血の鏡

惣山沙樹

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17 人質

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 兄の家に行き、まずはソファに座りました。そして、切り出しました。

「ねえ、兄さん。こういうこと、もうやめにしましょう。僕は梓さんのことが好きなんです。兄さんじゃないんです。普通の兄弟になりましょう」

 舌打ちをした兄は、僕の顎を掴み、じっと睨み付けてきました。それでも僕は臆することなく、彼の瞳を射抜きました。

「なあ、瞬。普通って何だ? あのメスガキにどこまで影響されてるんだ? 俺にとっては、もう今の状態が普通だよ」

 簡単には話が通じないことは察していました。だから僕は果敢に言い返しました。

「普通の兄弟は、セックスなんてしないんですよ。僕たちはおかしいんです。世間一般に許される関係じゃありません」
「まあ、お前は女とセックスして、ガキこさえたいんだろうな。手も繋いだもんな」

 背筋がぞくりとしました。見られていた。しかし、ここで怯むわけにはいきませんでした。

「そうです。僕は世間に通るような、普通の関係を築きたいんです」

 兄は拳を振り上げました。殴られる。僕は目を閉じました。しかし、それがおろされることはなく、目を開けると、兄は自分の顔を両手で覆っていました。

「なんでだよ……俺には瞬しか居ねぇんだよ……」

 ボロボロと涙をこぼし、兄は鼻をすすりました。僕はこれで優位に立ったと思いました。このまま説き伏せればいける。そう確信していました。

「兄さん。セックスなんて、しなくてもいいじゃないですか。こうして兄と弟として、一緒の時を過ごしましょう?」
「俺は嫌だ」
「僕は兄さんと話せるだけで十分なんです。世界で二人きりの兄弟なんです。僕なら兄さんのこと、わかってあげられます」
「……お前、調子乗んなよ」

 僕は押し倒されました。兄は泣きながら、僕のベルトを外し始めました。僕は必死に抵抗しました。とうとう、顔を殴られました。
 そして初めて、僕も兄に拳をふるいました。今夜こそは、させるわけにはいかない。しかし、体格が圧倒的に不利でした。
 僕はソファから落とされました。そして、腹を中心に蹴られました。僕が動けなくなると、兄はビニールテープを持ってきました。
 服を全てはがされ、手をぐるぐる巻きに縛られました。僕は荒い息を吐き、血液混じりの唾を吐きました。

「こんなことして、満足ですか? 力でねじ伏せて。僕の心は兄さんには無いんですよ?」
「うるせぇ。お前にも俺しか居ねぇんだよ。俺の母親を殺したくせに。お前には女と幸せになる権利なんてねぇんだよ!」

 僕は覆い被さろうとしてくる兄を足で蹴り上げました。みぞおちに入ったのか、兄が呻きました。けれども、それがいけなかったんです。

「この野郎……!」

 兄はキッチンから包丁を持ってきました。首の真横に突きつけられ、僕は身動きできなくなりました。恐怖で歯がカチカチと震えました。
 なぜか兄は冷静になっていました。真顔で刃先を見つめ、黙っていました。僕は命乞いの言葉すら出すことができずにいました。
 すうっ、と刃が皮膚にあたりました。不思議と痛みは無かったです。しかし、血は出ました。兄は切り口からそれを指ですくって舐めました。

「俺たち、同じ血が流れてるんだよな」

 兄は自分の左親指を包丁で刺しました。そして、出血したところを、僕の傷にあてました。血が混じりあったのでしょう。兄は満足そうに笑いました。

「瞬、俺が憎いか?」

 何が正解かはわかりませんでした。僕は本音を伝えました。

「……憎い、です」
「俺もだ。一緒の気持ちだな。嬉しいよ」

 そして、初めてされたときと同じように、僕は兄の中に吐き出してしまいました。
 兄はビニールテープを外すと、傷口を消毒して絆創膏をつけてくれました。その時ようやく痛みを感じました。

「ごめんな、瞬。痛いだろう?」
「痛いです……」
「俺だってやりたくてやったわけじゃない。瞬がわかってくれないから。そうだな。あのメスガキが悪いんだよな。お前をたぶらかしたあの女が」

 僕は兄にすがりつき、どうか梓さんには危害を加えないでくれと懇願しました。その代わり、自分がいくらでもサンドバッグになるからと。

「そんなにあの女のことが大事なわけ? ますます苛つくなぁ……」

 兄はぺろりと自分の唇を舐めました。だから僕は、兄にキスをして、彼の身体をいじり始めました。
 梓さんを巻き込むわけにはいかない。そういう決死の思いで、兄を満足させました。

「いい子だな、瞬。次に反抗したら、あのメスガキ犯すぞ? 女は嫌いだけど、挿れることくらいはできるからな?」
「お願いします。どうかそれだけは、やめてください」

 失敗したどころか、梓さんまで人質に取られてしまいました。もう後がなくなりました。
 耐えるしかない。兄が僕を手放してくれる、その時まで。首の傷がジンジンと痛みました。
 
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