高時が首

チゲン

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第11幕

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 暖かい。
 青々とした、すすきに囲まれている。
 とても暖かかった。
 誰かに背負われている。
 背の温もり。心地よい揺れ。そして、すすきの歌。
 薄く開けた目に映るは、一面の緑だった。
 女たちの嬌声きょうせい
 それに混ざって、男の笑い声が聞こえる。
 きらびやかな衣を着た男が、女や武士たちに囲まれ笑っている。
 屈託くったくのない笑みだった。だがその笑顔を見るたび、いつも娘の胸はめつけられた。庭の隅から、建物の陰から男の姿を見つめていた。
 男が娘を呼んだ。だが動けなかった。男の手が目の前に差しだされても、体は動かなかった。
 いつしか男の姿は消え、泣いている娘が残った。すすき野のなかで、独り立ち尽くし、娘は泣いていた。
 懐かしい土の匂いを鼻孔びこうに感じ、由茄は目を覚ました。
 むしろの上に寝かされていた。
 茅葺かやぶきの屋根がおぼろげに見えた。戸は開け放たれていて、そこから外の光が差し込んでいる。どこかで子供のはしゃぐ声がする。
 どうやら農家の床に寝かされていたようだ。
 足音がして、誰か入ってきた。外の光で影になり、何者かよく判らなかった。
「気が付いたか」
 かすれた男の声だった。
「気分はどうかな」
 枕元に座った男は、山伏の格好をしている。
「川で溺れたのを覚えておるか」
 由茄は弱々しく頷いた。
 次の瞬間、弾かれたように体を起こした。途端に眩暈めまいがして倒れそうになったが、照隠が体を支えてくれた。
「得宗家なら無事だ」
 視界が白く濁り、何も見えない。ようやく板敷きの床が見え、光が見え、照隠が見えた。
「殿は、いずこに」
「そこに」
 部屋の隅に、首桶が置かれていた。特に痛んだ様子もなく、紫の紐もしっかり結びつけられている。
 由茄の口から安堵の息が漏れた。
「またしても、ご迷惑をおかけいたしました」
 そう言ってから目を伏せる。衣服は誰かのものに着替えさせられている。
「近くに村があったので、休ませてもらうことにした。運が良い。そなたも、よくぞ無事でいてくれた」
「わたしは、鬼でございますから」
 そう言って由茄は笑おうとしたが、頬の肉は引きつったようにしか動かなかった。
 照隠は小さくかぶりを振ると、横になって休むよう由茄に言い聞かせた。
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