も離そうとしない。厠にまで持っていくものだから、照隠も半ば呆れていた。
考え込んでいたせいか、由茄が彼の顔を覗いていることに気付かなかった。
咳払いをする。
「いかがなされた」
「御坊は、昔は武士だったのではありませんか?」
「!」
照隠の顔が強張った。
「戯れ言にございまする。お忘れください」
照隠の答えを待つことなく、由茄は頭を下げ、床に就いた。
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