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第2章 世界知覚

20 僕の世界と俺の世界と帰宅困難者

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 さわさわ、とマナトの頬を何かが撫でた。

 柔らかい何かの上に、マナトはうつ伏せに寝ているようだった。嗅ぎ慣れない——けれど安堵できるやさしい匂いもする。

 ベッドじゃないなぁ、と考えたところで、マナトはガバッと上体を起こした。

「ルキナ!」

 ビュンと強い風がマナトの身体を吹き抜ける。
 マナトの眼前に広がっていたのは、何もない一面の草原だった。
 くるぶしほどしか背丈のない草原を見回しても、マナトの探し求める姿は影も形もない。
 それどころか、人影すらなかった。

「なんなんだよ、一体! 何が起こったっていうんだ!」

 色んな出来事が起こりすぎて、意味が分からない。
 だが、最後に聞こえたあの言葉——

「『guest』……。奴が何かしたのか?」

 まさか、ジェンレーンに降りる前に、何か仕掛けてくるとは考えてもいなかった。
 仕掛けてきたとしても、もっとあとの方だろうと、理由もなくそう思い込んでしまっていたのだ。
 
 なぜ、ルキナがついてくると言ったとき、了承してしまったのだろう。
 マナトは後悔したが、すぐに力なく首を垂れた。

 いや、本当は分かっている。
 無知なのを理由に、彼女に甘えていたからだ。
 その結果がこれなのだ。

 自分が許せない。
 だがもっと他に憎むべき者がいる。

「『guest』、絶対に許さないからな」

 それにしても、『guest』は一体、何がしたいのか。
 マナトの世界に勝手に名前をつけただけでは飽き足らず、世界を書き換え、そのあとも居座り、こうして妨害を仕掛けてくる。

 そもそも『guest』が余計なことをしなければ、今頃ルキナにお礼を言って、笑顔で別れられていたはずなのだ。
 こんな状況を引き起こした奴を到底許せなかった。

 ルキナが消える直前のことを思い出す。彼女はどうなったのだろう?

 マナトと同じように、場所は違ってもジェンレーンに無事辿り着いただろうか。
 でなければ、天上世界のマナトの部屋に戻されたのだろうか。

 それとも。
 あのまま、消滅して死んで——

「違う違う! そんなことあってたまるか!」

 最悪のシナリオを頭を振って追い払う。

 とりあえず、状況の確認が必要だった。
 マナトはゆっくりとその場に立ち上がる。
 草のふんわりした感触が靴でも感じられた。

「……これが、俺の創った世界」

 パソコン越しに見ていた世界が、そのままそこにある。
 いや、それ以上に色は鮮やかだった。
 草原の緑にも色んな緑があり、空は高く真っ青で、太陽の輝きが痛いくらいに眩しい。

「あっ、兎!」

 昨日まで茶色のまだら模様だった兎は、今日は真っ青に変色して空と一体化していた。
 何百年進化し続ければ、あんな風に変われるのか。

『ようこそ、マナト。僕の世界へ』

 そのとき、『guest』の言葉が思い出されて、マナトは勢いよく頭を振った。

「誰がお前の世界だ。これは俺の世界だ!」

 だいぶ手が加えられてしまったが、マナトが神の力を使って創造した世界には違いない。
 と考えて、マナトは思い出した。

「そうだ、管理者権限!」

 ルキナは確か、簡単なデータ操作と即時帰還ができると言っていた。
 この能力を使って、一度天上世界の自分の部屋に戻ればいいのだ。

 パソコンから情報を得られれば、ルキナが今どこにいて、どうすれば助けられるのか分かるはず。
 そんな高度なテクニックが自分にあるかが不明だが、無理でも勉強すればいい。

「戻れ! ……リンクアウト!」

 リンクしたときと同じように口に出して言ってみる。
 だが、何も反応しなかった。

「言葉が違うのか? それともやり方が違うのか?」

 軽くでもやり方を聞いておけばよかったと後悔しても、もう遅い。
 早く帰りたいのに。

 知りたい。

 そう強く願ったら、突然、目の前にウインドウが浮かび上がった。



__________________________


名前 :マナト
種族 :神 

Lv    :1
HP     :9999/9999 
MP    :623/623 
攻撃力  :999 
防御力  :999 
魔法攻撃力:752 
魔法防御力:566 
素早さ  :884 


アビリティ:全能 Lv5 
     :自動HP回復(大)
     :自動MP回復(大)
     :状態異常無効
     :即死無効
     :無詠唱
     :空間収納(大)


スキル :[神の息吹ハイヒーリング
    :[神々の黄昏ラグナレク
    :[神眼アナリシス


管理者権限 OFF :データ操作
         :過去視
         :空間転移
         :即時帰還
         

__________________________


「えっ…………」

 ステータスに違和感を感じるが、そんなことはどうでもよかった。それより注目すべき一行がある。

  OFF

 管理者の能力を使用しないという意味だ。
 
 ルキナが『ON』にすると言っていた。
 最後、確認した訳ではないが、ルキナが嘘をつくはずがないから、途中までは『ON』になっていたはずなのだ。
 それがどうしてか今は『OFF』に変わってしまっている。

 なぜ?
 マナトには心当たりがあった。

 神の庭に入ってすぐ、頭痛を感じた。
 あれは『guest』が、マナトのデータを弄っていたのではないだろうか。
 ステータスを見たとき感じた違和感も、それが原因かもしれない。

 人の気持ちは無理でも、データなら書き換えられるのか。
 それならと、管理者権限をOFFからONに、と色々試してみたが、すでにOFFになってしまっているからか、あるいはジェンレーンからでは操作できないのか、変更することはできなかった。

 それはつまり——

「……帰れない、ってか?」

 帰れない。

 自分で発した言葉に絶望する。
 それは、ルキナの発見を極めて困難にするものだった。
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