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第3章 ケットシー編

26 マナトは聖人君子

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「本当にうちの子が申し訳ないことをした。
 許して欲しい」

「いえ……、俺の方こそ言い過ぎたと思うんで、気にしないでください」

 ジュリアンの父親という、族長バーナードに頭を下げられて、恐縮しながらマナトはそう答えた。

 マシューとジュリアンが二人でつるんでいることは周知らしく、息子がこの場にいない理由をバーナードは聞いてきた。
 マシューの説明を聞くと、 マナトに謝罪してきたという訳だ。

 バーナードは、ジュリアンたちのように細身でしなやかな身体つきとは違い、ボディービルダーのようなガタイのよさで、切り揃えられた口髭が雰囲気に合っていた。
 歳は四十後半くらいで、まだまだ働き盛りといった感じだ。

 その男の中の男といった体格のバーナードが、一人息子に振り回されている様子はたわい無く見えて、少し微笑ましい。

「事情は分かった。滞在は許可する。
 ただし、我が村には宿なんて上等な物はなくてな。
 よければ、この家に泊まっていくといい」

「はい……」

 返答するマナトと、バーナードの後ろで静かに控える女性の目が合った。
 最初の紹介のとき、フィーナと名乗った彼女は、ジュリアンの母親だ。こうしてみると、ジュリアンは体型こそ母親似だが、中身は完全に父親似なんだなと思う。
 会釈されたのでマナトも同じように返した。
 
 三人家族らしいし、今いる族長の家は広かったので、マナトが宿を借りるのは一見なんの問題もないように見えるのだが。

 マナトはできれば辞退したいと思っていた。

 なぜなら、族長の家は一間だったからだ。
 緊急時の避難場所として使われてでもいるのか、十人は余裕で暮らせる家に仕切りはなく、柱が途中に立っているだけのホールのような有様だった。

 気まずいなんていう話ではない。
 マナトの性格上、寝れないということはないだろうが、寝つくまで時間がかかるに違いなかった。
 断り文句を探していると、

「族長。
 僕の家にぜひ、マナトさんを招待したいのですが」

 思わぬところから、救いの手が現れた。
 マナトが困っているのを見兼ねて、助け船を出してくれるらしい。
 マシューは少し緊張した面持ちでそう言った。

「何故だ?」

「マナトさんと最初に出会ったのも何かの縁だと思うんです。それに相談に乗っていただきたいことがあって」

 説明に淀みはない。まるで最初から準備されていたようだった。
 バーナードに否はなさそうだ。
 マナトに目を向けてくる。

「と、マシューはこう言っているがどうだろう?
 もちろん嫌なら、はっきりと断ってもいいんだぞ」

「いえ、確かに自分も、族長のお宅に滞在するのは分不相応だと思ってましたので、マシューの家をお借りできるのなら願ってもないことです」

「ならばマシュー。任せてもいいか?」

 はい! とマシューは頷く。

「大したもてなしはできんが、ゆっくりしていくといい」

 バーナードとフィーナと別れ、マナトたちはその足でマシューの家へ向かった。

 マシューの家は、村の外れにあった。
 一人暮らしで、手入れの行き届いていない部分はあるものの、案内された室内は、部屋が個別になっていてマナトは安堵した。

 食卓が置かれたダイニングで、お茶をご馳走になっていると、

「それにしてもマナトさん、凄いですね」

「何が?」

 突然話しかけられたと思ったら、そんな賛辞だったので、マナトは戸惑った。

 (俺、なんかしたか?)

