馳走であった

チゲン

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 大家の媒酌ばいしゃくで二人が夫婦めおととなって、早や半年が過ぎようとしている。
 だが佐之介は、いまだにおさよの料理に悩まされていた。
 初めは、所帯を持てた喜びで気にもならなかった。だがひと月、ふた月と経つにつれ、しだいにそのが際立つようになった。
 しかし、ろくに食い扶持ぶちも稼げぬという負い目があってか、少ないぜにでやりくりしているおさよを見ていると佐之介は何も言えなかった。
 午前はわらべたちに手習いを教え、午後は日雇ひやといで人足にんそく仕事をしたりする。しかし手習いの給金は日々の生活に消え、力仕事もひ弱な佐之介では二束三文だ。
 古着屋に奉公に出ているおさよの稼ぎと合わせても、暮らしていくのがやっとという有り様だった。
 俺が文句を言えた筋合いではない。佐之介は、そう自分に言い聞かせていた。
「それにしても、あれだけは何とかならぬものか」
 目下のところ佐之介の頭を最も悩ませているのが、おさよのこさえる味噌汁みそしるである。
 味噌汁など誰がやってもそれなりのものができそうなものだ。だが、とにかく不味まずい。すこぶる不味い。犬も食わぬのではないかとさえ思うほど不味い。
 おさよの家に伝わる味噌というのが、これがまたニンニクの腐ったような匂いがするのだ。
 なるほどこれで味噌汁を拵えたら、天下無双の代物しろものができあがっても不思議ではない。そしてそれを美味うまい美味いと食っているのだから、おさよの舌も天下無双である。
 正直に告げるべきかとも思ったが、いざおさよの前に出ると、気が引けて何も言えなかった。
 何とか、それとなくおさよに気付かせる方法はないものか。
「そうだ。美味い味噌汁を食えば、おさよも目が覚めるかもしれぬ」
 佐之介はふと思い至った。
 日本橋に、倉持くらもち屋という江戸一番の味噌汁を出すと評判のめし屋がある。そこへおさよを連れていって、食わせてみてはどうだろう。
 佐之介はその名案にふるった。これなら何も言わずとも、おさよに本当の味噌汁の味を知らしめることができる。
「いや待て。まず本当に美味いかどうか、俺が下見をするべきだ」
 もし倉持屋が噂ほどではなかったら、逆におさよに自信を持たせてしまうことにもなり兼ねない。
 それは恐るべきことである。
 佐之介は、午前の手習いが終わると日本橋まで足を運んだ。
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