 本気で心当たりがない。眉根を寄せると、マシューは笑った。

「全部、です。大人だなぁって」

「いくつに見えてるか知らないけど、俺二十五歳だぞ」

「えっ?! そうなんですか?
 てっきり僕たちより二、三歳上くらいだと思ってました」

 そう言われて、初めて自分の容姿が気になった。
 元々、童顔とは言われていたが、髪色や肌の色を変えて更に若く見られるようになった気がする。
 いじった前髪は、アッシュ色をしていた。

「でも、見た目のことじゃなくて、対応の仕方が大人だって意味です。
 ジュリアンが怒っても冷静に対応してるし」

 (普通に腹立ってたけど。心の中で)

 マナトは心の中で反論した。
 もちろんマイナスイメージになるので、口に出したりはしないが。

「僕たちに気づかせるために、わざと怒った振りをしてくれたりするし」

 (いや、我慢しきれなくて、大人げなく怒りをぶつけてたんだけど)

「さっきの族長への態度だって。
 マナトさん、よっぽど族長に気に入られてたんですね。
 あの族長が、家族以外にあんなにニコニコしてるところ見たことないですよ。
 僕なんて、いつも挨拶するのだけで緊張するのに」

 (それは最初から、一人息子が迷惑をかけたって負い目があったからだろ。
 普通に会ってたら横柄な態度とられてたかもしれないし。
 そういえば、マシューがさっき族長と話すときに緊張してたように見えたのは、年上だからじゃなくて意見して怒られたらどうしようって思ってたからか)

 そう考えて、ん?と思った。

 (じゃあ、俺が族長に気に入られてるって思ってたんなら、マシューが助け船を出してくれたアレはなんだったんだ? 
 まさか本当に相談したかっただけか?)

 その答えはすぐに出た。
 マシューが嘆息しながら、話し出したのだ。

「マナトさんよりもっと年長のケットシーでさえ、そんな大人の対応はできないですよ。

 僕はずっとジュリアンに守られてばかりで、男として情けなくって。
 どんなに弓や剣を練習しても、みんなのように上手く扱えないし、未だに僕だけ狩りで獲物を仕留めたことがないんです。

 さっき、マナトさんが言ってくれたことは本当なんでしょうか?
 ジュリアンは違わないって言ってたけど……。
 本当にジュリアンを友達って言っていいのか、実のところまだ迷ってるんです。
 こんな出来損ないの僕なんかに構うから、みんなから距離を置かれて、孤立してしまってるのに」
 
 マシューの言葉に、どこか引っかかる。だが、結局分からないまま、マナトはこっそりため息を吐いた。

 マシューの取り巻く環境では、確かに他のケットシーに相談することは難しいだろう。
 外から来た村とは関係のない人間に、相談を持ちかけたくなるのも分かる。
 分かるが、相談する相手が間違っている。
 地球で友人という友人がいなかったぼっちのマナトに、解決策を提案する能力などないというのに。
 いつの間にマシューの中で、マナトを信頼するほど株が上がったのだろうか。

 何かを期待して見てくるマシューに、仕方なくマナトは「俺は助言したりできる人間じゃないけど」と前置きをしながら答えた。

「友達になるのに資格なんているのか?」

「……いらない、です」

 マナトの言葉を否定しながらも、何かを含むような答え方だった。

「それとも、マシューの方がジュリアンと友達になりたくないって言うんなら話は別だけど」

「そんなことありません!」

 ちょっと意地悪して言うと、ムキになってマシューが言い返してきた。
 はっとして、すぐに「ごめんさなさい」と謝ってくる。
 マナトは笑顔で首を横に振ると、

「自分のことより他人のことを思いやれるのは、マシューの長所だと思うけどさ。
 ジュリアンが孤立して困ってるって相談の前に、なんでみんなと一緒にいることより、マシューといることを優先してるのか、その気持ち確認したことあんの?」

「な……、ないですけど。でも決まってるじゃないですか」

「本当に? そう言い切れるか?
 話を聞く限り、俺はジュリアンがわざと孤立してるように思うけどな」

「わざと……って、なんでですか?」

「それは自分で聞かなきゃ意味がない。
 ——ほら、行ってこいよ」

「えっ?! 今から?!」

「思い立ったが何とやら、っていう言葉が人間にはあるんだよ。
 何も考えずに、その質問をぶつけてこい」

 それでも渋るマシューを家から追い出して、マナトはさてと、と呟いた。

「面倒くさいけど、お仕事しますか」
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